「この林にスギは何本あるのか、ヒノキとカラマツはどう混じっているのか」――こうした樹種ごとの分布図づくりは、これまで現地を歩き回る地道な作業でした。それをドローンや衛星の画像と機械学習で自動化するのがAI樹種判定です。日本の人工林1,020万haは、スギ・ヒノキ・カラマツの3樹種で約79%を占める比較的シンプルな構造ですが、天然林1,360万haは多樹種が入り混じる混交林。後者を樹種ごとにマッピングするのは、人手では膨大な労力がかかります。森林研究整備機構や東大・京大の研究では、ドローンのマルチスペクトル画像とLiDARを組み合わせることで、主要針葉樹3樹種の判定精度が85〜93%、針葉樹か広葉樹かの区分なら95%超に到達。森林簿の更新や施業計画づくりの基礎データとして、実装段階に入っています。
何を「目」にするか――入力データの種類
AI樹種判定の入力には、RGB(可視光3バンド)、マルチスペクトル(近赤外などを含む5〜10バンド)、ハイパースペクトル(数十〜数百バンド)、LiDAR点群、そして季節差をとらえる時系列データの組み合わせが使われます。判定の難しさは、樹種同士のスペクトル特徴がどれだけ重なっているかで決まります。針葉樹のスギ・ヒノキは近赤外域の反射率に差が出やすく識別しやすい一方、広葉樹同士は見分けがつきにくいのが実情です。
ここにLiDAR点群が加わると、3次元の樹冠形状という別の手がかりが得られます。スギは円錐形、ヒノキは尖った円錐、カラマツは細長い円錐、広葉樹は半球〜球形と形が大きく違うため、樹冠高・樹冠幅・表面の凹凸といった特徴量が機械学習の重要な入力になります。点群密度50点/m²以上のドローンLiDARなら、形状だけでも50〜70%の精度。マルチスペクトルと組み合わせると、それぞれ単独より5〜10ポイント精度が上がります。
どのモデルを使うか
樹種判定で実績があるのは、伝統的な機械学習(Random Forest・SVM)、畳み込みニューラルネット(CNN)、Vision Transformer、そしてLiDAR専用のPointNet系の4系統です。Random ForestはNDVIなどの特徴量を使った分類で長い実績があり、CNN以降は画像パッチを直接入力する深層学習が主流になっています。
| モデル | 入力 | 針葉樹3樹種精度 | 得意な場面 |
|---|---|---|---|
| Random Forest | 特徴量ベクトル | 82〜86% | 高速・小データ・解釈しやすい |
| CNN(ResNet等) | 画像パッチ | 87〜92% | 中規模データ・高精度 |
| Vision Transformer | 画像パッチ | 88〜93% | 大データ前提・最先端 |
| PointNet++ | LiDAR点群 | 75〜83% | 構造特徴・補助 |
| マルチモーダル融合 | 画像+点群 | 90〜94% | 最高精度・実証段階 |
意外に思えるかもしれませんが、FFPRIの比較研究(2021年)では、Random Forestと最新CNNの精度差はわずか5〜8%。教師データが500〜1,000本/樹種の中規模なら、むしろRandom Forestのほうがコスト対効果が高いと結論づけられています。深層学習が本領を発揮するのは1樹種2,000本以上の大規模データが用意できる場合で、現実には教師データ整備のコストがボトルネックになります。Random Forestは過学習しにくく、特徴量の重要度も読み取れるので、林業実務者にとって扱いやすいモデルでもあります。
樹種によって難しさはまるで違う
判定の難度は樹種の組み合わせで大きく変わります。針葉樹3樹種なら85〜93%が標準ですが、ヒノキとサワラ、ブナとミズナラのような近縁ペアでは60〜75%まで落ちます。広葉樹は同じ樹種でも個体差・季節変動が大きく、葉色の変化を追う時系列データの活用が精度向上の鍵です。
広葉樹を見分けるには、紅葉期・落葉期を含む複数時期の撮影が効きます。Sentinel-2衛星(5日間隔)の時系列と深層学習を組み合わせると、広葉樹10樹種の精度が単一時期の60%程度から80%超まで上がった事例も報告されています。針葉樹は通年で葉があるものの、新芽・冬芽の時期にスペクトルが変わるため、やはり時系列データで精度が上がります。地域・標高・樹齢でも最適なモデルは変わるので、汎用モデルより各地域のローカルモデルのほうが一般に高精度です。
現場ではどう使われているか
標準的な流れは、撮影計画→ドローン撮影(マルチスペクトル+LiDAR)→オルソ・点群処理→個体木の抽出→特徴量抽出→AI推論→GIS統合→現地検証の8段階。100ha規模で全工程を終えるのに、人手作業を含めておおむね5〜10日が目安です。個体木の抽出はLiDARベースの樹冠分割が標準で、単純林なら90%超、混交林で70〜85%程度。最終的に個体木ごとに樹種を割り当てたGIS樹種マップとして出力され、森林簿の精度向上や施業計画の基礎になります。
先行地域としては、北海道(トドマツ・カラマツ・エゾマツの広域マッピング)、長野県(スギ・ヒノキ・カラマツ混交林)、岐阜県(広域LiDAR基盤の樹種マップ)、京都府(ナラ枯れ対策と連動した広葉樹マップ)などが挙げられます。いずれも、林業試験場が技術ハブになり、大学と共同研究し、コンサルタントが実運用を担い、森林環境譲与税や林野庁の補助事業で予算を確保する――という構造が共通しています。こうして整備された樹種マップは、5〜10年に1回しか更新されなかった森林簿を高頻度・高精度に保ち、J-クレジットなど森林由来カーボンクレジットの申請データとしても活用されています。
気になるコストと回収
導入コストは、ドローン+マルチスペクトルカメラ・LiDAR・GPUワークステーション・モデル開発・運用体制まで含めて初期投資1,500〜3,500万円、年間運用費200〜500万円が標準的な水準。対象面積1,000ha以上で毎年更新する規模なら、3〜5年での回収が見込めます。森林簿更新の現地調査(1,000haあたり300〜600万円)の削減、施業計画の効率化、クレジット申請の精度向上を総合すれば、中規模以上の県・林業事業体には十分見合う投資です。森林環境譲与税や林野庁スマート林業構築実践事業の補助で、初期投資の3〜5割を補填できる仕組みもあります。
よくある疑問
RGBだけで樹種判定できる?
RGB単独でも針広区分なら90%程度は出ますが、針葉樹3樹種や広葉樹の細かい判定には精度が足りません。近赤外を含む5バンド以上のマルチスペクトルが標準的な要件で、LiDARを足すとさらに精度が上がります。コストと精度のバランスでは、マルチスペクトル+LiDARが現実的な選択です。
衛星画像だけでできる?
Sentinel-2(10m解像度)で広葉樹優占・針葉樹優占の判別、長期トレンド分析などは可能ですが、1本単位の判別は衛星では困難です。林分(数ha〜数十ha)単位の優占樹種マップが現実的な出力で、広域監視には向くものの、施業計画づくりにはドローン取得が必要になります。
商用サービスはある?
福井コンピュータ、パスコ、国際航業、エコリスといった国内事業者がAI樹種判定サービスを提供しています。自治体向けの広域マップ作成、林業事業体向けの施業計画支援などに対応し、料金は100ha規模で50〜200万円程度が目安です。
これから
2024〜2025年の研究フロントは、基盤モデル(SAMやCLIPの森林版)、教師データ不要の自己教師あり学習、光学+SAR+LiDARの異種データ融合、樹種ハイパースペクトルのデータベース整備などに向かっています。たとえばMeta社のSAMで単木を抽出したり、「ナラ枯れ被害木」のような自然言語のプロンプトで分類したりするアプローチが進行中。最大のボトルネックである教師データ整備のコストが下がれば、未学習の地域や樹種への対応力が一気に高まります。商用サービス・オープンソース・自治体事業の3層で普及が進むなか、今後5〜10年で主要な林業県ではAI樹種判定が標準ツールになっていく見通しです。

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