菌根菌の苗木接種技術:林業現場での応用

菌根菌の苗木接種技術 | Forest Eight

苗木を植えても、痩せた土地ではなかなか根づかない——そんな悩みに効くのが「菌根接種苗」です。苗の根に共生菌(菌根菌)をあらかじめ住まわせてから出荷する苗で、植えたあとの水分・養分の吸収や病気への抵抗力が底上げされます。世界の樹木の95%以上は自然状態で菌根を作っていますから、接種苗はその共生関係を「準備済み」にした苗と考えると分かりやすいでしょう。ここでは仕組みから実際の効果、コスト、日本での実用化までを整理します。

活着率向上20-50%pt対標準苗樹高成長率10-30% 増3年累積世界市場4.0億$2024年CAGR 8-10%国内推定生産数百万本/年FFPRI推計
図1:菌根接種苗の主要諸元(森林総合研究所、Grand View Research 2024、IMSより)
目次

菌根菌が樹木にもたらすもの

菌根とは、菌類の菌糸が植物の根とくっついた共生器官です。樹木は糖を渡し、菌は水と養分を返す——この物々交換で両者が得をします。主なタイプは二つ。マツ科やブナ科で見られ、キノコ(マツタケやトリュフ)として地上に現れる外生菌根(ECM)と、広葉樹や農作物の多くが作り、根の細胞内に樹枝状の構造を伸ばすアーバスキュラー菌根(AM)です。スギ・ヒノキは主にAMを作ります。

具体的な恩恵は分かりやすく、たとえばリンの少ない土壌では吸収量が2〜10倍に増えます。日本の火山灰土壌(黒ボク土)はリンが鉄やアルミと結びついて吸えなくなりがちなので、菌根の意味はとくに大きいのです。根毛より細い菌糸が土の微細な隙間に入り込むことで吸収面積は10〜1000倍に広がり、Phytophthoraなどの根の病原菌に対する物理的な壁にもなります。森林内では複数の樹木が同じ菌でつながり、炭素や養分をやりとりする「Wood Wide Web」も知られています。

どうやって接種するのか

接種のやり方は大きく三つあります。育苗培土にピートモスなどの固体培地(菌入り)を混ぜる土壌接種は古典的で汎用性が高く、AM菌で広く流通しています。胞子の懸濁液を種子や灌水で与える胞子接種は軽くて遠距離輸送に向き、PisolithusやRhizopogonで実用化。液体培養した菌糸を根圏に挿す菌糸接種は定着が早い反面、純粋培養の設備が要ります。古くからのマツ苗業者がやってきた「菌根土を育苗床にまく」自然接種もありますが、菌種を選べず随伴病害のリスクがあるため近年は減っています。

菌種の選定が成否を分けます。林木育種センターのマニュアルでは、樹種との相性(ECMは選り好みが強い)、植栽地の気候・土壌pHへの適応、耐乾燥や耐火性といった機能、そして量産できるかどうか、の四つを軸に選びます。研究室で効いても量産できなければ実用にならない、というのが現実です。生産工程では、過剰な施肥が菌根形成を抑えるため低リン酸で育て、出荷時には根を顕微鏡で見て菌根化率50%以上を基準とするのが業界の標準です。

用途で選ぶ主な接種菌

対象樹種 主な効果・用途
Pisolithus tinctorius (ECM) マツ属、ユーカリ 耐乾燥・酸性土適応。鉱山跡地・火災跡の汎用
Rhizopogon roseolus (ECM) アカマツ、クロマツ 耐火性・砂地適応。海岸防災林、再造林
Suillus 属 (ECM) マツ・カラマツ 耐乾燥・寒冷地適応。劣化地造林
Tuber melanosporum (ECM) ナラ、ハシバミ 黒トリュフ生産(高付加価値)
Glomus / Rhizophagus 属 (AM) 広葉樹全般 リン吸収。広葉樹造林、農林兼用
出典・参考

  • 森林総合研究所(FFPRI)ffpri.affrc.go.jp
  • 林木育種センター(FTBC)接種苗木生産マニュアル(2022改訂)
  • Smith & Read (2008) Mycorrhizal Symbiosis 3rd ed.

効果は「条件の悪い場所」ほど大きい

菌根接種の効果は、植栽地の条件が厳しいほどはっきり出ます。健全な森林土壌には既に菌相が定着しているので接種効果は薄れますが、火災跡・鉱山跡・砂質海岸・都市環境のように菌相が貧弱な場所では、接種菌が独占的に定着して効果が最大化します。森林総合研究所の海岸クロマツ試験では、植栽3年後の活着率が標準苗63%に対し接種苗89%(+26ポイント)、樹高も+22%という結果でした。

クロマツ植栽3年後 活着率(FFPRI 海岸試験) 100% 75% 50% 25% 0% 標準苗 63% 接種苗 89% 差 +26ポイント、樹高伸長率 +22%(同試験)
図2:FFPRI海岸クロマツ試験の活着率比較(森林総合研究所 海岸林研究報告より)

おおまかな傾向としては、活着率は劣化地で+20〜50ポイント・健全地で+5〜15ポイント、樹高成長は植栽3〜5年で+10〜30%。補植本数が減るぶん実質経費も10〜20%下がります。逆に言えば、菌相の豊かな健全林では費用対効果がはっきりせず、用途を選ぶ技術だということです。

コストは高いが、悪条件地では逆転する

単価は通常苗より高めです。通常苗が1本200〜400円のところ、AM接種苗で+20〜50%(250〜600円)、ECM接種苗で+30〜100%(300〜800円)、トリュフ接種ナラのような特殊用途だと3,000〜8,000円にもなります。ただし補植の省力、成長促進、伐期短縮まで含めたライフサイクルコストで見ると、劣化地では逆転するケースが多いというのが世界的な合意です。大規模山火事は土壌の菌根菌をほぼ全滅させ、自然回復には10〜30年かかります。その間の植栽苗の活着率は通常50%以下に落ち込みますが、接種苗の投入で80%超に回復した事例がカリフォルニアのポンデローサパイン再造林などで報告されています。

日本の実用化と市場の今後

日本では森林総合研究所と林木育種センターが中核です。海岸クロマツでのRhizopogon接種、カラマツでのSuillus接種、東日本大震災後の沿岸林復興で塩害下の活着改善が確認されるなど、試験例が積み上がっています。民間でも大手苗木業者や信州大発のスタートアップがAM接種広葉樹苗の小規模商業化を始めています。流通量はまだ通常苗の1%未満なので、入手には事前予約が要ります。

世界市場は2024年で約4億ドル、年率8〜10%で2030年には8〜10億ドル規模へ拡大する見込みです(Grand View Research、Mordor Intelligence)。気候変動下の植林拡大、荒廃地修復、カーボンクレジット市場の成長が追い風です。日本でも国土の3分の1が再造林期を迎え、海岸防災林の再整備や山火事リスクの増加、企業のTNFD対応など需要要因がそろっています。課題は菌根化率の測定法の標準化、海外株を入れる際の種苗法・植物防疫法・外来生物法の重層規制、そして苗木業者や施主の認知不足です。補助制度が通常苗ベースの単価設定になっている点も、普及の壁として残ります。

よくある質問

どんな場面で効果が大きいですか?

菌相が貧弱な場所——火災跡地、鉱山跡、海岸砂地、塩害地、都市の街路、土砂流出の復旧地などで、活着率+20〜50ポイント、樹高+20〜30%の大きな効果が出ます。逆に健全な天然林の近くでは効果が薄れる傾向があります。

AM接種苗とECM接種苗、どちらを選べばいい?

樹種で決まります。マツ・ナラ・ブナ・カバノキなどはECM、スギ・ヒノキや多くの広葉樹はAMです。樹種と菌種の組合せ表に従えば迷いません。判断に困ったら苗業者や林業試験場に相談してください。

自分で接種できますか?

本格的な品質管理は研究機関レベルの設備が要りますが、健全なECM樹の下から表層土をとって苗のポットに混ぜる簡易な「土壌移植法」はDIYでも可能です。ただし松くい虫を媒介する線虫など、随伴する病害のリスクには注意してください。

主要出典・参考

  • 森林総合研究所(FFPRI)海岸林研究報告
  • 林木育種センター(FTBC)接種苗木生産マニュアル(2022改訂)
  • Brundrett & Tedersoo (2018) New Phytologist 220:1108-1115
  • Grand View Research / Mordor Intelligence: Mycorrhizae Biofertilizers Market Report 2024
  • USDA Forest Service: Post-fire Reforestation Technical Reports
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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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