【カツラ】Cercidiphyllum japonicum|1科1属の生きた化石、秋の甘い香りと将棋盤脚の戦略樹種

カツラ | Forest Eight

秋、渓流沿いの林を歩いていると、ふと綿菓子のような、カラメルのような甘い香りが漂ってくることがあります。あたりを見回しても、お菓子屋さんがあるわけでもない。香りの正体は、足元に積もった黄色いハート型の落ち葉──カツラ(Cercidiphyllum japonicumです。

この木はただ良い香りがするだけではありません。植物の分類のうえでは「1科1属」、つまり世界でカツラ属の数種しか仲間がいない、恐竜時代から生き残ってきた生きた化石なのです。しかも木材は加工しやすく、将棋盤の脚や浮世絵の版木として日本文化を支えてきました。香り、長寿、進化の歴史、職人技──盛りだくさんのカツラを、のんびり見ていきましょう。

気乾比重0.50(0.45〜0.55)軽量〜中庸樹齢上限3000+年(巨木級)超長寿命分類1科1属2種生きた化石進化的孤立性秋の香気マルトール綿菓子・カラメル様落葉時に揮散
図1:カツラの主要スペック(気乾比重・樹齢・分類・芳香成分)

カツラ科はカツラ属たった1属、種もカツラと近縁のヒロハカツラ(亜高山帯に生える)だけという、とても孤独な家系です。化石は北米やユーラシアの白亜紀以降の地層から見つかっていて、かつて北半球に広く茂っていたものが、氷期のあいだに日本と中国のごく一部にだけ生き残った「遺存種」と考えられています。一本の木に、何千万年もの時間が宿っているわけです。

目次

見分け方──ハート型の葉と対生

カツラを見分けるのは意外と簡単です。最大の特徴はハート型の葉が枝に向かい合って(対生に)つくこと。長さ4〜8cmの丸みのある葉に、5本ほどの葉脈が手のひら状に走り、縁はゆるやかな波状。葉柄が赤みを帯びるのも目印です。同じハート型でも、ユリノキ(半月型・互生)やハナズオウ(縁が全縁)とは形と並び方で区別できます。

早春には芽吹きの若葉が紅紫色に染まり、樹冠全体がほんのり赤く輝くのも美しい光景です。雌雄異株で、花は花びらを持たない原始的な姿。雄花は赤い雄しべの束だけが目立ちます。そしてなにより、秋の落葉期にあの甘い香りがすれば、まず間違いなくカツラです。

カツラとホオノキ・ケヤキの力学特性プロファイル気乾比重曲げ強度圧縮強度加工性寸法安定性ヤング率カツラホオノキケヤキケヤキを参照軸とした相対値(外側ほど高性能)
図2:カツラ・ホオノキ・ケヤキの力学特性比較

あの甘い香りの正体──マルトール

カツラの落ち葉が甘く香る正体は、マルトールという芳香成分です。生きている葉のなかでは糖と結びついた形で眠っているのですが、葉が枯れて細胞が壊れると分離して、空気中にふわっと漂い出します。

このマルトール、実は砂糖を焦がしたとき(キャラメリゼーション)に生まれる成分と同じもの。だからパンやチョコレート、コーヒーの香料としても使われています。カツラの落ち葉が「綿菓子」「カラメル」「醤油みたい」と表現されるのは、まさにこのためです。自然界でこれほど大量に甘い香りを放つ木は、ほかにほとんど知られていません。香りは早朝や雨上がりの湿った時間にいちばん強く立ちます。北海道や東北、上高地や木曽、京都北山などの渓流沿いには、秋の香りを目当てに人が訪れる「香りの森」もあるほどです。

千年、ときに三千年を生きる

カツラのもうひとつの驚きは寿命です。樹齢千年級の巨木が各地にあり、北海道斜里町の「斜里のカツラ」は推定2,000年超、幹周20m級。新潟や山形、長野の山にも天然記念物の巨樹が点在します。

こんなに長生きできる秘密は根萌芽(ねぼうが)という性質にあります。主幹が倒れたり伐られたりしても、根元から新しい幹が次々と立ち上がってくるのです。だから見た目は一本でも、実は同じ遺伝子を持つ複数の幹が寄り集まった「株立ち」になっていることが多い。常に自分自身を更新し続けるので、年輪では測りきれないほどの年月を生き延びる──推定樹齢3,000年という個体もこの仕組みのおかげです。

将棋盤の脚、浮世絵の版木に

木材としてのカツラは、気乾比重0.50ほどの軽くて柔らかい散孔材です。木目が均質で刃物がスッと素直に入るため、細密な彫刻や精密な加工にうってつけ。この「削りやすさ」が、日本文化のあちこちで活躍してきました。

まず浮世絵の版木。北斎の『冨嶽三十六景』も広重の『東海道五十三次』も、彫師たちは髪の毛一本まで彫れるカツラを選びました。何千回摺っても木目が崩れない耐久性も決め手でした。次に将棋盤の脚。高級な榧(カヤ)の盤に合わせる脚は、ほぼ例外なくカツラ。盤本体との色のコントラスト、軽さ、湿度が変わっても狂いにくい安定性が理由です。ほかにも鎌倉彫の素地、仏像彫刻、琴や三味線の側板など、「繊細さ」を求められる場面でカツラは選ばれてきました。ただし屋外での耐久性は低いので、使うのは室内に限ります。

よくある質問

Q. なぜカツラから甘い香りがするの?
葉に含まれるマルトールという成分が、落葉時に分離して空気中に揮散するためです。砂糖を焦がしたときに出る香り成分と同じもので、製菓の香料にも使われています。早朝や雨上がりにいちばん強く香ります。

Q. 庭木にできますか?
育てられますが、樹高30mの大木になるので広い敷地が必要です。秋の香りと優美な樹形、春の紅紫色の新芽が魅力で、街路樹や記念樹として東京・札幌・京都など各地で植えられています。庭では剪定でコンパクトに保つ前提になります。

Q. 落ち葉の香りを家でも楽しめますか?
はい。秋の落ち葉を拾って乾かし、布袋に詰めれば数週間ほど香りが楽しめます。マルトールは揮発しやすいので長持ちはしませんが、玄関やリビングの自然な芳香として親しめます。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

コメント

コメント一覧 (1件)

コメントする

CAPTCHA


目次