【カツラ】Cercidiphyllum japonicum|1科1属の生きた化石、秋の甘い香りと将棋盤脚の戦略樹種

カツラ | 樹木図鑑 - Forest Eight

この記事の結論(先出し)

気乾比重0.50(0.45〜0.55)軽量〜中庸樹齢上限3000+年(巨木級)超長寿命分類1科1属2種生きた化石進化的孤立性秋の香気マルトール綿菓子・カラメル様落葉時に揮散
図1:カツラの主要スペック(気乾比重・樹齢・分類・芳香成分)
  • カツラ(Cercidiphyllum japonicum Siebold & Zucc.)はカツラ科カツラ属の1科1属2種のうちの1種で、もう1種のヒロハカツラ(C. magnificum、中国・日本の中部山地)と並ぶ「生きた化石」。気乾比重0.45〜0.55・曲げ強度75〜90MPa・曲げヤング係数7〜9GPaの軽量・中剛性散孔材で、北海道〜九州の渓畔林に分布します。
  • 秋の落葉期に放つ綿菓子・カラメルのような甘い香りは主成分マルトール(maltol、3-hydroxy-2-methyl-4H-pyran-4-one)由来で、葉の枯死過程で生成されます。雌雄異株、対生のハート型葉、根萌芽による株立ち、樹齢3,000年級の巨木が知られる長寿樹種です。
  • 木目均質・加工容易性から、家具・楽器・将棋盤の脚材・浮世絵版木・鎌倉彫の盤面材・仏像彫刻として古来重用されてきました。万葉集にも「楓(かつら)」として詠まれ、桂離宮の名の由来説、神社の社叢樹、街路樹として日本文化に深く根を張る樹種です。

渓流沿いの優美なハート型の葉、落葉時の甘い香り、整った傘状の樹形——カツラ(学名:Cercidiphyllum japonicum Siebold & Zucc.)は1科1属の生きた化石として、植物分類学上極めて特殊な位置を占める日本の落葉広葉樹です。本稿では分類・形態・生態・力学特性・香気成分・木材利用・文化史・保全までを、林野庁・林木育種センター・森林総合研究所・YList等の公的データを横断的に参照しながら整理します。

目次

クイックサマリ

和名 カツラ(桂、楓)
学名 Cercidiphyllum japonicum Siebold & Zucc.
分類 カツラ科(Cercidiphyllaceae)カツラ属(Cercidiphyllum、世界に2種、日本にC. japonicumとC. magnificumの2種)
主分布 北海道〜九州、渓流沿い・湿潤地(標高200〜1,500m)。朝鮮半島・中国にも近縁種が分布
樹高 / 胸高直径 25〜30m / 100〜200cm(最大級は樹高40m・胸高直径4m級)
樹齢 500〜1,000年(巨木級は推定2,000〜3,000年。北海道・東北・中部の天然記念物個体)
気乾比重 0.45〜0.55(平均0.50前後)
曲げ強度 / 圧縮 / ヤング 75〜90 MPa / 38〜45 MPa / 7〜9 GPa
収縮率 径方向 約3.0%、接線方向 約6.5%(異方性は中程度)
耐朽性 低(屋外不適、室内乾燥環境で使用)
主用途 家具、楽器材、将棋盤の脚、浮世絵版木、鎌倉彫盤面材、仏像彫刻、内装材、街路樹
象徴・文化 万葉集で詠まれる「楓」、桂離宮の名の由来説、神社御神木・天然記念物指定多数

カツラは林木育種センターの広葉樹遺伝資源収集対象であり、森林総合研究所の渓畔林長期モニタリングでも指標種として重視されます。和名「桂」は古来から日本各地の地名・人名・寺社名に残り、京都の桂川・桂離宮・桂村(茨城)・桂町(神奈川)など、本樹種が日本の景観文化に深く溶け込んできた証左です。

カツラとホオノキ・ケヤキの力学特性プロファイル気乾比重曲げ強度圧縮強度加工性寸法安定性ヤング率カツラホオノキケヤキケヤキを参照軸とした相対値(外側ほど高性能)
図2:カツラ・ホオノキ・ケヤキの力学特性比較

キャラクター指標

項目 評価 意味
コスパ ★★★☆☆ 家具材として中価格帯。版木用・将棋盤脚用は高付加価値で銘木扱い
レア度 ★★★★★ 1科1属の生きた化石、樹齢千年級は天然記念物クラス
重厚感(密度) ★★☆☆☆ 軽量〜中密度(0.50)、加工性良好
しなやかさ(ヤング) ★★★☆☆ 中剛性(7〜9GPa)、家具・楽器材として理想的
成長速度 ★★★☆☆ 遅成、林冠到達100年・大径化に300年以上を要する
環境貢献度 ★★★★★ 進化遺産・渓流生態系の鍵種・伝統工芸・水源涵養・蜜源

1科1属の進化的孤立性と分類学的位置づけ

カツラ科(Cercidiphyllaceae)は世界にカツラ属(Cercidiphyllum)1属のみが存在し、種はC. japonicum(カツラ)とC. magnificum(ヒロハカツラ)の2種に限られる稀有な分類群です。両種は中生代白亜紀に分岐したと推定され、化石記録は北米・ユーラシア大陸の白亜紀後期〜第三紀層から多数発見されています。新生代初期には北半球温帯に広く分布していたものが、氷期の繰り返しと大陸間の隔離によって日本・中国の限られた地域にのみ遺存した「レリック種(遺存種)」と考えられます。

APG IV体系ではカツラ科はユキノシタ目(Saxifragales)に位置づけられ、フウロソウ目・ベンケイソウ科などと同じグループに分類されます。長らく独立目(Cercidiphyllales)とされた時期もありましたが、分子系統解析の進展によりユキノシタ目内の基底的位置に収まりました。YList(米倉浩司・梶田忠による日本産植物分類リスト)でも現在はSaxifragales / Cercidiphyllaceaeとして登録されています。

近縁種ヒロハカツラ(C. magnificum)は、葉がより大型で円形に近く、果実が大きく雄花・雌花の構造もカツラとは異なります。日本では本州中部の亜高山帯(標高1,200〜1,800m)に分布し、本種より垂直分布が高い位置にあります。中国西部にも近縁集団が確認されており、東アジアのカツラ属の系統地理は近年の集団遺伝学研究で活発に議論されているテーマです。

形態学的特徴

部位 カツラの特徴
ハート型(広卵形〜円形)、長さ4〜8cm、対生、葉縁波状鋸歯、5本前後の主脈が掌状に走る。葉柄は赤みを帯びる
新芽 早春、芽吹き時に紅紫色の若葉を展開。萌芽期の樹冠が紅赤色に輝く独特の景観
樹皮 暗灰褐色、縦に薄く裂け鱗片状に剥離。老木では幅広い縦裂が深く刻まれる
雌雄異株。3〜5月、葉に先立って咲く。雄花は4〜10本の濃赤色の雄しべ、雌花は3〜5本の雌しべ。風媒花で花弁・萼を欠く原始的構造
果実 豆果状の蒴果、長さ1〜2cm、3〜5個ずつ束生。秋に熟して縦に裂開、扁平で翼のある種子を散布
種子 小型・翼状、風散布。1果あたり数十粒
樹形 整然とした円錐形〜傘状、優美。根萌芽性が強く、株立ち(多幹)の巨木がしばしば成立
根系 側根が水平に広く展開、湿潤土壌で旺盛に発達。倒伏耐性が高く、渓畔の斜面安定化に寄与

葉のハート型・対生は本種の最も識別容易な特徴で、カツラ属に固有のシルエットです。同じハート型でもユリノキ(半月型・互生)、ハナズオウ(互生)、ホオノキ(楕円・大型)とは葉の形・配列・縁鋸歯で明瞭に区別できます。早春の新芽が紅紫色になる現象は、若葉のアントシアニン蓄積による紫外線防御反応で、芽出し期の冷温下で展開する若葉を強光・低温から守る生理機能と考えられています。

生態と分布

カツラは冷温帯〜山地帯の落葉広葉樹林に生育し、特に渓谷・河川沿いの湿潤地を強く選好します。年降水量1,500mm以上、夏季冷涼で土壌水分が常に高い立地を最適とし、サワグルミ・トチノキ・シオジ・ハルニレ・ケヤキ・カエデ類とともに渓畔林(riparian forest)を構成します。林野庁の天然林調査では、本州中部の標高400〜1,500m帯で大径個体が多数確認されており、北海道では平地の沢沿いにも巨木が点在します。

本種の最大の生態的特徴は根萌芽性で、主幹が倒れたり伐採されても、根株から多数の萌芽枝が発生して株立ち状の巨樹に成長します。これにより、見た目は1個体でも遺伝的には同一クローンの「ジェネット」を形成し、樹齢の判定が極めて困難です。北海道斜里町の「斜里のカツラ」(推定樹齢2,000年超、幹周20m級)、新潟県十日町市の「松苧山のカツラ」、山形県小国町の「飯豊のカツラ」など、全国の天然記念物カツラはこの株立ち型がほとんどで、根株の年輪計測によって推定樹齢が3,000年に達する個体も報告されています。

耐陰性は若木期に強く、林冠下のギャップ形成を待って成長を開始します。種子は翼を持ち風散布で広範囲に拡散しますが、湿潤土壌・適度な光・落葉層の薄い場所でしか発芽しないため、稚樹の更新は環境制限が厳しい樹種です。森林総合研究所の渓畔林長期モニタリングでは、近年の集中豪雨頻度の増加と渓床の攪乱が、稚樹定着に正負両方の影響を与えていることが報告されています。

共生関係としては、外生菌根菌(ECM)よりもアーバスキュラー菌根菌(AMF)と共生する例が多く、湿潤土壌での養分循環を支えています。葉は秋に黄葉して落葉し、マルトールを揮散させながら分解されて林床の有機物供給と土壌肥沃化に寄与します。蜜源植物としても重要で、早春の雄花は冬眠から覚めたハナバチ類の貴重な蜜源・花粉源となります。

落葉時の甘い香り——マルトールの化学

マルトールの構造と生成機構

カツラの最大の特徴は、秋の落葉期に発する綿菓子・カラメルのような甘い香りです。主成分はマルトール(maltol、化学式 C6H6O3、分子量126.11)と呼ばれる芳香化合物で、3-hydroxy-2-methyl-4H-pyran-4-oneという構造を持つピラノン類の一種です。生葉中ではマルトール配糖体として存在し、葉が枯れて細胞が壊れる過程で加水分解されて遊離マルトールが生成、揮散します。

マルトールは砂糖を加熱した際のキャラメリゼーションで生じる代表的香気成分でもあり、製菓・食品業界では香料原料として広く使われています。FAO/WHOの食品添加物としても認証され、パン・ケーキ・チョコレート・コーヒーのフレーバーに重用されます。カツラの落葉が「綿菓子の香り」「カラメルの香り」「醤油の香り」と表現されるのは、まさにマルトールの揮散によるもので、自然界で大量にマルトールを放出する樹種は本種以外にほぼ知られていません。

成分 構造 機能・香気
マルトール 3-hydroxy-2-methyl-4H-pyran-4-one 甘い綿菓子・キャラメル様の主香
イソマルトール 異性体 カラメル様の補助香
5-ヒドロキシマルトール 水酸基付加体 香気の持続性に寄与
テルペン類(α-pinene等) イソプレノイド 樹特有の青葉香・木材香

森林浴・観光資源としての利用

秋のカツラ林は独特の香りで知られ、北海道・東北・中部山岳・近畿の渓流沿いカツラ群落は森林浴・自然観察の人気スポットとなっています。岐阜県飛騨地方、長野県木曽・上高地、北海道大雪山系・知床、岩手県奥羽山脈、京都北山などでは、毎年10〜11月の落葉期にカツラの香りを目当てに観光客が訪れる「香りの森」プログラムが地元自治体・森林管理局によって運営されています。香気は早朝・雨後の湿潤時に最も強く感じられ、林床の落葉層からゆっくりと立ち上る独特の体験は、本種ならではの自然遺産と言えます。

木材としての性質と用途展開

カツラ材は環孔材ではなく散孔材で、年輪は不明瞭、木理は通直で美しい絹のような光沢を持ちます。心材は淡い赤褐色〜紫褐色、辺材は黄白色で、心辺材の境界はやや不明瞭。乾燥収縮は中程度で、寸法安定性は広葉樹のなかでも比較的良好な部類です。切削・カンナがけ性は極めて良好で、刃物の切れ味が素直に出るため、細密彫刻・薄板加工・精密家具に最適とされてきました。

  1. 家具材:椅子・テーブル・キャビネット・桐箪笥に類する高級収納家具。木目の均質性・落ち着いた色調・加工容易性が評価され、和家具・洋家具を問わず使われます。
  2. 楽器材:琴・三味線の胴、和太鼓の桴(ばち)、箱物楽器の側板・裏板。軽量で響きが柔らかく、振動減衰特性が音色を整えます。
  3. 将棋駒・盤の脚材:本榧(ホンガヤ)盤の脚材として最高評価。盤本体のカヤとの色調コントラスト、軽量で持ち運びやすい点、湿度変化に対する寸法安定性の高さが選定理由です。プロ棋戦で使われる最高級盤の脚は、ほぼ例外なくカツラ材です。
  4. 浮世絵版木:江戸期の浮世絵・木版画の版木として最高級材。北斎『冨嶽三十六景』、広重『東海道五十三次』の彫師たちはカツラ材を細密彫刻に選び、現在も京都・東京の伝統木版画工房ではカツラ材が継承されています。
  5. 鎌倉彫・彫刻盤面材:鎌倉彫の盤面・盆・椀の素地材として中世から使われてきました。彫刻刀の入り方が滑らかで、漆塗りの密着性も高い特性が選定理由です。
  6. 仏像・神像彫刻材:平安〜鎌倉期の小像、近世の地方仏で広く使われ、現代の彫刻家にも愛用されます。クスノキやヒノキに比べて軽量で取り回しやすい利点があります。
  7. 内装材:羽目板、天井板、欄間、襖の縁材。乾燥した室内環境での使用に限られます。
  8. 街路樹・公園樹:樹形の優美さ・秋の黄葉と香り・耐公害性から、東京・札幌・京都など多くの都市で街路樹に採用。記念植樹としても人気です。

工学的視点:力学特性比較

項目 カツラ ホオノキ(参考) ケヤキ(参考) キリ(参考)
気乾比重 0.45〜0.55 0.45〜0.50 0.65〜0.75 0.27〜0.30
曲げ強度(MPa) 75〜90 70〜85 110〜130 30〜40
圧縮強度(MPa) 38〜45 35〜42 55〜65 20〜25
曲げヤング係数(GPa) 7〜9 7〜9 11〜14 3〜5
径方向収縮率(%) 約3.0 約2.8 約3.5 約2.5
接線方向収縮率(%) 約6.5 約6.2 約7.5 約4.5
耐朽性 中〜高
切削性 極良 極良 普通(硬い) 極良

カツラはホオノキとほぼ同等の軽量・中剛性・極良切削性を持ち、ケヤキより軽く加工しやすく、キリより強度がある「中位の使いやすい広葉樹」というポジションです。この絶妙なバランスが、版木・将棋盤脚・楽器側板・彫刻材といった精密用途で評価される理由です。

文化史と象徴性

万葉集・古典文学のカツラ

万葉集には「楓(かつら)」として複数首詠まれており、古来から日本人にとって馴染み深い樹種でした。古事記・日本書紀には、月にカツラが生えるという中国伝来の月桂伝説(実際の月桂樹とは別物)が記されており、神話的・宗教的シンボルとしての一面も持ちます。京都の桂川・桂離宮の名は、この月桂伝説と当地のカツラ群生に由来するという説が有力です。

神社の社叢樹・天然記念物

カツラは全国各地の神社境内に御神木として植えられており、長寿・水神・豊穣の象徴として信仰されてきました。代表例として、北海道斜里町「斜里のカツラ」(推定樹齢2,000年)、北海道滝上町「上士幌のカツラ」、新潟県十日町市「松苧(まつお)のカツラ」、山形県小国町「飯豊山麓のカツラ」、長野県飯山市「鍋倉山のカツラ」、岐阜県郡上市「美並のカツラ」、京都府京丹波町「妙見山のカツラ」など、国・都道府県・市町村の天然記念物として保護される個体が多数存在します。これらの巨木は地域の祭礼・伝説・民俗信仰の中核を担い、有形無形の文化遺産として継承されています。

桂離宮と桂男

京都・桂離宮の名の由来には諸説ありますが、平安時代に当地が「桂里」と呼ばれていたこと、桂川河畔のカツラ巨木群が古くから歌枕となっていたことが背景にあります。「桂男(かつらおとこ)」は月の異称で、月とカツラを結ぶ古典的イメージは、この樹種の優美な樹形と霊性が結びついた日本独自の美意識を象徴しています。

経済的視点

項目 水準
国産カツラ素材生産量 年間数千m³(広葉樹全体に対しごく小さなシェア)
山土場価格(A材) 15,000〜25,000円/m³
家具用一枚板(B〜A材) 10万〜30万円/m³
版木用最高級材 50万〜200万円/m³
将棋盤脚材(4本セット) 5万〜30万円
大径古木一枚板 30万〜150万円/枚(樹齢200年以上)

市場流通量は限定的で、林野庁の素材生産統計でも独立項目化されていない「その他広葉樹」枠で扱われることが多い樹種です。一方、版木用・将棋盤脚用・楽器用の特殊用途では、原木の良質個体が銘木店・専門問屋を通じて安定した高値取引されており、地域の山林経営における高付加価値広葉樹として再評価されつつあります。

保全と更新の課題

カツラは渓畔林の指標種として生態学的価値が高く、林野庁・都道府県の森林環境保全事業でも重視されています。一方、近年の課題として以下が挙げられます。

  • シカ食害:稚樹・若葉のシカ食害が広域で深刻化。林床更新が阻害される地域が増加
  • 渓床攪乱:集中豪雨と土砂災害による渓床の急激な変化が、稚樹定着の場を奪う
  • 巨木の経年衰退:樹齢千年級個体の幹腐朽進行、台風・豪雪による倒伏被害
  • 遺伝的多様性の低下:クローン繁殖(根萌芽)依存集団での近交弱勢の懸念
  • 気候変動:夏季の乾燥化・気温上昇による稚樹枯死率上昇のリスク

林木育種センターでは、地域系統別の遺伝資源収集・実生苗養成・在来集団の保護増殖が継続されており、特に北海道・東北・中部山岳の系統について重点的に保全されています。森林総合研究所の渓畔林モニタリングでも、本種は環境変動の指標として位置づけられています。

識別のポイント

  1. 葉:ハート型(広卵形〜円形)・対生・5本前後の主脈が掌状に走る・葉縁波状鋸歯ならカツラ可能性大。葉柄が赤みを帯びる点も補助識別点。
  2. 香り:秋の落葉期、特に早朝・雨後の湿潤時に綿菓子・カラメル様の甘い香り。本種の独占的特徴。
  3. 立地:渓流沿い・湿潤地・沢の湧水点近くに多い。低地の人工植栽でも、街路樹・公園樹として確認可能。
  4. 樹形:株立ち(多幹)の傘状樹冠、根萌芽性。1個体に見えても根が共通する複数幹のジェネットであることが多い。
  5. 新芽:早春の紅紫色の若葉、雌雄異株の花(花弁を欠き、雄花は赤い雄しべ束)。
  6. 樹皮:暗灰褐色・縦に薄く裂け鱗片状剥離。老木では深い縦溝を形成。

近縁のヒロハカツラとは葉のサイズ(より大型・円形)・分布標高(亜高山帯)・果実の大きさで区別します。ユリノキは葉が半月型で互生、ハナズオウは互生でハート型でも縁が全縁、ホオノキは葉が大型・楕円・互生で識別容易です。

よくある質問(FAQ)

Q1. なぜカツラから甘い香りがするの?

葉のマルトール(maltol、3-hydroxy-2-methyl-4H-pyran-4-one)配糖体が、落葉時の細胞破壊によって加水分解され、遊離マルトールとして揮散するためです。糖類の熱分解(キャラメリゼーション)で生じる芳香化合物と同じで、製菓・食品香料にも使われる成分です。本種以外で同レベルの香りを放つ樹種はほぼ知られていません。

Q2. カツラと桂剥き(カツラむき)の関係は?

料理用語の「桂剥き(大根等を薄く剥く技法)」は、カツラの葉の薄さや木材としての薄板加工容易性に由来するという説があります。カツラ材は刃物が滑らかに入る切削特性を持ち、薄く均質に削り出せる性質が「桂のように薄く剥く」という表現を生んだと考えられます。

Q3. カツラを庭木として育てられますか?

育成可能ですが大径化(樹高30m)するため広い庭が必要です。秋の香りと優美な樹形・早春の紅紫色新芽から、公園樹・記念樹・街路樹として人気で、東京・札幌・京都・仙台など多くの自治体で街路樹に採用されています。家庭ではコンパクトに保つ剪定管理が前提となります。

Q4. カツラの紅葉はいつごろですか?

地域差はありますが、北海道で9月下旬〜10月中旬、東北・中部山岳で10月中旬〜11月上旬、近畿・西日本で11月上旬〜下旬に黄葉のピークを迎えます。葉が黄色〜橙色に色づき、落葉直前から落葉後数日間が最も香りが強くなります。

Q5. ヒロハカツラとの違いは?

ヒロハカツラ(C. magnificum)は葉がより大型・円形に近く、果実も大きく、本州中部の亜高山帯(標高1,200〜1,800m)に分布します。カツラ(C. japonicum)は標高200〜1,500mと垂直分布幅が広く、より一般的に観察される種です。

Q6. カツラ材は屋外で使えますか?

耐朽性が低いため屋外暴露には不向きで、数年で腐朽が進みます。屋根や軒下の保護下、または室内乾燥環境での家具・内装用途に限定されます。屋外で使う場合は防腐処理・塗装・定期メンテナンスが必須です。

Q7. 将棋盤の脚材としてなぜカツラが選ばれるのですか?

本榧(ホンガヤ)盤の脚材としてカツラが選ばれるのは、(1)盤本体カヤの淡黄色との色調コントラスト、(2)軽量で運搬・移動が容易、(3)湿度変化に対する寸法安定性、(4)切削性の良さによる精密成形のしやすさ、(5)和の意匠としての伝統的格式の5点が理由です。プロ棋戦で使われる最高級盤はほぼ例外なくカツラ脚です。

Q8. 浮世絵版木にカツラが使われるのはなぜ?

カツラ材は木理が均質・通直で、切削性が極めて良好なため、彫師の刀(小刀・丸刀・三角刀)が滑らかに入り、髪の毛一本のような細密彫刻が可能だからです。また、印刷時の繰り返し圧力に対しても木目の崩壊が起きにくく、数千回の摺りに耐える耐久性も評価されます。北斎・広重・歌麿の作品はほぼすべてカツラ版木で彫られました。

Q9. カツラの根萌芽性とは?

主幹が倒れたり伐採されても、根株から多数の萌芽枝が発生して新たな幹に成長する性質です。これにより、見た目は1個体でも遺伝的には同一クローン(ジェネット)の株立ち巨木が形成されます。樹齢3,000年級と推定される天然記念物のほとんどはこの根萌芽による株立ち型で、年輪計測が困難なため推定樹齢には幅があります。

Q10. カツラを公園で見分けるコツは?

(1)対生のハート型葉、(2)樹皮の暗灰褐色・縦裂け、(3)株立ち(多幹)の樹形、(4)秋に黄葉して甘い香り、(5)早春の紅紫色新芽、の5点を順にチェックしてください。特に対生のハート型葉は他樹種との識別決定打になります。

Q11. カツラの蜂蜜はありますか?

早春の雄花は赤色の雄しべ束で、ハナバチ類の蜜源・花粉源となります。ただし開花量・蜜量とも単一蜜源として商品化されるほどではなく、サクラ・トチノキ・ニセアカシアなど他の春咲き蜜源樹と混合して採蜜される位置づけです。

Q12. カツラの香りを家庭で楽しめますか?

秋にカツラの落葉を拾って乾燥させ、布袋に詰めると数週間香りを楽しめます。マルトールは揮発性が高いため数ヶ月で香りは弱まりますが、毎年の秋に補充する形でリビング・玄関の自然香として親しむ家庭もあります。庭にカツラを植えていれば、落葉期に自然に香りが立ち上ります。

📄 出典・参考

  • 林野庁「日本の樹木——広葉樹編」分布・蓄積統計
  • 林木育種センター「広葉樹遺伝資源収集データベース」カツラ系統情報
  • 森林総合研究所「渓畔林長期モニタリング報告書」
  • YList(米倉浩司・梶田忠)「日本維管束植物目録」Cercidiphyllum japonicum
  • 日本木材学会「木材工業ハンドブック」カツラの物理・力学特性
  • 環境省「自然環境保全基礎調査・植生調査」
  • 万葉集(巻七・巻十など「楓」詠み込み歌)
  • 各都道府県「県・市町村指定天然記念物カツラ巨木調査報告」

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まとめ

カツラ(Cercidiphyllum japonicum)は1科1属の生きた化石としての進化的孤立性、落葉時のマルトール由来の独特な甘い香り、家具・将棋盤脚・浮世絵版木・鎌倉彫盤面材としての伝統的最高級材という三層の価値を持つ稀有な樹種です。気乾比重0.45〜0.55・曲げ強度75〜90MPa・曲げヤング係数7〜9GPaの軽量・中剛性散孔材としての構造性能、対生のハート型葉と早春の紅紫色新芽による景観価値、根萌芽性ゆえの樹齢3,000年級の長寿性、渓畔林の指標種としての生態学的役割を統合することで、進化遺産・伝統工芸・水源涵養・文化的象徴の四層に貢献し続けます。万葉集に詠まれ、桂離宮の名の由来となり、神社の御神木として千年を超えて生きるカツラは、日本人と樹木の関係史を象徴する樹種のひとつと言えるでしょう。

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