エリートツリー第3世代の成長特性:1.5倍成長と無花粉スギ実装

エリートツリー第3世代の成長 | 森と所有 - Forest Eight

結論先出し

  • エリートツリー(精英樹由来の優良系統)は林木育種センターが選抜・育種する成長量・通直性・病害抵抗性に優れた林業用樹種系統で、第3世代特定母樹がスギ・ヒノキ・カラマツで実用化済み。
  • 第3世代特定母樹の優位性:成長量標準比1.5倍、伐期20年短縮(スギ50年→30年級)、通直性向上、無花粉スギ・少花粉スギの実装、病害抵抗性向上。再造林の経済性改善の主要ツール。
  • 普及は森林環境譲与税を活用した苗木供給整備で加速中。林木育種センター(茨城本所+5育種場)が全国の系統管理、種苗供給能力は2030年に年間1,000万本超を目標。

エリートツリーは現代日本の林業の核心技術の一つです。林木育種センターが80年以上の蓄積で開発してきた優良系統で、近年の「第3世代特定母樹」は再造林の経済性を抜本改善する潜在力を持ちます。本稿ではエリートツリーの育種史・主要系統・林業現場での実装・国際比較・カーボンニュートラル戦略との接続まで、数値ベースで網羅的に整理します。

目次

クイックサマリ:エリートツリーの基本

項目 内容
定義 精英樹(plus tree)から選抜・育種された優良系統
主要対象樹種 スギ、ヒノキ、カラマツ、トドマツ、エゾマツ、アカマツ等
世代 第1世代→第2世代→第3世代(特定母樹)
第3世代成長量 標準系統の1.5倍(材積ベース)
第3世代の伐期短縮 スギで概ね20年短縮(50年→30年級)
育種機関 林木育種センター(本所+5育種場)
無花粉スギ 1992年富山県で発見、2010年代から普及拡大
少花粉スギ 花粉量が標準系統の1%以下の認定基準
主要支援 森林環境譲与税、優良種苗生産推進対策事業
特定母樹指定数 2024年時点で全国400系統超

林木育種の歴史:精英樹から第3世代まで

日本の林木育種は戦後復興期の人工林造成と密接に連動して発達しました。1956年の林木育種事業発足から70年近い蓄積が、現在の第3世代特定母樹として結実しています。

年代 マイルストーン 到達点
1956 林木育種事業発足 農林省設置
1956-1980 精英樹(plus tree)選抜:全国数千本 第1世代育種素材の母集団形成
1980-2000 第1世代エリートツリー実用化 成長1.1-1.2倍、採種園整備
1992 無花粉スギ発見(富山県中央植物園) 遺伝的雄性不稔系統の確立
2000-2015 第2世代育種、少花粉スギ普及 成長1.3倍、花粉症対策本格化
2013 森林林業基本法改正で「特定母樹」制度導入 農林水産大臣指定の枠組み確立
2015〜 第3世代特定母樹実用化開始 成長1.5倍系統の指定開始
2020〜 無花粉スギ・少花粉スギ大量普及 採穂園・採種園の量的拡大
現在 第4世代育種研究中 DNA選抜・複合形質統合

世代別の特性向上:数値で見る進化

世代を経るごとに成長量・通直性・病害抵抗性が改善されます。第3世代では成長量に加えて伐期そのものを短縮できる点が経済的に決定的です。

世代 成長量(標準比) 通直性 伐期目安(スギ) その他特性
標準(在来) 1.0倍 標準 50年級
第1世代 1.1-1.2倍 やや改善 45年級 初期育種、採種園主体
第2世代 1.3倍 改善 40年級 少花粉実用化
第3世代特定母樹 1.5倍 大幅改善 30年級 無花粉、病害抵抗性、複合形質
第4世代(研究中) 2倍目標 25年級目標 気候適応・カーボン強化

第3世代スギで伐期20年短縮の意味は大きく、再造林後の収益発生時期が前倒しされ、林業経営の現在価値(NPV)が大幅改善します。林野庁の試算では、伐期短縮による収益増は標準系統比で1.3〜1.5倍とされています。

林木育種センターの体制と全国支所

育種事業は森林研究・整備機構の傘下にある林木育種センターが統括し、本所と5つの地域育種場が気候帯ごとに分担します。

育種場 所在 主要対象樹種 主要活動
本所(林木育種センター) 茨城県日立市 全国統括 育種戦略、DNA分析、データ管理
北海道育種場 北海道江別市 トドマツ・エゾマツ・カラマツ 北方樹種の選抜・育種
東北育種場 岩手県滝沢市 スギ寒冷系統・カラマツ 耐雪・耐寒系統の育成
関東育種場 茨城県日立市 スギ・ヒノキ(関東以南) 主要造林樹種の育種拠点
関西育種場 岡山県勝央町 スギ・ヒノキ(近畿・中国・四国) 暖温帯系統の育種
九州育種場 熊本県合志市 スギ・ヒノキ・センダン等 南方系統、早成樹研究

各育種場は採種園・採穂園・検定林・原種園を保有し、育種素材の保存と量的拡大の双方を担います。検定林は全国で500ヶ所超、累積植栽本数は数十万本規模。

樹種別の育種ロードマップ

樹種ごとに第3世代到達時期と普及段階が異なります。スギが先行し、ヒノキ・カラマツが続く構造です。

樹種 第3世代実用化 主な改良方向 普及段階(2024時点)
スギ 2015年〜 成長1.5倍、無花粉、少花粉、心材色 本格普及
ヒノキ 2018年頃〜 成長改善、通直性、ヒノキ漏脂病抵抗性 普及初期
カラマツ 2020年頃〜 成長改善、先枯病抵抗性、北海道適応 普及初期
トドマツ 第2世代主体 成長改善、北海道適応 第2世代普及中
センダン・ユリノキ等早成樹 研究段階 短伐期化、広葉樹対応 試験段階

第3世代特定母樹の認定基準

2013年改正森林林業基本法に基づき、農林水産大臣が「特定母樹」として指定する制度。指定要件は数値的に明確化されています。

  • 成長量:在来系統の概ね1.5倍以上(材積ベース)
  • 幹の通直性:曲がりが少なく利用率が高いこと
  • 花粉量(スギ):少花粉系統は標準系統の1%以下、無花粉系統は花粉ゼロ
  • 病害抵抗性:マツ材線虫病・ヒノキ漏脂病等への抵抗性
  • 後代検定:複数地点・複数年次での性能確認
  • 地域適応性:指定地域の気候・土壌への適合

これらを満たした系統のみが特定母樹に指定され、その種子・穂木が苗木生産に活用されます。2024年時点で全国の指定数は400系統を超えます。

無花粉スギ・少花粉スギの主要品種

花粉症対策として注目される育種成果。無花粉系統は1992年に富山県で発見された遺伝的雄性不稔系統が起点です。

無花粉スギの代表品種

  • 立山 森の輝き:富山県開発、初の実用無花粉スギ
  • はるよこい:神奈川県開発、関東向け
  • 爽春(そうしゅん):千葉県開発、暖温帯適応
  • 奥多摩1号:東京都開発、関東山地向け
  • 林研1号:静岡県開発、無花粉スギの第3世代候補

少花粉スギの代表品種

  • 立山1号〜10号:富山県シリーズ
  • ぞうき1号:林木育種センター開発
  • 関東1号〜25号系:関東育種場開発、花粉量1%以下
  • 九州1号〜30号系:九州育種場開発、暖温帯向け

2024年時点で、林野庁・各都道府県は再造林スギの少花粉・無花粉化を施策として推進中。スギ再造林苗の少花粉・無花粉率は2030年に50%以上を目標。

DNA選抜技術と育種期間の短縮

第3世代以降の育種では、従来の表現型選抜(成長量を直接測定する)に加えて、DNAマーカー選抜(MAS:Marker Assisted Selection)とゲノミック選抜(GS:Genomic Selection)が導入されています。

選抜手法 特徴 育種期間
従来法(表現型選抜) 植栽後の実測値で選抜 1世代25-30年
MAS(マーカー選抜) 特定形質に連鎖したDNAマーカーで選抜 1世代15-20年
GS(ゲノミック選抜) 全ゲノム情報で育種価予測 1世代10-15年

DNA選抜の導入で、第3世代から第4世代までの育種期間が従来比で半分程度に短縮される見込みです。森林総合研究所はスギ全ゲノム配列解読を2019年に完了し、ゲノミック選抜の基盤が整備されました。

後代検定の方法と期間

特定母樹指定の前提となる「後代検定」では、候補母樹の自殖または他殖種子から育てた次代苗を全国の検定林に植栽し、複数年次・複数地点で性能を確認します。

  • 植栽地点:気候帯ごとに3〜5地点
  • 検定期間:植栽後10〜20年
  • 評価項目:樹高・胸高直径・材積・通直性・分岐特性
  • 統計処理:分散分析・遺伝率推定・育種価予測

後代検定は時間とコストがかかるため、近年はGSと併用し検定期間を短縮する試みが進んでいます。

種苗供給センターと普及計画

エリートツリー苗木の供給は、林木育種センター→各県の採種園・採穂園→苗木生産業者→造林地という流れで行われます。供給能力は2030年に年間1,000万本超を目標とし、現状(2024年)の3倍規模への拡大が計画されています。

段階 担い手 役割
原種保存 林木育種センター 採穂母樹・接ぎ木原木の保存
採種園・採穂園 都道府県・林業公社 種子・穂木の量産
苗木生産 苗木生産業者 コンテナ苗・裸苗の生産
造林地配布 市町村・森林組合 再造林事業での植栽

県別の採用状況(先進県と後進県)

エリートツリー普及は県によって温度差があります。気候・林業構造・行政体制の違いが反映された結果です。

区分 代表県 特徴
先進県 富山・静岡・宮崎・熊本 無花粉スギ・第3世代の積極導入、再造林苗の50%以上をエリートツリー化
中位県 長野・岐阜・三重・大分 計画的拡大中、再造林苗の20-40%
後進県 北海道一部・東北一部 苗木供給体制の構築段階、再造林苗の10%未満

後進県の主な障壁は採種園・採穂園の整備遅れと、苗木生産業者の世代交代問題です。森林環境譲与税の活用で支援が強化されています。

苗木生産業者との連携

エリートツリーの社会実装は、最終的に各地の苗木生産業者の生産能力に依存します。コンテナ苗化への移行と相まって、苗木業界全体の構造転換が進んでいます。

  • コンテナ苗専用の温室・育苗施設整備
  • 採穂母樹の貸与契約と穂木の安定供給
  • 品種別生産マニュアルの整備
  • 苗木検査基準の標準化
  • 後継者育成と新規参入支援

海外との比較:米国南部マツ・北欧スプルース

エリートツリー育種は世界各地で進んでいます。日本の第3世代スギ・ヒノキは、米国南部のテーダマツ第3世代やスウェーデン・フィンランドのヨーロッパトウヒ第3世代と概ね同水準の到達点にあります。

地域 主要樹種 到達世代 成長改善
日本 スギ・ヒノキ 第3世代 標準比1.5倍
米国南部 テーダマツ 第3世代 標準比1.3-1.5倍
北欧(スウェーデン・フィンランド) ヨーロッパトウヒ・スコッツマツ 第2-3世代 標準比1.2-1.4倍
ニュージーランド ラジアータマツ 第4世代相当 標準比2倍級
ブラジル ユーカリ クローン林業 標準比3倍以上(短伐期)

ニュージーランドのラジアータマツやブラジルのユーカリは、短伐期かつクローン化(挿木増殖)まで進んだ事例で、日本も第4世代育種で同様の方向性を視野に入れています。

カーボンニュートラル戦略との連携

政府の2050年カーボンニュートラル戦略において、森林吸収量の確保はおよそ3,800万トンCO2/年が目標です。エリートツリーは以下の経路でこの目標に貢献します。

  • 成長量増による吸収量増:単位面積あたり年間吸収量が1.5倍
  • 伐期短縮による回転率改善:単位時間あたりの炭素貯蔵量が改善
  • 木材利用拡大:建築用材としての炭素固定(HWP:Harvested Wood Products)
  • 再造林率向上:経済性改善で皆伐後の再造林意欲が向上

林野庁の試算では、エリートツリー再造林を全国で標準化した場合、2050年までの累積CO2吸収量が標準系統比で1億トン規模で増加する可能性があります。

公的支援と補助金

エリートツリーの普及を支える公的支援は多層的です。

制度 主な内容 担当
森林環境譲与税 市町村による苗木供給整備 総務省・市町村
優良種苗生産推進対策事業 採種園・採穂園整備、苗木生産業者支援 林野庁
森林整備事業 再造林への補助(エリートツリー使用で加算) 林野庁・都道府県
緑の雇用事業 苗木生産・植栽の担い手育成 林野庁
都道府県独自補助 無花粉スギ普及加算等 都道府県

残された課題

第3世代エリートツリーの社会実装には複数の課題が残ります。

  • 種苗供給能力:年間1,000万本目標に対して現状3-4割程度。採種園・採穂園の量的拡大が急務。
  • コスト:エリートツリー苗は標準苗の1.2-1.5倍程度で、補助なしでは経営判断が分かれる。
  • 地域適応性:気候帯を越えた使用は推奨されず、地域別の系統整備が必要。
  • 遺伝的多様性:少数優良系統への偏りは病虫害リスクを高めるため、複数系統の組み合わせが必要。
  • シカ害との関係:成長量1.5倍でもシカ食害には弱く、防護策と併用が前提。
  • 苗木業界の世代交代:高齢化が進行し、後継者育成が急務。

採種園・採穂園の整備状況

第3世代特定母樹の量的普及は、最終的に採種園・採穂園の整備規模に律速されます。林野庁の整備計画では、2030年に第3世代対応の採種園・採穂園面積を全国で1,500ヘクタール規模に拡大する目標が掲げられています。

区分 2020年 2024年 2030年目標
第3世代対応採種園 約200ha 約500ha 約1,000ha
第3世代対応採穂園 約100ha 約250ha 約500ha
年間種子生産量(kg) 約2t 約5t 約12t
年間苗木供給能力 約200万本 約400万本 約1,000万本

採種園は造成から本格採種開始まで10〜15年を要するため、現在進行中の整備事業の成果が現れるのは2030年代以降となります。中間期間は採穂園による挿木増殖が量的拡大の主役を担います。

第3世代スギの材質特性

成長量1.5倍は速く育つことを意味しますが、年輪幅が広くなり材質が低下する懸念がしばしば指摘されます。実際には林木育種センターの後代検定で材質低下は限定的と報告されています。

項目 標準スギ 第3世代スギ 差異
容積密度(g/cm3) 0.32-0.38 0.30-0.36 5-7%低下
曲げ強度(MPa) 50-65 48-62 軽微な低下
ヤング係数(GPa) 7-9 7-9 同等
心材色 黒褐色〜赤褐色 赤褐色(選抜系統) 改善
節の少なさ 標準 改善(通直性向上) 改善

容積密度は5〜7%低下するものの、強度等級としては同等の使用が可能で、構造材としての利用に支障はないとされています。心材色についてはむしろ第3世代で赤色系統が優先選抜されており、市場価値は高い傾向があります。

エリートツリー育種の研究機関連携

育種研究は林木育種センターを中核に、複数の研究機関が連携して進められています。

  • 森林総合研究所(FFPRI):ゲノム解析、生理特性研究、樹木育種の基礎研究
  • 林木育種センター(FTBC):育種事業の実装、特定母樹指定の根拠データ提供
  • 都道府県林業試験場:地域特化系統の育成、現地試験
  • 大学(東京農工大、北海道大、九州大等):分子育種・生理学研究
  • 民間種苗会社:実装段階での量産技術開発

近年はオープンサイエンスの流れで、スギ・ヒノキの参照ゲノムや育種関連データが順次公開され、産学連携の研究基盤が整いつつあります。

気候変動下のエリートツリー戦略

気候変動下では、現在の地域適応系統が将来の気候帯では不適合となるリスクがあります。林木育種センターは将来気候を見越したエリートツリー戦略を検討中です。

気候変動シナリオ 2050年想定 育種上の対応
気温上昇(+2度) 暖温帯北上 暖地系統の北方移植試験
降水パターン変化 夏季干ばつリスク 耐乾性系統の選抜強化
台風強度増大 風倒被害増 耐風性・通直性の強化
病虫害分布変化 マツ枯れ・ナラ枯れ拡大 抵抗性系統の優先育種
森林火災リスク 乾燥地域で増 耐火樹種の検討

「アシスティッド・マイグレーション(人為的移住)」と呼ばれる、将来気候を見越した系統の前倒し移植も研究テーマとなっています。

森林総合研究所のスギゲノム解読成果

2019年、森林総合研究所はスギの全ゲノム配列解読を世界に先駆けて完了しました。スギのゲノムサイズは約11Gbpでヒトの3倍以上と巨大ですが、参照ゲノムの公開によりゲノミック選抜の基盤が整いました。主な成果は以下です。

  • 雄性不稔(無花粉)原因遺伝子MS1の同定
  • 成長量・通直性関連QTLのマッピング
  • 病害抵抗性関連遺伝子の探索
  • 育種価予測モデルの精度向上(従来比1.3-1.5倍)
  • SNPマーカーパネルの開発

これにより、苗の段階で将来の成長性能を予測する「ゲノム選抜苗」の実用化が視野に入りました。実用化されれば育種期間がさらに短縮されます。

少花粉・無花粉スギの社会的意義

日本のスギ花粉症人口は約4,000万人と推計され、社会経済損失は年間数兆円規模とされます。少花粉・無花粉スギへの再造林切り替えは、長期的な花粉症対策の根幹施策です。

  • 2030年目標:再造林スギの50%以上を少花粉・無花粉化
  • 2050年想定:人工林全体の30%以上が少花粉・無花粉系統
  • 花粉飛散量削減効果:2050年に標準系統比で30%減見込み
  • 医療費・生産性損失削減効果:年間数千億円規模

ただし切り替えには既存スギ林の伐採(主伐)と再造林を要するため、伐期到来との連動が必須で、効果発現には数十年を要します。

エリートツリーと再造林経営

再造林経営の最大の障壁は「植えてから収穫まで50年」という長期投資の経済性です。第3世代エリートツリーの伐期20年短縮は、この経済性を抜本的に改善します。

項目 標準系統 第3世代 差異
主伐までの期間 50年 30年 20年短縮
主伐時の単位面積材積 500m3/ha 500-600m3/ha 同等以上
NPV(割引率3%) 1.0倍 1.5-1.8倍 大幅改善
世代間引継ぎ 2世代/100年 3世代/100年 回転増
所有者変更リスク 高い(長期) 低減 改善

所有者の代替わりリスクが低減されることで、家族林業の継承性が改善し、相続による分割や売却を回避しやすくなる経営上の効果も期待されます。

クローン林業との関係

エリートツリーの究極の量産形態は「クローン林業」です。優良個体を挿木で無性増殖し、遺伝的に同一の個体群を植栽する手法で、ニュージーランドのラジアータマツやブラジルのユーカリでは標準的です。日本ではスギの挿木増殖が古くから行われており、挿木クローン林業の素地はあります。

  • メリット:均質な材質、最大成長性能、施業の標準化
  • デメリット:遺伝的多様性低下、病虫害一斉被害リスク
  • 対策:複数クローンのモザイク植栽、3〜5系統の混植

第3世代特定母樹の挿木クローン化と複数系統混植の組み合わせが、日本型クローン林業の現実解と見られています。

森林所有者・林業事業体への実装ガイド

森林所有者や林業事業体がエリートツリーを導入する際の実務的な流れを整理します。発注から植栽までは概ね2年前から計画を始める必要があります。

段階 内容 期間目安
1. 計画立案 主伐・再造林計画、対象地の気候条件確認 植栽の2年前
2. 苗木手配 市町村・苗木業者への発注(発注は1.5年前) 植栽の1.5年前
3. 系統選定 地域適応・無花粉/少花粉等の選択 発注時
4. 主伐・地拵え 主伐後の地拵え、シカ防護柵設置 植栽の半年前〜直前
5. 植栽 コンテナ苗で通年植栽可能 春〜秋
6. 下刈り 植栽後5〜7年間(標準苗より短縮可能) 植栽後
7. 除間伐 15〜25年で除間伐実施 中期
8. 主伐 30年級で主伐可能 長期

都道府県別エリートツリー普及事例

主要県の取り組み事例を紹介します。

  • 富山県:無花粉スギ「立山 森の輝き」の発祥県。再造林スギの80%以上を無花粉・少花粉化する目標を掲げ、苗木供給体制を県主導で整備。
  • 静岡県:無花粉スギ「林研1号」を独自開発。製紙・建材産業との連携で需要側の確保にも注力。
  • 宮崎県:スギ素材生産日本一の県として、第3世代特定母樹の量的普及で全国先進。県内苗木業者が連携した供給体制が特徴。
  • 熊本県:九州育種場と連携し、暖温帯向け第3世代の量産拠点。県森連が苗木流通を一元化。
  • 長野県:カラマツの第3世代特定母樹を東北育種場と連携して導入中。寒冷地適応系統の普及拠点。

用語解説

精英樹(plus tree)
天然林・人工林の中から成長量・通直性等で優れた個体を選抜したもの。エリートツリー育種の出発点。
後代検定
候補母樹の自殖・他殖種子から育てた次代苗を検定林に植栽し、複数地点・複数年次で性能を統計的に評価する手法。
特定母樹
2013年改正森林林業基本法で導入された制度。農林水産大臣が指定する優良な樹木で、種子・穂木が苗木生産に活用される。
育種価
個体の遺伝的能力を統計的に推定した値。子の成長性能を予測する指標。
遺伝的雄性不稔
遺伝的に花粉を作らない形質。無花粉スギの基礎となる遺伝的特性。
クローン林業
挿木・組織培養等で無性増殖した個体を植栽する林業形態。遺伝的に同一の個体群となる。
エリートツリー世代別成長量 標準・第1・第2・第3世代エリートツリーの相対成長量。 エリートツリー世代別成長量(標準=1.0) 1.0倍 1.3 1.5 2.0 標準 1.0倍 第1世代 1.1-1.2倍 第2世代 1.3倍 第3世代 1.5倍 出典: 林木育種センター
図1:エリートツリー世代別成長量(出典:林木育種センター)。第3世代で標準比1.5倍に到達。
伐期短縮効果(スギ) 標準系統と第3世代特定母樹のスギ伐期比較。 スギ伐期短縮効果(標準 vs 第3世代) 0年 20年 30年 40年 50年 標準系統 50年伐期 第3世代 30年級 20年短縮 出典: 林野庁試算
図2:スギ伐期短縮効果(出典:林野庁試算)。第3世代で約20年短縮。

よくある質問(FAQ)

Q1. エリートツリーと普通の苗木はどう違いますか

A. エリートツリーは選抜・育種された優良系統で、成長量・通直性・病害抵抗性等で優位。第3世代では成長1.5倍、無花粉・少花粉化等の付加価値があります。

Q2. エリートツリー苗木はどこで入手できますか

A. 各都道府県の林業普及指導員や認定苗木業者経由で入手可能。森林環境譲与税の市町村事業の対象苗木に含まれる場合が多数あります。

Q3. 無花粉スギと少花粉スギの違いは何ですか

A. 無花粉は花粉ゼロ(遺伝的雄性不稔)、少花粉は標準系統の1%以下です。無花粉は花粉症改善に決定的、少花粉は系統数が多く普及拡大しやすい特徴があります。

Q4. 第4世代エリートツリーはいつ実用化されますか

A. 現在研究段階で、2030年代以降の実用化が見込まれます。気候変動対応・複合形質統合とゲノミック選抜の併用が主要テーマです。

Q5. エリートツリー植林の注意点は

A. 地域適応性確認、シカ害対策、適切な施業(密植・大苗等の組み合わせ)が重要です。標準苗より付加価値が高いため、活着・成長の最適化が経営上の鍵となります。

Q6. エリートツリー苗の価格は標準苗とどれくらい違いますか

A. 概ね標準苗の1.2〜1.5倍程度です。ただし森林環境譲与税や森林整備事業の補助対象となる場合が多く、実質負担は縮小します。伐期短縮効果も含めて経済性は標準苗より優位です。

Q7. 第3世代特定母樹の指定はどのように行われますか

A. 林木育種センターが候補系統を後代検定し、農林水産大臣が指定します。要件は成長量1.5倍以上、通直性、地域適応性等で、後代検定だけで10〜20年を要します。

Q8. 一つの林分にエリートツリーを単一品種で植えても問題ありませんか

A. 遺伝的多様性確保の観点から、複数系統の混植が推奨されます。病虫害リスクの分散と環境変動への耐性確保のため、3〜5系統の組み合わせが望ましいとされます。

Q9. エリートツリーはCO2吸収量も多いのですか

A. 成長量が標準系統の1.5倍であるため、単位面積あたりの年間CO2吸収量も概ね1.5倍となります。さらに伐期短縮で回転率が改善するため、長期的な炭素貯蔵にも有利です。

Q10. ヒノキ・カラマツのエリートツリーはスギと比べて遅れていますか

A. やや遅れていますが、ヒノキは2018年頃、カラマツは2020年頃から第3世代特定母樹の指定が始まり、急速に追いついています。スギの蓄積を活かした育種戦略により、追い上げペースは加速中です。

Q11. 採種園と採穂園の違いは何ですか

A. 採種園はクローン化した母樹群から種子を採取する施設で、有性繁殖系統に使われます。採穂園は穂木を採取して挿木増殖する施設で、無花粉スギなど特定の優良クローンを増やす際に重要です。

Q12. 海外のエリートツリーを輸入して日本で使えますか

A. 原則として行われません。地域適応性が育種の根幹であり、海外系統は日本の気候・土壌に適合しないことが多いためです。樹種そのものが異なる場合は外来種問題も生じます。

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