「うちの裏山、もう何十年も手入れしてないけど、いったい誰が管理してくれるんだろう」——そんな声に応えるために2019年4月に始まったのが森林経営管理制度です。市町村が経営の難しくなった森林を所有者から預かり、意欲のある林業事業体へ橋渡しする仕組み。林野庁はこの制度で10年間に30万haの経営権を集める目標を掲げ、いまその実装の真っただ中にいます。本稿では、進捗の実態と現場が抱える課題を、数字を手がかりに整理します。
なぜこの制度が必要だったのか
日本の森林2,500万haのうち、人工林は約1,000万ha。その多くは戦後の拡大造林期(1950〜70年代)に植えられたスギ・ヒノキで、いま一斉に主伐期を迎えています。ところが所有者の高齢化(平均年齢65歳超)、相続を機にした代替わりや都市移住が重なり、手入れの行き届かない森が広がってしまいました。所有者がわからない「所有者不明森林」は推定で数百万件、個人所有林の平均規模は5ha未満と細かく分かれ、施業効率が極端に落ちています。
こうした課題に従来の補助制度では太刀打ちできず、市町村を主役に据えた抜本策として生まれたのが森林経営管理制度です。バラバラの森林を意欲ある事業体へまとめ直し、生産性と持続性を取り戻すのが狙いです。
制度の骨格:3段階で経営権を集める
制度の中核は、次の3段階のスキームです。
| 段階 | 主体 | 内容 |
|---|---|---|
| 第1段階:意向調査 | 市町村 | 所有者に経営意向を確認し、自主管理/市町村委託/無回答を区分 |
| 第2段階:経営受託 | 市町村 | 委託希望の森林を市町村が経営権として集積 |
| 第3段階:経営委託 | 市町村→事業体 | 意欲ある林業事業体に経営権を再委託(10〜30年) |
入り口の意向調査は、市町村が所有者全員に意向を尋ねる大規模調査です。回答は「自分で経営を続ける」「市町村に委ねたい」「回答なし・不明」に大別され、委託希望の森林を市町村が引き受け、さらに事業体へ託していきます。画期的なのは、所有者が見つからない森林でも、公示送達や財産管理人選任といった法的手続きを経れば市町村が経営権を取得できる点。従来は手の出せなかった所有者不明森林に、ようやく道筋がついたのです。
進捗の実態:実施率は9割、でも集積はゆるやか
意向調査は制度の入り口であり、市町村の取り組み具合を最もよく映す指標です。林野庁の2024年度集計では、意向調査を実施した市町村は全国の約9割(1,500市町村以上)にのぼります。一方で、回答率は40〜80%と地域差が大きく、平均は60%前後。そのうち市町村への委託を希望するのは回答者の2〜4割という水準です。
経営権の累計集積面積は、2024年度時点で十数万ha規模。30万ha目標の中間点には差しかかっていますが、ペースは当初想定よりゆるやかです。地域別の傾向を整理すると次のようになります。
| 地域 | 集積面積(累計) | 特徴 |
|---|---|---|
| 北海道 | 数万ha | 大規模森林、町村レベルで実装が進む |
| 東北 | 数千〜万ha | 岩手・秋田で先進事例 |
| 中部山岳 | 数千〜万ha | 長野・岐阜で実装事例 |
| 近畿・中国 | 数千〜万ha | 奈良・島根で取組み |
| 四国・九州 | 数千〜万ha | 高知・宮崎・熊本で進む |
進みが鈍い主因は、市町村職員の林業専門性の不足、林業事業体の受託キャパシティ不足、森林資源評価コストの高さ、そして境界確認が済んでいない森林の多さです。これらを一つずつ解いていき、後半5年で集積ペースを上げる戦略がとられています。
制度を支えるお金と人
市町村が動けるのは、財源と担い手が揃っているからです。財源面の柱が森林環境譲与税。2019年に導入され、市町村への配分額は年間約500〜600億円規模、人口・林業就業者数・私有林人工林面積で按分されます。意向調査の費用、GIS・LiDARによる資源情報整備、境界確認測量、所有者特定調査、事業体への委託費の一部などに充てられ、2029年度には満額(約600億円)になる予定です。森林の少ない都市部では、木材利用促進や森林環境教育、上流自治体との連携に使われるケースもあります。
担い手の面では、第3段階で経営権を受け取る「意欲ある林業事業体」が要になります。中核は全国約630の森林組合で、ほかに民間林業会社、自伐型林業者、ICTを武器にする林業ベンチャーなどが名を連ねます。この受託キャパシティの不足こそが進捗を縛る要因で、事業体の経営強化・人材育成・機械化投資が制度と並走して進められています。市町村側も、大規模林業町村は専任の林務課を置く一方、都市部は環境課・農政課が兼務で限定運用するなど、規模に応じた体制づくりが課題です。
これからの5年に向けて
残る課題ははっきりしています。市町村職員の専門性、事業体の受託力、境界・所有者特定にかかる事務負担、森林資源評価の精緻化、そして木材市場の変動への備え。いずれも一朝一夕には解けませんが、AI・スマート林業による事務効率化、複数市町村が連携する広域管理、国・都道府県の支援強化、J-クレジットなど炭素クレジット制度との接続といった打ち手が動き始めています。
30万haという目標は、単なる行政上の数字ではありません。所有者個人の私的財産だった森林を、地域の共有財・公益財として捉え直し、長期にわたって健全さと生産性を社会全体で守り育てる——そんな発想の転換を意味します。所有者・市町村・事業体・地域住民の4者が信頼関係を築き、意向調査から経営権集積、施業、収益還元、再造林までの循環を地域単位で回せるかどうか。制度がスタートして5年あまり、各地に積み上がった実装ノウハウを共有しながら、次の5年でどこまで前に進めるかが問われています。
出典・参考
- 林野庁「森林経営管理制度(森林経営管理法)」各年度報告
- 森林経営管理法(平成30年法律第35号)
- 森林環境税及び森林環境譲与税に関する法律(平成31年法律第3号)
- 農林水産省「森林・林業基本計画」(2021年6月閣議決定)

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