スギの陰に隠れがちですが、ヒノキ(Chamaecyparis obtusa)は日本で2番目に多く植えられてきた人工林の樹種です。面積は約260万haで人工林全体の4分の1。スギ444万haの6割ほどの規模ですが、1本あたりの単価・付加価値で見ると、じつは日本林業の「稼ぎ頭」と言っていい存在です。ここでは、そのヒノキがどこに分布し、なぜ高く売れ、どんな課題を抱えているのかを、林野庁の統計をもとに見ていきます。
蓄積(木がため込んだ材積)は約14億m³で人工林全体の42%。1haあたりに直すと540m³で、人工林平均の325m³を大きく上回ります。長寿命で歩留まりが良く、害虫被害も比較的少ないヒノキらしい数字です。面白いのは、毎年700万m³ずつ育つのに伐っているのは260万m³ほど、つまり成長の4割しか使っていない点。蓄積は毎年積み上がる一方で、「伐る余地はまだ大きい」というのが今のヒノキの立ち位置です。
分布は近畿以西にくっきり偏る
ヒノキの分布には、はっきりした地域の偏りがあります。北海道・東北北部の寒冷地ではほぼゼロ。福島・新潟あたりが北限で、関東以南から本格的に植えられ、近畿・中四国・九州にぐっと集まります。これはヒノキが寒さに弱く(マイナス10〜15℃が成育の限界)、温暖湿潤を好むため。スギなら全国に広がるところ、ヒノキは「暖かい西日本の木」なのです。
| 順位 | 都道府県 | 面積 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1 | 岡山 | 20万ha | 全国最大、美作ヒノキ |
| 2 | 高知 | 13万ha | 四万十ヒノキ |
| 3 | 岐阜 | 13万ha | 東濃ヒノキ |
| 4 | 愛媛 | 12万ha | 久万ヒノキ |
| 5 | 三重 | 12万ha | 尾鷲ヒノキ |
| 6 | 和歌山 | 11万ha | 紀州ヒノキ |
| 7 | 奈良 | 10万ha | 吉野ヒノキ |
| 8 | 徳島 | 9万ha | 剣山系 |
| 9 | 広島 | 8万ha | 備北ヒノキ |
| 10 | 福岡 | 7万ha | 八女ヒノキ等 |
上位10道府県で全国の約45%。この偏りは、歴史的な林業の中心地とぴたり重なります。木曽(尾張藩)、吉野、東濃、紀州、伊勢神宮の備林、四万十、土佐──江戸時代からヒノキの育林地として栄えた土地ばかりです。戦後の拡大造林も、その延長線上で西日本にヒノキが広がりました。林齢で見ると、その戦後植林の山がいま41〜67年生に達していて、全体の6割が主伐期に近づいています。一方で新しく植え直された若い林(20年生以下)は全体の3%ほど。「ピラミッドの下が細い」状態で、再造林の遅れが将来の課題として横たわっています。
なぜヒノキは高く売れるのか
ヒノキの中丸太価格は2023年で20,500円/m³、スギ(14,200円)の約1.45倍。立っている木そのものの値段(立木価格)にいたっては5,500円/m³で、スギ2,800円のおよそ2倍です。大径木が多くて製材の歩留まりが良いこと、そして住宅の柱・土台という高価格帯の用途に偏っていることが、この差を生んでいます。
この優位性には、ちゃんと生物学的な裏づけがあります。ヒノキはスギより曲げ強度で約15%強く、収縮率が小さいので寸法が狂いにくい。さらにヒノキチオールなどの抽出成分が防虫・抗菌・芳香作用を持ち、シロアリやカビに強い。だから家の土台にはヒノキ、というのが定番になっているわけです。気乾比重0.41(スギ0.38)、曲げ強度74N/mm²(スギ64)、収縮率6.2%(スギ7.5%)──数字でもしっかり差が出ています。
銘柄ヒノキというプレミアム
ヒノキの価格を語るうえで外せないのが「銘柄ヒノキ」です。江戸時代以前からの育林伝統を持つ産地のブランド材で、立地・樹齢・育林の3要素で価値が決まります。これらの立木価格は一般のヒノキの2〜3倍、柱角材なら1m³あたり数万〜数十万円という世界です。
| 銘柄 | 主産地 | 特徴 | 主用途 |
|---|---|---|---|
| 木曽ヒノキ | 長野・岐阜 | 樹齢200〜400年級の複合林 | 伊勢神宮御造営、皇室御用 |
| 吉野ヒノキ | 奈良 | 密植育林で年輪緻密 | 住宅高級柱角材 |
| 東濃ヒノキ | 岐阜南部 | 60年級の中径良材 | 住宅高級柱角材 |
| 尾州ヒノキ | 愛知・尾張 | 艶・色合いに優れる仕上材 | 社寺建築・茶室・床柱 |
| 紀州ヒノキ | 和歌山 | 耐久性・色合い | 住宅・建具 |
| 四万十ヒノキ | 高知 | 急峻地立地で強靭 | 柱・梁 |
| 美作ヒノキ | 岡山 | 面積最大、安定供給 | 住宅・公共建築 |
銘柄ヒノキは「伝統木材」として、法隆寺・薬師寺・伊勢神宮・東大寺などの社寺修復や、茶室・能舞台といった最高級の用途に使われます。とくに伊勢神宮の式年遷宮では20年に1度、木曽ヒノキを中心に約1万m³もの最高級材が消費されます。これは普通の流通市場とは別ルートの「御造営材」需要で、安定した出口を持っているのが面白いところです。吉野などでは1haに3,000〜5,000本(吉野林業では7,000本超)を植え、間伐を繰り返しながら100年以上かけて優良な大径木に絞り込む。手間をかけるからこそのプレミアムなのです。
豊富な資源、でも伐って植え直せない
数字だけ見れば、ヒノキ260万haは「主伐期を迎えた豊富な資源」です。ところが、伐ったあとにちゃんと植え直す再造林率は全国平均で3〜4割、地域によっては2割を切ります。せっかく伐っても、その跡地が広葉樹混じりの林に戻ってしまうケースが多いのです。
理由はいくつも重なっています。まず再造林には1haあたり80〜120万円かかり、補助金を使っても林業者の自己負担が残る。立木価格5,500円/m³ではその費用を回収しきれません。そこにヒノキの稚樹を好むシカの食害が追い打ちをかけ、シカ柵に1haあたり40〜80万円が上乗せされる。さらに植えてから5〜8年続く下刈り作業の手間、全国で4.4万人まで半減した林業就業者の不足、伐る人と植える人が分かれて責任が曖昧になる構造──こうした要因が折り重なっています。
林野庁は「主伐再造林一貫作業」の推進、コンテナ苗やエリート樹(成長の早い育種苗)の普及、再造林補助の引き上げなどで手を打っていますが、目標とする再造林率60%超にはまだ距離があります。今後の展望としては、シカ柵やICT監視による食害対策、ヒノキCLT・集成材といった新しい用途の開拓、輸出市場の拡大などが柱になります。じつは台湾のヒノキ林が保護林化された今、商業用ヒノキ材を世界に供給できるのは事実上日本だけ。260万haという資源の戦略的な重みは、国際的にもむしろ増しているのです。
よくある質問
なぜヒノキは北海道・東北北部に少ないの?
寒さに弱いからです。マイナス10〜15℃あたりが成育の限界で、温暖湿潤を好みます。福島・新潟あたりが分布の北限で、北海道はわずか数百ha水準。同じ拡大造林でも、寒冷地ではスギ・カラマツ・トドマツが選ばれ、近畿以西でヒノキの比率が高まりました。
銘柄ヒノキはなぜそんなに高いの?
(1)立地(伝統育林地ならではの土壌・気候)、(2)樹齢(100〜400年級の長伐期)、(3)育林(密植と間伐で年輪を緻密にする)──この3つがプレミアムを生みます。木曽・吉野・東濃などは江戸時代以前からの林業地で、立木価格は一般ヒノキの2〜3倍以上になります。
ヒノキ立木価格はスギの何倍?
全国平均で約2倍(ヒノキ5,500円 対 スギ2,800円/m³、2023年)です。中丸太なら1.45倍、銘柄ヒノキの立木にいたってはスギの5〜9倍に達することもあります。土台や柱という高価格用途に支えられた、ヒノキならではの収益性です。
出典・参考:林野庁『森林資源の現況』/林野庁『森林・林業統計要覧』/伊勢神宮(式年遷宮御料林)

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