【アカエゾマツ】Picea glehnii|湿地と蛇紋岩に純林をつくる木

アカエゾマツ(Picea glehnii)
気乾比重0.43(0.35〜0.50)エゾマツに近似曲げ強度60-85MPa高強度針葉樹分布北海道湿地・蛇紋岩特殊立地適応用途楽器材・建材エゾマツ代替
図:アカエゾマツの主要スペック(代表値)

釧路湿原の岸辺、夕張の蛇紋岩斜面、樽前山の溶岩瓦礫地——ほかの針葉樹がほとんど根づけない過酷な土地に、すっと純林を作る木があります。それがアカエゾマツ(Picea glehniiです。同じトウヒ属のエゾマツとよく混同されますが、住む場所がまるで違う「特殊立地のスペシャリスト」。ここでは見分け方から木材としての顔、湿地保全とのつながりまでを、ぎゅっとまとめて紹介します。

アカエゾマツの林分。細く尖った樹冠が並ぶ
アカエゾマツの林(ロシア・サハリン州コルサコフ)。細く尖った樹冠が密に並び、林床には若木が更新している。写真: Picea glehnii 113785351 by Andrew Bazdyrev / CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(リサイズのみ・内容の改変なし)
目次

エゾマツと、どこが違う?

まず押さえたいのが、よく似たエゾマツとの住み分けです。エゾマツが普通の土壌で針広混交林を作るのに対し、アカエゾマツは湿地・蛇紋岩地・溶岩地・強酸性の貧栄養地といった、他の木が嫌がる場所をあえて選びます。競争の激しい良い土地ではエゾマツやトドマツに負けてしまうのですが、競合相手が生きられない厳しい立地では一転して純林化する——典型的な「すきま戦略」の木なのです。

現地での見分け方はシンプルです。

アカエゾマツの樹皮。鱗片状に剥がれる赤褐色
アカエゾマツの樹皮。赤みを帯びた褐色で、うろこ状に薄く剥がれる。和名と種小名の由来になった特徴。写真: Picea glehnii 01 by Σ64 / CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(リサイズのみ・内容の改変なし)
アカエゾマツの短い針葉がついた枝
アカエゾマツの葉。長さ1cm未満の短い針葉が密につく。1〜2cmと長めのエゾマツとの重要な識別点。写真: Picea glehnii 02 by Σ64 / CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(リサイズのみ・内容の改変なし)
  • 樹皮の色:暗赤褐色〜赤褐色で鱗片状に剥がれていればアカエゾマツ(和名・種小名の由来)。黒褐色ならエゾマツ
  • 葉の長さ:1cm未満が多ければアカエゾマツ、1〜2cmと長めならエゾマツ。
  • 球果:小型で3〜6cm、紫褐色で下垂していればアカエゾマツ。
  • 立地:湿地のふち・溶岩地・蛇紋岩地で見かけたら、まずアカエゾマツを疑ってよいでしょう。

なぜ過酷な土地で生きられるのか

アカエゾマツが純林を作る場所は、どれも植物にとっては難所ぞろいです。湿地林は過湿・低酸素でpH3.5〜4.5の強酸性、蛇紋岩地はマグネシウムやニッケルが過剰でカルシウム不足、溶岩地は保水力も栄養も乏しい——。こうした環境を生き抜くために、この木は浅く根を張って湿地でも根に空気を確保し、外生菌根菌と手を組んで乏しい養分を集め、年輪幅0.3〜1mmというごくゆっくりした成長で耐え抜きます。釧路湿原や霧多布湿原、サロベツ原野といったラムサール条約湿地の主役樹種であると同時に、岩手県・早池峰山の蛇紋岩地には氷期遺存の隔離集団が残り、保全生態学上も注目される存在です。

木材としての顔——意外と高強度

アカエゾマツと主要針葉樹の力学特性プロファイル気乾比重曲げ強度圧縮強度せん断強度耐朽性ヤング率アカエゾマツスギヒノキスギを基準とした相対値(外側ほど高性能)
図:アカエゾマツとスギ・ヒノキの力学特性比較

過酷な環境でゆっくり育つぶん、木目は緻密です。北海道立総合研究機構 林産試験場は、アカエゾマツの材質を「全般がエゾマツに似る」とし、強度性能については「針葉樹材としては中庸で、比重の割には強め」と評しています。気乾比重0.43前後という数字だけ見れば軽い部類ですが、その軽さのわりに強度が出るところがこの木の持ち味です。柱・梁・桁といった構造の主要部材に向き、北海道のCLT原料としてもエゾマツと並ぶ重要な構成樹種になっています。ただし耐朽性は低いので、屋外で使うなら防腐処理が前提です。

項目 数値
気乾比重 0.43(0.35〜0.52)
曲げ強さ(MPa) 58.9〜82.4
圧縮強さ(MPa) 30.5〜43.1
せん断強さ(MPa) 6.5〜9.3
耐朽性 低(屋外は防腐処理が必須)

※エゾマツ(Picea jezoensis)の値。アカエゾマツは林産試験場が「材質全般がエゾマツに似る」としており、同じ帯として扱われます。出典:日本木材総合情報センター/北海道立総合研究機構 林産試験場。

もうひとつ見逃せないのが楽器の響板材としての顔です。とくに湿地林で長い時間をかけて育った老齢木は年輪幅0.3〜1mmと極端に密で、響板に求められる「軽くて剛性が高い」というバランスを満たします。エゾマツやシトカスプルースと同じ品質帯にあり、エゾマツとともに国産ピアノの響板材として使われてきた、知る人ぞ知る名脇役です。

湿地を守る木でもある

アカエゾマツの価値は、木材だけにとどまりません。釧路湿原(湿原の中心部7,863haが1980年に日本初のラムサール条約湿地として登録。国立公園はこれを含む約28,788ha)や霧多布湿原(1993年登録・2,504ha)の水際林として、土砂や栄養塩が湿地へ流れ込むのを和らげ、タンチョウ・シマフクロウ・オジロワシといった希少な生きものの暮らしを支えています。湿地林は樹木・泥炭層・土壌の三層で炭素をため込みます。とくに泥炭は分解されずに堆積した植物遺体そのものなので、乾燥させて分解が進めばため込んだ炭素が二酸化炭素として放出されてしまう。木材として伐り出す収益よりも、こうした生態系サービスの価値のほうがはるかに大きい——それがこの木の特徴です。だからこそ湿地内の天然林は禁伐が基本で、周辺の人工林も保全と両立する設計のもとで施業されています。

気候変動という影

特殊立地に依存するアカエゾマツにとって、最大のリスクは「住む場所そのものの変化」です。温暖化で湿地が乾燥化すれば湿地林は縮退しかねず、エゾマツと同様にトウヒキクイムシの被害リスクも抱えます。一方で蛇紋岩地や溶岩地は地形的に安定しているため、相対的な避難地(レフュージア)として機能する可能性も指摘されています。とりわけ早池峰山の隔離集団は局所絶滅のリスクが高く、林木育種センターでの遺伝資源保存が進められています。

よくある質問

Q. アカエゾマツとエゾマツ、一発で見分けるには?

樹皮の色と立地です。樹皮が赤みのある暗赤褐色ならアカエゾマツ、黒褐色ならエゾマツ。湿地・溶岩地・蛇紋岩地で出会ったらまずアカエゾマツ、と考えて大きく外しません。

Q. 住宅の構造材に使えますか?

使えます。軽いわりに強度が出る材で、柱・梁・桁などの主要部材に向きます。耐朽性は低いので、屋外用途は防腐処理を前提にしてください。

Q. 庭木として育てられますか?

北海道〜東北北部の冷涼地、とくに湿った酸性土壌なら育成可能です。関東以南の都市部は夏の高温に弱く、長く育てるのは難しいでしょう。

おわりに

アカエゾマツは、他の木が嫌がる場所をあえて選んで生きる、したたかな針葉樹です。緻密な木目から生まれる構造材・響板材としての実力と、ラムサール湿地を支える生態系の主役という二つの顔を併せ持ちます。木材生産と湿地保全という、ともすれば相反する価値を一本の木の中で結びつけている——北海道の自然を語るうえで欠かせない存在です。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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