北海道大学のキャンパスに広がる「エルムの森」、十勝平原にぽつんと立つ双幹の大樹、釧路湿原の川辺の林——北の風景にこの木あり、と言いたくなるのがハルニレ(Ulmus davidiana var. japonica)です。「エルム」の愛称で親しまれるニレ科の落葉広葉樹で、樹高は25〜30m。寒さに強く、家具材としても優秀な、北方を代表する木です。
名前の由来は「春に咲く」こと
ハルニレ=春楡の名は、葉が出るより先の早春(3〜5月)に淡緑色の小花を枝先にびっしり咲かせることから。同じニレ属でも秋に咲くアキニレとは正反対なので、花の季節を見れば一発で区別できます。葉は倒卵形〜楕円形で長さ4〜10cm、縁に細かいギザギザが二重になった「重鋸歯」があり、基部が左右非対称にずれるのがニレ科共通の特徴です。
花が終わると、種のまわりを薄い翼が一周した円盤状の翼果(プロペラ)ができます。これが風に乗って親木から数十m先まで飛び、洪水のあとにできた川辺の裸地にいち早く着地して芽を出す。川沿いや湿地にハルニレが多いのは、この散布戦略のおかげです。よく似たケヤキとは、樹皮で見分けるのが確実。ハルニレは縦に深く裂け、ケヤキは薄片が剥がれてまだら(鹿の子模様)になります。
曲がる木——蒸気曲げ家具の名材
ハルニレの材は心材が淡褐色〜赤褐色、辺材は灰白色で、境目がはっきりしています。年輪の早い部分に大きな道管が一列に並ぶ「環孔材」で、力強い木目が出ます。気乾比重0.57前後と中くらいの重さながら、繊維方向の剛性が高いのが持ち味です。
そして最大の特長が蒸気曲げへの適性。100℃の蒸気で30〜60分蒸せば、半径30cm以下の急なカーブにもしなやかに曲がります。ウィーンのトーネット社が広めた曲木椅子のような、流れるような曲面を国産材で実現できる稀少な木なのです。北海道・旭川や東川の家具メーカーがこの特性を活かし、世界に通じる曲木家具を生み出しています。家具のほか、かつては鉄道客車や客船の内装、アコースティックギターの裏板・側板など、しなりと木目の美しさを求める場面で重宝されてきました。
エルムの森と、アイヌの火の神話
ハルニレと聞いて多くの人が思い浮かべるのが、北海道大学の「エルムの森」でしょう。札幌農学校の時代から守り継がれてきた樹齢100〜150年の大樹群で、校歌にも大学グッズにも登場する文化的シンボル。これらの主役は植林ではなく、もともと自生していた森を保護・継承してきたものです。
さらに古く、アイヌの人々はハルニレを「チキサニ」と呼び、神聖な木として大切にしてきました。アイヌの口承では、チキサニは雷から火を授かった木とされ、火の起源神話の中心に立ちます。火打ち木として、また薪や建材として、暮らしと信仰の両面を支えた木なのです。ちなみに近縁のオヒョウ(アイヌ語でアッニ)は、樹皮の繊維から「アットゥシ織」という伝統衣服が作られ、今も二風谷などで受け継がれています。十勝・豊頃町の双幹のハルニレ(推定樹齢150年、北海道遺産)のように、景観名木として観光客を呼ぶ存在にもなっています。
世界のニレを襲った病、そして日本
20世紀、欧米のニレは大きな悲劇に見舞われました。ニレ立枯病(オフィオストマ属の菌をキクイムシが媒介)が大流行し、街路樹の王者だったアメリカニレが数千万本も枯死。ヨーロッパニレも激減して、街の景色が一変したのです。幸い日本のハルニレは比較的この病気に強いとされますが、温暖化と国際物流で媒介昆虫や病原菌が入り込むリスクは年々高まっています。林野庁や各都道府県が監視を続け、北海道大学や森林総合研究所では遺伝資源の保存・解析が進められています。
川辺や湿地の主役として、ハルニレは生き物たちの拠点でもあります。樹皮の縦の裂け目はコウモリや鳥の隠れ家になり、大木の樹洞ではフクロウやムササビ、ヤマネが子育てをする。早春の花にはハナアブやハナバチが集まり、足元にはニリンソウやエゾエンゴサクといった北国の山野草が花を咲かせます。北方文化・水源涵養・林業の三役をこなす、頼れる木です。
よくある質問
Q. ハルニレとケヤキの違いは?
同じニレ科でも属が違います。葉はハルニレが左右非対称で重鋸歯、ケヤキは対称的で単鋸歯。確実なのは樹皮で、ハルニレは縦裂け、ケヤキは薄片が剥がれる鹿の子模様です。
Q. 庭や街路に植える注意点は?
大きく育つので株間は最低8〜10m必要。浅根が水平に広がるため、舗装下や狭い場所では根が持ち上げるトラブルが起きやすく、長期の剪定計画が欠かせません。
Q. ハルニレの家具はどこで買える?
北海道・旭川や東川の家具メーカー、首都圏の高級家具店などで「北海道産ニレ」「ジャパニーズエルム」として扱われています。トレーサビリティ証明付きの製品も増えています。
- 森林総合研究所(木材データベース)
- 森林・林業白書(林野庁)
- 北海道大学『エルムの森・キャンパス環境管理ガイドライン』

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