【ハルニレ】Ulmus davidiana|北海道大学エルムの森のシンボル、北方文化と家具材

ハルニレ(Ulmus davidiana var. japonica)

北海道大学のキャンパスに広がる「エルムの森」、十勝平原にぽつんと立つ大樹、釧路湿原の川辺の林——北の風景にこの木あり、と言いたくなるのがハルニレ(Ulmus davidiana var. japonica)です。「エルム」の愛称で親しまれるニレ科の落葉広葉樹で、樹高は25〜30m。寒さに強く、家具材としても優秀な、北方を代表する木です。

気乾比重0.57(0.55〜0.60)中庸曲げ強度70-85MPa高強度主用途家具・曲木車両・楽器蒸気曲げ適性◎樹高25-30m大径木に成長
図1:ハルニレの主要スペック(含水率15%基準・代表値)
目次

名前の由来は「春に咲く」こと

ハルニレ=春楡の名は、葉が出るより先の早春(3〜5月)に淡緑色の小花を枝先にびっしり咲かせることから。同じニレ属でも秋に咲くアキニレとは正反対なので、花の季節を見れば一発で区別できます。葉は倒卵形〜楕円形で長さ4〜10cm、縁に細かいギザギザが二重になった「重鋸歯」があり、基部が左右非対称にずれるのがニレ科共通の特徴です。

花が終わると、種のまわりを薄い翼が一周した円盤状の翼果(プロペラ)ができます。これが風に乗って親木から数十m先まで飛び、洪水のあとにできた川辺の裸地にいち早く着地して芽を出す。川沿いや湿地にハルニレが多いのは、この散布戦略のおかげです。よく似たケヤキとは、樹皮で見分けるのが確実。ハルニレは縦に深く裂け、ケヤキは薄片が剥がれてまだら(鹿の子模様)になります。

北海道の草原に一本立つ葉を落としたハルニレ
北海道の原野にぽつんと立つハルニレ。冬枯れの姿でも見分けがつく、北方の風景を象徴する木。写真: Hokkaido-Eim-xl by Photograph_albireo / CC BY 4.0, via Wikimedia Commons(リサイズのみ・内容の改変なし)
ハルニレと主要広葉樹・針葉樹の力学特性プロファイル気乾比重曲げ強度圧縮強度せん断強度耐朽性ヤング率ハルニレスギヒノキスギを基準とした相対値(外側ほど高性能)
図2:ハルニレとスギ・ヒノキの力学特性比較

曲がる木——蒸気曲げ家具の名材

ハルニレの材は心材が淡褐色〜赤褐色、辺材は灰白色で、境目がはっきりしています。年輪の早い部分に大きな道管が一列に並ぶ「環孔材」で、力強い木目が出ます。気乾比重0.57前後と中くらいの重さながら、繊維方向の剛性が高いのが持ち味です。

そして最大の特長が蒸気曲げへの適性。100℃の蒸気で30〜60分蒸せば、しなやかに急なカーブへ曲がります。ウィーンのトーネット社が広めた曲木椅子のような、流れるような曲面を国産材で実現できる稀少な木なのです。北海道・旭川や東川の家具メーカーがこの特性を活かし、世界に通じる曲木家具を生み出しています。家具のほか、しなりと木目の美しさを求める場面で重宝されてきました。

ハルニレの主用途1家具2曲木3楽器材4車両材5装飾材
図3:ハルニレの主用途

エルムの森と、アイヌの火の神話

ハルニレと聞いて多くの人が思い浮かべるのが、北海道大学の「エルムの森」でしょう。札幌農学校の時代から守り継がれてきた樹齢100〜150年の大樹群で、校歌にも大学グッズにも登場する文化的シンボル。これらの主役は植林ではなく、もともと自生していた森を保護・継承してきたものです。

さらに古く、アイヌの人々はハルニレを「チキサニ」と呼び、神聖な木として大切にしてきました。名前は「われらこすりあわせる木」の意で、火おこしに使われたことに由来します。アイヌの口承文学には、雷神がハルニレの女神の上に落ち、その神気を受けてアイヌの始祖神アイヌラックルが生まれたという神話が伝わっており、チキサニは火の起源と人間の祖先誕生の両方に関わる特別な木とされてきました。

緑豊かに茂った厚内のハルニレの木
北海道・厚内に立つ「厚内のハルニレ」。地域で守られてきた名木の一本で、豊頃町の「はるにれの木」のような双幹の名木も各地に点在する。写真: Atsunai-no-Harunire 2014-08-16 – panoramio by pakku / CC BY 3.0, via Wikimedia Commons(リサイズのみ・内容の改変なし)

ちなみに近縁のオヒョウ(アイヌ語でアッニ)は、樹皮の繊維から「アットゥシ織」という伝統衣服が作られ、今も二風谷などで受け継がれています。十勝・豊頃町の「はるにれの木」(十勝川河川敷、幹周約3.6m・高さ約18m・推定樹齢150年、町の文化財・カントリーサインにも採用)のように、2本の幹が寄り添って1本になった双幹の名木は、景観名木として観光客を呼ぶ存在にもなっています。

世界のニレを襲った病、そして日本

20世紀、欧米のニレは大きな悲劇に見舞われました。ニレ立枯病(オフィオストマ属の菌をキクイムシが媒介)が大流行し、街路樹の王者だったアメリカニレが大量に枯死。ヨーロッパニレも激減して、街の景色が一変したのです。幸い日本のハルニレは比較的この病気に強いとされますが、温暖化と国際物流で媒介昆虫や病原菌が入り込むリスクは年々高まっています。林野庁や各都道府県が監視を続け、北海道大学や森林総合研究所では遺伝資源の保存・解析が進められています。

川辺や湿地の主役として、ハルニレは生き物たちの拠点でもあります。樹皮の縦の裂け目はコウモリや鳥の隠れ家になり、大木の樹洞ではフクロウやムササビ、ヤマネが子育てをする。早春の花にはハナアブやハナバチが集まり、足元にはニリンソウやエゾエンゴサクといった北国の山野草が花を咲かせます。北方文化・水源涵養・林業の三役をこなす、頼れる木です。

よくある質問

Q. ハルニレとケヤキの違いは?
同じニレ科でも属が違います。葉はハルニレが左右非対称で重鋸歯、ケヤキは対称的で単鋸歯。確実なのは樹皮で、ハルニレは縦裂け、ケヤキは薄片が剥がれる鹿の子模様です。

Q. 庭や街路に植える注意点は?
大きく育つので株間は最低8〜10m必要。浅根が水平に広がるため、舗装下や狭い場所では根が持ち上げるトラブルが起きやすく、長期の剪定計画が欠かせません。

Q. ハルニレの家具はどこで買える?
北海道・旭川や東川の家具メーカー、首都圏の高級家具店などで「北海道産ニレ」「ジャパニーズエルム」として扱われています。トレーサビリティ証明付きの製品も増えています。

出典・参考

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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