キノコの「本体」は、実は地面や木の中に広がる白い網目状の組織――菌糸体(マイセリウム)のほうだ、というのはご存じでしょうか。その菌糸体を培養してシート状に固め、革にそっくりな素材を作る。それがマイセリウム・レザーです。動物を育てる必要も、石油も使わず、農業廃棄物を栄養に数週間で育つ。気候変動・動物福祉・プラスチック汚染という難題に同時に効く素材として、ファッションから自動車内装まで注目を集めています。この記事では、その仕組みと環境性能、世界の主要プレイヤー、そして日本の林業との意外な接点を見ていきます。
菌糸が「革」になる理由
菌糸体は、直径わずか数μmの糸状細胞が分岐・癒合してできた三次元ネットワークです。その主成分はキチン(甲殻類の殻にも含まれる強靭な高分子で、引張強度はナイロンに匹敵)と、柔軟性をもたらすβ-グルカン。この二つが網目状に絡み合うことで、軽くて丈夫で通気性の高い天然の複合材料ができあがります。レザー化に使われるのは主に霊芝(レイシ)やヒラタケ属などの木材腐朽菌で、おがくず・もみ殻・コーヒーかすといった安い農業廃棄物をぐんぐん食べて育つのが大きな利点です。
製造はおおむね6段階。①培地を作って滅菌し、②種菌を植え、③温度22〜26℃・湿度85〜95%で2〜4週間培養すると、表面に白い菌糸マットができます。④これを剥がして洗い、⑤圧縮・乾燥で動物皮革並みの密度に整え、⑥植物性タンニンでなめして仕上げる。クロムなめしは使いません。1ロット3〜6週間で、動物皮革の「飼育数年→屠畜→なめし数か月」とは比べものにならない速さです。
世界の三大ブランドと採用企業
市場をリードするのは米国勢。Bolt ThreadsのMylo、MycoWorksのReishi、EcovativeのForager Hidesが御三家で、いずれも巨額のVC資金を集めてきました。採用ブランドも錚々たる顔ぶれで、Hermès、Stella McCartney、Adidas、Lululemon、General Motorsなど20社以上が商品化に動いています。
| 企業 | 本拠 | 製品名 | 主要パートナー |
|---|---|---|---|
| Bolt Threads | 米カリフォルニア | Mylo | Adidas、Stella McCartney、Lululemon、Kering |
| MycoWorks | 米カリフォルニア | Reishi(Fine Mycelium) | Hermès、General Motors、Ligne Roset |
| Ecovative | 米ニューヨーク | Forager Hides、MycoComposite | IKEA、Dell(包装材) |
| MOGU / SQIM | イタリア | 音響パネル・家具・Ephea | 建築・インテリア |
| Mycel | 韓国 | マイセリウム素材 | K-Fashionブランド |
もっとも、順風満帆というわけでもありません。Bolt Threadsは2023年に収益性の課題からMyloの商業生産を一時停止して業界を驚かせ、その後事業を再構築して再ローンチしています。新しい素材が量産の壁を越える難しさを物語るエピソードですね。一方でEcovativeの包装材はすでに商業流通し、年間数百万個規模で出荷されています。
動物皮革・合成皮革とくらべると
環境性能で見ると、マイセリウム・レザーの優位は際立ちます。とくに水。牛革を1m²作るには約17,000リットル(家庭用プール8杯分)もの水が要りますが、マイセリウムなら100〜500リットル程度。CO2排出も製造段階で90%以上削減できます。
| 項目 | 動物皮革(牛革) | 合成皮革(PU) | マイセリウム・レザー |
|---|---|---|---|
| CO2排出(kg/m²) | 約17.0 | 約5.0 | 約1.0〜1.5 |
| 水使用(L/m²) | 約17,000 | 約100 | 約100〜500 |
| 原料 | 牛皮(畜産副産物) | 石油由来ポリウレタン | 農業廃棄物+菌糸 |
| 生分解性 | 高(なめしで低下) | 低(数百年) | 高(数か月〜数年) |
| 有害化学物質 | クロムなめし問題 | 溶剤・可塑剤 | 植物タンニンのみ |
| 引張強度(MPa) | 20〜30 | 15〜25 | 15〜25 |
| 価格(USD/m²) | 30〜100 | 5〜15 | 40〜150(量産で低下中) |
強度は動物皮革にややおよばないものの、通気性や柔軟性は同等以上。Hermèsが2021年に発表したReishi製のバッグは、社内品質基準で動物皮革と同等の耐久性試験をクリアしました。気がかりだった水濡れ・カビも、植物タンニンと天然ワックスの組み合わせでほぼ解決済みです。ただし10年以上使ったときの経年変化はまだデータ蓄積中で、「ヴィンテージとしての味わい」は今後の検証課題といえます。
残るハードル
普及への壁ははっきりしています。まず価格。現状は1m²あたり40〜150ドルと合成皮革の数倍で、Bolt Threadsは2030年までに合成皮革並みを目標に掲げています。次に生産量。世界の総生産はまだ年間100〜200万m²規模で、動物皮革市場(年間約20億m²)の0.1%にも届きません。さらに菌種や培養条件で性能がぶれるロット間ばらつきもあり、AI制御培養の導入が始まっています。それでもGrand View Researchは2030年の市場規模を約30億ドル(年率約45%成長)と予測しており、これからが商業化の本番です。
日本の林業との意外な接点
ここで日本に目を向けると、面白い可能性が見えてきます。日本は年間約46万トンを生産する世界有数のキノコ大国で、菌糸培養の技術蓄積があります。京都大学や森林総合研究所などが菌糸体素材の研究を進めており、とくに森林総研では国産林業廃材(杉・檜の樹皮、おがくず)を培地に使う研究が動いています。
日本の人工林は約1,000万ヘクタール。間伐材や製材廃材が年間数百万m³も発生していますが、これまで多くは「処理にコストのかかる廃棄物」でした。これを菌糸の培地として活用できれば、林業の収益向上と新素材産業の育成を一石二鳥で実現できるかもしれません。北欧フィンランドではStora Ensoが林業残材を菌糸素材メーカーに供給する事業をすでに試行しており、森林所有者にとっての新しい収入源として現実味を帯びています。菌糸体という森の根源的な存在が、めぐりめぐって森の経済を支える――そんな循環が生まれつつあります。
よくある質問
Q. 本物の動物皮革と区別できる?
見た目も触感もよく似ていて、プロの皮革職人でも見分けにくいことがあります。引張強度は動物皮革より15〜20%ほど低めですが、通気性・柔軟性は同等以上。仕上がりはマット調が多い傾向です。
Q. 環境に良いというのは本当?
CO2排出90%減、水使用95%減という公開LCAデータが複数あります。ただし培養に使う電力の発電源しだいで差が縮まるため、再生エネルギー由来であることが望ましいです。
Q. 日本で買える?
現状はHermèsやStella McCartneyなど高級ブランド経由の限定販売が中心です。一般購入が本格化するのは2026〜2028年頃と見られ、日本企業の参入も増えつつあります。

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