葉や枝をポキッと折ると、湿布薬そっくりの香りが立つ――そんな不思議な木がミズメ(アズサ、Betula grossa)です。カバノキの仲間なのに樹皮は白くなく、ヤマザクラに似た光沢のある暗い色で、ひと目では同属と思えないほどの異彩。しかもこの木は、古代の「梓弓(あずさゆみ)」の材とされ、古事記の歌謡や万葉集にもその名が出てくる、文化と深く結びついた樹種です。

湿布の香りの正体
ミズメのいちばんの特徴は、葉・若枝・樹皮を傷つけると立つ、湿布薬のような強い香りです。正体はサリチル酸メチルという成分で、湿布薬の香りのもとと同じものです。和名の「ミズメ」も、樹皮を傷つけると水のように透明な樹液がにじみ出ることに由来するとされます。
サリチル酸メチルは、植物が病気から身を守る仕組みに関わる物質としても研究されています。北米に生える近い仲間のスイートバーチ(B. lenta)も同じ香りをもち、かつては冬緑油(ウィンターグリーン油)を採るために盛んに伐られました。合成品が出回る1950〜60年代までは、絶滅が心配されるほどだったといいます。なお、サリチル酸メチルは飲み込むと中毒を起こすので、香りを楽しむだけにとどめてください。
古代の弓「梓弓」
重くて硬く、しなやかさもあるミズメの材は、古代の弓の素材とされてきました。それが「梓弓(あずさゆみ)」です。古事記の歌謡や万葉集に、「梓弓」の語が出てきます。
梓弓は武器であるだけでなく、弦を鳴らして神霊を呼ぶ「梓巫女(あずさみこ)」の道具でもありました。万葉集では「梓弓」が「引く」「張る」「末(すゑ)」などにかかる枕詞としてたびたび使われ、弓を引く・張るという動作が、人を思う気持ちの表現に重ねられています。いまの弓道の弓は竹弓や合成素材の弓が主流で、ミズメの弓を目にする機会はほとんどありません。
三つの名前
この木は呼び名が多彩です。「ミズメ(水芽・水目)」は、前に書いたとおり樹皮から水のような樹液が出ることにちなむ標準和名。「アズサ(梓)」は古い呼び名で、古典に出てくる「梓」が何の木かには諸説ありますが、ミズメとみる説が有力です。天皇陛下のお印(身の回りの品に用いるしるし)も「梓」です。もう一つの別名「ヨグソミネバリ(夜糞峰榛)」は、独特の香りをにおいにたとえた、なかなか直球の名前。材木の取引では、サクラに似た材の色から「ミズメザクラ」とも呼ばれます。
ちなみに、中国で「梓」は本来キササゲ(Catalpa ovata)の仲間を指す字で、日本ではこの字がミズメに当てられました。本を出すことを「上梓(じょうし)」というのは、中国で梓の板を版木に使ったことに由来します。同じ漢字が、中国では本に、日本では弓に結びついたわけです。
木材としての特徴
木材は気乾比重が平均0.72(0.60〜0.84)の重硬な広葉樹です。心材は紅褐色、辺材は黄白色ではっきり分かれ、心材の赤みは同じカバノキ類のマカンバ(ウダイカンバ)より濃いとされます。主な用途は家具、とくに洋家具や洋風の内装材で、床材・器具・楽器・彫刻・版木などにも使われます。
ただ、丸太は径の小さいものが多く、まとまった量が出にくい木です。取引では「ミズメザクラ」の名で並ぶこともありますが、サクラの仲間ではありません。サクラ材と区別して買いたいときは、樹種名や学名 Betula grossa を確かめるのが確実です。

「目」「科」「属」とは? ミズメとサクラの関係
生きものの分類は、大きなまとまりから順に「界(かい)・門(もん)・綱(こう)・目・科(か)・属(ぞく)・種(しゅ)」と段階を下っていきます。住所にたとえると、目は「都道府県」、科は「市町村」、属は「町名」、種は「番地」くらいの感覚です。被子植物の分類では、目より上を「真正双子葉類」「バラ類」といったグループ名で呼ぶのが一般的です。学名の Betula grossa は「属の名前+種の名前」の組み合わせで、カバノキ属(Betula)の grossa という種、という意味です。
ミズメはブナ目・カバノキ科・カバノキ属。一方、サクラ(ヤマザクラやソメイヨシノ)はバラ目・バラ科・サクラ属です。両者は「目」の段階で分かれていて、住所でいえば県からして違う遠い親戚。樹皮がそっくりでも、近い仲間だから似ているわけではありません。取引名の「ミズメザクラ」も、見た目が似ているというだけの呼び名です。
ちなみにバラ科には、サクラのほかウメ・モモ・リンゴ・ナシなど、果物の木が多く含まれます。反対にカバノキ科には、次の節の見分け方で「葉が似ている」と紹介するオオバヤシャブシ(ハンノキ属)やクマシデ(クマシデ属)も入っています。樹皮が似ているサクラは遠い親戚で、葉が似ているほうは本当に同じ科の仲間というわけです。
ほかのカバノキとの違い
| 項目 | ミズメ | シラカンバ | ウダイカンバ(マカンバ) |
|---|---|---|---|
| 樹皮 | サクラに似た暗い色・つや・横すじ | 白色 | 灰白〜淡褐 |
| 気乾比重 | 0.72(0.60〜0.84) | 0.60前後 | 0.67 |
| 葉や枝の香り | 湿布薬の香り(強い) | ミズメのような香りはない | ミズメのような香りはない |
| 主な用途 | 家具・洋風の内装材・床材 | 細工物・器具・削片板やパルプ | 家具・建築内装の高級材・床板 |
同じカバノキ属でも、ミズメは樹皮の色と香りが際立っています。見分け方は簡単で、(1)葉や枝を折って香りを嗅ぐ、(2)サクラのようなつやと横すじのある樹皮を見る、の2点です。葉はオオバヤシャブシやクマシデに、樹皮はサクラの仲間に似ていますが、香りを嗅げばまず間違えません。
よくある質問
ミズメとアズサは同じものですか?
はい、同じ樹種の別名です。「ミズメ」が標準和名で、「アズサ(梓)」は古典にも出てくる古い呼び名です。古典の「梓」が何の木かには諸説ありますが、ミズメとする説が有力です。中国では「梓」はキササゲの仲間を指す字で、日本と中国で対応する植物が違います。
サクラは何科ですか?
バラ科です(バラ目・バラ科・サクラ属)。ミズメはブナ目・カバノキ科なので、樹皮は似ていても、分類では「目」から違う別のグループです。取引名の「ミズメザクラ」も、サクラの仲間という意味ではありません。
なぜカバノキなのにサクラのような樹皮なのですか?
カバノキ属の樹皮は、シラカンバのように白いものばかりではありません。ミズメや、北米の近縁種スイートバーチは、サクラに似た暗い色でつやのある樹皮をもちます。スイートバーチは英語で cherry birch(サクラのようなカバノキ)とも呼ばれ、ミズメの英名も Japanese cherry birch です。
香りはどうやって確かめればいいですか?
葉や若い枝を少し折るか、もんでみると、すぐに湿布薬のような香りがします。ただし、他人の山や公園、保護されている場所の木を傷つけるのはやめましょう。落ちている枝や葉でも、香りは確かめられます。
ミズメ材はどこで手に入りますか?
国産の広葉樹を扱う材木店で、一枚板や板材として売られていることがあります。取引では「ミズメザクラ」の名で並ぶことも多いので、サクラ材と区別したいときは樹種名を確かめてください。丸太は径の小さいものが多く、幅の広い一枚板は数が限られます。
- 日本木材総合情報センター「木材の種類と特性:ミズメ」(気乾比重・材色・用途・取引名)/同「マカンバ」/同「シラカバ」
- 森林総合研究所 九州支所 樹木図鑑「ミズメ」(分布・果穂・名前の由来・用途)
- 国土交通省 近畿地方整備局 六甲砂防事務所「六甲山系植生電子図鑑:ミズメ」(樹皮の特徴・見分け方)
- 木の情報発信基地「ミズメ、アズサ、ヨグソミネバリ」(樹皮・お印・用途)
- 熊本大学薬学部 薬用植物データベース「ミズメ」(香りの成分)
- Wikipedia「ミズメ」(別名、中国での「梓」)/Wikipedia (en) “Betula lenta”(スイートバーチと冬緑油)
- Wikipedia「カバノキ科」/「ブナ目」/「バラ科」(APG体系での分類)

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