北海道のミズナラやトドマツの混じる森、本州の亜高山帯の林縁や渓畔で、初夏に枝先から白いブラシのような花を垂らす木があれば、シウリザクラ(学名 Padus ssiori)かもしれません。前回紹介したウワミズザクラの寒冷地版ともいえる仲間で、和名「シウリ/シュリ」はアイヌ語に由来します。矢の柄やキセルの材として使われ、夏の黒い実はクマの大事な食糧にもなる──北の森の暮らしと深く結びついた木です。見分け方やアイヌ文化との関わりを紹介します。
どんな木か
シウリザクラはバラ科ウワミズザクラ属の落葉高木。北海道全域から本州中部以北(おおむね福島・新潟以北)、サハリンや千島にまで分布する、属のなかでもとくに寒さに強い種です。樹高は10〜15m(大きいと20m)。北海道では平地から、本州では標高700〜1,500mの冷温帯〜亜高山帯下部に育ち、ブナやミズナラ、トドマツが作る森の中木層を担います。寿命はおよそ80〜120年と見られます。
サクラ属(ヤマザクラなど)とは別属で、葉が出そろってから穂状の花を咲かせ、果実は小さくアーモンド様の香りを持つのが共通の特徴。学名の種小名 ssiori は、アイヌ語の樹名「シウリ/シュリ」をそのままラテン語化したものです。1868年にサハリンで採集された標本をもとに記載されました。アイヌ語が和名と学名の両方に同時に採用された樹種は珍しく、北方の先住文化と近代植物学が出会った歴史を感じさせます。
見分け方のポイント
まず分布と標高が大きな手がかり。北海道で見かけるブラシ状の白花のウワミズザクラ属は、ほぼこのシウリザクラと考えてよいです。本州では標高700m以上が目安。近縁のウワミズザクラと混生する中標高では、花期と葉で見分けます。
- 花期:5月下旬〜6月。ウワミズザクラより10〜14日ほど遅く咲きます。
- 花序:葉が出た後、長さ8〜12cmの白いブラシ状の穂状花序。基部に葉状の小葉がない点でイヌザクラと区別できます。
- 葉:長楕円形で8〜15cm、ウワミズザクラよりやや大きく厚め。葉柄の上部に蜜腺があり、秋は黄〜橙色に黄葉します。
- 果実:直径7〜9mmの核果で、7〜8月に緑→赤→紫黒色へと熟します。
- 樹皮:暗灰褐色〜赤褐色で平滑、横長の皮目。傷つけるとほのかに甘い香りがします。
アイヌ文化と道具の木
シウリザクラは、アイヌの暮らしのさまざまな道具に使われてきました。まっすぐで粘りがあり折れにくいことから、弓矢の矢柄(アイ)の代表的な材に。ほかにもキセル(タンパクオプ)の柄、木綿打ち棒や杵・杓子といった器具材、樹皮を煎じた湯を腹痛や下痢の民間薬にした記録も残っています。アイヌの口承文芸ユーカㇻにも、矢柄を切り出す場面などで登場します。
和名「シウリ/シュリ」はこのアイヌ語名がそのまま日本語になったもので、漢字の「朱里桜」は後からの当て字です。現在は白老町のウポポイ(民族共生象徴空間)や平取町の二風谷などで、シウリザクラ材を使った伝統工芸の実演や木育ワークショップが行われ、箸やカトラリーなどのクラフト材としても見直されています。
クマの食糧、森の更新を支える木
シウリザクラの更新は主に種子から。果実を食べたヒグマやツキノワグマ、キツネ、ヒヨドリ・ツグミなどが種子を運びます。とくに7〜8月の結実期はクマの夏の採食ピークと重なり、ミズキやサルナシ、ヤマブドウと並ぶ重要な食物樹種。北海道の野生動物管理研究では、シウリザクラの実の豊凶がクマの行動圏や人里への出没頻度に影響する可能性も指摘され、植生モニタリングの面でも注目されています。
林冠にすき間ができた撹乱跡地で素早く更新する「半陽樹」的な性格を持ち、台風や雪崩、伐採の跡地でよく芽生えます。逆に長く閉じた極相林では更新しにくく、森の適度な動きが本種の維持には欠かせません。花にはエゾオオマルハナバチなどが集まり、ウワミズザクラより遅い花期が、亜高山帯の短い開花シーズンに送粉資源を分散させる役割も果たしています。
木材としての顔
シウリザクラ材は気乾比重0.55〜0.65の中重量・中硬の散孔材で、心材は淡紅褐色、辺材は淡黄白色と色の対比が明瞭です。木目は通直で緻密、研磨すると美しい絹状の光沢が出ます。乾燥はやや遅く割れやすいので、桟積みの天然乾燥が向きます。北海道では旭川などの家具産地で「シウリ」の銘で家具材・床材・器具材として小規模に流通する、知る人ぞ知るローカル銘木です。樹幹がそれほど太くならず保護林に多いため、ナラやカバに比べると流通量はわずかです。
果実利用と注意点
近縁のウワミズザクラは未熟果を「あんにんご」として塩漬けにしますが、シウリザクラには北海道で確立した郷土食文化はありません。分布域が本州の漬物文化圏と重ならないこと、完熟果の果肉が薄いことなどが理由です。なお、未熟果・種子・葉にはアミグダリンなどの青酸配糖体が含まれ、生食は中毒のおそれがあります。とくに乳幼児やペットには注意を。鳥は青酸配糖体への耐性が高く、種子散布者として進化的に適応しています。
気候変動と分布の行方
寒冷地に適応した樹種だけに、温暖化の影響が懸念されます。高排出シナリオでは、本州の分布下限が現在の700mから1,000〜1,200mへと上昇し、北海道でも低地から中標高へと分布の重心が移る可能性が指摘されています。一方、北海道北部やサハリン側は分布が安定し、長期的には「気候避難地」として機能しうるとも考えられています。林野庁・森林総合研究所の長期モニタリングサイトで動態が観測され続けており、冷温帯林の温暖化応答を示す指標種の一つになっています。
よくある質問
ウワミズザクラとはどう違いますか?
分布(シウリザクラは北海道〜本州中部以北、ウワミズザクラは北海道〜九州の広域)、標高(シウリザクラは本州で700m以上)、花期(シウリザクラが10〜14日遅い)、葉のサイズ(シウリザクラがやや大きく厚い)で見分けられます。詳しくはウワミズザクラの記事をどうぞ。
果実は食べられますか?
未熟果と種子は青酸配糖体を含むため生食は危険です。塩漬けや加熱で大部分は分解しますが、北海道には確立した食文化がなく、完熟果も果肉が薄く食用価値は低め。主に鳥やクマの食糧です。
庭木として育てられますか?
北海道全域、東北・北陸の冷涼地、標高700m以上の高原で植栽できます。関東以南の温暖な低地は夏の高温多湿に弱く不向き。適地では初夏の白花、夏の黒い実、秋の黄葉と季節ごとに楽しめ、寒冷地のシンボルツリーに向きます。サクラ類より病虫害が少ないのも利点です。

コメント