有明体操競技場:90mスパン張弦梁を実現した東京2020レガシー木造大空間

有明体操競技場 | 建築図鑑 - Forest Eight

結論先出し

  • 有明体操競技場(東京2020オリンピック・パラリンピック競技施設)は、スパン約90mの大断面集成材アーチ屋根を持つ国内初規模の大空間木造施設。2019年10月完成、地上3階、事業費約205億円。
  • 木材使用量約2,600 m³(大梁集成材1,670 m³)で東京2020大会施設中で最大。北海道・長野県産カラマツ、スギ、外国産マツの組み合わせ。
  • 構造は「張弦梁」を木造で実現、リフトアップ工法で施工短縮(23.5カ月の超短工期)。設計:日建設計、施工:清水建設。木造大空間の象徴的事例として国内外で注目。
  • 大会後は「有明GYM-EX」として展示場に転用され、年間数十件の大型イベントを受け入れる五輪レガシー施設として機能継続中。

有明体操競技場は、東京2020大会の競技施設として2019年に完成した、日本の中大規模木造建築の象徴的事例です。スパン約90mの大断面集成材アーチ屋根は国内最大級で、木造大空間の実現性を世界に示しました。本稿では同施設の構造・木材調達・施工技術・後利用までを体系的に整理し、加えて設計プロセス、構造解析の要点、防火・音響・設備設計、五輪レガシーとしての位置付け、CO2固定量の試算、清水建設・日建設計の系譜的位置付けまで踏み込んで解説します。

目次

クイックサマリ:基本データ

項目
所在地 東京都江東区有明1丁目
用途 体操競技場(オリンピック)→ 展示場(後利用)
構造 地上3階、鉄骨造(一部木造大屋根)
建築面積 約25,000 m²
収容人数(大会時) 約12,000席
屋根スパン 約90 m(張弦梁、大断面集成材)
木材使用量 約2,600 m³(大梁集成材1,670 m³)
設計 日建設計
施工 清水建設
事業主 東京都
事業費 約205億円
完成 2019年10月
工期 23.5カ月(超短工期)
後利用施設名 有明GYM-EX(ジムエックス)
後利用時の床面積 約13,000 m²(フラット利用時)

プロジェクト背景:なぜ木造大空間だったのか

東京2020大会の関連施設群の整備に際して、日本政府・東京都・大会組織委員会は「サステナビリティ」を主要メッセージの一つに掲げました。再生可能資源である国産木材を競技施設に大量投入することは、CO2固定・地方林業活性化・木造建築の国際的アピールという複数の政策目標を同時達成する手段として位置付けられました。

有明体操競技場は、その中でも木材使用量・木造構造規模ともに最大級のフラッグシップ施設として企画されました。設計者である日建設計はコンペ段階から木造大屋根の構成を提案し、清水建設は施工難度の高さを承知のうえで超短工期での建設を引き受けました。両社にとっても、大会後を見据えた木造ノウハウの蓄積機会という意味付けがありました。

東京都は当初から「大会後の後利用」を必須要件とし、解体・仮設ではなく恒久施設として整備する方針を取りました。これにより設計は「競技モード」「展示モード」両方を成立させる柔軟性を求められ、可動座席・大空間フラット床・搬入動線などの構成が具体化していきます。

構造の核心:90mスパンの張弦梁

有明体操競技場の最大の特徴は、屋根の大スパン木造構造です。会場中央部のスパンは約90mに達し、大断面集成材を使った張弦梁(ちょうげんりょう、suspended truss)構造で実現されています。

張弦梁とは:

  • 上部に圧縮材(木造大梁)
  • 下部に引張材(鋼製ケーブル・タイロッド)
  • 両者を斜材(束)で連結
  • 梁の自重・上部荷重を圧縮、下方向の引張で安定化

従来の鉄骨造で90mスパンは普通ですが、純木造で実現したのは国内で初規模。木材は引張力に対し弱いため、上部の集成材で圧縮、下部の鋼ケーブルで引張、というハイブリッド設計が要となります。木造単独では座屈やたわみが許容値を超えるため、鋼との「適材適所」の役割分担が成立要件です。

使用された集成材は、北海道・長野県産カラマツの大断面集成材で、大梁1本あたり長さ約90m、断面約1.5m × 1.5mの規模。同種の規模の集成材を国内で量産する技術基盤は、北海道苗穂集成材工場・長野県の中規模集成材工場等で築き上げられたものです。集成材は強度等級E120-F330級の高強度ラミナを多層接着し、構造計算上要求される長期許容曲げ応力度を確保しています。

梁同士は約3.6m間隔で並列配置され、梁間には屋根面ブレース(耐風・耐震ブレース)が水平構面を構成します。これにより屋根全体が一体の大屋根面として挙動し、地震時の水平力を効率的に支柱・基礎へ伝達します。屋根荷重は固定荷重(自重)約60kN/m²+積雪荷重・風荷重・群衆動荷重の組合せで設計され、最大たわみは長期で約スパンの1/300以内に抑えられています。

有明体操競技場 張弦梁構造概念図 90mスパンの張弦梁、上部木造圧縮材+下部鋼ケーブル引張材+斜束のハイブリッド構造。 有明体操競技場 張弦梁構造概念図 支柱 支柱 大断面集成材アーチ (北海道・長野県産カラマツ集成材) 下部引張材(鋼ケーブル/タイロッド) 斜束(鋼) スパン約90m(国内初規模) 出典: 林野庁、清水建設、日建設計公式資料
図1:有明体操競技場 張弦梁構造概念図(出典:林野庁・清水建設・日建設計)。

構造解析と耐震・耐風設計の要点

大スパン木造の構造設計では、地震・風・雪・群衆荷重・温度応力の各組合せに対する応答評価が必要です。有明体操競技場は東京湾岸の埋立地に位置し、地盤は液状化リスクのある軟弱地盤が想定されたため、基礎は杭基礎(場所打ちコンクリート杭)で支持層まで根入れ、上部構造との接合部にも入念な設計がなされました。

主要な構造設計上の観点:

  • 固有周期:大空間屋根の鉛直一次固有周期は概ね0.5〜0.8秒程度と推定され、群衆動歩調(2〜3Hz)との共振リスクを回避する設計
  • 水平剛性:屋根面ブレースで水平構面を構成し、地震時の水平力を支柱間で効率的に伝達
  • 支柱座屈:屋根荷重を受ける支柱の座屈長を控え壁・支保で短縮
  • 風応答:大屋根曲面に対する風洞実験で局所負圧・正圧を実測、許容値内に収束
  • 温度応力:木材は鋼に比べ熱膨張率が小さいが、部材長90m級では絶対量が無視できないため、エキスパンションジョイントで応力解放

これらの解析は、汎用構造解析ソフトに加え、独自の非線形FEM解析も併用されました。集成材接合部の局所応力集中、鋼接合金物の長期挙動など、木造特有の解析項目が体系化されたのが本プロジェクトの技術的成果でもあります。

使用木材の内訳:国産カラマツ・スギ主体

部位 木材種類 使用量目安
屋根大梁 カラマツ集成材(北海道・長野県産) 約1,670 m³
屋根天井材 スギ羽目板・無垢材 約400 m³
内部空間造作 スギ・ヒノキ無垢材・集成材 約400 m³
外装木質意匠 外国産マツ(防腐処理) 約130 m³

東京2020大会の関連施設で、有明体操競技場が最大の木材使用量を達成。国立競技場(後述)と並んで、大会のサステナビリティアピールの中心施設です。屋根大梁のカラマツは、北海道のトドマツ・カラマツ複合林および長野県の人工カラマツ林からの調達で、いずれも合法木材証明・FM/COC認証等のサステナビリティ要件を満たした材料でした。

スギ羽目板は天井意匠として可視化され、来場者に「木の空間」の印象を強く与えています。スギは音響吸収特性に優れ、観客の声・拍手・歓声の残響時間を適度な範囲(約1.8〜2.2秒)に収める音響設計上の役割も担っています。

23.5カ月の超短工期:リフトアップ工法

有明体操競技場の建設は、オリンピック開催前というデッドラインから23.5カ月という極短工期で実現されました。これを可能にした主要技術が「リフトアップ工法」です。

リフトアップ工法の手順:

  1. 地上で大屋根の張弦梁ユニットを組み立てる
  2. 支柱・支保工で完成形に近い形まで組み上げる
  3. 油圧ジャッキで一気に正規高さまで押し上げる
  4. 支柱と接合して固定

地上での組立てが可能な部分を最大化することで、高所作業の安全性確保+施工速度の劇的向上が実現されました。木造大屋根のリフトアップ工法は前例が少なく、有明体操競技場で蓄積されたノウハウが、その後の中大規模木造プロジェクト(万博 大屋根リング等)にも活用されています。

リフトアップ時の制御は、複数の油圧ジャッキを同期制御し、各点のリフト量をミリ単位でモニタリングしながら進められました。同期誤差が大きいと屋根面に予期せぬねじれ応力が発生し、最悪の場合接合部破壊につながるためです。清水建設は同社の鉄骨造大屋根リフトアップ工法(東京ドーム改修・国立代々木競技場改修等)の系譜に木造特有の手順を組み合わせ、本プロジェクトを成功させました。

集成材の生産:国内サプライチェーンの強化

長さ90m級の集成材を生産・供給することは、国内集成材産業にとって大きな技術的挑戦でした。北海道・長野県の集成材メーカーが連携し、必要規格の集成材を期日内に供給するサプライチェーンが組成されました。

これにより国内集成材産業は:

  • 大断面集成材の生産技術蓄積
  • 大型搬送・製造設備の整備
  • 国産材活用の実績証明
  • 後続プロジェクト(万博 大屋根リング、大林組Port Plus等)への展開基盤

を獲得しました。林野庁の「有明体操競技場における木材利用の取組」として、好事例として広く紹介されています。

サプライチェーンの実務面では、製造工場での乾燥・接着・加圧硬化工程に加え、現場までの長尺輸送・保管・場内仮置き・組立作業の各段階での品質管理が連続的に求められました。集成材は湿度変化に敏感で、現場での養生期間中の含水率変動を抑えるため、シート養生・温湿度モニタリングが徹底されました。

防火・耐火設計:燃えしろ設計と区画

木造大空間の建築では、火災時の構造保持と延焼防止が最重要設計課題の一つです。有明体操競技場は耐火建築物としての要求性能を満たしつつ、木材を意匠的に露出する設計が両立されています。

主要な防火・耐火設計の手法:

  • 燃えしろ設計:集成材断面の外側数cm(一般に45〜60mm程度)を燃えしろとして見込み、内部の有効断面で構造耐力を維持
  • 区画形成:観客席・楽屋・選手控室など機能ごとに防火区画を構成、延焼経路を分断
  • 排煙計画:大空間の上部から自然排煙+機械排煙を併用、避難所要時間内に視認性を確保
  • 避難動線:12,000人の観客を許容時間内に屋外まで避難させる多数の避難口配置
  • 感知・報知:高所大空間に対応した煙感知・温度感知システム、放送設備

木造であっても、設計法を組み合わせれば耐火建築物(主要構造部1時間耐火、3階建て)の要求性能を満たすことが可能であり、有明体操競技場はその実証事例の一つとなっています。これは国土交通省の建築基準法における木造高層化・大規模化の制度的緩和(2010年公共建築物等木材利用促進法、2019年建築基準法改正等)の流れを技術面で支えた事例でもあります。

音響・空調・照明:体操競技に最適化された設備

体操競技は、選手の集中力・観客の盛り上がり・国際テレビ放映の三方に最適化された環境設計が求められます。有明体操競技場では、木質内装の音響特性を活かしつつ、能動的な設備計画が組み合わされています。

音響設計:体操は音楽伴奏(床運動)と静粛性(平均台等)が交互に求められます。スギ天井材の吸音、可変吸音材、スピーカ指向性制御により、競技種目ごとに最適な音場が形成されました。残響時間は概ね1.8〜2.2秒帯に収まる設計です。

空調設計:12,000人収容の大空間で温熱環境を均一化するのは設備設計の難所です。床下吹出し空調と天井部排気を併用する置換空調方式が採用され、観客席〜競技フロアの全範囲で温度ムラを抑制します。木造屋根直下の温度成層を活用し、空調エネルギーを抑える省エネ設計でもあります。

照明設計:競技場照明は、選手の演技・観客視認・テレビ放映用映像品質の3用途に対応する高演色LED照明を採用。照度は競技時で約2,000ルクス、平均演色評価数Ra90以上。木造天井材への光ノイズ反射を抑えつつ、必要照度を確保する設計となっています。

大会運営と選手・観客の評価

2021年(実開催)の東京2020大会では、有明体操競技場が体操競技・トランポリン競技の会場として使用されました。新型コロナウイルス感染症対策として大会は無観客で行われましたが、テレビ・配信を通じて施設の意匠が世界に広く露出する結果になりました。

選手・関係者からは、木造空間の温かみのある雰囲気、自然光と人工照明の調和、適度な残響感などが評価されました。日本選手団・海外選手団の双方から「他のオリンピック会場と異なる特徴的な施設」との反応が見られ、大会後の建築メディア・専門誌でも国内外で多数取り上げられています。日経クロステック、新建築、Architectural Record(米)、Detail(独)等の専門媒体に施工技術・意匠の両面から論じられました。

後利用:展示場「有明GYM-EX」への転用

東京2020大会後、有明体操競技場は「有明GYM-EX(ジムエックス)」として展示場に転用されました。座席を撤去した後の大空間(約13,000 m²)は、展示会・コンサート・スポーツイベント等の多目的利用が可能で、東京臨海部の主要展示施設の一つとして稼働しています。

木造大屋根の意匠的価値は転用後も維持され、来場者に対する木造空間の魅力訴求も継続しています。「五輪レガシーとしての木造空間」のモデル事例です。年間の利用件数は十数件〜数十件に及び、隣接する東京ビッグサイトとの相互補完で湾岸エリアの大型イベント受入容量を拡張する役割も担っています。

転用に際しては、座席撤去・床補強・搬入動線の追加・ユーティリティ(電気・通信・給排水)の増設などの改修が行われ、施設としては競技場時代より柔軟性の高い使い方が可能になりました。木造屋根は構造そのものを改変せず維持できる設計だったため、転用コストは新築比で低く抑えられています。

関連する補助金・税制

有明体操競技場は東京都の単独事業として整備されましたが、同種の中大規模木造プロジェクトでは以下の支援制度が活用可能:

制度名 所管 適用範囲
サステナブル建築物等先導事業(木造先導型) 国交省 先進的木造建築の設計・建設
グリーン建築物等推進事業 国交省 ZEB・木造化建築物
木造公共建築物等の整備に向けた取組支援 林野庁 地方自治体の木造公共建築
都道府県の木造化推進事業 各都道府県 地域材活用の公共建築
森林環境譲与税 総務省 市町村の公共施設木造化

これらの組み合わせで、大規模な公共木造施設の事業計画が成立しやすくなっています。事業計画の段階で複数制度を併用することは一般的で、設計者・施工者・自治体・林業関係者の連携体制の構築が初期段階の重要タスクとなります。

東京2020大会の他の主要木造施設

施設 木材使用量 特徴
有明体操競技場 約2,600 m³ 90mスパン張弦梁、大会施設最大
国立競技場 約2,000 m³ 軒庇に47都道府県のスギ・カラマツ
選手村ビレッジプラザ 約1,300 m³ 仮設、大会後解体・全国の自治体に返却
大会持続可能性運用 約4,000 m³(合計) 調達基準でサステナビリティ保証

選手村ビレッジプラザは特に独特な事例で、各都道府県から借り受けた木材で建設し、大会後に解体して各自治体に返却する「都道府県別の木材リサイクル」モデルでした。返却材は地域の公共施設の建材として再活用されています。これは「大会木材レガシープログラム」と命名され、IOCのサステナビリティ評価でも高く取り上げられました。

CO2固定量と環境効果の試算

木材は炭素の長期貯蔵媒体であり、有明体操競技場の総木材使用量約2,600m³は概算で約1,300〜1,500トン程度のCO2を固定していると推定されます(材質・含水率により幅)。これは中型乗用車約650〜750台の年間CO2排出量に相当する規模です。

さらに、鉄骨造代替案と比較した場合のライフサイクルCO2削減効果(製造・建設・解体段階の合計)も試算され、数千トン規模の差が見込まれるとの評価が一部論文・講演で示されています。これらの数値は前提条件により変動するため、参考値として扱うべきものですが、木造大空間の環境価値を定量的に示す重要な指標となっています。

関連する評価枠組みとして、CASBEE(建築環境総合性能評価システム)、LEED、SDGs目標12(持続可能な消費と生産)・15(陸の豊かさも守ろう)への寄与なども、施設の環境価値説明の文脈で言及されることがあります。

世界の大スパン木造比較

施設 所在地 主要スパン 用途
有明体操競技場 東京 90 m 体操競技場・展示場
Centre Pompidou-Metz 仏メッツ 40 m 美術館
Tamedia Office スイス・チューリッヒ 限定 オフィス
Jakarta Sports Hall インドネシア 120 m級木鋼ハイブリッド スポーツ施設
Aspen Art Museum 米コロラド 30 m 美術館
万博 大屋根リング 大阪 30m帯×周長2km 仮設展示空間
Richmond Olympic Oval カナダ 100 m級 2010五輪スピードスケート場

純木造での90m級大スパンは世界的にも稀少で、有明体操競技場は技術的最先端事例の一つです。Richmond Olympic Oval(2010バンクーバー五輪)はカナダ松枯れ被害材を活用した木造大屋根の有名事例で、有明体操競技場と並んで五輪レガシー木造大空間の双璧と位置付けられます。両者の設計思想は異なりますが、五輪を契機に各国が木造大空間の最先端を競う構図を作った象徴的事例といえます。

大空間木造設計の技術的論点

大スパン木造設計の主要技術的課題:

  1. 圧縮性能の確保:集成材の高品質化(強度等級、ラミナ厚さ・接着剤)
  2. 引張力の処理:木材は引張に弱いため、鋼製接合金物・タイロッド併用
  3. 耐火性能:燃えしろ設計(断面の外側数cmが燃えても内部は構造機能維持)
  4. 振動・たわみ:長スパンでの動荷重応答
  5. 湿気・温度変化:屋外・大気開放部の長期耐久性
  6. 接合部の精度:大型部材の現場接合のmm単位精度確保
  7. リフトアップ・架設の同期制御:複数ジャッキの同期誤差管理
  8. 長期保全:定期点検・含水率モニタリング・接合金物の腐食管理

有明体操競技場ではこれらの課題に対する具体的な解決策が体系化され、その後の中大規模木造プロジェクト群の技術的基盤となっています。日本建築学会(AIJ)の論文集にも複数本の関連論文が掲載され、設計実務者・研究者の双方が参照する標準的事例となりました。

長期保全と維持管理の考え方

木造大空間施設は、コンクリート造・鉄骨造と比較して維持管理の観点が異なります。木材は適切な環境下では極めて長寿命(数百年〜千年級の歴史的木造建築が証明)ですが、含水率変動・腐朽菌・シロアリ・接合金物腐食などのリスクへの継続的な対応が必要です。

主要な維持管理項目:

  • 定期点検(年次・五年毎・十年毎の段階的詳細度)
  • 含水率モニタリング(埋込型センサー+抜取り測定)
  • 接合金物の腐食・緩み確認
  • 屋根防水層の点検・補修
  • 木材表面の美観維持(再塗装・再仕上げ)
  • 有事対応(局所損傷・部分交換のプロトコル)

これらは施設のオペレーター(東京都・指定管理者)が、設計者・施工者の支援を受けながら長期計画的に実施します。木造特有の維持管理ノウハウは国内ではまだ発展途上であり、有明体操競技場のような大型恒久施設の運用知見の蓄積は、今後の中大規模木造市場の拡大にとって重要な情報資産となります。

用語集

用語 意味
張弦梁(ちょうげんりょう) 上部圧縮材+下部引張材+斜束で構成される長スパン梁形式
大断面集成材 厚さ数cmのラミナを多層接着した、大断面の構造用集成材
燃えしろ設計 断面外側を「燃え代」として見込み、内部有効断面で耐力を維持する木造耐火設計手法
リフトアップ工法 地上で組み上げた屋根を油圧ジャッキで一気に上昇させ、支柱と接合する架設工法
含水率 木材中の水分が乾燥重量に占める割合。構造性能・寸法安定性に大きく影響
合法木材 森林の伐採・流通・加工が法令を遵守して行われた木材。クリーンウッド法等で証明
FM/COC認証 森林管理(FM)と加工流通(COC)の両段階での持続可能性認証

よくある質問(FAQ)

Q1. 90m木造スパンは世界で最大ですか

A. 純木造の単一張弦梁としては当時の世界クラス。木鋼ハイブリッド構造を含めると、海外(インドネシア・北米等)で100m超の事例もあります。「国内では初規模、世界的にも最先端の一つ」が正確な位置付けです。

Q2. 90mの集成材1本はどう運搬したのですか

A. 製造工場から建築現場まで、長尺輸送車(特殊輸送車両)で陸送されました。経路の橋・トンネル・カーブの寸法調査が必須で、夜間の長時間輸送が行われました。輸送ルートは事前に道路管理者・警察と協議し、必要な許可を取得した上で実施されています。

Q3. 木造で90mスパンは耐震上問題ないのですか

A. 構造解析上は適切に設計されています。木材は鋼材・コンクリートに比べ単位重量当たり強度が高く、地震時の慣性力(質量×加速度)が小さいというメリットがあります。張弦梁形式の柔軟性も地震応答に有利。日本建築学会の関連論文でも構造性能が肯定的に評価されています。

Q4. 後利用の展示場としての稼働状況は

A. 大会後は東京都の管理する展示場「有明GYM-EX」として運営。大型展示会・コンサート・スポーツイベント等の多目的利用が継続しています。木造大屋根の意匠は維持され、施設の魅力要素として機能。年間数十件規模のイベントを受け入れています。

Q5. 同種の木造施設は他に建てられますか

A. 技術的には可能ですが、コスト面で慎重な検討が必要。大スパン木造は鉄骨造より建設コストが上回ることが多いため、補助金活用・地域材活用・サステナビリティ価値の経済化等を組み合わせることが現実的アプローチです。地域木材活用による地方創生効果も追加価値として加味できます。

Q6. 火災時に木造で大丈夫なのですか

A. 燃えしろ設計と複数の防火区画・避難計画の組合せで、耐火建築物としての性能を満たしています。木材は鋼材と異なり、火災温度で急激な強度低下を起こさず、表面炭化層が内部を保護する性質もあるため、適切に設計すれば耐火性能の確保は十分に可能です。

Q7. 集成材は将来的に交換が必要になりますか

A. 適切に維持管理されれば、集成材の構造性能は数十年〜百年単位で維持可能です。歴史的木造建築では数百年経過しても機能している事例があり、有明体操競技場の集成材も長期使用を前提に設計・施工されています。

Q8. 海外の体操会場と比べて何が違いますか

A. 海外の主要体操会場は鉄骨造・RC造が大半で、木造大空間は稀です。有明体操競技場は木材の温かみのある内装、CO2固定の環境価値、林業振興への貢献といった点で差別化されており、国際的にも独自性のある事例として知られています。

Q9. 設計者の日建設計はどんな組織ですか

A. 日建設計は日本最大級の組織設計事務所で、東京タワー・東京スカイツリーなどを手掛けた歴史を持ちます。近年は木造・木質建築への取組も強化しており、有明体操競技場はその代表作の一つです。

Q10. 施工者の清水建設は他にも木造大屋根を手掛けていますか

A. 清水建設はリフトアップ工法を含む大屋根施工で長い実績を持ち、近年は中大規模木造プロジェクトの施工も多数手掛けています。有明体操競技場で蓄積されたノウハウは、同社のその後の木造プロジェクトに継続的に活用されています。

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