国際文化会館(東京)─前川・坂倉・吉村の近代日本建築リノベ

国際文化会館─前川・坂倉・吉村の… | Forest Eight

六本木の喧騒からほんの少し外れた鳥居坂に、戦後日本のモダニズム建築の最高峰が静かに建っています。国際文化会館(I-House、1955年開館)――設計を担ったのは、前川國男・坂倉準三・吉村順三という日本近代建築の三巨匠です。それぞれが独立した事務所を構える第一線の建築家が一つの建物を共同設計するのは、当時としても異例のこと。しかもその足元には、京都の名庭師・七代目小川治兵衛(植治)が手がけた池泉回遊式庭園が広がっています。2020年には築65年の本館が大規模リノベーションを終え、隈研吾の手で歴史的価値を保ったまま現代の性能へと甦りました。

本館竣工1955年6月前川・坂倉・吉村敷地面積11,732旧岩崎小弥太邸跡延床面積8,800RC造4階建改修完了2020年4月隈研吾+三菱地所
図1:国際文化会館の主要諸元
目次

ロックフェラーの寄付と、岩崎邸の跡地

始まりは戦後間もない1952年。日米の知的交流を立て直そうと、ジョン・D・ロックフェラー三世が文化交流拠点を提唱しました。建設地に選ばれたのは、三菱財閥4代目当主・岩崎小弥太の旧本邸跡地。ロックフェラー財団からの約100万ドルの寄付と日本側の資金で用地取得と建設が実現し、1955年6月20日に開館します。最初の宿泊客は、ロックフェラー三世その人でした。

設計に起用された三人は、いずれもル・コルビュジエの系譜に連なります。前川と坂倉はパリのコルビュジエ事務所で実務を積み、吉村はアントニン・レーモンド(帝国ホテルでF.L.ライトに学んだ建築家)の門下。つまりこの建物では、ヨーロッパ近代建築と、日本に翻案された近代建築という2つの血脈が合流したのです。

建築家 経歴 I-Houseでの主な担当
前川國男
1905-1986
ル・コルビュジエ事務所→レーモンド事務所。東京文化会館等 全体配置・本館外観・公共空間
坂倉準三
1901-1969
ル・コルビュジエ事務所。1937年パリ万博日本館で建築賞 空間構成・コンクリート造形・庭園との関係
吉村順三
1908-1997
レーモンド事務所。日本の近代住宅建築の先駆者 宿泊棟の空間・木質内装・家具・ディテール

庭に開き、坂に閉じる

本館はRC造4階建て、延床約8,800m²。最大の魅力は、水平基調のモダニズム造形と、植治が手がけた日本庭園との対話にあります。敷地は鳥居坂と庭園で約8mの高低差があり、それを活かしたスキップフロア構成。坂側からは2階が地上階、庭園側では1階が地面に開く立体的な配置です。北の鳥居坂側は閉じた壁面で都市の喧騒を遮り、南の庭園側へ向かって空間が開いていく――この内向きの構成は、桂離宮や修学院離宮の原理を近代建築の語彙で翻案したものと評されます。各階のテラスから庭園を一望できる「内と外の連続性」こそ、この建築の真骨頂です。

庭園そのものは、本館より古く1929年に旧岩崎邸時代に七代目小川治兵衛がつくったもの。植治は山県有朋の無鄰菴や平安神宮神苑を手がけた近代日本庭園の最重要作家で、約4,000m²という都心に残る植治作庭としては希少な規模です。三人の設計者は樹齢100年級の大樹の位置を測量し、できる限り伐採を避ける配置を選びました。建築面積を敷地の20%程度に抑え、庭を主役に据えた――その判断が、いまも生きています。

2020年、歴史を壊さずに性能を上げる

築65年を超えた本館は、2017年から2020年4月にかけて大規模リノベーションを実施しました。設計監修は三菱地所設計と隈研吾建築都市設計事務所のJV、施工は鹿島建設。最も難しかったのは、文化財的価値を持つ外観や主要室に手を加えずに耐震性能を上げることでした。目立たないコア部や階段室まわりに耐震壁を加え、外観に影響する部位には鉄骨ブレースを内蔵。免震ダンパーも一部組み込み、構造耐震指標Is値0.6以上(首都直下地震想定でも継続使用可能な水準)を確保しています。

改修要素 内容
耐震補強 耐震壁・免震ダンパー追加でIs値0.6以上を確保
木質内装の保存・再生 創建時オリジナルを基準にクリーニング・部分更新
環境性能向上 断熱強化・LED化・地中熱・太陽光導入(CASBEE A相当)
バリアフリー化 段差解消・エレベータ更新・多目的トイレ整備
客室更新 55室を全面リニューアル

木の内装は「残す」か「更新する」か

このリノベーションで最も繊細だったのが、木質内装の扱いです。創建時、本館の主要室には吉村順三の指導で和洋折衷の木質要素が多用され、国産材が空間に温かみと落ち着きを与えていました。65年を経た木をどう扱うか――答えは「原型保存」と「更新」の二原則でした。

文化財的価値の高い吉村デザインのオリジナル家具や建具は、専門家による修復のみで原状を維持。剣持勇デザインのラウンジチェア(1955年、戦後日本デザイン史の重要作)なども、当時の仕様書を参照して職人が手作業で甦らせました。一方、劣化が著しく機能再生が必要な部材は、創建時のディテールを再現しつつ新材に置き換え。新たな木材には、できる限り国内の地域材を選びました。これは、三人が原設計で日本産材の質感を重視した意図を引き継ぐためです。

創建時(1955) vs 改修後(2020) 主要項目比較項目創建時 (1955)改修後 (2020)主要構造RC造4階RC造(耐震補強済 Is≥0.6)木質内装国産材中心・職人手仕上再生+地域材で更新環境性能当時の標準CASBEE A相当・BEMS導入歴史的価値DOCOMOMO選定維持バリアフリーなし完全対応運用機能会員制+宿泊55室同上+ギャラリー強化
図2:創建時(1955) vs 2020年改修後の比較

「使い続けながら残す」という日本的な保存

20世紀モダニズム建築の保存リノベは世界各地で行われてきました。コルビュジエのサヴォア邸、グロピウスのバウハウス・デッサウ、ミースのヴィラ・トゥーゲントハット――いずれも名作ですが、その多くは博物館化・記念建築化される道を辿りました。それに対し国際文化会館は、1955年以来ずっとホテル・会議施設として使われ続けながら保存されている点に独自性があります。湯川秀樹や川端康成、三島由紀夫、内外の知識人が交流した「知的交流の場」としての役割を、リノベ後も保ち続けている。建築単体ではなく、機能し続けることによる文化的継承――これがI-Houseの保存価値の核心です。

新築の木造高層化(住友林業W350やSara Kulturhusなど)が「攻めの木造化」だとすれば、国際文化会館の取り組みは既存の木質建築を引き継ぐ「守りの木造化」と言えます。戦後70年を経た日本のモダニズム建築群の保存・再生需要は、これから本格化していくはず。耐震補強と歴史的価値の両立、地域材による設計意図の継承、現代設備の統合、そして使い続ける保存――I-Houseが示したこの指針は、これからの標準的な参照事例になっていくでしょう。

よくある質問

Q. 一般人も利用・見学できますか?

公益財団法人が運営する会員制施設ですが、講演会やシンポジウム、展覧会、ガーデンウォーク(庭園公開日)、カフェ「The Garden」など一般公開の機会が多数あります。鳥居坂沿いの外観は公道から鑑賞できます。詳細は公式サイトのイベントカレンダーで確認できます。

Q. DOCOMOMO選定とは何ですか?

20世紀モダニズム建築の保存・記録を行う国際組織DOCOMOMOの日本支部が選ぶ重要建築リストです。国際文化会館は2006年の第1次20選に登録されています。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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