同じ針葉樹でも、ヒノキの丸太はスギの約2.5倍の値段で取引されます。ヒノキ素材(中目丸太)の全国平均価格は2023年で1m³あたり約20,500円。同じ太さのスギが約8,200円ですから、その差は歴然です。なぜヒノキだけがこれほど強いのか——価格の歴史と、スギとの差を生む構造を見ていきます。
76,400円から20,500円へ——でも、スギよりは粘った
ヒノキ価格の歴史は、そのまま日本林業の戦後経済史です。最高値は1980年の76,400円/m³。高度経済成長期の住宅着工ブーム(年間160万戸超)と国産材志向が重なり、ヒノキの市場価値が頂点に達した時期でした。当時、床柱や大黒柱に使う無節(節のない)ヒノキはさらに高値で取引されていたといいます。
しかし1980年代後半以降、米マツや米ヒバなど輸入材の浸透で価格は段階的に下落。1990年に約42,000円、2000年に約27,000円、そして2003年には最低値の約17,800円まで落ち込みました。1980年比で約77%の下落です。2010年代以降は国産材回帰や無垢材の再評価で緩やかに持ち直し、2023年の20,500円水準まで戻しています。
ここで注目したいのが、スギとの比較です。同じ期間にスギは1980年の約42,000円から2023年の約8,200円へと、約80%下落しました。下落幅も絶対水準もヒノキより厳しい。その結果、1980年に約1.8倍だったヒノキ・スギの価格比は、2023年には約2.5倍へと開いたのです。ヒノキは下げ局面でもスギより踏みとどまった、というわけです。
2.5倍の差はどこから来るのか
この価格差は、ヒノキとスギの「立ち位置」の違いを映しています。ヒノキが高値を保つ理由は、大きく次の点に集約されます。
高級材としてのブランド。「神社仏閣の材」「寿司カウンター材」「木曽五木」——ヒノキは古来、最高ランクの用材として認知されてきた歴史的ブランドを持ちます。
強度と耐久性。気乾比重は約0.44とスギ(約0.38)より高密度で、強度・耐朽性に優れます。法隆寺のヒノキが1,400年を超えて健全であることは、その長期耐久性の象徴です。
寸法安定性と加工性。木理が通直で乾燥収縮が小さく、柱材として狂いが少ない。ハウスメーカーやプレカット業者に重宝されます。
抗菌性と芳香。ヒノキチオールなどの精油成分による抗菌・防虫作用と独特の香りは、浴室材や内装材として強い付加価値を生みます。
希少性。ヒノキ人工林は約260万ha、素材生産量は約290万m³(2023年)。スギの約5分の1の供給量しかなく、これが価格を下支えします。
ただし、ヒノキは育てるのに時間がかかります。標準伐期は60年、長伐期では80〜100年。育成費用も1haあたり200〜300万円とスギより2〜3割高く、このコスト差を吸収するため、ヒノキの立木価格(約9,200円/m³)はスギ立木(約3,300円/m³)の約2.8倍に設定されています。
ヒノキは値動きも穏やか——ウッドショックで実証
2021〜2022年に世界を襲ったウッドショックは、ヒノキとスギの性格の違いをはっきり示しました。スギの中目丸太価格はこの間、約14,500円から20,200円まで急騰し、その後12,000円へ急落——変動幅は約7割に達しました。対してヒノキは22,500円から28,500円、そして20,500円へと、変動幅は約2.5割にとどまったのです。
理由は市場ポジションです。スギは構造材として欧州集成材(ホワイトウッド)と直接競合するため、輸入材の市況に強く反応します。一方ヒノキは「ヒノキならではの価値」で差別化された高級材市場にあるため、輸入材代替の波をかぶりにくく、価格が安定するのです。
ブランド産地が相場を引き上げる
ヒノキは産地ブランドによる価格差も大きく、全国平均を大きく上回る銘柄産地があります。
| 産地 | 所在県 | 特徴 | 価格水準 |
|---|---|---|---|
| 東濃ヒノキ | 岐阜(中津川・付知) | 年輪緻密、淡桃色、無節材豊富 | 平均の1.5〜2倍 |
| 木曽ヒノキ | 長野・岐阜(木曽) | 国有林天然材、伊勢神宮御用材 | 超高値・別格 |
| 吉野ヒノキ | 奈良(吉野郡) | 密植施業・年輪緻密、艶やか | 平均の1.5〜2倍 |
| 尾鷲ヒノキ | 三重(尾鷲市) | 多雨地・年輪緻密、強度高 | 平均の1.3〜1.7倍 |
| 天竜ヒノキ | 静岡(浜松・川根) | 天竜美林、淡色・木目美麗 | 平均の1.3〜1.5倍 |
ブランド産地はおおむね、多雨や標高といった地理的特性、密植・長伐期という施業の伝統、そして地元の銘木市場——この3要素が揃った地域に集まります。なかでも岐阜・付知のヒノキは、伊勢神宮の式年遷宮御用材の供給源としても名高い別格の存在です。逆に、東北南部などの北限地や若齢林では、平均より安い相場になる傾向があります。
立木から住宅資材へ、価格は5〜8倍に
ヒノキの価格は、加工段階を経るごとに大きく積み上がっていきます。1m³の材が、山に立つ木から最終的な住宅資材になるまでの「付加価値の階段」を見てみましょう。
| 加工段階 | 価格(円/m³) | 立木比 | 主な工程 |
|---|---|---|---|
| 立木(山元) | 約9,200 | 1.0倍 | 森林所有者の販売価格 |
| 中目丸太(市場) | 約20,500 | 2.2倍 | 伐採・搬出・運材・市場経費 |
| 製材(柱角・羽柄) | 約45,000〜60,000 | 5〜7倍 | 製材・乾燥・仕上げ |
| プレカット資材 | 約55,000〜75,000 | 6〜8倍 | 仕様カット・刻み・梱包 |
| 高級内装材(無節) | 100,000〜300,000 | 10〜30倍 | 選別・加工・銘木流通 |
注目すべきは、立木価格と中目丸太価格の差およそ11,300円/m³。これは伐採・搬出・運材・市場経費にあたり、林業現場の収益性を左右します。立木価格が低迷すると山主の経営意欲が失われるため、林野庁はこの動向を継続的に注視しています。無節などの選別材になると、立木価格の10〜30倍に達することもあります。
底打ちから、緩やかな上昇へ
ヒノキ林業に課題がないわけではありません。人工林の約6割は50年生以上に達し高齢化が進む一方、主伐後の人工再造林率は3〜4割にとどまります。立木9,200円/m³の水準では伐採・運材費を引くと山主の手取りが薄く、再造林への投資が難しいのが実情です。林野庁は再造林補助の単価引き上げや、森林経営管理制度による集積、森林環境譲与税を活かした市町村支援などで対応を進めています。
とはいえ、追い風も吹いています。脱炭素を背景にした木造建築の拡大、寺社・文化財の修復需要、CLT・集成材を使う中高層木造の広がり、そして「日本のヒノキ」というジャパンブランドへの国際的な再評価。円安が続けば輸入材に対する国産ヒノキの競争力はさらに高まります。2023年の20,500円/m³は、1980年代からの長い下落トレンドが底を打った局面にあり、今後は緩やかな上昇基調が期待されます。スギに対する2.5倍という価格差は、ヒノキの高級材ブランドの根強さそのもの。森林所有者から製材業者、住宅会社までのサプライチェーン全体で、その価値を最大化し適正に分け合えるかが、ヒノキ林業の持続的発展のカギを握っています。
※本稿の数値は林野庁「木材需給情報」「素材価格動向」「立木価格」関連資料を基準に作成。為替・市況変動により最新値は変動する可能性があります。

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