【オオシラビソ】Abies mariesii(アオモリトドマツ)|樹氷をつくる多雪地の亜高山帯針葉樹

オオシラビソ(Abies mariesii)

真冬の蔵王や八甲田で、白い怪物のように立ち並ぶ「樹氷(スノーモンスター)」。あの幻想的な造形をつくっているのが、オオシラビソ(Abies mariesii)という針葉樹です。東北ではアオモリトドマツの名でも親しまれ、日本海側の雪深い亜高山帯を埋め尽くす木。木材として伐られることより、樹氷観光や水源の森として桁違いに大きな価値を持つ、ちょっと変わった立場の樹木です。

気乾比重0.36(0.30〜0.43)極軽軟曲げ強度45-65MPaシラビソに準じる別名アオモリトドマツ東北亜高山帯主役樹氷蔵王・八甲田観光資源
オオシラビソの主要スペック(含水率15%基準・代表値)
湿原のほとりに立つオオシラビソ
オオシラビソ(青森県・八甲田山、八幡沼)。日本海側の多雪な亜高山帯を埋め尽くす。写真: Abies mariesii Tanaka Juuyoh by TANAKA Juuyoh at Flickr / CC BY 2.0, via Wikimedia Commons(リサイズのみ・内容の改変なし)
目次

シラビソとどう違う?

近縁のシラビソ(Abies veitchii)とよく混同されますが、住む場所がはっきり分かれています。シラビソは太平洋側の少雪な亜高山(八ヶ岳・南アルプスなど)、オオシラビソは日本海側の多雪地(八甲田・月山・鳥海・白山・立山など)が縄張り。北は青森の八甲田・白神山地、南は紀伊半島の大峰山系に隔離分布し、標高1,400〜2,500メートルに広がります。

見分けの決め手は球果(まつぼっくり)と若枝。オオシラビソは球果が6〜10センチと大きく暗紫色で、苞鱗が外に飛び出さず隠れています。若枝には赤褐色の毛がびっしり。シラビソは苞鱗が露出し、若枝の毛は淡褐色です。迷ったら一番簡単な手がかりは——樹氷の景色があれば、ほぼオオシラビソ。覚えやすい見分け方です。

樹氷はなぜオオシラビソにできるのか

雪と氷に覆われた蔵王の樹氷
蔵王の樹氷(スノーモンスター)。この造形の芯にあるのがオオシラビソで、円錐形の樹冠と密な硬い葉が着氷を安定して育てる。写真: Zaoonsen, Yamagata, Yamagata Prefecture 990-2301, Japan – panoramio (1) by yuukokukirei / CC BY 3.0, via Wikimedia Commons(リサイズのみ・内容の改変なし)

樹氷は、いくつもの条件が同時にそろって初めて生まれます。シベリアからの北西季節風が日本海で水蒸気をたっぷり吸い上げ、山にぶつかって過冷却水滴(0℃以下でも凍らない水のしずく)の霧になる。その水滴がマイナス5〜15℃に冷えた針葉に触れた瞬間、パチンと凍りつく(着氷)。そこへ雪が降り積もり、風で風上側に成長して、あの「エビの尻尾」のような独特の形ができあがります。

では、なぜほかの木ではなくオオシラビソなのか。円錐形で水平に張り出した枝、密に茂る硬い葉——この樹冠の形が、過冷却水滴を捕まえて着氷を安定して成長させるのに理想的なのです。コメツガやダケカンバにも着氷は起きますが、典型的なスノーモンスターにはなりません。世界でも稀な「樹氷ベルト」が東北に集中するのは、この木があるからこそです。

冬にこそ稼ぐ森

樹氷は、地域経済を支える巨大な観光資源です。なかでも山形・宮城の蔵王連峰は規模が突出しています。台湾や香港、東南アジアからのインバウンドが2010年代後半に大きく伸び、いまや冬の稼ぎ頭になっています。

樹氷観光地 主要時期 樹氷の見どころ 主なアクセス
蔵王(山形・宮城) 1月中旬〜3月初旬 国内最大規模の樹氷原 蔵王ロープウェイ
八甲田(青森) 1月〜3月 ロープウェーから見下ろせる 八甲田ロープウェー
森吉山(秋田) 1月〜3月 約3〜6万人 森吉山阿仁スキー場
西吾妻山(山形・福島) 1月〜3月 約2〜4万人 天元台高原ロープウェイ

木材として売れる金額と比べると、観光が生む経済価値は数十倍にのぼります。「木を伐って稼ぐ」より「立っているまま魅せて稼ぐ」森。オオシラビソは林業と観光が交わる珍しい樹種で、だからこそ自然保護と観光振興を一体で考える視点が欠かせません。

雪と生きる木

多雪地のオオシラビソは、独特の根曲がり樹形を見せます。稚樹のうちに雪の重みで斜面下方へ押し曲げられ、その後まっすぐ立ち上がろうとするため、根元がL字やJ字に湾曲するのです。そのぶん幹の強度は落ち、製材の歩留まりも悪くなりますが、これは雪と折り合いをつけて生き延びた証でもあります。

稚樹は雪の下で休眠し、雪解けとともに光合成を再開する省エネ戦略。倒れた木の幹の上に実生が根づく「倒木更新」も特徴的で、ササに覆われない・水分を保つ・養分が供給されるといった倒木上の好条件が、世代交代を支えています。雪折れや倒伏で生まれる林冠の空きが、次の世代の更新を促す——雪害すらも森を回す原動力になっているわけです。

オオシラビソの密に茂る針葉
オオシラビソの枝葉。密に茂る硬い葉が水平に張り出し、この樹冠の形が過冷却水滴を捕らえる。写真: Abies mariesii 02 by Σ64 / CC BY 3.0, via Wikimedia Commons(リサイズのみ・内容の改変なし)

白くて軽い、無臭の木材

木材は心材と辺材の境がはっきりしない白色で、気乾比重0.35〜0.45の軽軟材。下のグラフのとおり、強度はシラビソに近く、スギ・ヒノキと比べると控えめです。大スパンの構造材には向きませんが、軽くて扱いやすく、無臭・無味という性質を活かして、羽目板や天井板などの内装材、そしてかまぼこ板・寿司桶・薬包板といった食品まわりの道具に伝統的に使われてきました。

オオシラビソとスギ・ヒノキの力学特性プロファイル気乾比重曲げ強度圧縮強度せん断強度耐朽性ヤング率 オオシラビソ スギ ヒノキスギを基準とした相対値(外側ほど高性能)
オオシラビソとスギ・ヒノキの力学特性比較

温暖化が脅かす「樹氷の核」

その樹氷が、いま危機に瀕しています。樹氷を生む3条件のうち「低温」が温暖化にもっとも弱く、冬の気温が上がれば着氷そのものが起きにくくなります。シーズン後半の崩壊が早まり、観光期間そのものが縮みつつあるのです。

さらに深刻なのが、樹氷をつくる「核」であるオオシラビソ自身の枯死です。2014年以降、蔵王ではトウヒキクイムシなどによる集団枯死が拡大。夏の高温で樹勢が落ち、暖冬でキクイムシの世代数が増え、枯死木の放置で被害が連鎖する——という悪循環が起きています。高排出シナリオのもとでは、今世紀末にオオシラビソの生育適地が大きく縮むと予測されています。

対策として、被害をドローンとAIで早期発見する仕組み、保護林の遺伝資源を保存する種子バンク、標高や緯度に沿った移植実験の準備研究などが進んでいます。山形大学・東北大学・弘前大学を中心とした樹氷研究のネットワークも生まれ、林野庁・環境省・自治体・観光業界が連携して、気候変動下でも樹氷観光を持続させるロードマップづくりが続いています。

よくある質問

Q. オオシラビソとアオモリトドマツは同じ木?
はい、同種の別名です。標準和名がオオシラビソ。東北ではアオモリトドマツと呼ばれます。北海道のトドマツ(Abies sachalinensis)は別種なので注意。

Q. 樹氷はオオシラビソにしかできない?
円錐形の樹冠と密な硬い葉が着氷に最適で、典型的なスノーモンスターになるのはほぼオオシラビソです。他樹種にも着氷はしますが、あの形にはなりません。

Q. 庭木として育てられる?
夏の高温に極めて弱いため、都市部や低地では長く育ちません。標高1,000メートル以上の冷涼な高原でなければ難しい木です。

出典・参考

関連記事

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

コメント

コメント一覧 (1件)

コメントする

CAPTCHA


目次