ArcGIS ProはEsri社のフラッグシップGISソフトで、行政の森林管理ではほぼ標準ツールと言ってよい存在です。森林簿の空間データベース化からLiDAR点群解析、路網設計、森林経営計画の支援まで、林務行政の現場を幅広く支えています。ここでは製品の全体像と、林業でどう使われているのかを実務目線で整理します。
製品体系とライセンス
ArcGIS Proは米Esri社が2015年にArcMapの後継として出したGISデスクトップで、64bitネイティブ・2D/3D統合が特徴です。ライセンスはBasic・Standard・Advancedの3階層で、林業の現場では編集やデータベース管理ができるStandard以上が実質的な標準になっています。価格はSingle Useでおおむね年10万〜30万円。これに専門用途のエクステンションが加わります。
林業でよく使われるのは、ラスタ・地形・水文解析を担うSpatial Analyst、3D可視化や点群処理の3D Analyst、衛星・空撮画像の分類や植生指数を扱うImage Analyst、林道ネットワークを解くNetwork Analystあたり。Standard+これらを2〜3本組むと、年40万〜60万円規模が一つの目安になります。QGISという無料の選択肢もありますが、LiDAR点群解析や3D、組織サポートの面でArcGIS Proが優位なため、行政側ではこちらが選ばれ続けています。
森林簿の空間データベース化
都道府県が管理する森林簿は、林班・小班・所有者・樹種・林齢・蓄積といった情報の集合体です。全国の対象面積は2,000万haを超えますが、これを台帳のまま運用しているうちは利活用が進みません。ArcGIS Proで地番図・林班図・空中写真と重ねて空間データベース化すると、施業計画づくり、所有者の特定、伐採届の調整といった作業が一気に効率化します。
データはFile GeoDatabaseやEnterprise GeoDatabase(SQL Server・PostgreSQL)で構造化し、衛星画像やLiDAR由来のDEM/DSM/CHMを背景に重ねて森林の状態を客観的に把握します。さらにArcGIS Online・Enterpriseと連動させれば、市町村・森林組合・林業会社とWebマップで情報を共有でき、Field MapsやSurvey123を使って現場のタブレットからリアルタイムに更新することも可能です。北海道・岩手・長野・岐阜・三重・高知・宮崎など、多くの県でこうした森林簿GIS化が進んでいます。
LiDAR点群解析と樹冠検出
航空・ドローンLiDARで取得した3D点群(LAS/LAZ)は、ArcGIS Proの得意分野です。点密度10〜100点/m²あれば一本ずつの立木検出も視野に入ります。流れとしては、まず地表面の点を抽出してDTM(数値地形モデル)を作り、DSM(数値表面モデル)との差分からCHM(樹冠高モデル)を1m解像度で生成。そのCHMに局所最大値解析をかけて樹冠の頂点を拾い、本数密度や樹高分布を自動で算出します。
樹冠の範囲は流域解析法などで分割し、樹冠面積を計測。樹高・樹冠面積・本数密度をアロメトリ式に通すと林分蓄積が推計でき、地上計測比で精度80〜95%という水準も狙えます。針葉樹・広葉樹の区分や林齢階の推定にも点群の分布特性が使えます。
路網最適化と作業道設計
路網は林業の基幹インフラですが、日本の平均林道密度は約20m/haで、ドイツ50m/ha・オーストリア60m/haと比べると大きく見劣りします。路網整備は効率化の最大の課題で、ここでもArcGIS Proが力を発揮します。
設計の基本は、地形DEMをもとに斜度・斜面方位・水系・地質・既存路網を加重した「コストラスタ」を作り、最小コストとなる経路を抽出する手法です。これにNetwork Analystを組み合わせると、伐採予定地から土場、市場までの最適路線まで一気通貫で設計でき、輸送費と所要時間を抑えられます。地すべりや崩壊危険斜面はハザードマップと統合して回避し、森林経営管理制度で集約化した団地に対しては10年単位の整備計画を立てる、という使い方が一般的です。豪雨や台風で林道が崩れた際の復旧計画づくりにも同じ枠組みが使えます。
森林経営計画と主伐再造林の支援
森林経営計画は、所有者または受託経営者が10年単位で作成し、市町村長の認定を受けると税制優遇や補助金の対象になる施業計画です。林班・小班単位で樹種・林齢・蓄積・施業履歴を空間データベース化しておくと、条件を指定して主伐候補地を自動抽出したり、主伐後の再造林面積・樹種・密度・植栽時期を地図上で計画したりが容易になります。
林分シミュレータと連動させれば、5年・10年・20年・50年後の森林資源を地図上で予測でき、経営判断の材料になります。間伐・主伐・再造林の補助金申請でも、施業区域図の作成や面積算出をまとめて処理できるため、事務作業の負担が大きく減ります。
ArcPy・Pythonによる自動化
ArcGIS Proの強みのひとつが、ArcPyというPythonライブラリによる自動化です。ジオプロセシング、データ管理、解析、地図作成までコードで動かせるため、100枚以上のLiDARタイル処理や自治体単位の森林簿更新といった作業を、手作業の数日分から数時間に短縮できます。
2.x以降はJupyter Notebookが組み込まれ、scikit-learnやTensorFlowをArcPy経由で呼び出してランダムフォレストや深層学習による樹種分類・蓄積推計を行う運用も標準化してきました。コードを書かない担当者向けには、GUIでワークフローを組むModelBuilderも用意されており、作ったスクリプトやモデルをチームで共有することでノウハウの継承も進めやすくなっています。
林野庁スマート林業戦略との連動
林野庁は2018年からスマート林業推進事業を本格化させ、LiDARやICT、ロボット技術の導入で素材生産費3割削減・施業効率2倍を掲げています。2020年代に入って全国の都道府県で航空LiDAR撮影が進み、北海道・岩手・栃木・長野・岐阜・三重・奈良・高知・宮崎・大分などで広域撮影が完了。その解析結果はArcGIS Proで処理され、森林資源解析報告書として公開される流れができています。
背景にあるのは、2030年代に木材自給率50%以上という目標です。高性能林業機械のGPS情報やドローン画像、IoTセンサーのデータをArcGIS Proで統合解析する取り組みも進む一方で、こうしたGISを使いこなす林業技術者の育成は引き続きの課題として残っています。
森林防災・カーボン文脈での広がり
近年は気候変動と豪雨災害の頻発を受けて、森林防災への活用も増えています。土砂災害警戒区域や急傾斜地崩壊危険箇所を統合表示して所有森林ごとのリスクを評価したり、DEMから流域・河川網を抽出して上流の森林状態と下流の災害リスクを連動分析したりといった使い方です。被災後は航空写真やLiDARの再撮影と組み合わせ、被害把握から復旧の優先順位づけ、予算配分まで効率化できます。
もう一つ広がっているのがカーボン・ESGの文脈です。森林由来のJ-クレジットでは吸収量の算定やモニタリング、境界確定にGISが欠かせず、TNFD(自然関連財務情報開示)やFSC・PEFC・SGECといった森林認証の管理計画書でも、GISによる施業履歴の可視化が信頼性を支える要素になってきています。
導入する組織と運用のポイント
導入の主体は、森林簿GIS化や伐採届調整を担う都道府県林務担当課、森林経営計画の認定を行う市町村、施業計画をまとめる森林組合、自社・受託地を管理する林業会社、受託解析を行うコンサルや大学・研究機関とさまざまです。市町村では森林環境譲与税を予算に充てて導入する例も増えています。
運用面では、平面直角座標系・JGD2011への座標系統一、データ作成日や出典を残すメタデータ整備、機密性の高い所有者情報のアクセス制御とバックアップが基本になります。LiDARや3D解析を回すにはメモリ32〜64GB・GPU搭載のハイエンドPCが事実上必須で、ハードウェアや研修の費用もコストに織り込んでおく必要があります。
よくある質問
林業で必要な最小構成は?
Standard+Spatial Analyst+3D Analystが標準的な最小構成です。LiDARや衛星画像の解析まで踏み込むなら、Image Analystも加えておくと安心です。
無料のQGISでは代替できませんか?
基本的なGIS機能はQGISでもこなせますが、LiDAR点群解析・3D・林業特化のエクステンション・組織サポートの面ではArcGIS Proに分があります。用途と予算次第で、両者を併用する現場もあります。
現場スタッフでも使えますか?
解析そのものはデスクトップ作業ですが、現場の記録や点検にはスマホ・タブレットで動くArcGIS Field Maps・QuickCapture・Survey123が使われます。これらは操作が簡単で、入力したデータはそのままWebマップに反映されます。

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