森林経営計画の作成、小班単位の施業履歴、補助金申請のための位置特定、災害時の被害集計——林業の現場で扱う情報は、そのほとんどが「位置」を持っています。この位置情報を体系的に管理し、解析し、意思決定につなげる仕組みが森林GIS(地理情報システム)です。
日本の森林は約2,505万ha(国土の約66%)、管理対象の小班は数百万にのぼります。これを一元的に扱える基盤は、森林GISをおいて他にありません。本稿では、その基本構造とレイヤー、LiDAR・衛星による更新手法、主要ソフトの選び方、そして導入効果までを整理します。
この記事の要点
- 森林GISは「基盤地図+森林計画図+森林簿+施業履歴+LiDAR+画像」の多層レイヤーで構成される、林業の意思決定基盤。
- LiDAR点群を組み込むと、樹高・本数・材積の推定精度が高まり、施業計画の作成工数は概ね30〜50%削減される。
- 航空機LiDARは2024年度までに県森林面積の95%以上で取得済み。小規模地はUAV LiDARが代替として急拡大している。
一般のGISと何が違うのか
GISは都市計画・防災・物流など幅広い分野で使われる地理情報システムの総称です。森林GISはその中で、林業に特化した属性とフローを組み込んだ専用構成を指します。一般GISとの最大の違いは3つ。管理単位が「筆」ではなく「林小班」であること、属性に樹種・林齢・材積・施業履歴という時間軸を持つ動的データを抱えること、そしてcm〜10m級まで解像度が多階層に及ぶデータを統合する必要があることです。
都市GISが平面的な静止情報を主に扱うのに対し、森林GISは「成長」と「施業」という時間方向の遷移をモデル化します。一つの林分の材積は、植栽から皆伐までの30〜80年で0から数百m³/haへ変化し、間伐・主伐・植栽のたびに離散的なジャンプが入る。この時間遷移を属性として保持できる構造が、森林GIS固有の設計です。
森林GISを構成するレイヤー
森林GISは単一のソフトではなく、複数の地理空間データレイヤーを重ね合わせて使う基盤です。レイヤーごとに精度・更新頻度・所管が異なり、林野庁・都道府県・市町村が役割を分担して整備しています。
最下層は、国土地理院が整備する基盤地図情報と地籍図。ただし地籍調査の進捗率は林地で約48%(2024年度末)にとどまり、境界が未確定の区域では林小班界と所有界が一致しないケースが頻発します。森林環境譲与税を使った境界明確化事業は、まさにこの下層の精度を埋める作業です。
中層が、都道府県管理の森林簿と森林計画図。森林簿は小班単位の林分データベースで、樹種・林齢・面積・材積を保持します。ただし材積は標準地調査の積上げに依存するため、調査から10〜30年経った小班では実材積との誤差が±20〜30%に達することも珍しくありません。上層が、現況をとらえるLiDAR・施業履歴・画像です。航空レーザ測量は点密度4点/m²で、樹高をRMSE0.3〜0.5m、材積を誤差10〜15%で推定できます。
衛星とドローンによる更新
森林GISの上層は、衛星リモートセンシングとUAV(ドローン)LiDARの両輪で更新が進んでいます。それぞれ得意な解像度・更新頻度・コストが異なるため、現場の規模と用途で使い分けます。
衛星では、無料のSentinel-2(10m解像度・5日間隔)が伐採跡や松くい虫・ナラ枯れの広域モニタリングに広く使われます。雲を透過するSAR衛星のALOS-2(JAXA)は梅雨期や熱帯林に強く、商用衛星(解像度30cm〜)は被害直後の緊急判読に使われます。一方UAV LiDARは点密度100〜400点/m²と航空機の10〜100倍で、立木1本ごとの樹冠抽出・直径推定まで踏み込めます。100ha未満の小規模地や急傾斜地に向き、広域では航空機LiDARの方が単位面積コストで有利。使い分けは「面積・搬送距離・要求精度(樹高か個別木か)」の3軸で判断します。LiDARが高価な場合は、写真から点群を起こすUAV写真測量(SfM)も、若齢林の経時モニタリングで費用対効果を発揮します。
ソフトウェアの選び方
森林GISの実装は、市販ソフト・OSS・クラウドの3系統に分かれます。コスト構造を比べてみましょう。
実務で定番化しつつあるのが、「QGISで日常作業+ArcGISで提出帳票」という使い分けです。OSSのQGISはライセンス費ゼロで、PythonコンソールからLiDAR点群や森林簿CSVを柔軟に扱えるため現場での導入が急増しました。一方、市販のArcGIS Proは森林経営計画書の様式自動出力など行政提出への対応が組み込まれており、県森林GISの多くがArcGIS環境で構築されているため、データ互換のために最低1席を維持する組織が大半です。森林面積数千ha以下の組合なら、導入が早く運用人件費も抑えられるクラウド型SaaS(月額3〜15万円)も有力な選択肢になります。
なお、座標系の取り違えで「位置が数百mずれる」事故は今も頻発します。納品データの座標定義(.prjファイルやEPSGコード)を事前に確認するのが、事故防止の基本動作です。
現場での使われ方
森林GISの活躍場面は多岐にわたります。森林経営計画の樹立では、計画図の自動生成や搬出路の候補抽出により、従来1林班あたり数日かかった工数が40〜60%削減されます。路網計画では、LiDAR由来の高精度DTMから傾斜・凹凸を自動抽出し、土工量を最小化するルートを最適化。被害・災害対応では、災害前後のオルソフォトとLiDAR差分、Sentinel-2画像の組み合わせで、被害発生から数週間で大規模被害を俯瞰できます。
近年とくに注目されるのが違法伐採モニタリングです。Sentinel-2の差分検知で月次の伐採跡候補を自動抽出し、森林計画図の認定区域と重ね合わせれば、未届出の伐採区域を素早く特定できます。宮崎県・鹿児島県などで先行導入が進んでいます。森林吸収J-クレジットの申請も、対象林分の樹種・林齢・材積をGIS属性から抽出して吸収量を算定する仕組みが前提になっています。
導入効果——工数とB/C
森林GISの投資対効果を端的に示すのが、計画作成工数の変化です。下の図は、運用形態別の1林班あたり工数を比べたものです。
紙地図+手集計で10〜14人日かかっていた作業が、GIS+LiDAR+自動化で2〜3人日まで縮みます。森林面積1,000haの森林組合が導入した場合の試算では、初期投資500〜1,000万円・年間運用費100〜200万円に対し、工数削減・補助金獲得率向上・施業効率化を合わせた年間効果は500〜1,500万円規模。投資回収期間は1〜3年が目安で、事業規模が小さい組合ほど委託型クラウドが有利になります。導入原資としては、林野庁のスマート林業構築実践事業(補助率1/2以内)や森林環境譲与税が活用できます。
残る課題
普及が進む一方で、課題も残ります。第一にデータ更新ラグ。伐採届の事務処理を経るため、現場の伐採が森林簿に反映されるまで6か月〜2年かかる自治体が多く、LiDAR再取得も5〜10年間隔です。第二に境界の不確実性。地籍未済区域では小班界と登記筆界が一致せず、認定や補助金交付時に追加調査が必要になります。第三に人材不足。QGISのプラグインやPythonをメンテできるITスキル層は薄く、外部コンサルに依存する組合が大半です。林業大学校でのGIS実習は増加傾向にあり、育成の裾野は広がりつつあります。
データ整備、とくにLiDARの全国カバーでは日本は世界トップクラスです。一方、自治体間のデータ連携やリアルタイム更新では、全国プラットフォームを2010年代に確立したフィンランド(Metsään.fi)などの北欧に数年遅れが指摘されています。今後はAI判読の精度向上、タブレットGISによる現場との双方向連携が、この差を埋める鍵になりそうです。
よくある質問
森林GISの導入は、何から始めればよいですか?
都道府県が提供する森林簿(CSV)と森林計画図(Shapefile)の取得が出発点です。県の林務担当課に申請すれば、業務目的での利用は無償提供される自治体が多く、QGISで重ね合わせるだけで初期の可視化はできます。
LiDARデータは入手できますか?
国土地理院の数値標高モデル(5m・10mメッシュ)は無償ですが、森林計画用途には精度不足です。県が取得した高精度LiDAR(点密度4点/m²以上)は、県の判断で森林組合・市町村に配布されるのが一般的で、商用利用や再配布の可否は提供条件を確認してください。
個人所有者でも使えますか?
QGIS+森林簿写しでの自家管理は技術的には可能です。ただし森林簿の個別林分データは所有者本人に限って提供され、第三者には個人情報保護を理由に開示されない自治体が多いため、森林組合への管理委託や経営計画の集約化で間接的に活用する形が現実的です。

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