薪生産|薪ストーブ需要の拡大

薪生産 | Forest Eight

パチパチと薪が爆ぜる音、ガラス越しに揺れる炎、じんわり体の芯まで届く輻射熱――薪ストーブには、エアコンにはない独特の魅力があります。じつは日本の薪生産は、生活燃料だった1955年の約3,000万m³から1/300の水準まで落ち込んだあと、2010年代以降は薪ストーブ需要に支えられて静かに増加へ転じました。この記事では、薪生産11万m³市場の今を、歴史・需要・流通・燃料経済・産地の5つの角度から見ていきます。

薪生産量の経年推移1950-2022 薪生産量のピークから現在までの推移と薪ストーブ市場の伸びを示す 薪生産量推移(万m³、対数表示) 3000 300 30 10 3 1955 1970 1985 2000 2015 2022 3,000 350 80 25 8 11 2010年代後半から増加に転じる「ボトムアウト」。薪ストーブ普及・里山活用・体験消費が背景。
図1:薪生産量の経年推移1950-2022(出典:林野庁「特用林産物生産統計」歴年版より作成、概算)
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生活燃料から趣味の暖房へ

薪は20世紀半ばまで、日本の家庭と産業の主役級の燃料でした。ピークの1955年には約3,000万m³もの薪が生産されていました。ところが1960年代以降、プロパンガス・灯油・都市ガス・電気が普及すると、薪需要は坂を転げ落ちるように縮小。1980年代に100万m³規模、2000年代に20〜30万m³、2010年代には最低水準の5〜10万m³まで落ち込みました。それが薪ストーブ需要の高まりで反転し、2022年は約11万m³と、緩やかな増加に転じています。

この反転を支える需要は、ひとつではありません。寒冷地・別荘地での常用暖房、ライフスタイルとしての趣味的消費、グランピングやサウナの燃料、給湯・農業ハウス向けの薪ボイラー、ピザ窯や陶芸の事業用熱源――と5系統に分散しています。なかでも金額規模が大きいのは家庭用薪ストーブ向けで、市場全体の6〜7割を占めると見られます。

薪ストーブ20万台が需要の中核

日本暖炉ストーブ協会や販売店の推計では、国内の薪ストーブ累計普及は約20万台、年間新設は8,000〜1.2万台で推移しています。普及を後押しする要因は4つ。エネルギー価格の上昇(灯油は中長期で2〜3倍、近年は電気・ガス料金も高騰)、脱炭素・再エネ意識の高まり、田舎暮らし・移住・別荘ライフの広がり(特にコロナ禍以降)、そして機種の高性能化です。二次燃焼・触媒方式により熱効率は75〜85%に達し、煤煙や粒子状物質の排出も大幅に減りました。

薪需要の用途別構成と薪ストーブ累計普及推移 薪需要の用途別構成と薪ストーブ累計普及台数の推移を示す 薪需要の用途別構成(推計、%) 薪ストーブ家庭暖房 60% 薪ボイラー 15% サウナ・キャンプ 12% 事業用熱源 8% その他 5% 薪ストーブ累計普及(万台) 25 15 5 0 2000 2万 2005 5万 2010 9万 2015 13万 2020 17万 2022 20万 2010〜2022年で 2倍以上に拡大 年間新設は 8千〜1.2万台 寒冷地・別荘地 中山間地に集中
図2:薪需要の用途別構成と薪ストーブ累計普及(出典:日本暖炉ストーブ協会、業界推計より作成)

1台あたりの年間薪消費は、地域や住宅性能でかなり変わります。北海道・東北・長野の寒冷地で常用すると年5〜7m³(重量2〜3t)、関東以南の補助暖房なら年2〜3m³ほど。普及20万台のうち半数が常用4m³、残り半数が補助2m³と仮定すると、市場全体で約12万m³規模となり、統計上の生産量11万m³とほぼ整合します。輸入薪や自家伐採、友人間の譲渡といった統計に表れない流通も含めれば、妥当な水準といえます。

薪はどこで、いくらで買えるのか

薪の流通は3系統に分かれます。ホームセンター・量販店ルートは20kg箱詰めパックなどで全国流通し、kg単価130〜200円と最も高いものの手に入れやすい。産地直売・薪店ルートは軽トラ1杯(約1m³=約400kg)単位の地域販売で、kg単価60〜90円が中心です。通販・オンラインルートは配送費込みで100〜150円ほど。品質を決めるのは樹種・含水率・乾燥期間・サイズ・形状の5項目で、よく乾いたカシやナラの堅木が高単価で取引されます。

気になるのは「結局おトクなのか」という点でしょう。熱量あたりの実質コストで主な暖房手段を並べると、薪の立ち位置がはっきり見えてきます。

熱源 単価 発熱量 熱効率 MJあたり実質コスト
薪(広葉樹、含水率20%) 80円/kg 15MJ/kg 80% 約6.7円/MJ
薪(自家伐採・地域調達) 30円/kg 15MJ/kg 80% 約2.5円/MJ
灯油(家庭用ストーブ) 110円/L 36MJ/L 85% 約3.6円/MJ
プロパン(給湯・暖房) 700円/m³ 99MJ/m³ 85% 約8.3円/MJ
電気(エアコン暖房) 35円/kWh 3.6MJ/kWh 350%(COP3.5) 約2.8円/MJ
ペレット(木質) 60円/kg 17MJ/kg 85% 約4.2円/MJ

こうして並べると、購入した薪は経済性で圧倒的に有利というわけではありません。ところが自家伐採・地域調達の薪なら2.5円/MJ前後と、エアコンと並ぶ最安水準になります。「燃料を自分で調達する努力が、そのままコスト削減につながる」――これが薪ストーブ独特の経済構造です。そして購入薪の利用者を支えているのは、蓄熱や遠赤外線輻射の体感的な暖かさ、炎を眺める趣味性、脱炭素といった、数字に表れない価値なのです。

産地は寒冷地に集中、原料は広葉樹

薪生産の主要産地は、北海道(年産約2万m³)、長野県(約1.5万m³)、岩手県(約1.2万m³)、岐阜県、福島県と続き、寒冷地で広葉樹資源が豊富な地域に集中しています。原料はナラ類(コナラ・ミズナラ)、クヌギ、カシ類、サクラ、ケヤキなどの広葉樹が中心。針葉樹は炎が強すぎて燃焼が速く煤も多いため敬遠されがちですが、安価なので焚き付けや業務用に一定の需要があります。

薪主要生産県と樹種別流通シェア 薪主要生産県の生産量と樹種別流通シェアを示す 主要産地年間生産量(m³) 北海道 20,000 長野 15,000 岩手 12,000 岐阜 9,000 福島 8,000 山梨 7,000 山形 6,000 樹種別流通シェア(%) ナラ類 32% クヌギ 22% カシ 14% サクラ 12% 他広葉 10% 針葉 10% 広葉樹計 90% 堅木の高密度・ 高発熱量が選好 針葉樹は補助・ 業務用 寒冷地6県で全国の約7割。広葉樹資源と地域内消費が両立する地理的条件が必要。 里山再生・森林環境譲与税の活用で新規参入も増加。
図3:薪主要生産県と樹種別流通シェア(出典:林野庁「特用林産物生産統計」2022年、業界推計)

原料供給の基本は、里山広葉樹林を伐採して萌芽更新で再生させるサイクルです。ただ戦後の里山管理の衰退、ナラ枯れ被害、林業労働者の不足で、供給が需要に追いつかない地域が増えています。これに対して、森林経営計画による計画的管理、ナラ枯れ被害材の薪活用、薪づくり体験の事業化など、需要と供給を結ぶ地域モデルが各地で生まれています。薪事業は工程を進めるごとに価格が上がるのが特徴で、立木1m³=3,000〜8,000円が、割薪では3万〜5万円、ホームセンター小売換算では6万〜10万円に。この「値段の階段」があるからこそ、地域内で複数の事業者が分業でき、移住者の起業領域としても注目されています。

樹種で変わる、薪の燃え方

薪の燃え方は樹種でずいぶん違います。発熱量が高く長く燃えるカシやクヌギ・ナラは「薪の王様」、対して針葉樹は着火しやすいぶん短時間で燃え尽きるので焚き付け向き。代表的な樹種の発熱量と燃焼特性を整理しておきます。

樹種 絶乾発熱量 含水率20%発熱量 気乾密度 燃焼特性
クヌギ・ナラ 21-24 MJ/kg 15.2 MJ/kg 0.78 g/cm³ 長時間燃焼・薪の王様
カシ類 22-25 MJ/kg 15.8 MJ/kg 0.85 g/cm³ 高密度・最高品質
ケヤキ 22-24 MJ/kg 15.5 MJ/kg 0.74 g/cm³ 良質・高価
アカマツ・クロマツ 19-21 MJ/kg 13.5 MJ/kg 0.55 g/cm³ 着火容易・煤多
スギ・ヒノキ 17-19 MJ/kg 12.4 MJ/kg 0.40 g/cm³ 焚き付け用・短時間
シラカバ・カバノキ 18-20 MJ/kg 13.0 MJ/kg 0.55 g/cm³ 良質・北海道産多

ただし、どんな良い樹種でも乾燥不足では台無しです。伐採直後の生木は含水率50〜65%もあり、含水率20%以下まで1〜2年かけて自然乾燥させるのが基本。乾きの足りない薪を燃やすと、発熱量が25〜40%も下がるうえ、煙突に煤やタールがたまり、PM2.5などの不完全燃焼物も増えてしまいます。良い薪選びは、良い乾燥から始まります。

薪と灯油、結局どちらが安い?

購入した薪(80円/kg)は熱量あたり6.7円/MJで、灯油(3.6円/MJ)の約2倍です。ただし自家伐採・地域調達の薪(30円/kg)なら2.5円/MJと灯油より安くなります。薪ストーブの経済性は「燃料をどう調達するか」で決まる、と覚えておくとよいでしょう。

近隣への煙のトラブルは大丈夫?

住宅密集地では実際にトラブル事例があります。二次燃焼・触媒方式の高性能機種を選ぶ(粒子状物質を従来機の1/3〜1/5に低減)、煙突を十分な高さに、含水率20%以下のよく乾いた薪を使う、くすぶらせず適切に燃やす――この4点が基本です。普及の中心が寒冷地・別荘地なのは、近隣との間隔を確保しやすいことも関係しています。

薪生産で起業できる?

地域と規模しだいで可能です。専業なら年商2,000万〜1億円規模が現実的で、調達ルートや顧客リストの構築に3〜5年かかります。始めやすいのは林業・農業・移住起業と組み合わせる副業形態で、軽トラと薪割り機、乾燥棚があれば初期投資100〜300万円から始められます。森林環境譲与税の活用や、地域おこし協力隊の任期後の起業として実績が増えています。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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