「薪」と聞くと家庭の暖炉を思い浮かべるかもしれませんが、産業の世界ではもっと大きな話になります。製紙用のパルプ材まで含めれば、日本の工業用木材チップ市場は年間2,000万t規模。なかでもFIT制度(固定価格買取制度)に乗って木質バイオマス発電に投入される燃料材は、2023年で約1,200万tと、2014年のおよそ3倍に膨らみました。ここでは、その燃料材市場の構造を、用途や原料の数字とともにほどいていきます。
FITが燃料材市場を10年で3倍にした
2012年にFIT制度が始まる前、燃料材の国内供給は400万t程度でした。それが発電所の建設ラッシュで2018年に800万t、2023年に1,200万tと、約10年で3倍に。燃料材はいまや木材需給のなかで最も伸びているカテゴリーです。内訳は国産900万t、輸入300万t(PKS=パームヤシ殻を含む)。
ひとくちに燃料材といっても中身は多彩です。直接燃焼向けは含水率20〜40%の燃料用チップ、ガス化発電向けは乾燥度の高いペレットや乾燥チップ、混焼発電向けはPKS——燃やし方によって最適な原料が変わる、多層的な市場になっています。
燃やし方は大きく3タイプ
大型発電所の直接燃焼には、流動床・ストーカ式・グレートボイラーといった方式があります。流動床は含水率50〜60%の湿った燃料でも受け入れられて適応性が広く、ストーカ式は燃料の品質をそろえる必要がある代わりに効率が高い。これに乾燥チップを使うガス化発電や、熱も取り出す熱電併給(CHP)、石炭と一緒に燃やす大規模混焼が加わります。
| 燃焼方式 | 発電効率 | 燃料適応性 | 出力規模 |
|---|---|---|---|
| 流動床(CFB) | 25〜32% | 広い・含水率60%可 | 5,000〜50,000kW |
| ストーカ式 | 22〜28% | 中・含水率40%以下 | 2,000〜20,000kW |
| ガス化発電 | 28〜38% | 狭い・乾燥チップ | 100〜2,000kW |
| 熱電併給(CHP) | 電75% + 熱20% | 中・乾燥チップ | 100〜5,000kW |
| 混焼(石炭+バイオマス) | 35〜42% | PKS・ペレット中心 | 100,000kW以上 |
「半径50km問題」が規模を決める
燃料用チップは、間伐残材などの林地未利用材(C・D材)と、製材所から出るバーク・端材から作られます。山土場に集めた材を移動式チッパーで砕き、トラックで発電所へ運ぶのが標準的な流れです。ここで効いてくるのが運搬コスト。経済的に成り立つ調達半径はおおむね30〜50km、頑張っても100kmが限界とされ、これを超えると物流費が原料費を圧迫し、FITの40円/kWhでも採算が崩れます。
この制約から逆算すると、国産未利用材を主燃料にする発電所は2,000〜10,000kW級が「ちょうどいい規模」になります。それより大きくなると半径50km圏で燃料を確保できず、輸入に頼らざるを得ない。実際、5万kW以上の大型発電所はほぼ例外なく、マレーシア・インドネシアのPKS(年約200万t)やベトナム・北米のペレット(約500万t)を、港湾隣接地で大型バルク船から受け入れています。PKSはパーム油生産の副産物で、含水率10〜20%、発熱量4,000kcal/kgと高密度。CIF価格はトン15,000〜25,000円で、為替や国際相場に振られます。
FITが「国産誘導」と「輸入」を分けている
FITは燃料種別と規模で買取価格を5区分に分けています。最高値の「未利用材2,000kW未満」40円/kWhは国産間伐材を強く誘導し、「一般木質」24円/kWhは輸入燃料が中心——という棲み分けを、価格で意図的に作っている設計です。
| FIT区分 | 買取価格 | 対象燃料 |
|---|---|---|
| 未利用材2,000kW未満 | 40円/kWh | 国産間伐材・C/D材 |
| 未利用材2,000kW以上 | 32円/kWh | 国産間伐材・C/D材 |
| 一般木質10,000kW未満 | 24円/kWh | 輸入ペレット・PKS |
| 一般木質10,000kW以上 | 入札制(21円目安) | 輸入ペレット・PKS |
| 建設廃材 | 13円/kWh | 解体木材チップ |
2022年以降、新規認定は入札制が中心となり、固定価格での新規申請は事実上難しくなりました。既存の発電所は20年の買取期間を確保していますが、その契約は2032年以降に順次満了を迎えます。買取終了後はFIP(市場価格+プレミアム)か完全市場売電への移行となり、円安局面では輸入燃料コストが収益を圧迫する。中長期では、大型発電所は国際相場に直面して統廃合が進み、中規模の未利用材発電所は地域熱供給と組んで生き残る、という二極化が見込まれます。
含水率がすべてを決める
薪でもチップでも、燃料の善し悪しを左右するのは結局「乾き具合」です。切りたての生木は含水率50〜60%もあり、燃やしてもエネルギーの大半が水分の蒸発に消えて、発熱量は1kgあたり1,500〜2,000kcal止まり。これを2年乾燥させて含水率20%まで落とすと3,500〜4,000kcalまで上がり、強制乾燥したペレットなら4,500kcal前後とPKS並みになります。
| 燃料種別 | 含水率 | 発熱量(kcal/kg) | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| 生木(切り立て) | 50-60% | 1,500-2,000 | 利用不可 |
| 1年乾燥薪 | 25-30% | 3,000-3,300 | ストーカ式可 |
| 2年乾燥薪 | 15-20% | 3,500-4,000 | 家庭用薪ストーブ最適 |
| 木質ペレット | 8-12% | 4,400-4,600 | ガス化発電・ペレットストーブ |
| PKS(パームヤシ殻) | 10-20% | 3,800-4,200 | 大型混焼発電 |
もうひとつの薪市場、家庭の暖炉
工業用の陰に隠れがちですが、家庭用薪ストーブも立派な市場です。全国の普及台数は20〜25万台と推計され、1台あたり年3〜5m³ほど消費するので、温浴施設なども合わせると年70〜145万tに達します。家庭では広葉樹(ナラ・カシ・クヌギなど)の2年乾燥薪が好まれます。重くて燃焼が長持ちし、熾火が安定する。乾いた薪は煙やタールが少なく煙突も詰まりにくいので、含水率20%未満の薪には市場でプレミアムがつきます。
この家庭用薪が地域経済で面白いのは、付加価値の付き方です。立木1m³が3,000〜5,000円なのに対し、2年乾燥させた割薪は12,000〜20,000円。伐倒から消費者までで4〜5倍に化けます。その最大の付加価値工程が「乾燥」で、ここを自分でこなせる自伐林家は、付加価値の大半を自分の手元に残せる。長野や北海道下川町、岡山県西粟倉村のように、薪を核に据えた地域振興のモデルも各地で育っており、森林環境譲与税を薪産業支援に充てる市町村も増えています。

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