「森林をまるごとコンピューターの中に再現する」と聞くと、少し未来の話のように感じるかもしれません。けれども、デジタルツイン林業——現実の森林を3次元の仮想空間に写し取り、成長予測や収穫計画をシミュレーションする技術——は、すでに日本各地で動き始めています。林野庁のスマート林業推進事業(2018年〜)と森林総合研究所(FFPRI)の研究を土台に、2024年時点で全国50市町村以上、累計およそ30万haの森林がこの仕組みの対象になりました。
仕組みを大づかみに言えば、航空レーザーで森林を3Dで測り、AIが一本ずつの木を認識し、その木が将来どう育つかを計算する——この流れを一つにつないだものです。本稿では、精度・コスト・導入事例を中心に、現場でどんな効果が出ているのかを整理していきます。
土台は航空レーザー測量
この技術の出発点になるのが、航空レーザー測量(ALS)です。航空機やドローンに積んだLiDARセンサーが、毎秒10万点を超えるレーザーパルスを地表へ撃ち込み、木々の立体構造を高い精度で写し取ります。樹木の位置はおよそ±50cm、樹高は±0.3〜0.5mで把握でき、これは熟練者が地上を歩いて測る従来の踏査と同等の精度です。
| 計測項目 | 精度 | 備考 |
|---|---|---|
| 樹木位置(X,Y) | ±50cm | 木を一本ずつ識別できる |
| 樹高 | ±0.3〜0.5m | 地上踏査と同等 |
| 胸高直径 | ±10〜15% | 樹冠の広がりから推定 |
| 林分材積(合計) | ±5〜10% | 個別の積算 |
| 地表面の地形 | ±10〜20cm | 裸地面のDEM |
違いが大きいのは測定の密度と速さです。標本点だけを測って全体に当てはめる従来手法に対し、レーザー測量は森全体を一本単位で捉え、作業時間はおおむね1/10、コストは1/3以下に収まります。林野庁主導で全国の人工林の計測が進み、2024年時点でおよそ500万haが計測済みです。これに、必要なときに飛ばせる高解像度のドローン(5cm/pixel以下)を組み合わせれば、成長や被害の様子を細かく追いかけられます。
AIが木を見分け、未来を描く
集めた3Dデータを意味のある情報に変えるのがAI画像解析です。深層学習を使って、航空写真やLiDAR点群から樹冠を一本ずつ識別する精度は90〜95%。針葉樹なら樹種分類も95%以上に届きます。さらにNDVIなどの指標から弱った木・枯れかけた木を見つける健康診断もこなします。
そして、この技術のいちばんの見どころが成長シミュレーションです。いまの樹種・樹齢・密度から、5年後・10年後・30年後の森の姿を予測します。精度は5年予測で±5〜10%、長くなるほど不確実性は増しますが、施業計画や収穫予測、森林J-クレジットの計画づくりには十分です。FFPRIが開発した全国対応のSYLVANモデルなどが、その科学的な土台になっています。
1ha当たり1〜3万円という投資
気になるのが費用でしょう。航空レーザー測量に5,000〜15,000円、ドローン計測に1,000〜5,000円、AI解析・3Dモデル化に3,000〜10,000円——これらを合わせると、初年度はおおむね1ha当たり1〜3万円が目安です。100haの市町村なら100〜300万円、1,000haなら1,000〜3,000万円規模になります。
初期投資は決して小さくありませんが、計測精度の向上、施業計画の効率化、木材生産性の底上げなどを通じて、5年でおよそ3〜5倍の経済効果が見込まれます。森林環境譲与税やスマート林業補助金が市町村の導入を後押ししており、ここ数年で一気に広がってきました。
各地で動き出す現場
先進的な取り組みはすでに各地で生まれています。北海道下川町は約4,000haの森をデジタルツイン化し、FSC認証材やCO2クレジットと組み合わせて地域ブランドづくりに活かしています。岩手県住田町は森林経営管理法と連動させ、岐阜県中津川市は飛騨ヒノキの資源把握に、高知県馬路村は急傾斜地での実証に取り組むなど、地域ごとに色合いが異なるのが面白いところです。
こうした市町村では、森林計測の精度が大きく上がり、木材生産量が10〜30%増えたり、森林J-クレジットの創出が進んだりといった成果が出ています。手続きの効率化も大きく、FFPRIの研究によれば、J-クレジット申請にかかる時間は50〜70%も短縮されたといいます。若い世代が林業に入るきっかけになっている点も見逃せません。
これからの課題と展望
もちろん万能ではありません。初期投資の重さに加え、データ解析・GIS・林業の三つに通じた人材が足りないこと、天然林や広葉樹では木の個別認識の精度が落ちること、データを更新し続けるコストがかかることなど、乗り越えるべき壁は残っています。クラウド型サービスの普及や人材育成、データ共有の仕組みづくりが、その答えになりそうです。
世界に目を向ければ、フィンランドやスウェーデンでは商業林業の90%以上で全国LiDARと成長モデルが標準化されています。日本はまだ導入拡大期ですが、急傾斜地という独自の条件に合わせた技術開発が進んでいます。2030年に向けて、全国の人工林の3Dモデル化、個別林業者へのクラウドサービス提供が現実味を帯びてきました。戦後に植えた人工林を、気候変動と脱炭素の時代にどう活かすか——デジタルツインは、その問いに答えるための心強い道具になりつつあります。

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