シベリアの湖の底に沈んだ泥から、2万年前の森の姿が立ち上がってくる——そんなSFのような研究が、いま現実になっています。鍵を握るのは、堆積物に残された樹木の古代DNA(ancient DNA, aDNA)です。低温・嫌気・暗黒という永久凍土の条件は、DNAを驚くほど長く保存します。本稿では、カラマツ属(Larix)を主役に、過去数万年の森林分布の移り変わりを古代DNAがどう描き出したのか、そして北海道のカラマツ造林(約45万ha)にどうつながるのかを見ていきます。
Meucci/Schulte 2022:カラマツ種交代の2万年史
Stefano Meucci、Henrike Schulte、Ulrike Herzschuh らがCommunications Biology誌(5: 587, 2022)に発表した論文は、シベリア8湖の堆積物コアからカラマツの葉緑体ゲノムを復元し、最終氷期極大期(LGM、約2.1万年前)から現在までの種分布を追跡した労作です。
浮かび上がったストーリーは明快でした。LGMの寒冷期には、いま広く分布するL. sibirica(シベリアカラマツ)はほとんど見当たらず、より耐寒性の強いL. gmelinii(ダフリアカラマツ)が広域を占めていました。やがて約1万年前以降の温暖なホロセン期になると、L. sibiricaが北へ拡大し(年1〜3km程度の速さと推定)、現在の分布が形づくられていきます。さらに約3.3万年前の温暖期には、L. sibiricaが今より東のヤクーチア地域まで分布を広げていたことも分かりました。
技術の肝は「ターゲット濃縮」です。現生カラマツの葉緑体配列を「餌(ベイト)」として、泥の中の超断片化したDNAから種特異的な配列だけを選び出します。これにより、現代のDNAと数万年前のDNAをきわめて高い精度で見分けられるようになりました。
なぜ永久凍土の泥がそんなに優秀なのか
シベリアの永久凍土堆積物は、年平均マイナス10〜20℃という低温に加え、嫌気・低紫外線という、DNAを守るのに理想的な環境です。新シベリア諸島の堆積物では、最終間氷期(Eemian、約12.5万年前)まで遡る植生の変化が、aDNAと花粉解析の組み合わせで再構築されています。その温暖期、北極圏が今より2〜4℃暖かかった頃には、樹木が現代より緯度で2〜4度ぶん北まで進出していたことも確認されました。これは「温暖化が進んだとき森がどう動くか」を占ううえで、貴重な実例になっています。
もっとも、aDNA研究は万能ではありません。堆積年代の精度はおおむね±100〜500年で、年単位の解像度は望めません。配列は数十〜数百塩基まで断片化しており、現代DNAの混入を防ぐためのクリーンルーム管理も欠かせません。それでもハイブリダイゼーション・キャプチャ法やシングルストランドDNAライブラリ、ベイズ統計による年代軸の精緻化といった技術改良で、解像度は近年劇的に向上しています。
森林と永久凍土の、数千年がかりのバランス
カラマツ林と永久凍土は、互いに支え合う関係にあります。林冠が地表に日陰をつくって凍土の融解を抑える一方、凍土層は深い根の発達を妨げて樹種の選択に圧力をかける——両者は数千年スケールで微妙なバランスを保ってきました。問題は、急激な気候変動がこの均衡を壊しかねないことです。
もしシベリアの森林・永久凍土システムが崩れれば、凍土に閉じ込められた有機炭素(推定約1,500 Gt C、現代大気CO2の約2倍)が放出され、温暖化を加速させる正のフィードバックになります(Schuur et al. 2015)。過去の温暖期に何が起きたかを定量できる古代DNA研究は、この未来予測に欠かせない手がかりを与えてくれるのです。
日本の含意:北海道カラマツ造林への接続
北海道のカラマツ(Larix kaempferi、ニホンカラマツ)は、シベリアのL. sibirica・L. gmeliniiとは別種ですが、同じカラマツ属です。北海道は約45万haの造林面積を持つ世界有数の拠点で、年間素材生産は約180万m³に達します。温暖化のもとでカラマツ林をどう管理するか——その問いに、シベリアの種交代史は実データで答えてくれます。
とりわけL. sibiricaはマイナス60℃以下にも耐える系統があり、低温耐性育種の遺伝資源として注目されてきました。林木育種センターは耐病性・成長速度・材質を統合した第3世代エリートツリーを実用段階まで進めており、将来的にシベリア系統の遺伝資源を取り込む可能性は、長期的に検討に値する論点です。詳しくは カラマツ Larix kaempferi も参照ください。
| カラマツ種 | 分布 | 耐寒性下限 | 主要利用 |
|---|---|---|---|
| L. kaempferi(ニホンカラマツ) | 本州中部、北海道(造林) | −40℃ | 建築・土木用材、CLT・LVL原料 |
| L. sibirica(シベリアカラマツ) | 西シベリア、ウラル | −60℃以下 | 建築用材、輸出材(ロシア) |
| L. gmelinii(ダフリアカラマツ) | 東シベリア、極東ロシア | −70℃ | 建築用材、永久凍土適応 |
| L. occidentalis(北米西部カラマツ) | カナダBC、米国西部 | −40℃ | 建築用材(北米市場) |
| L. decidua(ヨーロッパカラマツ) | アルプス、中欧 | −40℃ | 建築用材、景観樹 |
時間との競争という現実
皮肉なことに、研究対象である永久凍土そのものが急速に融けています。低温・嫌気の保存条件が失われればDNAは一気に分解するため、サンプリングは時間との闘いの様相を呈しています。Alfred Wegener Institute やTromsø大学、北海道大学などが共同で、北極圏堆積物コアの大規模採取・凍結保存ネットワークを構築中です。シーケンシングコストはこの20年で1,000分の1に下がり、機械学習による解析も進化しました。現在5〜10万年前まで遡る古代DNA研究が、技術的には50〜100万年前まで届く可能性も議論され始めています。
よくある質問
古代DNAから恐竜時代の樹木は復元できる?
できません。DNAの保存はおおむね数万〜10万年スケールが上限で、永久凍土や琥珀でも数十万年〜100万年程度と見込まれます。6,500万年以上前の恐竜時代のDNAは化学的に分解しきっており、復元は不可能です。
この研究は林業の現場で役に立つ?
直接の応用はまだ研究段階ですが、「温暖化のもとでどの樹種を選ぶか」という判断材料を与えてくれます。過去の温暖期にどの樹種が優占したかを知ることは、将来の植栽樹種選択の確かな参考になります。過去の急激な気候変動時、種が動けた速さ(年1〜3km程度)と、現代の温暖化が求める移動速度(年10〜30km規模)を比べることで、自然任せの適応がどこまで間に合うかも評価できます。
- Meucci S, Schulte L, Andreev AA et al. Larix species range dynamics in Siberia since the Last Glacial captured from sedimentary ancient DNA. Communications Biology 5: 587 (2022).
- Schulte L et al. Hybridization capture of larch chloroplast genomes from sedimentary ancient DNA. Molecular Ecology Resources 21: 801-815 (2021)
- Wieczorek M et al. Forest-permafrost feedbacks and glacial refugia. Journal of Biogeography 49: 1846-1860 (2022)
- Schuur EAG et al. Climate change and the permafrost carbon feedback. Nature 520: 171-179 (2015)

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