蒸散律速因子:VPD・気孔コンダクタンス・葉面温度の物理

蒸散律速因子 | Forest Eight

樹木が根から吸い上げた水のうち、実に97〜99%は葉から大気へ蒸発していきます。これが蒸散です。一見すると「せっかく吸った水を捨てている」ようにも見えますが、じつは光合成と表裏一体の、樹木の生存を支える積極的なはたらきです。1本のスギが1日に数十リットル、大きなユーカリなら400リットルもの水を空へ返している――その量を知ると、森が「緑のダム」と呼ばれる理由が腑に落ちます。

本稿では、蒸散を決める物理(VPD・気孔・葉温)から、樹種ごとの違い、計測の方法、そして都市の涼しさや水源涵養まで、蒸散が私たちの暮らしにどう関わるかを見ていきます。

個体蒸散量20-400L/日樹種・サイズ依存林分蒸発散2-6mm/日夏季ピーク年蒸発散量400-1,200mm/年FLUXNET2015水利用効率2-8g-C/kg-H2OWUE 樹種差大
図1:蒸散量の主要諸元(出典:FFPRI 2023、Wang et al. 2014、FLUXNET2015)
目次

蒸散を動かす物理――VPDと気孔

蒸散の駆動力は、葉の内と外の水蒸気圧の差(VPD=飽差)です。葉の内部はほぼ湿度100%に飽和しているので、外気が乾いているほど水は出ていこうとします。その出口を握るのが、葉の表面にある無数の気孔です。気孔は孔辺細胞の浸透圧変化で数分のうちに開閉し、CO2を取り込むときには開き、同時に水を逃がします。

つまり樹木は、いつも「光合成のためにCO2を取り込みたい」と「水を失いたくない」のジレンマを抱えています。このバランスを表すのが水利用効率(WUE=光合成量/蒸散量)です。土壌が乾くと、根が植物ホルモンのABAをつくって葉に送り、気孔を閉じさせて水を守ります。

もう一つ見逃せないのが葉温調節の役割です。水1mmが蒸発するときには2.45MJ/m²もの気化熱が奪われ、葉の温度を3〜10℃下げます。真夏の熱波のなか、樹木が葉焼けせずに生きていられるのは、この打ち水のような冷却のおかげなのです。

樹種ごとに違う「水の使い方」

蒸散の戦略は樹種で大きく分かれます。針葉樹の多くは乾燥するとさっさと気孔を閉じる保守型(isohydric)、広葉樹の多くは気孔を開け続けて生産性を優先する寛容型(anisohydric)です。

樹種 個体蒸散量 (L/日) 林分蒸発散 (mm/日) 気孔戦略
スギ 30〜120 2.5〜4.0 保守型
ヒノキ 25〜90 2.0〜3.5 保守型
ブナ 50〜250 3.0〜5.0 中間
コナラ 60〜200 3.5〜5.5 寛容型
ユーカリ 100〜400 4.0〜7.0 寛容型
ポプラ 80〜350 4.0〜6.5 寛容型

どちらが優れているという話ではなく、一長一短です。スギ・ヒノキの保守戦略は水を温存できる代わりに、乾燥が長引くと炭素が枯渇するリスクがあります。ユーカリ・コナラの寛容戦略は生産性を保てる反面、水を吸い上げる管に気泡が入る「キャビテーション」のリスクが高まります。

樹木のサイズも効いてきます。蒸散量は胸高直径のおよそ0.7〜1.5乗に比例し、壮齢の大径木で林分の蒸発散がピークを迎えます。樹高が高くなるほど葉に水を届けるのが大変になり(樹高1mごとに水ポテンシャルは約−0.01MPa低下)、100m級のセコイアの葉はつねに生存ぎりぎりの水分状態で頑張っています。

気象3要素――いつ活発になり、いつ止まるか

蒸散は刻一刻と変わる気象の関数です。なかでも効くのがVPD・土壌水分・気温の3つ。VPDは1kPaあたりから蒸散が活発になりますが、3kPaを超えると多くの樹種は逆に気孔を閉じ、自衛に転じます。気温は20〜30℃が最適で、35℃を超えると気孔閉鎖や光合成の熱障害が起こります。土壌の体積含水率が10%を切ると蒸散は急減し、深く根を張る樹種ほど乾燥に強くなります。

ここで興味深いのが、気候変動下でVPDが特に問題視される理由です。気温が上がると飽和水蒸気圧は指数関数的に増える(クラウジウス・クラペイロンの関係)ため、温暖化でVPDは過剰に上昇します。一方でCO2濃度の上昇は気孔コンダクタンスを5〜25%下げる方向に働きます。VPDによる「乾燥ストレス増」とCO2による「気孔を閉じる効果」がせめぎ合っているのが現在の森林で、どちらが勝つかは地域や樹種によって異なります。

VPD (kPa)蒸散速度 (相対値)活発化開始最大気孔閉鎖開始01.02.03.55.0
図2:VPD-蒸散応答曲線(典型的な温帯樹種、Oren et al. 1999 を参考に作図)

蒸散をどう測るか

蒸散の計測は、対象とするスケールで手法が変わります。個体レベルでは樹液流計測が主流で、1985年にGranierが提案したHD法(加熱プローブと非加熱プローブの温度差から流速を算出する方式)が世界中で使われています。幹の辺材部にプローブを挿し、樹液の速度を連続記録するもので、精度は±10〜20%ほどです。

林分スケールでは、観測タワーの上で水蒸気の出入りを毎秒10回も測る渦相関法が中心。世界500地点を超えるこの観測網がFLUXNETで、年間の蒸発散量は熱帯林で1,000〜1,400mm、温帯林で500〜900mm、北方林で300〜500mmと整理されています。さらに広域では、MODISやLandsatなど衛星の植生指数と地表温度から蒸発散を推定するリモートセンシングが活躍し、近年は機械学習を組み合わせた推定がプロセスモデルを上回る精度を出す例も報告されています。

都市を冷やし、水源を養う

蒸散の効用は、森の外でも実感できます。夏の街路樹の下が舗装の上より涼しいのは、樹木が蒸散で熱を潜熱に変えて逃がしているから。観測では樹冠下が舗装面より3〜7℃低く、湿度は10〜20%高いことが確かめられています。成熟したケヤキ1本の日中蒸散は100〜200リットルにのぼり、これは家庭用エアコン1〜2kW分の冷房能力に相当します。東京23区のシミュレーションでは、緑地率を10%増やすと夏の夜間気温が約0.5℃下がるとされ、ヒートアイランド緩和の切り札になりえます。

そして森全体で見れば、蒸散は水循環の要です。日本の森林は降水(年1,500〜2,500mm)のうち500〜900mmを蒸発散として大気に戻し、残りを河川へ流します。森林土壌の高い貯留能力(200〜400mm)と蒸散の調節が組み合わさることで、大雨のときは洪水のピークを30〜50%抑え、雨の降らない時期には基底流量を20〜40%底上げする――これが水源涵養機能です。日本学術会議の評価では、森林の水資源涵養機能だけで年27.7兆円もの価値があるとされています。

干ばつと、樹木の生き死に

2010年代以降、世界各地で森林の大規模枯死(forest dieback)が報告され、その主因が水ストレスであることがわかってきました。樹木が干ばつで枯れるまでには段階があります。まず軽度の乾燥で気孔を閉じ、それでも足りないと水を運ぶ管に気泡が入るキャビテーションが起き、水輸送が滞り、長引けば炭素飢餓に陥って枯死に至ります。

恐ろしいのは、多くの樹種が「安全マージン1MPa未満」という薄氷の上で生きていることです(Choat et al. 2012)。ふだんの水ポテンシャルと、木部の半分が機能を失う限界(P50)との差がわずかしかなく、温暖化と乾燥化が進めば、ちょっとした干ばつでも危険水域に入りかねません。日本でも2018年の渇水後にヒノキ造林地の一部で樹冠衰退が見られました。樹液流の日変動が小さくなることが、ストレスの早期警戒サインとして注目されています。

よくある質問

Q. 樹木1本が1日に蒸散する量はどれくらいですか

樹種とサイズで大きく変わります。若い木で20〜50リットル、壮齢の大径木では100〜400リットルが一般的です。ユーカリやポプラのように成長の速い樹種では、500リットルを超える事例もあります。

Q. スギ・ヒノキ人工林の蒸発散はどのくらいですか

代表的なスギ人工林で年600〜900mm、ヒノキで500〜800mmが観測値です。降水量1,800〜2,200mmの地域なら、水収支の30〜45%を占める計算になります。

Q. 蒸散と蒸発散(ET)はどう違うのですか

蒸散は植物を経由した水損失、蒸発は土壌や葉の表面から直接起こる水蒸気化を指します。この両方を合わせたものが蒸発散(ET)で、森林ではそのうち蒸散が50〜70%を占めます。

出典・参考

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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