蛇口をひねれば当たり前のように出てくる水。その多くは、もとをたどれば山の森にしみ込んだ雨です。森林が雨を受けとめ、土にためて、時間をかけて川へ送り出す——この働きを「水源涵養機能」と呼びます。日本では「緑のダム」と表現されることもあります。
では、森1haはいったいどれだけの水をまかなっているのか。この記事では、降った雨がどこへ消えてどれだけ川に流れるのかを順に追いながら、森林のタイプによる違いや、それを守る保安林の制度、そして気候変動でこれからどうなるのかまで、できるだけかみくだいて整理していきます。
森1haに降る雨の「ゆくえ」
まず、いちばん基本の話から。日本の年平均降水量は1,718mm(気象庁1991〜2020平年値)。これを1ha(1万m²)に換算すると、年間およそ17,000m³もの雨が降る計算です。家庭での年間水使用量にして、ざっと2,500人分。けっこうな量です。
この17,000m³は、おおまかに3つの行き先に分かれます。葉や枝に受けとめられてそのまま蒸発する分(林冠遮断、約200mm)、木や土から大気へ戻る分(蒸発散、約700mm)、そして地面にしみ込んで川や地下水になる分(流出、約800mm)です。
注目したいのは、降った雨のおよそ半分(800mm)が川や地下水として下流に届くという点です。日本の森林2,500万ha全体でならせば、年間およそ2,300億m³。国内の年間水使用量795億m³の3倍にもなります。もし森がなければ、この水は雨のたびに一気に川へ押し寄せ、洪水と渇水の振れ幅を大きくしてしまう。森は、水の「ため込みと小出し」を引き受けてくれているわけです。
森のタイプで「出す水」は変わる
同じ1,700mmの雨でも、どんな森かによって川に出る水の量は200mm以上ちがってきます。森林総合研究所の長期試験データでは、植えたばかりの若い林がいちばん流出が多く(年950mm前後)、しっかり育ったスギ・ヒノキの壮齢林がいちばん少ない(700〜750mm)。広葉樹の老齢林はその中間です。差の主な原因は、葉の量に応じて変わる蒸発散の大きさにあります。
ただし、「水をたくさん出す森ほどよい」というわけではありません。表を見ると裸地の流出量がいちばん多いのですが、裸地は降った直後に水が一気にあふれ、雨のない時期にはカラカラに枯れてしまう。肝心なのは量よりも「ならし方」です。スギ・ヒノキの壮齢林は出す水こそ少ないものの、土にためてゆっくり流すので、晴れ続きでも川の水が絶えない。下流で使う側にとっては、こうした安定した「ベースフロー型」の水こそありがたいのです。
森を守る仕組み ─ 保安林
こうした水源涵養機能を法律で守る仕組みが「保安林」です。森林法にもとづく17種の区分のうち最大面積を占めるのが水源涵養保安林で、2024年時点で912万ha。これは保安林全体(1,228万ha)の約4分の3、国土の24%、森林面積の36%にあたります。指定された区域では、木を伐るのに許可が要る、用途を変えるのが制限される、伐ったら植え直す義務がある——といった縛りがかかり、森の状態がきちんと保たれる仕組みになっています。
| 保安林種別 | 面積 | 主な機能 |
|---|---|---|
| 水源涵養保安林 | 912万ha | 流量平準化・水質保全 |
| 土砂流出防備保安林 | 261万ha | 表土侵食抑制 |
| 土砂崩壊防備保安林 | 6万ha | 山腹崩壊防止 |
| 飛砂・防風・防潮等 | 23万ha | 沿岸保全 |
| 魚つき・保健・風致等 | 26万ha | 沿岸漁業・景観 |
| 合計(重複除く) | 1,228万ha | 国土の32% |
水源涵養保安林に占める人工林と天然林の割合は、ほぼ半々。これは、水を蓄える力が特定の樹種に偏った性質ではなく、適切に手入れされた森なら広く発揮できる機能であることを物語っています。指定するかどうかは、流域の特性・水資源の使われ方・森の状態を総合的に見て、都道府県知事が判断します。
「手入れ」が水を左右する
森があれば自動的に水が蓄えられる、というわけではないのが難しいところです。水源涵養機能は、森の状態——林の混み具合や下草の有無、土の物理性——に大きく左右されます。
たとえば間伐が遅れて木が密集しすぎた人工林。林の中が暗くなって下草が消え、地面がむき出しになると、雨が土にしみ込まず表面を流れてしまいます。森林総合研究所の試験では、過密なスギ林の表面流出が降水量の8〜12%に達した例があり、健全な林の3〜5%を大きく上回りました。逆に、ほどよく(伐採率20〜30%)間伐された林では、地面に光が届いて下草が育ち、土の水はけと保水性が改善して、年間の流出量がむしろ30〜50mm増えたという報告もあります。
木を伐ったあとの若い林も、林冠が回復するまでの数年間は水のため込み力が落ちます。だから森林経営計画では、5年間の皆伐面積を流域の5〜10%以内に抑えるのが一般的。伐る場所を分散させて、流域全体の水収支が大きくぶれないようにする工夫です。さらに伐期を80〜100年と長くとる「長伐期施業」は、林冠を安定させ土壌を発達させて、水の供給をならす効果があります。森林・林業基本計画では、2030年までに長伐期化を50万ha増やす目標が掲げられており、これは木材生産だけでなく水の安定供給もねらった施策です。
気候変動でどうなるか
これからの心配が、気候変動です。気象庁の予測(2020年)では、2100年までに日本の年間降水量は10〜20%増える一方、雨の降らない日も10〜15%増え、降り方がより「どか降り」に偏っていくとされています。森林の土がため込める量には限りがありますから、短時間の強い雨が増えれば、そのぶんピーク流出を抑える力に負荷がかかります。
対策として議論されているのが、流域単位で森の配置を最適化すること(針広混交林化、皆伐の分散、保水帯の設置)、適切な間伐や路網整備で土の物理性を保つこと、そして長伐期化で林冠を安定させることです。年間の水量自体は微増の見込みでも、「いつ、どれだけ」を平らにならせるかが、これからの森林管理の腕の見せどころになります。
下流が上流を支える ─ 水道と森のつながり
都市の水道は、山の森に強く依存しています。東京都水道局は山梨県道志村と1916年から水源林管理協定を結び、約2,800haの森を直接手入れしてきました。神奈川県も丹沢の水源林3,000haを管理対象とし、関西圏では滋賀県が「琵琶湖水源林整備事業」に年間約20億円を投じています。蛇口の水を使う下流の私たちが、料金の一部を通じて上流の森の手入れを支える——これは「生態系サービスへの支払い(PES)」の日本版ともいえる仕組みです。
同じ方向の財源が、2019年に始まった森林環境譲与税です。国民1人あたり年1,000円を原資に、2024年度から年600億円規模が市町村・都道府県へ配分され、間伐や林道整備、所有者不明森林の管理などにあてられています。市町村事業のおよそ3割が水源涵養に関わるもので、森を守る費用を社会全体で少しずつ分かち合う形が広がりつつあります。
よくある質問
森林1haは年間どれくらいの水をまかなっていますか?
年降水量1,700mmの地域なら、森林1haに年間約17,000m³の雨が降り、そのうち約8,000m³(800mm)が川や地下水として下流へ供給されます。残りは林冠で蒸発したり、木や土から大気へ戻ったりします。森のタイプや林齢、地形によって流出量は年700〜950mmの幅でばらつきます。
人工林と天然林で水源涵養機能に差はありますか?
きちんと手入れされた人工林と天然林の間に、大きな差はありません。効くのは樹種より、植被率・下草・土の状態です。過密で下草のない人工林は機能が落ちますが、ほどよく間伐された林なら天然林と同等以上の力を発揮することが、試験で確認されています。
水源涵養機能の貨幣価値はいくらですか?
2001年の日本学術会議の評価では年間約8兆円とされました。同等の働きを治水ダムなどで代替したらいくらかかるか(代替費用法)で見積もった額で、洪水緩和が約6.5兆円、渇水緩和が約1.5兆円という内訳です。森林の多面的機能全体(約70兆円)のうち、土砂流出防備に次ぐ規模を占めます。

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