【オヒョウ】Ulmus laciniata|葉先3裂のニレ、アイヌ伝統衣装アットゥシの素材樹種

オヒョウ | Forest Eight

葉っぱの先がギザギザに3つ、ときには7つにも裂けて、まるで魚のオヒョウ(北の海の大型カレイ)のヒレのよう──そんな個性的な葉を持つ落葉樹がオヒョウ(Ulmus laciniataです。ニレの仲間でこんな葉先をしているのは本種だけ。北海道から本州・四国・九州までの冷涼な山地に生え、樹高は25〜30mの堂々とした大木に育ちます。

でもオヒョウが本当に知られているのは、木材としてよりも「樹皮」のほうかもしれません。幹の内側にある靭皮(じんぴ)繊維を糸にして織り上げた布が、アイヌ民族の伝統衣服「アットゥシ」。北海道・平取町二風谷に受け継がれてきたこの織物は、いまや国の伝統的工芸品に指定された、生物と文化が重なり合う貴重な産物です。一本の木が、家具にも、楽器にも、そして人が身にまとう布にもなる──そんな多彩な顔を、ゆっくり見ていきましょう。

気乾比重0.66(0.55〜0.70)中〜やや重曲げ強度85-100MPa中強度樹高25-30m大径木型冷温帯林の上層葉先裂数3-7独自識別形質ニレ属唯一
図1:オヒョウの主要スペック(含水率15%基準・代表値)

学名の種小名laciniataは「細かく裂けた」という意味。まさにあの葉先を言い当てた名前です。和名「オヒョウ」も魚のオヒョウのヒレに葉を見立てたという説があり、いずれにせよこの裂ける葉先がアイデンティティになっています。別名にアツシ、アツニ、ヤマニレなどがあり、地域や文脈によって呼び名が変わるのも、人との付き合いが長かった証拠です。

目次

見分け方──まず葉先を見る

オヒョウを見分けるなら、とにかく葉の先端です。互生する倒卵形の葉は長さ8〜18cmと大ぶりで、表面はザラつき、裏は葉脈に沿って粗い毛が生えています。そして葉先が3〜7に深く裂ける。同じ木でも若い枝の葉は裂数が多く(5〜7)、樹冠の上のほうの葉は3裂が中心、と変動するのも面白いところです。

近縁のハルニレと迷ったら、(1) 葉先が裂けるか、(2) 葉が大きいか(オヒョウ8〜18cm/ハルニレ4〜10cm)、(3) 葉裏に毛があるか、の3点で見分けられます。アキニレは葉が小さく(2〜5cm)秋に咲くので、まず間違えません。樹皮は暗い灰褐色で縦に深く裂け、剥がすと強靭な繊維が現れます。これがアットゥシの素材になる部分です。花は4〜5月に葉より先に咲き、5〜6月にはプロペラ状の翼果が風に乗って飛んでいきます。

オヒョウとニレ属・近縁ケヤキの力学特性プロファイル気乾比重曲げ強度圧縮強度せん断強度耐朽性ヤング率 オヒョウ ハルニレ ケヤキスギを基準とした相対値(外側ほど高性能)
図2:オヒョウとハルニレ・ケヤキの力学特性比較

木材としての顔──ニレ属いちばんの重さ

オヒョウの心材は淡い褐色〜黄褐色で、はっきりした年輪と美しい木目を持つ環孔材です。気乾比重は平均0.66。同じニレ属のハルニレ(0.55〜0.65)よりやや重く、ケヤキ(0.65〜0.75)にはわずかに及びませんが、ニレの仲間では最も重い部類に入ります。曲げ強度85〜100MPaと力学性能もしっかりしていて、家具・建具・合板の化粧板・楽器材まで幅広く使われます。

乾燥はわりと素直ですが、ニレの仲間らしく反りやねじれが出やすいので、初期はゆっくり乾かすのがコツ。難点は屋外での耐久性(耐朽性)がやや低いことで、雨ざらしの用途には向きません。その代わり蒸気を当てて曲げる「曲木(まげき)」加工との相性は抜群で、大正〜昭和期には東北・北海道でオヒョウやハルニレを使った国産の曲木椅子が作られ、いまも家具メーカーがその技法を受け継いでいます。

アットゥシ──木の皮が衣になる

オヒョウの最大の物語は、なんといってもアイヌ民族の伝統衣服「アットゥシ」です。幹の内皮にある靭皮繊維(アイヌ語で「アッ」)を糸にして織り上げたもので、強くて破れにくく、夏は涼しく、しかも撥水性まで備えた優れた布。語源も「アッ(オヒョウの繊維)+トゥシ(縄)」とされ、植物名と工芸名がそのままつながっています。

作り方は驚くほど手間がかかります。樹液が上がる5〜6月に若木の樹皮を剥ぎ、内皮だけを取り出し、沼水や温泉に十日〜一月ほど浸して繊維をほぐす。それを細く裂いて撚り、冬のあいだに地機(じばた)で根気よく織り上げ、最後にモレウ(渦巻き)やアイウシといった独特の文様を施す──一着分でおよそ半年から一年。すべて手作業のため、完成品は数十万円から100万円を超えることもあります。

この技術は北海道・平取町の二風谷地区を中心に守られ、1991年に北海道指定無形民俗文化財、2013年には経済産業大臣指定の伝統的工芸品「二風谷アットゥシ」となりました。現在も二風谷アットゥシ事業協同組合の織り手たちが受け継ぎ、2020年に開館した国立アイヌ民族博物館(ウポポイ)でも実演や展示が行われています。素材のオヒョウについても、北海道大学や地域林業と連携した計画的な樹皮採取・若木育成が進められており、文化と森が一緒に守られているのが特徴です。

オヒョウの主用途展開1家具・建具中重量・木目美2楽器・響板マリンバ・ピアノ3合板・突板化粧合板4アットゥシ繊維アイヌ伝統工芸
図3:オヒョウの主用途。樹種特性と文化的価値が決定する4つの利用展開

立枯病を生き延びた「強い遺伝子」

20世紀、欧米のニレはニレ立枯病(オランダ楡病)という病害に襲われ、北米の街路樹だったアメリカニレは大半が枯れてしまいました。ニレキクイムシが運ぶ菌が原因の、樹木病害としては世界最悪級のものです。

ところがオヒョウとハルニレは、この病気に比較的強い。そのためオヒョウの遺伝子は欧米の抵抗性品種づくりに活用され、シベリアニレと掛け合わせた「Sapporo Autumn Gold」などの品種が、北米の街路樹再生に貢献しています。札幌の名を冠した品種が海を渡って活躍しているのは、ちょっと誇らしい話です。日本国内ではオヒョウの大規模な被害は記録されておらず、北方アジア生まれの「丈夫さ」が世界的に評価されているわけです。

よくある質問

Q. オヒョウとハルニレはどう違うの?
葉を見れば一目瞭然です。オヒョウは葉先が3〜7に裂けて大型(8〜18cm)、葉裏に毛があります。ハルニレは葉先が裂けず単純に尖り、サイズも小さめ(4〜10cm)で葉裏はほぼ無毛。材質は似ていて「ニレ材」として一緒に扱われることもあります。

Q. アットゥシは今でも買えますか?
はい。平取町二風谷を中心に織り手が技術を継承しており、儀礼用・贈答用・観光用として制作・販売されています。ただし一着あたり半年〜一年かかる完全手作業のため、価格は数十万円〜100万円超と高価。ウポポイ(白老町)でも実演や関連商品に触れられます。

Q. オヒョウはどこで見られますか?
北海道の山地、とくに道東・道北の天然林が最大の産地です。本州でも東北の山地や関東以北の山岳地、長野・岐阜北部などの冷温帯林(ブナ帯)の高木層で、ブナやミズナラと並んで観察できます。葉が大きく裂けているので、慣れれば遠目でも見つけやすい木です。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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