スーパーの乾物コーナーで、国産の乾しいたけと中国産が並んでいて、値段が3倍ちかく違うのを見て驚いた経験はないでしょうか。じつは日本の乾しいたけは、国内生産2,500tに対して輸入が約4,800t。すでに自給率は34%まで下がり、輸入の95%以上が中国産という構造になっています。なぜここまで差がついたのか。価格・生産費・関税という数字から、その理由をたどってみます。
生は国産、乾は輸入──分かれた需給
同じしいたけでも、生と乾では事情がまるで違います。生しいたけは菌床栽培(おがくず+米ぬかなどの人工培地)が主流で、国内供給6.7万tに対して輸入はわずか4,500t。自給率はおよそ94%です。施設で短期間に回せるうえ、輸送に時間のかかる輸入品では鮮度で勝負にならないので、国産が圧倒的に強い。ところが乾しいたけは原木栽培(クヌギ・コナラのほだ木に種菌を打つ)に頼るため生産費が高く、輸入品との価格差がどんどん開いてしまうのです。
乾しいたけ100kgを作るには生しいたけ約1,000kgが必要で、原木栽培では1本のほだ木(直径15cm・長さ90cm)から10〜15年かけて採れる乾しいたけはわずか500g程度。原木を伐り出して乾製品にするまで、膨大な手間がかかります。一方、中国の主産地である浙江省・福建省・河南省では人件費が日本の数分の1。菌床栽培の量産体制と低コストの原料調達が組み合わさり、強い価格競争力を生んでいます。
価格差2〜3倍はどこから来るのか
2023年の乾しいたけ輸入4,800tのうち、中国産が約4,560t(95%)。中国産のCIF価格は1,000〜1,400円/kgで、関税4.3%や諸経費を足しても国内卸で1,500〜2,200円/kgに収まります。対する国産の大分・宮崎産の高品質「どんこ」は4,500〜5,500円/kg。価格差はおよそ2〜3倍です。
注目したいのは関税です。乾しいたけの基本関税率は4.3%。米の778%や乳製品の300〜400%と比べると、ほとんど無いに等しい水準です。WTO農業協定の関税譲許の経緯と、しいたけが主食ではないという位置づけが背景にあります。つまり、中国産が市場の過半を占める構造は、関税では覆せない。だからこそ国産は、品質差別化と原産地表示の整備で生き残りを図ることになります。
原木栽培と菌床栽培、生産費の分かれ道
国産しいたけは原木栽培と菌床栽培の2方式に分かれ、コスト構造が大きく違います。原木栽培は乾しいたけ生産の主流で、クヌギ・コナラの原木に種菌を打ち、2〜3年屋外で寝かせてから3〜7年かけて収穫します。菌床栽培は生しいたけの主流で、おがくず培地に種菌を植えて3〜4ヶ月で発生させ、屋内で温湿度を制御。原木の数十倍の単位面積収量が得られる代わりに、施設投資は500m²規模で数千万円に達します。
| 項目 | 原木栽培 | 菌床栽培 |
|---|---|---|
| 主な生産物 | 乾しいたけ中心 | 生しいたけ |
| 栽培期間 | 2〜3年(収穫は5〜7年) | 3〜4ヶ月で発生 |
| 主要産地 | 大分・宮崎・愛媛・熊本 | 徳島・北海道・岩手・群馬 |
| 出荷単価帯 | 乾4,500〜5,500円/kg(どんこ) | 生600〜900円/kg(市場卸) |
| 設備投資(500m²) | 原木調達・伏せ込み場で数百万円 | 空調込み3,000〜5,000万円 |
乾しいたけ国内生産の3割以上を占める最大産地が大分県です。県内のクヌギ薪炭林およそ4万haが原木供給を支え、大分県椎茸農業協同組合が「大分しいたけ」の名称認証や等級判定を担っています。原木栽培はクヌギの20〜25年伐期での萌芽更新という森林資源の循環利用と密接に結びつくため、林業政策と特用林産政策のちょうど中間に位置する、ちょっと独特な施業形態でもあります。
30年で4分の1に──縮む国内生産
原木しいたけの栽培戸数は、1990年の約3万戸から2023年には約7,500戸へ。じつに4分の1にまで減りました。生産者の高齢化(平均年齢65歳超)と、中国産の流入による価格下落が主な原因です。乾しいたけの生産量も1990年の8,000t規模から2023年の2,500tへと、3割ほどに縮んでいます。
2008年の中国産毒入り餃子事件のあとは、いっとき国産の引き合いが強まりましたが、価格差を埋めるほどの恒常的な需要転換にはなりませんでした。2010年代以降は、外食・加工食品・業務用には中国産、家庭用・贈答用・専門店向けには国産、という棲み分けがすっかり定着しています。
品質で勝負する国産──どんこと等級
乾しいたけの等級は、傘の形・厚み・色・大きさで決まります。最高品質の「冬子(どんこ)」は、傘が完全に開く前に収穫した肉厚なもの。傘径3〜5cm、厚さ7〜10mmで、表面に亀甲状のひび割れがあるものが上等とされます。傘が開いて薄肉の「香信(こうしん)」、規格外の「香菇(こうこ)」と続きます。なかでも傘の表面が白く割れた「天白冬子(てんぱくどんこ)」は贈答用の最上位で、1kg1万円を超えることもあります。中国産はサイズベースの分類が中心で、肉厚や割れといった品質指標は限定的。この等級基準の差が、そのまま価格差の根拠になっています。
2017年の食品表示法改正で加工食品の原料原産地表示が義務化され、しいたけの原産地も明確になりました。地理的表示(GI)保護制度では「大分原木乾しいたけ」が同年に登録され、地域団体商標と組み合わせた差別化が進んでいます。東京中央卸売市場では国産どんこ5,500円/kg、国産こうしん3,500円/kg、中国産1,800円/kgと価格帯がくっきり分かれ、量販店・専門店の棚分けにもそれが表れています。
足元を揺らす原木供給とナラ枯れ
原木栽培の最大の悩みは、原木(クヌギ・コナラ)をどう確保するかです。原木林は約30万ha規模と推定されますが、ナラ枯れ被害の拡大、燃料用木質バイオマス需要との競合、薪炭林の高齢化が重なり、ほだ木用原木の調達が年々難しくなっています。福島第一原発事故のあとは、東日本産原木の放射性物質基準(出荷規制値50Bq/kg)対応で岩手・福島・栃木などの主要供給地に長期の制約が生じ、九州・四国産への依存が強まりました。林野庁は原木林造成・伐採経費の補助を強化していますが、原木1本あたりの調達コストは2010年比で30〜50%上昇しており、これが乾しいたけの生産費をさらに押し上げています。
一方で、わずかながら明るい動きもあります。国産乾しいたけの輸出は2023年で約60t・約4億円規模と小さいものの、香港・台湾・米国の華僑市場が中心。米国の中華系・日系コミュニティでは、日本産が現地の中国産の3〜5倍の単価で取引されています。大分・宮崎を中心とする産地は、GIやJAS有機認証を組み合わせ、kg1万円超のプレミアム市場を開拓中です。輸入品との真っ向勝負を避け、「縮小均衡を高単価で支える」という、現実的な選択が進んでいます。
よくある質問
しいたけの輸入関税はなぜこんなに低いの?
WTO農業協定の関税譲許の経緯と、しいたけが日本の主食ではない品目区分のため、基本税率は4.3%に抑えられています。米778%、乳製品300〜400%と比べると桁違いに低く、関税による輸入抑制効果はほとんどありません。GATTウルグアイ・ラウンド(1995年)以降、特用林産物に高関税は導入されておらず、市場開放型の品目として位置づけられています。
中国産の乾しいたけは安全なの?
食品衛生法のポジティブリスト制度で残留農薬・抗菌剤が500種以上規制され、検疫所のモニタリング検査が続いています。過去にはフェニトロチオンやクロルピリホスなどの基準値超過事例があり、その都度検査が強化されてきました。近年の基準値超過率は0.5%以下で、安全性はおおむね確保されていますが、消費者心理面での「中国産忌避」傾向は根強く、それが国産プレミアム市場を支える背景にもなっています。
なぜ国産の乾しいたけは縮小しているの?
生産者の高齢化(平均65歳超)、中国産との価格競争、そして原木供給の制約(ナラ枯れ・バイオマス需要との競合)という3つの要因が複合しています。1本のほだ木の生産投下額が10〜15年で1,000〜1,500円、売上の回収まで長くかかる経営構造が、新規参入の壁になっています。それでも大分・宮崎では若手後継者の比率が5〜8%程度に保たれ、世代交代の兆しも見えています。
出典・参考:林野庁「特用林産基礎資料」/財務省「貿易統計」/厚生労働省「食品中の残留農薬等」/農林水産省「地理的表示(GI)保護制度」/日本特用林産振興会

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