「サクラ」と名がつくのに、咲く姿はちょっと意外。ウワミズザクラ(学名 Padus grayana)は、5月の里山で長さ8〜10cmの白いブラシのような花を咲かせる落葉高木です。じつはソメイヨシノやヤマザクラ(サクラ属)とは別の「ウワミズザクラ属」。未熟な実を塩漬けにした「杏仁子(あんにんご)」は新潟や長野の郷土食ですし、古代の占いにも使われた由緒ある木でもあります。お花見の桜とはひと味違う、この木の魅力を紹介します。
サクラだけど「サクラ属」じゃない
ウワミズザクラはバラ科ウワミズザクラ属の落葉高木。北海道から九州まで、標高0〜1,500mの里山林や雑木林の縁に育ちます。樹高10〜20m、寿命は200年を超える例もあります。かつてはサクラ属(広義のPrunus)に含められていましたが、いまは別属として独立しています。見分ける一番のポイントは花の形。ソメイヨシノやヤマザクラが数輪まとまって咲く散房花序なのに対し、ウワミズザクラは多数の小花が穂状にびっしり並んだブラシ状。葉が出そろってから咲くのも、葉より先に咲くサクラ属との違いです。
属名の Padus はギリシャ語で「鳥が好む実」。種小名 grayana は19世紀の植物学者エイサ・グレイにちなみます。同属には北海道〜本州中部の山地(標高800〜1,800m)に育つシウリザクラもあり、こちらは標高で住み分けています。
見分け方のポイント
- 花序:5月、長さ8〜10cmの白いブラシ状の穂状花序(最大の決め手)。葉が展開した後に咲きます。
- 葉:長楕円形で8〜13cm、縁に鋭い重鋸歯。葉のつけ根に2個の蜜腺があり、アリと共生して食害を抑えます。
- 樹皮:暗灰褐色〜赤褐色で平滑、横長の皮目。傷つけると軽くアーモンドのような独特の臭気がします(青酸配糖体由来で、サクラ属にはない特徴)。
- 果実:直径6〜8mmの球形。未熟は緑色(杏仁子の原料)、6〜7月に黒紫色に熟して鳥の食糧に。
- 樹形:枝が水平に張り出さず、上向きに伸びる傾向があります。
郷土食「杏仁子(あんにんご)」
新潟・長野・福島の中山間地には、ウワミズザクラの未熟な実を塩漬けにした「杏仁子(あんにんご)」という郷土食があります。6月初旬の緑色の実を採り、重量比15〜20%の塩で1ヶ月以上漬け込むもの。果実に含まれる青酸配糖体(アミグダリン)が酵素で分解される過程で、ベンズアルデヒドという杏仁(アーモンド)様の芳香が生まれます。日本酒や果実酒の素材、お茶請け、漬物の風味づけに使われ、新潟では「アンニンゴの木」と呼ばれるほど暮らしに根づいています。
面白いのは、この塩漬けが結果的に毒性を抜く加工になっている点。生の実や種子には青酸配糖体が含まれ、生食すると中毒の危険があります。塩漬けの過程でシアンが揮散し、香りの成分だけが残る──昔ながらの知恵が、安全に食べる技術にもなっているわけです。家庭での自己加工には伝統的なレシピが欠かせず、生食は絶対に避けてください。道の駅で売られている「アンニンゴ漬」「アンニンゴ酒」は加工基準が確立されているので安心です。
古代の占いに使われた木
ウワミズザクラは古代の神事とも縁が深い木です。古事記・日本書紀に出てくる、鹿の肩骨を焼いて割れ目で吉凶を占う「太占(ふとまに)」。このとき使う「波波迦(ハハカ)の木」がウワミズザクラと考えられています。「上溝桜」という和名も、占いに使う溝を彫った道具「上溝」の素材だったことに由来する説が有力です。いまも伊勢神宮などの神事で、ウワミズザクラの薪が儀礼に用いられることがあります。岐阜の飛騨地方では今も「ハハカ」と呼ぶなど、地方名にも歴史が刻まれています。
木材としての顔と里山での役割
材は気乾比重0.55〜0.65の中重量で、心材は赤褐色の暖色系。サクラ材に近い色合いで加工性は良いのですが、幹がやや細く曲がりやすいため、家具材・器具材・薪炭材などに地域で小規模に使われる程度です。「サクラ材」の需要はヤマザクラなどに譲っています。
むしろこの木の本領は里山の生態系での働きにあります。属名どおり鳥に好まれる実をたくさんつけ、ヒヨドリやムクドリ、ツグミが食べて種子を運びます。鳥の体内を通ると発芽率が上がることも知られています。萌芽更新の力が比較的強いので薪炭林として循環利用でき、新潟県魚沼地域では森林環境譲与税を使った「アンニンゴ林再生事業」も進められています。
よくある質問
サクラの仲間ですか?
同じバラ科ですが、サクラ属ではなくウワミズザクラ属の別属です。最大の違いは花の形で、サクラ属が短い散房花序、ウワミズザクラ属は長いブラシ状の穂状花序。葉が出てから咲く点、樹皮にアーモンド様の臭気がある点も異なります。開花も5月中旬〜下旬と、ソメイヨシノより1ヶ月ほど遅めです。
杏仁子はどう作りますか?
6月初旬の緑色の未熟果実を、塩比15〜20%で1ヶ月以上漬け込みます。青酸配糖体が分解して独特の杏仁の香りが生まれます。生食は危険なので必ず加工が必要で、家庭では伝統的なレシピが前提。完成品は道の駅などで買えます。
庭木として育てられますか?
北海道〜九州の広範囲で植栽でき、湿潤で水はけのよい場所を好みます。5月の白いブラシ状の花と秋の鮮やかな黄葉が魅力で、サクラとは違う景観を求める庭で選ばれます。樹高10〜20mになるので植栽スペースは十分に。

コメント