T3 Minneapolis:米国近代以降初の高層木造オフィスとNLT構造

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米国でオフィスビルといえば、鉄とコンクリートの摩天楼。それが当たり前になって、もう1世紀になります。1871年のシカゴ大火をきっかけに建築基準が厳しくなり、大規模な木造オフィスは事実上禁じられてきたからです。その「100年のブランク」を破ったのが、2016年9月にミネアポリスで完成したT3——7階建て・延床約20,500m²の木造オフィスビルでした。

名前の「T3」は、Timber(木)・Transit(交通)・Technology(技術)の頭文字。事業主は米大手デベロッパーのHines、設計はバンクーバーのMichael Green Architecture(MGA)、構造はStructureCraftが担いました。「米国で近代以降初の高層木造オフィス」として建築メディアを賑わせ、のちのAscent MKE(25階・2022年)へと続く北米Mass Timber時代の、まさに号砲となった建物です。

項目
所在地 米ミネソタ州ミネアポリス(North Loop地区)
用途/規模 オフィス+1階商業/7階・26m・延床約20,500m²
主構造 1階RC基礎+2〜7階NLT床+集成材柱・梁
使用木材 松食虫被害材中心 約3,500m³(CO2固定 約4,500t)
設計・構造 Michael Green Architecture/StructureCraft
着工〜竣工/認証 2015年11月〜2016年9月(約10ヶ月)/LEED Gold
目次

あえて「CLTではなくNLT」を選んだ理由

木造高層というとCLT(直交集成板)が定番ですが、T3は別の道を選びました。NLT(Nail-Laminated Timber/釘で板を並べて留める工法)です。これは決して目新しい技術ではなく、19世紀末から北米で使われてきた「枯れた工法」。T3の面白さは、最先端を追わず、あえて地元に根づいた古い工法を選んだ点にあります。

項目 NLT CLT
つくり方 木材を釘で連結(同方向) 木材を交差層で接着
製造 シンプル、既存製材所で可 専用工場が必要
コスト 低(CLT比2〜3割安)
調達 速い 工場発注で長い

理由はきわめて現実的でした。北米にはNLTの供給網がすでに整い、コストは安く、調達も速い。そして米国の建築基準にも合わせやすい。「最先端の技術より、地元の供給網に合うかどうか」を優先した——この実装主義こそ、T3が後続プロジェクトに残した最大の教訓のひとつです。2×6や2×8規格のSPF・松ラミナを並べてガルバナイズド釘で打ち込んだ床版を工場でプレハブ化し、2〜7階だけで延べ十数万本相当の松ラミナを投入。これを北米の伝統的な製材所群で分散加工し、短工期で組み上げた。「Mass Timberは、特殊な工場がなくても作れる」ことを証明したのです。柱・梁にはBC州系から供給された集成材を使い、最大スパン約9mを実現しています。

T3 Minneapolis 構造概念図 RC基礎+NLT床+集成材フレームのハイブリッド木造構造。 T3 Minneapolis 構造概念図 RC基礎(1階) 階数構成 7階:屋上アメニティ 2-7階:オフィス(NLT+集成材) 1階:商業+エントランス(RC) 主要構造 NLT床+集成材柱・梁 RCコア(エレベーター) 仕様 高さ85ft(26m) 延床221,000ft² 木材 Mountain pine beetle 被害材 認証 LEED Gold 2016年9月完成・米国近代以降初の高層木造オフィス 出典: Hines, MGA, DLR Group, StructureCraft 公式資料
図1:T3 Minneapolis 構造概念図(出典:Hines、MGA、StructureCraft)。

「枯れた松」が、ビルになった

T3の物語でいちばん印象的なのが、使われた木材です。その大半は、マウンテンパインビートル(Mountain Pine Beetle)に殺された松でした。温暖化による暖冬で2000年代以降に大発生したこの甲虫は、北米西部で数億本のマツを枯死させた厄介者。放っておけば森林火災や腐朽でCO2を放出するだけの「負債」です。

ところが、この甲虫が媒介する青変菌は辺材を青灰色に変色させるものの、構造強度への影響は限定的。被害から2〜3年以内に伐って乾かせば、曲げ強度の低下は5〜15%程度にとどまり、構造等級も十分通用します。T3はこの「見た目は変色しているが、性能は健全」な大量資源を集成材ラミナに組み込み、被害材の付加価値化と森林経営の収益確保を同時に成し遂げました。しかも青変のグレートーンが、かえって現代的なインテリアと調和する——厄介者だった木が、意匠の魅力にまで転じたのです。気候変動時代の森林被害材を建築でよみがえらせる、見事なストーリーになりました。

2〜7階を、わずか9.5週間で組み上げる

T3が話題をさらったもうひとつの理由が、その施工スピードです。NLT床版と集成材の柱梁を工場でプレハブ化し、現場ではクレーンで吊って組むだけ。上層6フロアの躯体をわずか約9.5週間で立ち上げました。1フロアあたり7〜10営業日というペースは、同規模のRC造(通常14〜21日)を大きく上回ります。

現場での湿式工事が少ないので天候にも左右されにくく、騒音は同規模RC比で3〜4割減、現場廃材は7〜8割減。「静かでクリーンな現場」は、近隣に配慮が必要な都心開発で無形の競争力になります。そして何より、工期短縮はそのまま「早期入居=早期キャッシュフロー」に直結する。デベロッパーのHinesにとって、これは「木造は環境に良いだけでなく、ちゃんと儲かる」ことの証明でした。全体工期は着工から引き渡しまで約10ヶ月、同規模RC比で約25%の短縮です。

Amazonも入居した——木造オフィスの実力

「木造オフィスなんて、一部の環境志向な会社しか入らないのでは?」——そんな事前の懸念を、T3はあっさり覆しました。完成後まもなくAmazonがアンカーテナントとして大規模入居し、医療機器のSmiths Medical、法律事務所のGreenberg Traurigなど大手が次々と居を構え、早期にほぼ満床に。賃料も周辺の同等オフィスを上回る水準で推移しました。

木の現しの天井や柱、自然光を活かした開放的なフロア、フィットネスや100台超の駐輪場、ライトレール駅も徒歩圏(事業名の「Transit」の実装です)。こうした空間が、現代の知識労働者の人材獲得にむしろプラスに働く。木質空間がストレスホルモンを下げ、心拍を安定させるという研究知見を、大規模な商業オフィスで実証してみせた事例でもありました。

制度を動かし、後継を生んだ

完成当時の米国建築基準では、こうした規模の木造高層は標準的には認められておらず、T3はミネアポリス市の特例措置と性能規定型評価で実現にこぎつけました。この実績が、のちにIBC 2021でMass Timber建築タイプ(Type IV-A〜C、最大18階)が標準化される流れを後押ししています。T3の85ft・7階という規模は、まさに最も木材露出を許容するType IV-Cが想定する「中層木造オフィス」のひな形そのものでした。注目すべきは、T3が連邦のTimber Innovation Act(2018年成立)より前に、純粋な民間事業として成立していたこと。むしろT3の成功という実証データが、その後の政策設計を動かしたのです。

成功を受け、HinesはT3 Partnershipとしてアトランタ、デンバーなど複数都市で同種プロジェクトを展開。木造オフィスは「一度きりの実験」ではなく、大手デベロッパーの再現可能な事業モデルになりました。

日本にとっての3つの教訓

横浜の大林組Port Plus(44m・11階)と比べると、T3は高さでは及ばないものの延床では大きく上回ります。両者は補完的な参照軸ですが、T3が日本に示した含意は3つに整理できます。第1に、NLTのような枯れた工法でも十分に大規模化できること——日本はCLTに注目が集中しがちですが、米国は伝統工法の商業化でスケールを実現しました。第2に、被害材・低質材の付加価値化——日本の松くい虫・ナラ枯れ被害材を構造材として再生する戦略にとって、T3は格好の手本です。第3に、事業収益性を最初から設計に織り込むこと。木造を本格展開するなら、これは避けて通れない条件です。

もっとも、T3にも限界はあります。純木造ではなく1階RC+上層木造のハイブリッドで、欧州の純木造高層(Mjøstårnetなど)と比べれば「木造度」は控えめ。燃え代設計に頼るため木材露出はType IV-Cの範囲に限られ、これより高層化するには被覆が要ります。さらに被害材という資源は北米西部に偏在するため、東部の後続案件では同じ供給網を使えない——地域ごとの最適樹種設計は、いまも続く課題です。それでも、「木でオフィスを建て、ちゃんと事業として回す」という当たり前を100年ぶりに取り戻した功績は、揺らぎません。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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