マツノクロホシハバチと共生菌:森林害虫研究

マツノクロホシハバチと共生菌 | Forest Eight

森を枯らす害虫と聞くと、たいてい虫が単独で木を食い荒らす姿を思い浮かべます。ところがキバチの仲間には、なんと自分専用のキノコ(木材腐朽菌)を体に忍ばせて持ち運び、それを木に植えつけることで木を枯らしてしまう、という驚くべき生き方があります。虫と菌と樹木の三者がからみ合うこの関係は、世界の森林を脅かす害虫であると同時に、生物学の格好の研究テーマでもあります。この記事では、その不思議な共生のしくみと、世界がどう対策してきたのかを見ていきます。

Sirex属種数10+世界共生菌類Amylostereum白色腐朽菌主要被害樹種マツ・トウヒPinus, Picea針葉樹経済被害10億+USD/年世界推計
図1:キバチ類菌類共生の主要諸元(Sirex属、Amylostereum属、針葉樹被害規模)
目次

菌を運ぶハチ、ハチが運ぶ菌

主役となるのは、体長20〜40mmにもなる大型のハチ、キバチの仲間(とくにSirex属)です。雌の腹の末端には硬くて長い産卵管があり、これで針葉樹の樹皮を貫いて、木の内部に卵を産みつけます。注目すべきはこのとき、卵だけでなくAmylostereum属という白色腐朽菌の胞子と、木の防御反応を抑える粘液状の毒素を一緒に注入することです。

この菌の胞子は、雌の腹部にある「マイカンギア」という一対の袋状の器官に大切に蓄えられています。さなぎの時期に幼虫の体内にいた菌が自らこの袋へ移り住み、雌が成虫になると次の木へと運ばれていく——まさに虫と菌が一蓮托生の関係なのです。木の中に植えつけられた菌は、リグニンやセルロースを分解しながら幹を白く軟らかくしていきます。そして孵化した幼虫は、その菌が分解してくれた木質を栄養にして、2〜3年かけてゆっくり育つというわけです。菌は虫に運んでもらい、虫は菌が用意した食べ物で育つ。互いに欠かせない、絶対的な共生関係です。

一方、注入された菌は幹の中で道管や仮道管を詰まらせ、樹冠への水の通り道を断ってしまいます。すると木は上のほうから茶色く枯れ込む「上部枯損」を起こします。ふだんキバチは弱った木や伐られたばかりの丸太を選ぶ二次的な害虫にすぎませんが、人工林などで数が増えすぎると健全な木にも一斉に襲いかかり、毒素と菌の相乗効果で生きた木まで枯らしてしまうのです。

世界を渡り歩いた害虫

この共生系がやっかいなのは、世界中に広がってしまったことです。Sirex noctilioとAmylostereum areolatumはもともとユーラシア大陸の在来種で、原産地である欧州では天敵と長年共に進化してきたため、被害は限定的でした。ところが20世紀のグローバル化で原産地の外へ持ち出されると、天敵のいない新天地で爆発的に増え、各地のマツ人工林を壊滅させていきます。

最初の大事件は南半球で起きました。1900年ごろニュージーランドに侵入し、1960年代にはオーストラリア本土のマツ人工林で大発生。地域によっては40〜80%ものマツ林が枯死しました。その後1980年に南米ウルグアイで確認されると、ブラジル・アルゼンチン・チリへと急拡大。2004年には北米ニューヨーク州でも見つかり、五大湖周辺へ広がっています。世界全体の経済損失は年間10億ドルを超えると推定されています。下の表に、主な地域の被害状況をまとめました。

地域侵入年被害程度主要対策豪州1952(タス)極大線虫導入で抑制南米1980(ウルグアイ)線虫+寄生バチ北米2004(NY)拡大中線虫+検疫欧州在来限定自然平衡日本未侵入侵入監視・検疫
図2:地域別Sirex–Amylostereum被害状況(侵入年・程度・対策)

線虫が虫を不妊にする——みごとな生物的防除

この厄介な害虫に対し、世界でいちばん成功した対策が、農薬ではなく線虫を使う生物的防除です。使われるのはDeladenus siricidicolaという小さな寄生性の線虫で、1960〜70年代にオーストラリアのCSIRO(連邦科学産業研究機構)が実用化しました。

この線虫の巧妙さは、二つの暮らし方を切り替えられる点にあります。ふだんは木の中でAmylostereum菌を食べて自由に繁殖していますが、菌が衰えると寄生モードに転換し、キバチの幼虫の体内に侵入します。そして幼虫が成虫になるまで体内で増え続け、最後に雌の卵巣や雄の精巣を食べてしまうのです。寄生されたキバチは見た目は健康そのもので、ふつうに繁殖行動もしますが、産む卵はすべて線虫に感染した卵。そこから孵った次の世代もまた不妊になり、感染が世代を超えて広がっていきます。

使い方は、被害木にドリルで小さな穴を開け、線虫の懸濁液を注入するだけ。1本の感染木が周囲の何十本ものキバチを不妊化していきます。オーストラリアのタスマニアでの試験では不妊化率70〜90%を達成し、被害木の数は導入前の2〜3割以下にまで激減しました。化学農薬の広域散布に比べてコストは10分の1以下で、一度撒けば数年は効果が続き、環境への負荷もほぼゼロ。FSCやPEFCといった森林認証とも相性がよいことから、この技術はオーストラリアから南アフリカ、南米、北米へと段階的に伝えられ、世界共通の標準対策として定着しています。

日本はどう備えているか

幸い、最も被害の大きいSirex noctilioやA. areolatumは、日本ではまだ確認されていません。ニホンキバチなどの在来種は近縁の菌と共生していますが、被害は局地的で軽微にとどまっています。とはいえ、輸入される針葉樹材や木製パレット、梱包材にまぎれて侵入するリスクは常にあります。植物防疫所の評価でも、Sirex noctilioは「侵入すれば甚大な被害をもたらす」最警戒クラスに位置づけられ、すでに侵入済みのマツノザイセンチュウと並ぶ要注意対象とされています。

こうしたリスクに対し、輸入される針葉樹材や木製梱包材には、国際基準(ISPM 15)にもとづく熱処理や燻蒸が義務づけられ、港湾で植物防疫所が検査にあたっています。森林総合研究所(FFPRI)は全国の主要なマツ林・トウヒ林でトラップ調査を続け、万一に備えてDeladenus線虫の入手ルートの確保や防除技術の研究も進めています。とくに北海道のトドマツ・エゾマツ林や、東北・本州中山間地のアカマツ・カラマツ林は、気候の上で北米の侵入適地とよく似ており、警戒が必要とされています。早期発見こそが封じ込めの鍵であり、市民や林業者からの通報も監視ネットワークの大切な一部です。もし円形の脱出孔がいくつも開いた木や、上から枯れ込む不自然な針葉樹を見つけたら、最寄りの植物防疫所へ連絡することが、森を守る第一歩になります。

よくある質問

Q. 日本のマツ枯れ(マツノザイセンチュウ被害)と同じものですか?

別の被害です。マツ枯れは線虫(マツノザイセンチュウ)とマツノマダラカミキリが組んで起こす被害で、菌は関係しません。一方このキバチと菌の共生による被害はまったく別系統です。ただし、どちらも弱ったマツが被害源になりやすい点では、森林衛生の上で共通する面があります。

Q. もし日本に侵入したら、農薬で対応できますか?

完全な防除は難しいとされます。キバチの幼虫は幹の奥深くにいるため、表面に農薬を撒いても届きません。世界の標準はあくまでDeladenus線虫による生物的防除で、農薬は補助的な位置づけです。早期に発見して線虫をすぐ導入することが、被害を最小限に抑える鍵になります。

Q. 個人や林業者にできる予防策はありますか?

輸入木材やパレットを扱うときは国際基準のISPM 15マークを確認すること、現場で弱った木や伐倒木を長く放置しないこと、そして円形の脱出孔や上部の枯れ込みといった異常を見つけたら植物防疫所や森林総合研究所・林業試験場へ通報することが有効です。発見が早いほど封じ込めやすくなります。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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