【クスノキ/楠】Cinnamomum camphora|樟脳と御神木、樹齢千年級の戦略樹種

クスノキ | Forest Eight

住吉大社、熱田神宮、来宮神社──西日本の神社を訪ねると、しめ縄を巻かれた巨木に圧倒されることがあります。幹周20mを超え、根元に人が立てるほどの空洞を抱えた御神木。その多くがクスノキ(楠、Cinnamomum camphora)です。樹齢千年から、なかには三千年級ともいわれる長寿の常緑高木で、佐賀・鹿児島・熊本・兵庫の県木にもなっています。そしてこの木はただ大きく古いだけでなく、樟脳(しょうのう)という、かつて日本を支えた戦略物資を体に蓄えている点でも特別な存在です。

気乾比重0.52(0.50〜0.55中軽量)中庸最大樹齢3,000年(武雄の大楠)国内最古級樟脳含有率2〜5%(乾燥重量比)材・葉・根最大樹高30m(幹周20m級)巨木性
図1:クスノキ/楠の主要スペック(含水率15%基準・代表値)
目次

葉を一枚、揉んでみる

クスノキかどうかを確かめる一番簡単な方法は、葉をちぎって揉むこと。鼻に近づけると、ツンとした清涼感のある樟脳香が立ちのぼります。これがいわゆる「樟脳のにおい」で、虫除けのタンスや昔の防虫剤を思い出す方も多いはずです。

形でも見分けられます。クスノキの葉は卵形で長さ6〜10cm、表面に光沢があり、主脈と根元から伸びる2本の側脈がはっきりした「三行脈(さんこうみゃく)」を描きます。さらに葉柄の付け根あたりに小さな腺点(ダニ室)が2つあるのも、クスノキ属の目印です。よく似たヤブニッケイは葉が小さく樟脳香が弱く、タブノキには三行脈がないので、この組み合わせで区別できます。5〜6月には淡黄白色の小花が咲き、秋には直径8〜9mmの黒紫色の実が熟して、ヒヨドリやメジロが種を運びます。

樟脳が日本を支えた時代

クスノキの幹・葉・根には、樟脳(カンファー、C₁₀H₁₆O)というテルペン系の成分が乾燥重量で2〜5%含まれています。木を砕いて水蒸気蒸留し、冷やして結晶化させると、清涼な香りの白い結晶が得られます。この樟脳が、近代日本の経済を一時期支えました。

もともと薬用・芳香料として古くから使われ、江戸期には薩摩藩の専売品として藩財政を潤しました。流れが変わったのは19世紀後半。ニトロセルロースと樟脳を混ぜたセルロイドが発明され、映画フィルム、ピンポン球、櫛、眼鏡フレームへと用途が爆発的に広がったのです。明治期の日本は台湾と九州を拠点に世界最大の樟脳供給国となり、生糸・茶と並ぶ三大輸出品の一角を担いました。

戦後はα-ピネンから工業合成する合成樟脳が主流となり、天然樟脳の産業は縮小しました。それでも現代まで、高級な防虫剤、強心剤や鎮痛剤などの医薬品、アロマセラピーの原料として細々と生き続けています。愛媛県内子町などでは、いまも伝統的な天然樟脳づくりが受け継がれています。なお樟脳には皮膚刺激性や神経毒性があり、乳幼児やペット、妊婦の誤飲・大量接触は危険なので、天然結晶を自分で扱うときは注意が必要です。

千年を生きる御神木たち

クスノキが神社に多いのには理由があります。千年単位の長寿命、幹周20mに達する圧倒的な存在感、神聖さを感じさせる樟脳香、台風や落雷・病虫害への強さ──「神が宿る木」と仰がれる条件がそろっているのです。国指定の天然記念物だけで20件以上、都道府県指定を含めれば100件を超えます。

  • 蒲生のクス(鹿児島県姶良市)──幹周24.22mは日本一。樹齢約1,500年、国の特別天然記念物で、八幡神社の御神木です。
  • 武雄の大楠(佐賀県武雄市)──樹齢約3,000年級、幹周20m。根元の12畳ほどの空洞に天神が祀られ、日本三大樟の一つに数えられます。
  • 来宮神社の大楠(静岡県熱海市)──樹齢約2,100年。一周すると寿命が一年延びるという伝承で参拝客が絶えません。

「楠木正成」の名や数々の「楠」の家紋が示すように、武家社会でも縁起のよい木とされました。神功皇后がクスノキで船を造ったという『古事記』『日本書紀』の伝承は、この木が古代の造船材でもあったことを物語っています。

仏像にも、船にも、タンスにも

クスノキ材は気乾比重0.52ほどの中軽量で、木目が美しく加工しやすい木です。最大の長所は、やはり樟脳による防虫・防腐性。これが仏像彫刻の名材として珍重された理由でした。法隆寺の百済観音像、広隆寺の弥勒菩薩半跏像など、飛鳥〜平安期の木彫仏の多くがクスノキ製で、千年を超えてなお虫害がほとんどないのはこの成分のおかげです。

同じ理由で、古墳時代には「楠舟」として船底材に使われ、衣装箪笥や本箱の材としても天然の防虫効果が喜ばれてきました。現代では流通量こそ限られますが、御神木の倒木材などが高級家具や仏具に生かされています。

いまは都市の主役にも

温暖化に伴って分布が北上し、クスノキはいま都市の街路樹としても存在感を増しています。東京の明治神宮外苑や靖国通り、大阪・名古屋・福岡など各地の幹線道路で見かけるのは、CO₂吸収や大気浄化に加え、夏に樹冠の下を2〜4℃下げるヒートアイランド緩和効果が評価されているからです。樟脳香が蚊やハエを遠ざける効果も、屋外公共空間の質を高める利点として再評価されています。

一方で、30m級に育つ樹高、表層根による舗装の隆起、春の旧葉一斉落下など、街路樹ならではの課題もあります。十分な根域(最低3m³以上)の確保と、強剪定を避けた樹勢診断ベースの管理が、長く健やかに育てる鍵です。御神木の保全や社叢林の整備は森林環境譲与税の活用対象でもあり、制度の詳細は【森林環境譲与税とは】629億円規模・市町村実施率82%の最新動向を参照ください。

よくある質問

クスノキとシナモンは同じ木ですか?

同じクスノキ属ですが種が違います。シナモン(セイロンシナモン、C. verum)は樹皮を香辛料に使い、クスノキ(C. camphora)は樟脳を蓄えるのが特徴です。中華料理や漢方の桂皮はシナニッケイ(C. cassia)、日本在来の近縁種がヤブニッケイ。化学成分の違いが用途を分けています。

庭木にできますか?

関東以南なら可能ですが、樹高20〜30mの大型樹なので広い敷地や公園、記念樹向きです。樟脳香の虫除け効果は魅力ですが、表層根による舗装の隆起や落葉の多さを見込んだ植栽場所選びが必要です。

海外で外来種問題があるって本当ですか?

はい。北米のハワイ・カリフォルニア・フロリダや、オーストラリアでは侵略的外来種として駆除対象になっています。他樹種を抑えるアレロパシー作用と旺盛な繁殖力で在来植生を圧迫するためです。日本では在来種なので問題ありません。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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