クリスマスツリーといえば、欧米ではモミの木。日本のモミ(Abies firma)はその仲間で、本州から九州まで広く分布する針葉樹です。スギやヒノキのように香りで知られるわけではなく、むしろ「無臭であること」「真っ白であること」を最大の武器に、蒲鉾の板や卒塔婆といった他の木では代えのきかないニッチな場所で活躍してきました。地味だけれど、なくては困る——そんな縁の下の力持ちのような木です。
暗い森でじっと待つ「極相の木」
モミはマツ科モミ属の常緑針葉樹。日本のモミ属にはほかにウラジロモミ、シラビソ、トドマツなどがありますが、モミは最も暖かい土地(標高0〜1,000m)に育つ種です。深く肥沃で湿った谷筋や斜面の下を好み、樹高は30〜40m、大きいものは50mにもなります。
面白いのはその生き方です。モミは耐陰性がとても高く、林の中の暗がり(相対照度5%以下)でも稚樹がじっと生き延びます。そして頭上の大木が倒れて光が差し込んだ瞬間、一気に上へ伸びる——森の遷移の最後に主役になる「極相種」なのです。この性質があるため、苗を植えなくても親木の下に自然と次の世代が育つ「天然更新」が可能で、低コストな森づくりと相性が良い樹種です。ただし根が深く張るぶん、苗木の移植は難しく、人工植栽はスギ・ヒノキより手こずります。
見分け方——葉先の「矢はず」
モミを見分ける最大のポイントは葉先です。若い枝の葉は先端が鋭くV字に二裂し、まるで矢のはずのよう。触るとチクッとします(老木では丸くなります)。葉の裏には2本の白い気孔帯がくっきり。球果(まつぼっくり)は長さ9〜13cmと大きめで、枝の上に直立し、熟すとバラバラに崩れて軸だけが残ります。端正な円錐形の樹形も特徴で、深く湿った谷筋に多く、乾いた尾根にはあまり出てきません。
スギより硬く、まっ白で無臭
モミ材は「軽軟」の部類ながら、気乾比重も曲げ性能もスギをやや上回ります。心材と辺材の色の差がほとんどなく、全体が淡い白色〜黄白色で、清潔感のある美しさが身上です。下のチャートでスギ・ヒノキとの位置づけがわかります。
そしてモミ最大の個性が「無臭」であること。多くの針葉樹に含まれる香り成分(テルペン類)が極端に少なく、VOC(揮発性有機化合物)の放散量はスギ・ヒノキの5分の1〜10分の1ほど。だから食べ物に香りが移らず、近年は化学物質過敏症に配慮した医療・福祉施設の内装材としても見直されています。ただし弱点もあり、耐朽性が低いので屋外や水回りに使うなら防腐処理が前提。乾燥時に内部割れしやすく、白さを保つには伐採後すぐの製材と丁寧な乾燥が欠かせません。
蒲鉾板に卒塔婆——独占できるニッチ市場
モミの稼ぎ方は、スギやカラマツのような量産型とはまるで違います。鍵は「特級材の歩留まり」。無節でまっすぐな大径材は1m³あたり25〜40万円にもなり、これは高級スギ材を上回りヒノキに匹敵します。
具体的な用途を見ると、モミの強みがよくわかります。蒲鉾の板や素麺・和菓子の箱は、香りが移らない無臭材でないと務まらず、スギやヒノキでは物理的に代替できません。卒塔婆や棺、神事の祭具、漆器の木地も、白さと無臭、加工のしやすさが活きる伝統的な用途。とくに卒塔婆は規格寸法が決まっているので、ミリ単位で玉切りできるICTハーベスタとの相性が抜群です。流通量は多くないものの、需要が安定し価格が下がりにくいのが、ニッチ市場ならではの強みです。
100年かけて育てる、これからの森
モミの伐期は80〜100年とスギの約2倍。長く育てるぶん割引現在価値は目減りしますが、苗を植えずに天然更新できるのでコストを抑えられます。問題は更新が5〜7年に一度の豊作年(マスティング)に左右されること。最近はドローンで開花・結実を観察し、豊作の年に合わせて地面を掻き起こす——という「先回り」の技術研究が進んでいます。航空レーザ(LiDAR)と機械学習を組み合わせれば、混交林に点在するモミを90%以上の精度で識別でき、1本ずつの成長を予測しながら収穫の最適なタイミングを見極められます。
政策の追い風もあります。令和3年の森林・林業基本計画は、スギ・ヒノキ偏重から多樹種混交林への転換を掲げ、天然更新できる極相種としてモミを再評価。令和6年度に629億円規模となった森林環境譲与税は、天然林の保全にも使え、モミの天然更新補助に充てる自治体も出てきました。長寿命で大径化するモミはCO₂を長く蓄えるため、J-クレジット(森のCO₂吸収の売買)と組み合わせれば、木材収入と環境収入の両輪で100年計画を成り立たせられます。地味ながら奥の深い木、それがモミなのです。
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参考文献・出典
- 林野庁「森林・林業基本計画」
- 林野庁「森林環境税及び森林環境譲与税」
- 森林研究・整備機構「日本産木材の物理的・機械的性質に関する研究」
- J-クレジット制度事務局「森林管理プロジェクト方法論」

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