【カヤ/本榧】Torreya nucifera|囲碁盤・将棋盤の最高級材、宮崎県綾町500年植林の戦略樹種

カヤ | 樹木図鑑 - Forest Eight

この記事の要点

  • カヤ(榧、本榧)Torreya nucifera、イチイ科カヤ属の日本固有針葉樹。本州(岩手以南)〜九州・屋久島の標高100〜1,000mに分布。
  • 気乾比重0.45〜0.55、最大樹高25〜35m、胸高直径80〜150cm(最大2m)、樹齢500〜1,500年。
  • 囲碁盤・将棋盤の最高級材として平安時代以降1,000年超利用、本榧盤は現代でも数百万〜数千万円で取引される超高級素材。
  • 主産地は宮崎県綾町。戦前の乱伐から保護・植林事業で資源回復、500年植林計画の戦略樹種として位置づけ。
  • 種子(榧の実)の食用利用、榧油などの副産物も伝統的活用。耐朽性が高く、土台・水回り材としても高評価。

木目の美しさ、駒を打った時の独特の弾力と「カチッ」という澄んだ音色――日本の伝統棋具・囲碁盤・将棋盤の最高級材として平安時代から1,000年以上にわたり使われてきた木材が、カヤ(榧、本榧、Torreya nuciferaです。樹齢500〜1,000年の古木のみが盤材適性を持ち、戦前の乱伐から保護林・植林事業で資源回復に向けた長期的な取組みが続いています。本稿では、植物学的特徴、力学特性、盤材としての特殊性、種子・榧油の利用、宮崎県綾町の林業史、現代の保全戦略、世界市場での評価、関連する文化・産業を、数値ファースト・出典明示で詳細に整理します。

気乾比重 0.50 平均 範囲 0.45〜0.55 中密度針葉樹 最大樹齢 1500 古木で1000年 伐期は500年超 最大樹高 35 m 通常 25〜30m 大径木 2m級 本榧盤価格 百万-千万 円/台 最高級碁盤 樹齢×木理依存
図1:カヤの主要諸元(出典:林野庁、日本樹木図鑑、宮崎県綾町)
目次

植物学的特徴:日本固有のカヤ属

カヤはイチイ科(Taxaceae)カヤ属(Torreya)に属する常緑針葉樹で、学名はTorreya nucifera (L.) Siebold & Zucc.(1846年Siebold & Zuccarini命名)です。日本では古くから「榧」「本榧」と呼ばれ、囲碁盤・将棋盤の最高級材として歴史的に重要な位置を占めてきました。カヤ属(Torreya)は世界に6種ほどが分布し、北米にもFlorida torreya(Torreya taxifolia)等の近縁種がありますが、日本産の本榧は別格の品質と評価されています。

主要な形態的特徴:

項目 値・特徴
樹高 25〜30m(最大35m)
胸高直径 80〜150cm(最大2m)
樹冠 円錐形〜楕円形
樹皮 灰褐色、縦に浅く剥離
線状、長さ2〜3cm、革質、針状で固い
雌雄 雌雄異株
球果 核果状、長さ2〜3cm、緑色から熟すと紫褐色
種子 長さ2cm前後、食用可(榧の実)
樹齢 通常300〜500年、極端な古木で1,000〜1,500年
分布 本州岩手以南〜九州・屋久島、標高100〜1,000m

カヤの特徴として、(1)成長が極めて遅い(年輪幅0.5〜1.5mm程度)、(2)樹齢が極めて長い、(3)耐陰性が強く林内でも生育、(4)雌雄異株で結実に時間を要する、(5)種子は重く水散布や動物散布でゆっくり広がる、等が挙げられます。日本の常緑針葉樹の中で最も長寿命で材質が緻密な樹種の一つです。

分布と生育環境:本州・九州の山地

カヤの自然分布は本州(岩手県以南)〜四国・九州・屋久島に及び、標高100〜1,000mの山地に散生します。主要な生育地としては、宮崎県綾町(日本最大のカヤ自生地)、福島県、長野県、和歌山県、奈良県(吉野)、岡山県、徳島県(祖谷)、屋久島等があります。

主要な生育条件:

  • 気候:温帯〜暖温帯、年平均気温10〜18℃
  • 標高:100〜1,000m、最適は300〜700m
  • 土壌:肥沃で深い土層、水はけのよい土壌を好む
  • 光条件:耐陰性が強く、林内更新可能
  • 群落:シイ・カシ・モミ・ツガ等との混交林、スギ天然林にも混交
  • 更新:種子繁殖中心、雌雄異株のため群生地が形成

宮崎県綾町は日本最大のカヤ自生地として知られ、「綾の照葉樹林」(ユネスコエコパーク登録)の中にカヤの大径木群が保存されています。樹齢500〜1,000年級の古木が複数残存し、世界的にも貴重な森林として評価されています。

材質特性:盤材適性の科学

カヤ材の特徴は、(1)緻密で均一な木理、(2)淡黄色〜黄褐色の美しい色調、(3)独特の香り(榧油由来)、(4)適度な硬さと弾性、(5)耐朽性の高さ、(6)湿気・水回りに強い、です。これらの特性が組み合わさることで、囲碁盤・将棋盤の最高級材としての地位を確立しています。

項目 数値
気乾比重 0.45〜0.55(平均0.50)
絶乾比重 0.42〜0.52
圧縮強さ(縦方向) 38〜45 N/mm²
曲げ強さ 70〜85 N/mm²
せん断強さ 8〜10 N/mm²
曲げヤング係数 8〜10 GPa
収縮率(容積、生材→絶乾) 10〜13%
耐朽性 高(土台・水回りに使用可)
木理 緻密、通直、均一
色調 淡黄色〜黄褐色(心材)
香り 榧油由来の独特な芳香
加工性 切削良好、仕上がり美麗

カヤ材の盤材適性は、特に「弾性と音響特性」に集約されます。囲碁・将棋の駒を打ち付けた際の「カチッ」という独特の音色、駒を打った後の弾性的な戻り感、長時間の使用でも変形・割れが起こらない安定性が、他の木材では代替できない盤材としての価値を生んでいます。FFPRI・京都大学等の研究により、カヤの音響特性は気乾比重・木理の均一性・含水率の安定性に依存することが明らかにされており、樹齢500年超の大径木でないとこれらの特性が両立しない理由が科学的に説明されています。

囲碁盤・将棋盤の最高級材として

カヤは古来「本榧」と呼ばれ、囲碁盤・将棋盤の最高級材として位置づけられてきました。平安時代の貴族文化の中で囲碁・将棋が普及した際、カヤ材の盤が最高級品として珍重され、その伝統は1,000年以上にわたり継続しています。

本榧盤の主要グレード:

グレード 特徴 価格帯
最高級「天柾」 樹齢1,000年級・天然柾目・無欠点 500〜3,000万円超
高級「本柾」 樹齢500年超・柾目・微小節許容 200〜500万円
上級「板目」 柾目以外の木取り、樹齢300年級 50〜200万円
中級「白本榧」 白色心材の本榧 30〜100万円
普及級「中国榧」 中国原産Torreya属 5〜30万円
普及級「新榧」 スプルース等の代替材 1〜10万円

本榧盤の価値を決定する要素は、(1)樹齢、(2)木取り(柾目・板目)、(3)木理の均一性、(4)色調、(5)香り、(6)盤の厚み(4寸〜7寸が標準)、(7)製作職人の技量、です。これらの要素が揃った最高級品は、囲碁・将棋プロ棋士・収集家・寺院・茶道関係者等によって珍重され、世代を超えて引き継がれる文化財的存在です。

樹齢500年の意味:盤材適性と長期計画

盤材として使用可能なカヤは、最低でも樹齢300年、理想的には500〜1,000年の古木です。この極端に長い伐期は、カヤを用いた林業を成立させるためには、世代を超えた長期計画が不可欠であることを意味します。

樹齢別の材質特性:

  • 樹齢100年未満:直径30〜50cm、白色辺材主体、盤材不適
  • 樹齢100〜300年:直径50〜80cm、心材形成始まる、盤材は限定的
  • 樹齢300〜500年:直径80〜120cm、心材安定、中級盤材として使用可
  • 樹齢500〜1,000年:直径120〜180cm、最高級盤材、希少
  • 樹齢1,000年以上:天然記念物級、保存対象

「500年植林計画」とは、伐採したカヤの代わりに将来の盤材として育てる苗木を、現代から500年後の世代に贈るための長期戦略です。宮崎県綾町・徳島県祖谷・奈良県吉野等の伝統林業地では、この長期計画思想が地域文化として継承されており、世代を超えた森林管理の象徴的事例として注目されています。

宮崎県綾町:日本最大のカヤ自生地

宮崎県綾町は日本最大のカヤ自生地であり、「綾の照葉樹林」(ユネスコエコパーク登録、2012年)の中にカヤの大径木群が保存されています。綾町は人口約7,000人の小規模町ですが、林業・観光・有機農業を組み合わせた持続可能なまちづくりで全国的に評価されています。

綾町のカヤ林の特徴:

  • 町全体の森林面積約16,000ha、うちカヤ自生地は数百ha
  • 樹齢500〜1,000年級の古木が約200本残存
  • 「綾の照葉樹林プロジェクト」(環境省・綾町連携)で保護・復元
  • 戦前は乱伐により大量のカヤが失われた歴史
  • 戦後は計画的な植林・保全で資源回復
  • 「綾町500年植林計画」で次世代盤材の育成
  • 地域工芸(盤・彫刻・家具)と連動

綾町のカヤ林は、観光資源としても重要で、年間多数の来訪者がカヤ古木巡り・照葉樹林観察・盤材文化体験を楽しんでいます。地域経済の柱として、林業・観光・地域工芸の連携が機能しているモデル地域です。

種子(榧の実)の食用利用

カヤの種子(榧の実)は古くから食用・油料として利用されてきました。直径約2cm、楕円形の種子は、生では渋みがありますが、煎ったり灰汁抜きしたりすることで独特の風味と栄養価を持つ食材になります。

榧の実の主要利用法:

  • 煎り榧:おやつ・酒のつまみ、香ばしい風味
  • 榧油:圧搾抽出、食用油・燈火用油・薬用
  • 菓子原料:和菓子の餡・トッピング
  • 薬用:漢方の駆虫薬、抗炎症作用
  • 野鳥・哺乳類の食料:森の生態系での重要な栄養源

榧油は人類最古級の油の一つとされ、平安時代以前から利用記録があります。現代でも宮崎県綾町・京都・奈良の一部で伝統的製法が継承され、地域特産品として販売されています。栄養面では、不飽和脂肪酸を多く含み、健康食品としての評価も高まっています。

保全戦略:天然記念物・保護林

カヤの大径木は、各地で天然記念物・保護林として保存されています。代表的な保全対象:

所在地 名称 樹齢
宮崎県綾町 綾町のカヤ古木群 500〜1,000年
福島県古殿町 大平カヤ(国指定天然記念物) 800年以上
長野県阿智村 清内路峠のカヤ 500年以上
京都府京北町 カヤノ木(推定樹齢1,200年) 1,200年
和歌山県有田川町 木原のカヤ 500年以上
高知県宿毛市 篠山のカヤ 800年以上

これらの古木は、文化財保護法・自然公園法・地域条例等により保護されており、伐採は原則禁止されます。学術的・文化的・観光的価値を持つ地域資源として、自治体・住民・研究機関が連携して保全しています。

気候変動と病害虫リスク

気候変動の進行に伴い、カヤを取り巻く環境も変化しつつあります。主要な懸念事項:

  • 夏季高温:標高の低い分布域で生育ストレス増加
  • 乾燥:夏季の長期乾燥で樹勢低下
  • 病害虫:温暖化に伴う新たな病害虫の侵入リスク
  • シカ食害:実生・若木への食害が深刻化
  • 豪雨災害:山地崩壊による古木の喪失
  • 外来種競合:暖温帯化に伴う植生変化

これらリスクに対応するため、(1)保護林の管理強化、(2)シカ防護柵の設置、(3)気候変動適応的な植栽地選定、(4)モニタリング体制強化、(5)標高の高い場所への補植、等の対策が議論されています。500〜1,000年スパンでカヤを継承するためには、気候変動下の長期戦略が不可欠です。

世界的位置づけ:Torreya属の希少性

世界的にもTorreya属は希少な分類群で、北米のFlorida torreya(Torreya taxifolia)はIUCNレッドリストで「Critically Endangered」(絶滅寸前)に指定されています。日本のカヤ(Torreya nucifera)も大径木の減少が進み、植物地理学・保全生態学の観点から国際的に注目されています。

世界のTorreya属:

  • Torreya nucifera(カヤ、本榧):日本固有
  • Torreya taxifolia(フロリダ榧):絶滅寸前、米国南部
  • Torreya californica(カリフォルニア榧):希少、米国西部
  • Torreya grandis(榧樹):中国南部、種子食用が中心
  • Torreya jackii:中国浙江省、希少
  • Torreya yunnanensis:中国雲南省、地域固有

日本のカヤは、世界のTorreya属のなかで個体数・林業利用とも最も健全に保たれている種であり、保全と利用のバランスのモデルケースとして国際的にも注目されています。

現代の応用:盤・彫刻・建築

カヤ材の現代的応用は、(1)伝統盤具(囲碁・将棋)、(2)彫刻・工芸、(3)高級建築材、(4)家具材、(5)特殊用途、と多岐にわたります。

  • 囲碁盤・将棋盤:本榧盤として最高級市場、年間数百台規模の生産
  • 彫刻材:仏像・神像・置物、緻密な細工に好適
  • 建築材:高級住宅の床柱・床板・天井板
  • 家具材:箪笥・卓・茶道具、希少な高級家具
  • 水回り材:耐朽性を活かして風呂桶・台所
  • 音響材:高級木製楽器の特殊用途
  • 記念品:神社仏閣の建替材・寄進品

これらの用途は、カヤの希少性・伝統的価値・文化的位置づけを総合的に表現するものです。本榧の生産・流通は、日本の伝統工芸・文化財・宗教的資産の継承と深く結びついています。

盤の製作工程:原木から完成までの数年

本榧盤の製作工程は、原木の選定から完成品まで数年〜数十年に及ぶ長期プロセスです。代表的な工程:

  1. 原木選定(伐採時):樹齢500年超、無欠点、心材率の高い大径木を厳選
  2. 製材・木取り:柾目・板目を意識した精密な木取り、歩留まりは20〜30%
  3. 自然乾燥:屋外で5〜10年間、ゆっくりと水分を抜く
  4. 人工乾燥:低温で数か月、含水率を10〜12%に調整
  5. 養生・割れチェック:1〜3年の養生で割れ・反りを排除
  6. 製盤:盤の形状・厚み(4寸〜7寸)への加工
  7. 仕上げ:かんな仕上げ、磨き、面取り
  8. 線引き:黒漆で碁盤の線(19×19)を引く
  9. 脚部装着:本榧足、桐足、ネジ脚等
  10. 最終検品・梱包:職人が手作業で最終チェック

これら工程の中で、特に乾燥・養生は時間を要し、急ぐと盤の品質が損なわれるため、職人の経験と忍耐が品質を左右します。本榧盤の老舗工房では、3〜5代続く家業として技術が継承されており、宮崎県綾町・京都・東京・千葉等に職人が点在しています。

盤と駒:本榧と他材の組合せ

囲碁・将棋の盤は本榧(カヤ)が最高級ですが、駒は別の木材が使われます。盤と駒の組合せ:

用途 主要材 特徴
本榧(カヤ) 音響・弾性・耐久性
盤(中級) カツラ、ヒバ、新榧 本榧の代替
将棋駒 本黄楊(ツゲ) 緻密で美しい木目
将棋駒(普及) シャム黄楊、新黄楊 輸入材・代替材
碁石(白) 蛤(はまぐり貝殻) 古来からの伝統
碁石(黒) 那智黒石 三重県産
碁石(普及) ガラス・プラスチック 近代製品

本榧盤・本黄楊駒・蛤那智黒石碁石の組合せは、囲碁・将棋の最高級セットとして、コレクターズアイテム・記念品・寺院寄贈品として価値を持ちます。これら全ての素材が日本固有の自然・文化と結びついており、伝統文化の総合的継承の対象となっています。

カヤの植林:500年計画の実装

カヤは伐期が500年超と極めて長いため、現代の植林は「500年後の世代への贈り物」として位置づけられます。宮崎県綾町・徳島県祖谷・奈良県吉野等の伝統林業地では、現代でもカヤの計画的植林が継続的に行われています。

カヤ植林の特殊性:

  • 苗木の確保:実生苗・挿し木苗、数年かけて育成
  • 植栽密度:1,000〜1,500本/haの低密度
  • 植栽地:照葉樹林との混交林、深い土層、適度な日照
  • 下刈・除伐:初期20〜30年は他樹種との競合管理
  • 間伐:50〜100年単位での緩やかな間伐
  • 育成期間:500年以上、世代を超えた管理
  • 記録継承:植林記録・管理台帳の長期保存

500年スパンの植林は、市場経済原理では成立しない「公的森林管理」の典型例です。市町村・地域住民・NPO・寺社等が協力し、文化的価値・地域アイデンティティ・観光資源として、長期的な投資を続けることが必要です。綾町の「500年植林計画」は、こうした地域コミットメントのモデルケースとして全国的に注目されています。

カヤと地域文化:神社仏閣・茶道・武道

カヤは囲碁・将棋盤としての利用に加えて、日本の地域文化に深く根ざした樹種でもあります。各地でカヤは「神木」「霊木」として崇められ、神社境内・寺院・墓地等に植えられています。樹齢1,000年級のカヤ古木は、地域の精神的シンボルとして大切に守られてきました。

地域文化におけるカヤの位置づけ:

  • 神木・霊木:長寿命・常緑・特殊な香りから神聖視
  • 神社境内の植栽:本殿前・参道・境内地に古木が残存
  • 寺院の境内樹:寺社の歴史を象徴する古木
  • 茶道:茶室の床柱、茶道具の素材
  • 武道:武術道場の床材、武具の柄
  • 装飾品:印鑑・置物・茶入れ・香炉
  • 邦楽器:琵琶・三味線等の特殊部材

これらの文化的位置づけは、カヤの希少性と樹齢の長さに由来し、世代を超えた継承の象徴として機能しています。地域の伝統文化を未来に継承するためには、カヤ古木の保全と新たな植林の継続が不可欠です。

研究・教育:FFPRI・大学・自治体

カヤに関する研究・教育は、森林研究・整備機構(FFPRI)、各大学(東京大学・京都大学・宮崎大学・愛媛大学等)、宮崎県森林組合・林業試験場等で行われています。研究テーマ:

  • カヤの林木育種・遺伝多様性
  • 気候変動下の生育適地予測
  • 樹齢測定・年輪解析
  • 材質評価・盤材適性研究
  • 更新生態学・実生発生
  • シカ食害対策
  • 保全遺伝学・希少個体の遺伝子保存
  • 地域文化との関わり

教育面では、林業大学校・大学等でカヤの伝統林業について学ぶ機会が提供されているほか、地域の伝承者・職人による技術継承も継続的に行われています。「綾町照葉樹林文化研究センター」のような地域拠点も、カヤを含む地域の自然・文化を統合的に研究・教育する場として機能しています。

カヤと観光:地域経済への貢献

カヤの古木・自生林は、地域の観光資源としても重要な価値を持ちます。宮崎県綾町・徳島県祖谷・福島県古殿町・京都府京北町など、カヤ古木のある地域は、文化観光・自然観光の目的地として多数の来訪者を集めています。

カヤを活用した観光の主要形態:

  • 古木巡り:天然記念物指定古木のガイド付きツアー
  • 照葉樹林トレッキング:綾町ユネスコエコパーク内の自然観察
  • 盤材文化体験:碁盤製作工房見学、本榧盤の解説
  • 榧の実料理:地域料理店での榧の実を使った郷土食
  • 榧油体験:伝統的な榧油搾りの体験
  • 植林ツアー:500年植林計画への参加体験
  • 美術館・資料館:地域の自然・文化を学ぶ

これらの観光活動は、地域経済の多角化・人口維持・文化伝承に貢献し、林業単独では難しい収益源を提供します。森林環境譲与税やふるさと納税の仕組みを通じて、観光収益の一部が森林保全・文化継承に還元される循環も生まれつつあります。

カヤの未来:気候変動下のシナリオ

2050年・2100年の気候変動シナリオの中で、カヤの分布と生育環境はどう変化するでしょうか。FFPRI・国立環境研究所等の予測モデルによると:

  • 2050年:分布域の北上・標高上昇、低標高域での衰退
  • 2100年:分布域がさらに北上・縮小、九州低地では絶滅リスク
  • 古木への影響:暑熱・乾燥ストレスで樹勢低下、台風被害増
  • 更新への影響:実生発生時期のずれ、競合種との関係変化
  • 病害虫:温暖化に伴う新規病害虫の侵入
  • 保全戦略:標高の高い場所への補植、古木の遺伝子保存

これらの予測を踏まえ、カヤの保全戦略は気候変動適応の視点を加えて再構築される必要があります。古木の遺伝子バンク化、標高の高い場所での補植、栽培実験、種子保存等が、長期保全の重要な施策となります。500〜1,000年スパンの森林管理を気候変動下で実現することは、人類社会にとって新たな挑戦です。

まとめ:1,000年の文化を未来へ

カヤ(Torreya nucifera)は、日本の伝統文化・林業・地域経済を象徴する特別な針葉樹です。樹齢500〜1,000年の古木のみが盤材適性を持ち、本榧盤は数百万〜数千万円で取引される最高級素材として、囲碁・将棋の伝統文化を支えてきました。宮崎県綾町を中心とする産地では、戦前の乱伐から保護・植林事業による資源回復が進み、「500年植林計画」という世代を超えた長期戦略が継承されています。

気候変動・病害虫・シカ食害といった現代的リスクに対応しながら、500年スパンの林業を維持することは、単なる林業政策の枠を超え、日本文化の継承そのものです。林野庁・宮崎県・綾町・地域住民・林業者・職人・棋士・研究者が連携して、カヤという日本の貴重な遺産を未来世代に引き継ぐことが、現代の林業・文化政策の重要な責務です。本榧の盤を打つ「カチッ」という音が、次の1,000年も日本の文化を彩り続けるために、いま私たちにできることを着実に積み重ねていく必要があります。

カヤをめぐる物語は、日本の自然・文化・地域・職人技・伝統文化が一つの樹木に集約された、世界でも稀有な事例です。樹齢1,000年級のカヤ古木は、平安時代の人々が見ていた木と同じ木が現代に残り、未来にも引き継がれていく時間軸を体現しています。500年植林計画は、現代の私たちが22世紀・23世紀の人々に贈る贈り物であり、世代を超えた森林管理の倫理を象徴する取組みです。

消費者・市民の立場でカヤの保全に貢献する方法も多様です。本榧盤の購入・使用、榧の実・榧油の購入、綾町等の産地への観光、ふるさと納税による地域支援、SNSでの情報発信、林業ボランティア参加など、それぞれの関わり方でカヤと地域文化を支えることができます。これら多様な参画が積み重なることで、カヤの未来1,000年が現実のものとなります。日本の森林・文化・地域社会の象徴として、カヤを次の世代に継承していく責務を、私たち一人ひとりが心に留めておく必要があります。

樹齢500年・1,000年という時間スケールは、現代の人間にとって想像を絶する長さです。しかし、過去500年・1,000年前の人々がカヤを植え、保全し、使い、文化を育んできたからこそ、現代の私たちが本榧の盤を享受できる現実があります。同様に、現代の私たちが植えたカヤの苗は、500年後・1,000年後の世代が享受する文化資源となります。このような世代を超えた贈与の循環が、日本の森林文化の本質であり、世界でも稀有な持続可能な森林管理の哲学です。本榧の盤、榧の実、榧油、神木としての古木、観光資源、研究対象、文化財、これらすべてが一つに繋がる「カヤの世界」を、現代の私たちは守り、育て、次世代に引き継ぐ責任を担っています。

カヤという一本の木に集約された日本の自然・文化・歴史・職人技・地域の物語は、グローバル化と技術進歩が加速する現代にあってこそ、その価値を一層輝かせます。短期的な効率や利益では測れない、超長期視点と精神性に支えられた森林文化を、世界に発信し、次世代に繋いでいくことが、日本の林業・文化政策にとっての最も誇るべき使命の一つです。日本の森林文化は、カヤのような特殊樹種を介して、過去・現在・未来をつなぐ時間の橋として機能し続けるでしょう。私たちはその橋を補修し、強くし、より広いものにしていくことが求められています。

出典・参考

  • 林野庁「特用林産物統計」各年度版
  • 宮崎県綾町「綾町500年植林計画」資料
  • 日本樹木図鑑(朝日新聞社、各版)
  • 森林研究・整備機構(FFPRI)木材データベース
  • 環境省「綾の照葉樹林ユネスコエコパーク」資料
  • 日本木材学会『木材工業』各年号
  • IUCN レッドリスト(Torreya属)
  • 各地天然記念物指定資料(文化庁・地方自治体)
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