木は、ポンプを持っていません。それなのに、樹高100メートルのセコイアでも、てっぺんの葉まで水を吸い上げています。その秘密は、葉から水が蒸発する力で水を「引っぱり上げる」しくみ――糸のように細い水の柱を、根から梢まで途切れさせずにつないでいるのです。ところが乾燥がひどくなると、この水の柱がプツンと切れてしまうことがあります。これがキャビテーション(水柱破断)。世界各地で起きている森林の大量枯死の、いちばん奥にあるメカニズムです。
水の柱が切れる、というのはどういうことか
木の幹の中には、道管や仮道管という細い水の通り道がぎっしり通っています。晴れた日、葉が水を蒸発させると、その水を引っぱる張力(マイナスの圧力)が通り道いっぱいに広がります。土が乾いて根からの供給が追いつかなくなると、この張力がどんどん強まり、やがて壁の微細な孔から空気がスッと入り込む。すると水の柱が切れて気泡(塞栓)ができ、そこは水を通せなくなってしまいます。
怖いのは、この塞栓がドミノ倒しのように隣へ伝わっていくこと。最後は幹全体の通水が止まる「ハイドロリック・フェイラー(水力学的崩壊)」に至ります。木にも防御の工夫はあって、まず守るべき幹を生かすため、葉や末梢の細い枝から先に犠牲になるよう設計されています。夜に塞栓がいったん溶け直す「リフィリング」も一部の樹種で報告されていますが、深刻な塞栓は元に戻りません。
「P50」と「P88」――木の耐乾燥性をはかるものさし
この分野でいちばんよく使う指標がP50です。通水能力がちょうど半分(50%)失われたときの水ポテンシャル(MPa、マイナス値)を指します。少しややこしいのですが、値が低い(マイナスが大きい)ほど、強い乾燥にも耐えられる――つまり耐乾燥性が高いという意味になります。サボテンは-8 MPa以下、しっとりした熱帯雨林の木で-1〜-2 MPaと、樹種によって幅が大きいのが特徴です。
そしてもうひとつ覚えておきたいのがP88。通水の88%が失われる、いわば「致命ライン」です。ここを越えると葉枯れ→梢枯れ→全木枯死とほぼ後戻りできません。Adamsらの2017年のメタ解析でも、P88到達は枯死を決定づける指標とされました。
実際に木が経験する最低の水ポテンシャルと、このP50との差を「安全マージン(HSM)」と呼びます。Choatらが2012年に世界226樹種を解析したところ、このマージンの中央値はわずか0.4 MPa。世界の森林の多くが、ぎりぎりの綱渡り状態にあることが明らかになりました。
針葉樹と広葉樹で、しくみが違う
耐乾燥性は木の「中身の作り」で大きく変わります。針葉樹は仮道管という細めの通り道を使い、有縁壁孔(torus-margo)という弁のしくみで塞栓の広がりを抑えます。安全だけれど効率はやや低め。P50は-3〜-5 MPaあたりにまとまり、種ごとの差は小さめです。
一方の広葉樹は太い道管で一気に水を運ぶので効率が高い反面、1本詰まったときの損失も大きい。P50は-1〜-8 MPaと振れ幅がとても大きく、地中海生まれのホルムオーク(-6.5)のように、針葉樹より遥かに乾燥に強い種もあります。下の図で国内外の代表的な木を並べてみました。
国内の木で見ると、スギ-3.5、ヒノキ-4.5、アカマツ-3.0、ブナ-3.0、コナラ-3.7あたり。ヒノキがスギより乾燥に粘り強いのは、こうした数値にも表れています。安全マージンが0.5 MPaを切る樹種は気候変動下で深刻なリスクを抱えており、多くの北方林・温帯林の針葉樹がそこに当てはまります。
すでに世界中で起きている、大量枯死
これは未来の話ではありません。2012〜2015年のカリフォルニア大干ばつでは、USFS(米森林局)の航空調査でマツ・モミ類1.29億本が枯死。気温上昇と降水半減で水ポテンシャルがP88を越え、弱った木に樹皮甲虫が二次的にとどめを刺しました。
欧州でも2018〜2022年の連続干ばつで、ドイツ・チェコ・オーストリアのヨーロッパトウヒ林が広域崩壊。ドイツだけで50万ヘクタール以上が被害を受け、キクイムシの大発生と連動しました。研究者は「中央欧州の森の転換点」と警告しています。オーストラリアのブラックサマー(2019-2020)、アマゾンの2005年干ばつによる炭素吸収源の逆転など、事例は枚挙にいとまがありません。
そして日本。2023年の夏は平均気温が平年比+1.76℃と観測史上最高を記録し、関東・東海でスギ・ヒノキ・アカマツの枝枯れや梢枯れが目立つようになりました。林野庁とFFPRI(森林総研)は2024年からモニタリングを強化しています。北海道のトドマツにも、一部で衰退の兆しが見え始めています。
森を守る側に、何ができるか
キャビテーションの知見は、林業の長い時間軸の戦略にそのまま効いてきます。まず樹種選定。気候予測と各樹種のP50を重ね合わせ、50〜100年後の適地マップを描いて、乾きやすい低地や南向き斜面では耐乾燥性の高い樹種への置き換えを検討します。
次に混交林化。スギばかりの同一齢級の純林は、同じP50を共有しているため一斉に枯れる危険が大きい。針葉樹と広葉樹を混ぜ、齢級も散らしておけばリスクを分散できます。これは林野庁の「多様な森林づくり」とも方向が一致します。強度間伐で1本あたりの水資源を増やしてやる、耐乾燥性の高い精英樹を選抜する、樹液流センサで水ストレスを早期に察知する――打てる手はいくつもあります。
都市の街路樹はさらに過酷です。ヒートアイランドと舗装で土が乾き、木にとっては砂漠のような環境。クスノキ、シマトネリコ、アキニレといった乾燥に強い樹種を選び、自動灌水や保水マルチで土の水分を保つ工夫が欠かせません。
衛星とAIで、広く・早く見張る
近年は宇宙からの監視も実用段階に入りました。Sentinel-2(解像度10m・5日サイクル)でNDWIや赤エッジを取り、樹冠の水分状態を推定。EnMAPなどのハイパースペクトル衛星は、水の吸収帯(970・1200・1450nm)を直接観測して葉の水分量を割り出します。これらに気象・樹種データを足してランダムフォレストやCNNにかけると、枯死リスクをかなりの精度で予測できます。Brodrickらは2019年、カリフォルニアの枯死を80%以上の精度で言い当てました。国内でもFFPRIとJAXAが「ALOS-2+AI」でスギの衰退監視を進めています。
森林炭素クレジットにも影を落とす
意外なところでは、森林を使ったカーボンクレジット(J-クレジット、VCSなど)にも関わってきます。クレジットには「炭素を長く貯め続ける」永続性が求められますが、木が枯れたり燃えたりすれば貯めた炭素は再び大気へ。だからこそ、樹種のP50や地域の気候予測を織り込んだリスク評価、発行クレジットの一部を取り置くバッファプール、さらには森林炭素保険までが、大手バイヤーの標準要件になりつつあります。気候に適応した樹種ポートフォリオを組めるかどうかが、これからのプロジェクト設計の鍵になりそうです。
よくある質問
P50が低い(よりマイナス)と、なぜ耐乾燥性が高いの?
P50は通水能力が半分失われたときの水ポテンシャル(マイナス値)です。値がよりマイナス(絶対値が大きい)ほど、強い乾燥下でも通水を保てるという意味になるので、耐乾燥性が高いと判断します。サボテンは-8 MPa以下、湿潤な雨林の木は-1〜-2 MPaです。
キャビテーションが起きた木は回復できる?
軽度なら部分的に回復します。夜間の正圧化や新しい年輪の形成、リフィリングで補えるからです。ただしP88を越えるような深刻な塞栓はほぼ不可逆で、そのまま枯死につながります。
スギの純林はやはりリスクが高い?
はい。同じ樹種・同じ齢級は同じP50を共有しているため、気候の極端な年に一斉枯死する危険が大きくなります。混交林化や複層林化は、このリスクを分散する有効な手段です。
- Choat B. et al. “Global convergence in the vulnerability of forests to drought” Nature 491, 752–755 (2012)
- Adams H.D. et al. “A multi-species synthesis of physiological mechanisms in drought-induced tree mortality” Nature Ecology & Evolution 1, 1285–1291 (2017)
- Cailleret M. et al. “A synthesis of radial growth patterns preceding tree mortality” Global Change Biology 23 (2017)
- USFS “California’s Forest Mortality” (2017)/IPCC AR6 WG II Chapter 2 (2022)
- 森林総合研究所(FFPRI)樹木水分生理研究部門/気象庁 2023年夏期気候統計

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