十和田湖、鳴子峡、層雲峡──東北や北海道の紅葉名所で、足元に大きな団扇のような葉が落ちていたら、それはたいていハウチワカエデ(Acer japonicum)です。「羽団扇楓」の名は、葉が天狗の持つ羽団扇のように大きく丸いことから。満月を思わせる丸い葉ということで「明月楓(メイゲツカエデ)」という風雅な別名もあります。北海道から本州中部以北の冷温帯林を代表する紅葉樹で、北日本の山岳紅葉の主役を張る存在です。
カエデで最多の「9〜11裂」
この木の最大の特徴は葉です。掌状に9〜11裂と切れ込み、これはカエデ属のなかで最多。幅10〜15cmと大ぶりで、丸みを帯びた団扇のような輪郭になります。イロハモミジ(5〜7裂、幅4〜7cm)と並べると、その大きさと裂数の多さは一目瞭然です。1枚ずつの存在感が大きいので、見上げる林冠でも、足元に散った落葉でも絵になります。これが観光資源として愛される理由でもあります。
花は5〜6月、暗い紅色〜紫紅色の小花を房状につけます。秋の翼果は長さ2〜3cm、翼が水平〜やや鈍角に開くのが特徴で、後述する近縁種の見分けにも使えます。
なぜ北日本の紅葉は鮮やかなのか
ハウチワカエデが北日本の紅葉の主役になれるのは、気候との相性です。鮮やかな発色には、9〜10月の急な気温低下、夜間最低気温5℃以下の冷え込み、そして適度な日照という条件が揃う必要があります。葉緑素が分解されて黄色のカロテノイドが表に出てくる一方、低温と日照に刺激されて赤いアントシアニンが新たに合成される。この緑→黄→橙→赤の移り変わりが、寒暖差の大きい北日本ではメリハリよく進みます。
面白いのは、同じ木の同じ枝でも紅・橙・黄が混じったグラデーションになりやすいこと。葉ごとに日当たりや養分の引き上げのタイミングが違うためで、一色に染まる園芸モミジとは別種の景観美があります。
| 主要紅葉名所 | 所在地 | ピーク時期 |
|---|---|---|
| 十和田湖・奥入瀬渓流 | 青森・秋田 | 10月中旬〜下旬 |
| 鳴子峡 | 宮城 | 10月下旬〜11月上旬 |
| 層雲峡 | 北海道(上川) | 9月下旬〜10月上旬 |
| 大雪山系(旭岳) | 北海道 | 9月中〜下旬(日本一早い紅葉) |
| 磐梯朝日(五色沼) | 福島 | 10月中〜下旬 |
そっくりさんの見分け方
現地で迷いやすい相手は2つ。ひとつは近縁のオオイタヤメイゲツ(A. shirasawanum)で、葉裏の毛で見分けます。ハウチワカエデは細毛があり、オオイタヤメイゲツは無毛。分布もハウチワが中部以北、オオイタヤメイゲツが中部以南とほぼ棲み分けています。もうひとつはイタヤカエデで、葉のサイズは似ていますが、ハウチワは基部近くまで深く切れ込み、イタヤは浅い切れ込みどまり。この深裂か浅裂かで簡単に区別できます。
庭木として植えるなら
耐寒性が非常に高く、北海道全域で植えられるカエデは貴重です。北海道・東北・北陸・関東山地など寒冷地〜冷涼地で本領を発揮します。北〜東側の半日陰、腐葉土を多く含む湿潤で水はけのよい土壌、風当たりの弱い場所がベスト。植え付けは11〜3月の落葉期に行い、夏の植栽は避けます。植えてから3年ほどは夏の水やりを欠かさないと活着が安定します。
逆に注意したいのが温暖な西日本の平地。夏の高温で弱ったり、ウドンコ病やカミキリ被害が出やすくなったりします。「寒い土地ほど元気な木」と覚えておくとよいでしょう。苗木はポット苗で3,000〜8,000円、シンボルツリー級で3〜10万円が目安です。
園芸品種も少数ながら優れたものがあり、深く切れ込む ‘Aconitifolium’ は欧米で「Fullmoon Maple」として人気が高く、英国王立園芸協会の賞も受けています。
木材としては脇役、でも
材は気乾比重0.55〜0.70の中重量材で、淡い色合いの緻密で均質な木目を持ちます。加工性はよく刃物の通りもよいのですが、幹が細く短いため構造材としての流通はほぼありません。歴史的には箱根寄木細工の白色系素材や茶道具、薪炭として小ロットで使われてきました。近年は、奥入瀬の倒木を箸や椀に、十和田湖畔の風倒木を一枚板テーブルにと、紅葉観光地の伐採木を地元作家が「ストーリーのある材」として工芸品化する動きが東北・北海道で広がっています。
よくある質問
イロハモミジとはどう違いますか?
同属の別種です。決め手は葉の裂数とサイズ。ハウチワカエデは9〜11裂で幅10〜15cmと大型、イロハモミジは5〜7裂で幅4〜7cmと小型です。分布もハウチワが北日本中心、イロハモミジが関東以西中心と役割分担しています。北日本の紅葉はハウチワが主役、西日本はイロハモミジが主役、と覚えると景観の理解が深まります。
紅葉狩りの最適時期は?
北海道大雪山系で9月下旬〜10月上旬、東北山地で10月上〜中旬、本州中部山岳で10月中〜下旬がピークです。標高が100m上がるごとに3日ほど早まります。近年は温暖化でピークが7〜10日遅れる傾向があり、10月下旬〜11月上旬の計画でも間に合うことが増えています。

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