「日本の林業は道が足りない」とよく言われます。実際、林野庁が森林・林業基本計画で掲げる路網密度の目標は人工林100m/ha以上ですが、現状は約32m/haで目標の3分の1。一方ドイツは約120m/ha、オーストリアは約89m/haと、中欧の林業先進国は日本を大きく引き離しています。ではこの差はどこから来るのか、そして急峻な日本の山で100m/haは本当に実現できるのか――地形条件と国際比較から読み解いていきます。
路網密度とは何か、どこまで数える話なのか
路網密度は1ha当たりの林内道路延長で、林業の生産性や森林管理の到達度を測るものさしです。日本では林道・林業専用道・森林作業道の3階層を合計して算出します。林野庁の路網現況調査(2022年)では、全国の森林2,505万haに対し路網総延長が約58万km、これで全森林平均約23m/ha、人工林ベースで約32m/haという値になります。
ただし国際比較には注意が要ります。FAOなどは恒久路網(林道・林業専用道)だけを数えることがあり、その基準だと日本は約16m/haまで下がる。欧州側も簡易な作業道(skid trails)を含めるかどうかで±10m/haの幅が出ます。だから単純な数字の大小だけで一喜一憂するのは禁物、というのが大前提です。主要国を並べると次のようになります。
欧州の高密度はどう生まれたか、スイスはなぜ低いのか
ドイツの120m/haは、19世紀後半から100年以上かけて積み上げてきた結果です。地形が日本より緩やか(傾斜35度超は約10%)で、私有林の境界が江戸期にあたる時代から確定していたこと、そして20〜30年ごとに密度を倍々で増やしてきた連続的な整備プロセスが背景にあります。戦後70年で一気に整備した日本とは、時間のかけ方が根本的に違うわけです。オーストリアはアルプスを抱えながら89m/haを実現していますが、これは林業協同組合が所有者の境界を越えて一体整備できる仕組みが効いています。
対照的なのがスイスの約40m/ha。森林の6割がアルプス山地(傾斜35度超)にあり、作業道をこれ以上増やすのは物理的にも環境的にも無理がある。そこでスイスが選んだのが「路網は増やさず、架線(タワーヤーダー)で集材する」という割り切りです。架線1本で500〜1,000mのスパンをカバーできるので、作業道の間隔が広くても搬出は成り立つ。路網を倍増させる費用を架線投資に振り替える、という経済合理性のある選択です。日本の急傾斜林にも、この発想はそのまま応用できます。
急峻な日本では「ゾーニング」で考える
日本の森林は傾斜35度超が約25%、25〜35度が約35%、25度未満が約40%。急傾斜林の比率が欧州の倍以上です。この地形で全山一律に100m/haを敷くのは現実的ではありません。そこで緩傾斜・中傾斜(合わせて75%)を130m/ha前後まで濃く整備し、急傾斜の25%は架線併用で40〜60m/haに抑える――傾斜に応じて目標を変える「ゾーニング戦略」が落としどころになります。
| 傾斜区分 | 面積比 | 推奨密度 | 主要施業方式 |
|---|---|---|---|
| 緩傾斜(25度未満) | 約40% | 120〜150m/ha | フォワーダ車両搬出 |
| 中傾斜(25〜35度) | 約35% | 80〜120m/ha | フォワーダ+架線 |
| 急傾斜(35〜45度) | 約20% | 40〜80m/ha | タワーヤーダー主体 |
| 超急傾斜(45度超) | 約5% | 20〜40m/ha | 長距離架線・伐採制限 |
これを面積比で加重平均すると、130×0.40+100×0.35+60×0.20+40×0.05でちょうど約100m/ha。地形を踏まえた現実的な目標値として、ぴたりと整合します。
なぜ密度がそれほど効くのか――集材距離の幾何学
路網密度がここまで重視されるのは、集材距離に直結するからです。路網を正方格子と見なすと、密度100m/haなら最大集材距離は約25m(間隔100m÷4)。これが現状の32m/haでは約78m、23m/haでは約108mに伸びます。たかが距離と思うかもしれませんが、フォワーダの往復時間や架線の架設工程に、この差はそのまま跳ね返ります。
もっとも、これは理想的な格子の話。実際の山では等高線に沿って迂回するので、実効距離は理論値の1.5〜2.0倍になります。それでも現状の80〜100mよりは大幅に短く、作業効率は1.5〜2.0倍に改善する計算です。林野庁の試算では、人工林で100m/haを実現すれば素材生産費は現状の約12,000円/m³から8,000円/m³前後へ3〜4割下がり、年間素材生産量も3,500万m³から4,500万m³へ約3割増えるシナリオが描かれています。オペレータ1人あたりの生産性が日本の15〜20m³/日に対し、独・墺が70〜100m³/日と4〜5倍ある背景にも、この路網密度の差が効いています。
目標までの距離と、ペースを上げる3つのレバー
現状の整備ペースは年3,600〜3,760km。このペースのままだと、人工林で100m/haを達成するのに必要な約670万kmの新設に、単純計算で1,800年以上かかってしまいます。既設路網の活用などで実際はもっと短縮されますが、それでも現状の倍にあたる年6,000〜8,000kmへの加速が要る計算です。
ペースを上げる打ち手は3つ。第1に補助予算の倍増(280億→560億円)、第2にLiDAR測量とICT施工の導入による単価削減(15〜25%減で3,500円/m→2,800円/m台)、第3に森林経営計画の認定面積の拡大(44%→70%)です。現実的なロードマップとしては「2030年までに人工林平均50m/ha、2050年までに100m/ha」という段階目標が描かれています。一足飛びにはいきませんが、地形に合わせたゾーニングと架線の併用を前提にすれば、決して手の届かない数字ではありません。
よくある疑問
急傾斜地でも100m/haを目指すべき?
必ずしもそうではありません。傾斜35度を超えると作業道開設は物理的に難しく、コストも倍増、災害リスクも上がります。こうした区域は40〜60m/haに抑え、架線(タワーヤーダー)併用で集材するほうが合理的です。スイスの割り切りがまさにその好例です。
ドイツの120m/haは過剰では?
過剰とはされていません。ドイツの林業は単木に近い精密な施業を志向しており、密な路網がその選別・搬出を支えています。ただし裸地化や土砂流出への懸念から、140m/ha以上には増やさない方針です。やみくもに濃くすればいいわけでもない、ということです。
作業道の耐用年数が短いのは問題では?
一長一短です。耐用10〜15年は林業のサイクル(30〜50年)に対して短く、再整備費が累積する弱点があります。一方で簡易構造ゆえ単価が200〜700万円/kmと安く、初期投資のハードルが低い利点も。主要路線は耐用30年の専用道、枝線は作業道、という階層的な使い分けが現実的です。

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