【タムシバ/ニオイコブシ】Magnolia salicifolia|コブシ似でレモン様芳香の山地樹種

タムシバ | 樹木図鑑 - Forest Eight

この記事の結論(先出し)

気乾比重0.50(0.45〜0.55 軽軟)中庸樹高6-12m小高木山地分布葉長6-12cm幅2-4cm 細長柳葉状開花期3-4月葉に先立ち白花6弁
図1:タムシバの主要スペック(含水率15%基準・代表値)
  • タムシバ(Magnolia salicifolia)はモクレン科モクレン属の落葉小高木で、コブシに酷似しつつ枝・葉にレモン様の強い芳香を持つ「ニオイコブシ」の異名で知られる山地樹種です。
  • 蕾はコブシと同様に漢方薬「辛夷(しんい)」の原料として日本薬局方収載の正規生薬として利用され、生薬市場ではコブシと混合・代用される事例があります。
  • 気乾比重0.45〜0.55の軽軟材で、用材としては限定的ですが、標高500〜1,500mの山地〜亜高山帯下部の春景観を彩る指標樹種として、自然観察・登山文化に深く根付いています。
  • 「カムシバ(噛む柴)」の異名は葉を噛むと甘味があることに由来し、子供の野遊びの記憶として山村に伝承される民俗植物でもあります。

春の山地、ブナ林・ミズナラ林の縁──コブシそっくりの白花が咲き、葉や枝を折ると鮮烈なレモン様の芳香が漂う落葉小高木がタムシバ(学名:Magnolia salicifolia (Siebold & Zucc.) Maxim.)です。「ニオイコブシ」「カムシバ」「サトウシバ」など多彩な地方名を持ち、コブシとの形態的類似と独特の芳香を併せ持つ特徴で知られます。標高500〜1,500mの山地〜亜高山帯下部の指標樹種として、登山者・自然観察愛好家に親しまれ、漢方薬「辛夷」の原料としてコブシと共有される薬用価値を持ちます。本稿では植物学・芳香成分・山地分布の生態学・薬用価値・民俗利用・保全までを整理します。

目次

クイックサマリ:タムシバの基本スペック

和名 タムシバ(田虫葉、別名:ニオイコブシ、サトウシバ、カムシバ、ヤマコブシ)
学名 Magnolia salicifolia (Siebold & Zucc.) Maxim.
分類 モクレン科(Magnoliaceae)モクレン属(Magnolia)コブシ節(Sect. Yulania)
英名 Anise Magnolia, Willow-leaf Magnolia, Japanese Willow Magnolia
主分布 本州(中部以北を除く)・四国・九州、標高500〜1,500m、日本固有種
樹高 / 胸高直径 6〜12m / 20〜30cm(小高木)
気乾比重 0.45〜0.55(軽軟)
耐朽性 低〜中
狭長楕円形〜披針形、長さ6〜12cm、幅2〜4cm、互生、全縁
開花期 3月下旬〜4月(地域により5月上旬まで、コブシより7〜10日遅れ)
主要用途 薬用(辛夷正品の一)、自然観察、シンボルツリー、芳香原料、民俗(葉を噛む)
独自特徴 葉・枝のレモン様芳香(最大の識別ポイント)、葉の甘味、山地分布
主要芳香成分 シトラール、シトロネラール、リモネン、ボルネオール、リナロール、α-ピネン
染色体数 2n=38(モクレン属コブシ節の標準倍数)

分類学的位置づけと植物学的特性

コブシ節(Sect. Yulania)における位置

タムシバはモクレン科モクレン属のうち、白花系で葉に先立って開花するコブシ節(Section Yulania、新分類体系では一部 Yulania 属として分けられる場合もあり)に属します。同節にはコブシ(M. kobus)、シデコブシ(M. stellata)、ハクモクレン(M. denudata)、シナハクモクレン(M. biondii)等が含まれ、いずれも漢方薬「辛夷」の原料種候補となる近縁グループを形成します。タムシバはこの中で、(1) 葉が披針形で柳の葉状(種小名 salicifolia は「柳葉状の」を意味するラテン語)、(2) 葉と枝に強い精油成分を含む、(3) 山地〜亜高山下部に分布する、という三点で他種から識別されます。一部の植物学者はタムシバをコブシの変種(M. kobus var. borealis)として扱う見解もありますが、形態的・化学的・地理的に十分な分化が認められるため、現在の主流分類では独立種として扱われます。染色体数は 2n=38 でコブシと共通し、両種間の自然交雑も野外で稀に観察されています。

コブシとの違いを徹底比較

タムシバとコブシは、特に開花期に花のみを観察した場合、識別が困難なほど形態が類似します。確実な識別には、葉の形・芳香・分布標高・樹高・葉柄基部の托葉痕など、複数の形質を総合的に判断する必要があります。

項目 タムシバ コブシ
葉の形 狭長楕円形〜披針形(幅2〜4cm、細長い) 倒卵形(幅3〜6cm、丸みあり、先端急尖)
葉長/幅比 3〜4倍(細長い) 1.5〜2倍(やや丸い)
葉の芳香 強いレモン様芳香(最大の識別点) 芳香弱い〜なし
葉の味 噛むと甘味あり(カムシバの語源) 無味〜やや苦味
分布標高 標高500〜1,500m(山地〜亜高山下部) 標高0〜800m(平地〜山麓)
樹高 6〜12m(小型) 10〜18m(より大型)
主分布 本州(東北南部以南)・四国・九州(北海道なし) 北海道〜九州
花柄の基部小苞 無毛または微毛 緑色の小葉状苞(花のすぐ下に1枚)
果実(集合果) 長さ8〜12cm、屈曲少ない 長さ7〜15cm、屈曲が顕著
開花時期 3月下旬〜4月(やや遅い) 3月上旬〜4月(やや早い)

もっとも実用的な識別法は「葉や若枝を一枚もぎ取って指で潰し、香りを嗅ぐ」ことです。タムシバはレモン・シトラスを思わせる鮮烈な芳香を立てるのに対し、コブシはほとんど無臭か、わずかに青臭い匂い程度です。秋〜冬季の落葉期でも、冬芽の下の前年枝を折って香りを確かめることで識別可能で、自然観察会では「コブシ/タムシバの香りクイズ」が定番のフィールドプログラムとなっています。

形態的特徴の詳細

  • 葉:狭長楕円形〜披針形(柳の葉に似ることが学名 salicifolia = 柳葉状の由来)。長さ6〜12cm、幅2〜4cm、表面は明緑色で光沢、裏面はやや白みを帯びる。葉縁は全縁、互生。秋に黄色〜橙黄色に黄葉し、コブシと同様に山地秋景観の彩りに貢献。
  • 樹皮:灰白色〜灰褐色で平滑。若枝は緑褐色で、折ると強い芳香あり。
  • 花:3月下旬〜4月(コブシより7〜10日遅く、地域・標高により5月上旬まで)、葉に先立って枝先に直径6〜10cmの白花、花弁6枚(外花被片3+内花被片3)、芳香あり。花弁基部はわずかに紅色を帯びる個体もある。
  • 蕾:銀色〜淡褐色の毛で覆われた紡錘形の冬芽(コブシ型冬芽、共通形質)。蕾は2〜3cmで、漢方薬「辛夷」の採取対象。
  • 果実:集合果(袋果の集合)、長さ8〜12cm、9〜10月に紅色〜暗赤色に熟し、裂開して朱色の種子(仮種皮)が顔を出す。種子は鳥散布。
  • 樹形:株立ち〜単幹、樹高6〜12m。コブシより小型でこじんまりとした樹形を取る。
  • 枝・葉の芳香:折ると強いレモン様の芳香(シトラール系)、最大の識別ポイント。
  • 根系:側根が浅く広がるタイプで、深根性は弱い。湿潤な土壌を好む。

「タムシバ」「カムシバ」名称の由来

タムシバの和名は地域差が大きく、植物方言学の観点からも興味深い樹種です。代表的な語源説は次の四つです。

  1. 「噛む柴(カムシバ)」訛説:葉を噛むと甘味があることから「カムシバ(噛む柴)」と呼ばれ、これが時代を経て「タムシバ」に転訛したという説。山陰・北陸・東北の山村では現在もカムシバの呼称が残り、子供たちが山で葉を噛んで甘味を楽しんだ記憶が郷土史に多く記録されています。
  2. 「田虫葉」表記説:葉を皮膚病「田虫(タムシ、白癬菌症)」の治療に用いた民間療法から「田虫葉(タムシバ)」と呼ばれ、漢字表記が定着したという説。葉に含まれる精油成分の抗菌作用が伝統知として認識されていたとも考えられます。
  3. 「サトウシバ(砂糖柴)」由来説:葉の甘味を「砂糖」に喩えた地方名「サトウシバ」が、別の系統で「タムシバ」に変化した説。北陸〜中部の方言として記録があります。
  4. 「ニオイコブシ」異名:コブシとの形態的類似と独特の芳香を併せ持つ特徴に由来する分かりやすい命名で、学術的・観察的文脈で最も普及。現代の植物観察会・登山ガイド・図鑑で標準的に使用される。

葉の甘味の正体は、葉組織に蓄積されるグリコシド系の天然甘味成分と推定されており、シトラールなどの精油成分とは別の代謝経路で生合成されます。微量で口にしても安全とされてきた経験則がカムシバの民俗利用を支えてきましたが、漫然とした多量摂食は推奨されません。

芳香成分とアロマ・芳香原料としての可能性

主要芳香成分の組成

タムシバの葉・若枝・花に含まれる精油は、シトラール(柑橘系の主成分、ゲラニアールとネラールの混合体)、シトロネラール、リモネン、ボルネオール、リナロール、α-ピネン等のモノテルペン類が主体で、生薬学・天然物化学の研究対象として継続的に分析されています。特にシトラール含有率が高いことがタムシバ精油の特徴で、レモン様の鮮烈な芳香の主因となります。これは同じく芳香性樹種として有名なクロモジ(リナロール主体)、ニオイヒバ、クスノキ(樟脳主体)と組成を異にする独自の精油プロファイルです。

成分 含有比率(葉精油・参考値) 効果・用途
シトラール(ゲラニアール+ネラール) 主成分(30〜50%) レモン様芳香、抗菌・抗炎症
シトロネラール 5〜15% 柑橘系芳香、防虫
リモネン 10〜20% 柑橘系芳香、リラックス
ボルネオール 5〜15% 独特の樟脳様芳香、漢方薬原料
リナロール 5〜15% 鎮静、抗菌、フローラル芳香
α-ピネン 3〜10% 森林系芳香、神経保護
1,8-シネオール 2〜8% 清涼感、呼吸器系作用

これらの成分は精油・アロマセラピー・化粧品原料・機能性食品の素材として注目されており、北陸・東北の中山間地でタムシバ精油の小規模商業生産が試験展開されています。岐阜県・新潟県・福島県・山形県等の山村では、タムシバの葉・若枝を水蒸気蒸留して得られる精油を「ニオイコブシ精油」「カムシバ精油」として販売する事例があります。クロモジ精油との競合関係にあり、地域ブランド差別化が課題ですが、タムシバ独自のシトラール主体の芳香プロファイルは差別化要素となり得ます。

機能性研究の現状

森林総合研究所、各大学の薬学部・林産学科では、タムシバ精油の抗菌活性・抗酸化活性・リラックス効果(ストレス指標の低減)等が継続的に研究されています。シトラール含有量の高い成分組成は抗菌・防虫・鎮静の三方向で機能性素材として注目されており、ハーブティー(葉の乾燥茶)、入浴剤、ルームスプレー、アロマ蒸留水、化粧水等への展開が中小事業者で進んでいます。一方で、シトラールは皮膚刺激性が報告される成分でもあり、原液での皮膚適用は推奨されず、希釈・パッチテストの徹底が業界基準として共有されています。

山地〜亜高山帯の指標樹種として

分布の特殊性

タムシバは標高500〜1,500mの山地〜亜高山帯下部に分布し、コブシ(標高0〜800m)とは明瞭な分布標高分化を示します。ブナ林・ミズナラ林・コナラ林・クリ林の林縁・尾根筋・崩壊地・伐採跡地に多く出現し、4〜5月の春景観を彩る重要な指標樹種です。特に北海道には自生せず、東北南部山地から九州山地まで本州中軸の山岳地帯に集中分布する特徴を持ち、東北北部・北海道の冷温帯ではコブシが優占する一方、本州中軸〜西南日本の山地ではタムシバが棲み分けて分布する地理的相補関係を形成しています。

群落生態と更新

タムシバはブナ・ミズナラ等の優占樹種に対して亜高木〜低木層を構成する伴生樹種で、林冠ギャップ・林縁・尾根筋などの明るい立地を好む半陽樹的性質を持ちます。種子は鳥(ヒヨドリ、ムクドリ、カケス等)による被食散布で広がり、伐採跡地・崩壊地・林道沿いに先駆的に侵入することが多いとされます。実生の生育は中庸で、撹乱依存度はそれほど高くなく、成熟した二次林の構成種としても安定的に維持されます。

登山・自然観察文化

春の山岳ハイキング・登山では、タムシバの白花は雪解け後の山地の春到来を告げる象徴として親しまれています。「コブシ似の山地白花」「葉を折るとレモンの香り」という観察ポイントは、自然観察会・植物学習の定番題材です。北アルプス前衛、南アルプス前衛、八ヶ岳、奥多摩、丹沢、箱根、富士山周辺、大峰山系、四国剣山系、九州九重山系等の登山道沿いで観察可能で、ガイドブック・植物図鑑では「コブシとの識別」を解説する代表的な対比樹種としてしばしば取り上げられます。山岳信仰・修験道の山域でも、辛夷の花とともに春の聖地の景観を構成する重要な要素となっています。

漢方薬「辛夷」原料としての利用

日本薬局方における「辛夷」の規定

タムシバの蕾はコブシと同様に漢方薬「辛夷(しんい)」の原料として日本薬局方に収載される正規生薬の一つです。日本薬局方では「辛夷」の基原植物として、(1) Magnolia salicifolia(タムシバ)、(2) M. kobus(コブシ)、(3) M. biondii(シナハクモクレン)、(4) M. sprengeri(シナモクレン)等のモクレン属数種を規定しており、流通生薬は複数種の蕾が混合された状態で取引されることが一般的です。生薬市場ではコブシ・タムシバ・ハクモクレン等のモクレン属蕾が混合・代用される事例があり、植物分類学的識別と生薬流通の整合性が継続的な課題となっています。

薬効と漢方処方

「辛夷」は鼻炎・蓄膿症・頭痛・花粉症の症状緩和を目的とする漢方処方の主薬として配合され、代表的な処方には葛根湯加川芎辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)、川芎茶調散(せんきゅうちゃちょうさん)等があり、いずれも鼻づまり・鼻閉・前頭部痛などに対する経験則的な処方として日本・中国・韓国の伝統医学で活用されてきました。薬理作用としては抗炎症作用、抗ヒスタミン作用、血管拡張作用が報告されており、含有成分のマグノリン・マグノサリン・リグナン類・精油成分が複合的に寄与すると考えられています。

採取と加工

「辛夷」用の蕾は2〜3月の開花直前、銀色の毛で覆われた紡錘形の状態で採取されます。タムシバ・コブシは樹高が高いため枝の下垂部から採取するのが一般的で、機械選別の難しさから手摘みが主体となります。採取後は天日乾燥または陰干しで含水率を下げ、生薬として流通します。一部の漢方薬基準では原料種を明確に規定する動きもあり、産地・原料種の表示が重要視されています。日本国内のタムシバ・コブシ蕾の採取は、岩手・福島・群馬・新潟・長野・岐阜等の中山間地域で副業的に行われており、特用林産物の一つとして地域経済への寄与があります。辛夷の薬用価値の詳細は【コブシ】Magnolia kobus|春を告げる白い花、農事暦の指標と漢方薬辛夷の樹種を参照ください。

近縁種との比較:モクレン属コブシ節の樹木たち

モクレン属コブシ節(白花・先葉開花型)の主要樹種を整理し、タムシバの位置づけを多角的に把握します。庭園樹・薬用・林分構成種としての性格がそれぞれ異なります。

樹種 樹高 分布 葉の特徴 主要用途・特徴
タムシバ M. salicifolia 6〜12m 本州〜九州の山地 狭長楕円形(細長い)、強芳香 辛夷正品、芳香原料、自然観察
コブシ M. kobus 10〜18m 北海道〜九州の平地〜山麓 倒卵形(やや丸い)、無香 辛夷正品、街路樹、農事暦の指標
シデコブシ M. stellata 3〜6m 東海地方の湿地(絶滅危惧II類) 狭長楕円形、無香 絶滅危惧種、庭園樹、湿地保全指標
ハクモクレン M. denudata 10〜15m 中国原産、日本では植栽 倒卵形、無香 辛夷代用、庭園樹
シナハクモクレン M. biondii 10〜15m 中国原産、薬用栽培 長楕円形 中国産辛夷の主原料

このうちシデコブシは東海地方の限られた湿地のみに自生する絶滅危惧種で、タムシバとは生態的にも遺伝的にも近縁ながら、矮性化・湿地適応の独自進化を遂げた極めて貴重な日本固有種です。タムシバを観察する際には、これら近縁種との形態・生態・分布の比較視点を持つと、モクレン属コブシ節全体の進化生態学的物語が浮かび上がります。

森林環境譲与税の活用余地

タムシバは用材生産に偏らない樹種ですが、(1) 山地〜亜高山下部の生物多様性保全林、(2) 自然観察・エコツーリズム支援林、(3) タムシバ精油等の特用林産物供給林、(4) 漢方薬原料供給林(辛夷の国産化推進)、(5) 気候変動指標樹種の保全モニタリング、という多面的観点から森林環境譲与税の活用対象となります。譲与税の制度設計は【森林環境譲与税とは】629億円規模・市町村実施率82%の最新動向を参照ください。

気候変動と分布動向

タムシバは温帯〜冷温帯の樹種で、本州〜九州の山地(標高500〜1,500m)に分布が限定されます。温暖化下では分布標高の上昇傾向が予想されており、低標高側では衰退、高標高側では拡大という二極化が進む可能性があります。実際、過去30年の気象観測データと分布データを照合した先行研究では、タムシバを含む山地温帯樹種の10年あたり数十m〜100m程度の上方移動が報告されており、温暖化指標としての価値が高まっています。山地春景観の重要な構成樹種として、長期モニタリング対象となっています。

栽培・庭園樹としての適性

タムシバは樹高6〜12mと比較的小型で、住宅庭園・自然風庭園・公園樹としての適性が高い樹種です。コブシより小ぶりで芳香が魅力的なため、近年シンボルツリーとしての需要が静かに高まっています。栽培管理の要点は次の通りです。

  • 植栽適地:半日陰〜日向、湿潤で水はけの良い土壌、有機質に富む褐色森林土が理想。乾燥・高温は不得手。
  • 気候:耐寒性は高い(-15℃程度まで耐える)が、夏季の高温乾燥に弱い。関東以南の平地では夏場の灌水と日陰確保が必要。
  • 植栽時期:11月〜翌年3月の落葉期。根が太く寝返りに弱いため、根回しを丁寧に。
  • 剪定:強剪定を嫌うため、自然樹形を活かす軽剪定が基本。花芽は前年枝に着くため、開花直後に整枝するのが定石。
  • 病害虫:カイガラムシ、テッポウムシ(カミキリ虫の幼虫)に注意。比較的健康な樹種で大きな問題は少ない。
  • 増殖:主に実生繁殖。種子は採取後すぐに湿砂貯蔵し、翌春に播種。挿し木は活着率が低い。

識別のポイント(Field Guide)

  • 葉・枝の芳香:折ると強いレモン様芳香(最大の識別ポイント、コブシとの決定的差)
  • 葉の味:噛むとほのかな甘味(カムシバの語源)
  • 葉:狭長楕円形〜披針形、長さ6〜12cm、幅2〜4cm(コブシより細長い)、互生
  • 分布標高:500〜1,500mの山地〜亜高山下部(コブシは平地〜山麓)
  • 花:3月下旬〜4月、コブシより7〜10日遅め、白花、芳香あり
  • 樹形:小型(樹高6〜12m)、コブシより明らかに小ぶり
  • 花の小苞:コブシは花のすぐ下に緑色の小葉状苞が1枚あるが、タムシバにはない
タムシバの主用途1薬用(辛夷)2自然観察3シンボルツリー4芳香原料
図2:タムシバの主用途。樹種特性が決定する経営的位置づけを示す

よくある質問(FAQ)

Q1. タムシバとコブシはどう違いますか?

最大の識別ポイントは(1) 葉や枝の芳香(タムシバは強いレモン様、コブシは弱い)、(2) 葉の形(タムシバは細長く幅2〜4cm、コブシは丸く幅3〜6cm)、(3) 分布標高(タムシバは山地500〜1,500m、コブシは平地〜山麓0〜800m)、(4) 樹高(タムシバ6〜12m、コブシ10〜18m)、(5) 花のすぐ下の小苞(コブシは1枚あり、タムシバはなし)です。花のみでの識別は困難な場合があり、葉・枝の芳香が最も信頼できる識別法です。

Q2. なぜ「田虫葉」「カムシバ」と呼ばれるのですか?

(1)「噛む柴(カムシバ)」が訛った説(葉を噛むと甘い)、(2) 葉を皮膚病「田虫(タムシ)」の治療に用いた説、(3)「サトウシバ(砂糖柴)」から葉の甘味を示す説、などの諸説があります。山陰・北陸・東北の山村ではカムシバの呼称が現役で残り、子供の野遊びの記憶として伝承されています。学術・観察文脈では「ニオイコブシ」の異名のほうが一般的で、特徴を明確に表現する分かりやすい呼称として広く使われています。

Q3. タムシバの葉は本当に甘いのですか?食べても大丈夫?

葉を噛むとほのかな甘味があり、これがカムシバ(噛む柴)の語源とされています。ただし大量摂食は推奨されず、伝統的な「一枚噛んでみる」程度に留めるのが安全です。観察会では「葉を潰して香りを嗅ぐ」識別法が推奨されます。

Q4. タムシバの精油は家庭で抽出できますか?

原理的には葉・枝の水蒸気蒸留で精油抽出が可能ですが、効率的な抽出には専用の蒸留装置が必要で、植物体大量と長時間のエネルギー投入を要します。家庭では(1) 葉を焼酎に漬けたチンキ(ハーブ酒)、(2) 乾燥葉のお茶、(3) ポプリの素材、(4) 入浴剤として湯に浮かべる、として楽しむのが現実的です。本格的な精油は北陸・東北の中山間地の生産組合から購入するのが推奨されます。なお山林からの採取は所有者の許諾が必要で、自然公園内・保護林では採取禁止区域があります。

Q5. 庭木として育てられますか?

樹高6〜12mの小型で、住宅庭園・自然風庭園に適性があります。半日陰〜日向の植栽地、湿潤で水はけの良い土壌を好みます。冷涼な気候を好むため、関東以南の平地では夏季高温に注意が必要です。コブシより小型で芳香が魅力的なため、シンボルツリー・庭木としての評価は高めですが、苗木の流通量はコブシほど多くなく、専門の山野草・郷土樹種苗木業者を当たる必要があります。

Q6. タムシバの蕾も漢方薬「辛夷」になりますか?

はい、コブシと共有して「辛夷」の原料として日本薬局方に収載される正規生薬として利用されます。生薬流通では原料種の混合・代用が一般的で、薬効に大きな差はないとされます。ただし日本薬局方等の医薬品基準では原料種の規定があり、医療用漢方薬の原料としては産地・原料種の明示が重要視されています。家庭で蕾を採取して薬として用いることは推奨されず、漢方薬は医師・薬剤師の処方に従って正規流通品を使用するのが安全です。

Q7. タムシバはどこで観察できますか?

本州(東北南部以南)・四国・九州の標高500〜1,500mの山地〜亜高山帯下部に分布します。代表的な観察地は、奥多摩・丹沢・八ヶ岳・南アルプス前衛・大峰山系・四国剣山系・九州九重山系等の登山道沿い。3月下旬〜4月の開花期が観察に最適です。北海道には自生しません。

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まとめ

タムシバ(Magnolia salicifolia)は、(1) コブシと近縁ながら山地〜亜高山下部に独自の分布ニッチを持つ指標樹種、(2) シトラール主体のレモン様芳香による精油・アロマ素材としての可能性、(3) 漢方薬「辛夷」の正品原料樹種、(4) 春の山岳景観を彩る登山・自然観察文化の象徴、(5)「カムシバ」「サトウシバ」等の方言に残る民俗植物的記憶、(6) 気候変動下の分布標高動向の研究対象、という重層的価値を持ちます。山で葉を一枚もぎ取って指で潰す──その一瞬で立ち上がるレモン様の芳香こそ、タムシバが私たちに教えてくれる春景観の最も鮮烈な記憶です。

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