防護衣の規格:EN 381-5・JIS T 8125・耐切創Class 1-3の選定

防護衣の規格 812 | Forest Eight

チェーンソーの防護衣は、林業の労災のなかでも致死率の高い下肢の切創を防ぐ「最後の砦」です。林業の死亡災害は年30件前後で推移し、その約4割がチェーンソー関連、さらにその3分の1ほどが脚の切創によるもの。この記事では、防護衣の規格(EN 381やISO 11393、JIS T 8125)、耐切創クラスの意味、チャップスとズボンの選び方、そして2020年から始まった日本の着用義務まで、現場で迷わない形で整理します。

チェンソーによる伐倒作業(雪中)
チェンソー伐倒の現場 (Photo by Markus Spiske on Unsplash)
目次

規格の体系:EN・ISO・JISの関係

チェーンソー防護具の規格は、欧州が1990年代に整えたEN 381シリーズが出発点。装着部位ごとに枝番が振られ、下肢の防護衣はEN 381-5、防護靴はEN ISO 17249、防護手袋はEN 381-7、という具合です。2018年にこれらを統合・近代化した国際規格ISO 11393(全6部構成)が発行され、いまは両者が併存しています。日本のJIS T 8125は2020年改正でISO 11393と完全に整合され、国内で売られる認証品はISO 11393適合と読み替えられるようになりました。難しそうに見えますが、要は「EN 381-5 = ISO 11393-2 = JIS T 8125-2」と覚えておけば十分です。

耐切創クラス:チェーン速度で選ぶ

防護衣の保護性能は、どのくらいの速さで動くチェーンの切創を止められるか——つまり「最大チェーン速度」で4段階に分けられています。

クラス 耐切創速度 目安の機種 用途
Class 0 16 m/s 家庭用25〜35cc級 園芸・剪定の補助
Class 1 20 m/s 40〜50cc級(MS 251級) 家庭の薪づくり・枝処理
Class 2 24 m/s 50〜70cc級(MS 261級) 常用プロ林業・造材
Class 3 28 m/s 70〜100cc級(MS 500i級) 大径木伐倒・重作業

選び方の原則は「自分の使う機械の最大チェーン速度より1段上を選ぶ」こと。1〜2割の安全マージンが確保できます。たとえばMS 261はフルスロットルで約23 m/sなので、Class 2(24 m/s)が推奨域です。家庭の30cc級ならClass 1で十分。複数機種を使うプロは、いちばん大きな機械に合わせてClass 2を1着持つのが基本構成です。

ただし注意したいのが、高いクラスほど多層化で重く厚くなり、夏は熱中症リスクが上がること。Class 2で脚あたり約1.4〜1.6kg、Class 3で1.8〜2.2kgが目安です。「過剰装備」は着るのが億劫になって、かえって無防備な時間を増やしかねません。使う機械に合ったクラスを選ぶのが、現実的な安全につながります。

チャップスかズボンか

下肢防護衣には大きく2タイプあります。チャップスは大腿〜下腿の前面だけを覆い、ベルトで腰に固定する着脱式。軽くて(800g〜1.2kg)通気性がよく、10秒で着られて作業着の上から羽織れます。チェーンソーは下方向に振り出されるため、前面さえ守れば切創リスクの大半をカバーできるという合理的な設計で、北米と日本の家庭ユーザーに普及しています。ただし側面・後面・樹上作業には対応できません。

一方の防護ズボンは大腿から脛まで全周を覆う本格仕様で、欧州プロ林業の標準。前面はクラス相当のパッド層、後面は薄手の作業布という構成で、偶発的な側面・後面の切創もある程度緩和します。重い(1.4〜2.2kg)うえサスペンダーが要りますが、毎日8時間使っても3〜5年もちます。家庭の入門〜中級ならチャップス、プロや長時間作業なら防護ズボン、と考えればよいでしょう。

仕組みは「布で止める」ではなく「チェーンを止める」

防護衣の保護メカニズムは少し意外です。布で切創を受け止めるのではなく、チェーン本体を物理的に停止させる設計なのです。チェーンが外層を破って内部の長繊維パッド(Avertic、Dyneema、Kevlarなどの多層)に食い込むと、歯が長繊維を引き出してほぐし、ほぐれた繊維束がスプロケットの隙間に絡みつきます。するとクラッチが滑り、エンジンは回ったままチェーンだけが0.1秒以下で止まる——いわば「チェーンを駆動系から切り離す」仕組みです。

だからこそ、一度でも切創を受けたら即交換が原則。繊維が大量にほぐれてしまい、次回の保護性能が大きく落ちるためです。各社の取扱説明書にも「目視で繊維のほぐれが見えたら廃棄」と明記されています。

防護衣の保護メカニズム 繊維のほぐれによるチェーン停止の原理。 防護衣の保護原理:繊維のほぐれによるチェーン停止 (1) 接触 外層 Cordura 内層 Avertic (2) 繊維ほぐれ 長繊維がほぐれる (3) チェーン停止 スプロケット 繊維が絡まり停止 停止時間 0.05〜0.1秒以下/1度切創を受けたら即交換 繊維の再使用不可、保護効果が大幅低下 出典: EN 381規格、Pfanner・Husqvarna・STIHL技術資料
図1:防護衣の保護メカニズム(出典:EN 381規格、各メーカー技術資料)。

素材選びの豆知識として、繊維の「絡まりやすさ」は引張強度より繊維長と摩擦が効きます。Dyneemaは強度最高ですが表面が滑らかで絡まりにくく、Kevlar系と組み合わせるのが定石。足元も全切創の約25%が集中する第二の急所で、防護靴はEN ISO 17249で耐切創に加えつま先200Jの耐衝撃と耐滑底が求められます。日本では革製ハイカットと長靴型がともにClass 2・3万〜6万円で標準です。

2020年から着用が法的義務に

林野庁の「チェーンソーによる伐木等の業務に係る安全衛生規則」が2019年8月に改正され、2020年8月1日から施行されました。これにより、すべてのチェーンソー作業者に下肢の切創防護衣(防護ズボンまたはチャップス、JIS T 8125-2適合)の着用が法的に義務づけられています。あわせてヘルメット、イヤーマフ(SNR 25以上推奨)、メッシュ面シールド、防護靴、手袋も求められます。事業主には支給・点検・記録の義務があり、違反すると労働安全衛生法第119条・第120条で6月以下の懲役または50万円以下の罰金、加えて労災時には刑事・民事の責任が加重されます。なお自費購入の強制は禁止で、支給は事業者の義務です。

長持ちさせるメンテナンス

意外と見落とされがちなのが柔軟剤の使用禁止です。柔軟剤は繊維表面の摩擦を下げ、肝心の「絡まり性能」を悪化させてしまいます。漂白剤や酸性洗剤も同じ理由でNG。洗濯は中性洗剤で指定温度(通常30〜40℃)の機械洗いにし、乾燥はかならず陰干しに。直射日光や乾燥機の熱はアラミド繊維を劣化させます。耐用年数はプロの毎日使用で3〜5年、家庭の週1〜2回使用で5〜8年が目安。点検は毎週、摩耗や繊維のほぐれを目視で確認し、ほぐれが見えたら年数に関わらず交換してください。

よくある質問

Class 1・2・3はどう選べばいい?

使う機械のチェーン速度で決めます。家庭用30〜40cc級ならClass 1、プロの50〜70cc級ならClass 1〜2、70cc以上の大型機ならClass 2〜3。自分の機械の最大速度より1段上を選ぶと安全マージンが確保できます。複数機種を使うなら最大の機種に合わせてClass 2を1着が基本です。

切創を受けたらどうする?

即交換が原則です。一度切創を受けると内部の長繊維がほぐれ、次回の保護性能が大きく低下します。繕って再使用するのはやめてください。事業者は予備在庫を確保しておくことが望まれます。

夏は暑いから着なくてもいい?

絶対にダメです(規則違反になります)。通気性の高いモデルやクールベスト、早朝・夕方シフト、WBGT 28℃以上で1時間ごとの休憩などで暑さに対応するのが、プロの基本姿勢です。

防護靴は普通の安全靴と何が違う?

普通の安全靴はつま先の耐衝撃と耐滑だけですが、防護靴はそれに加えてチェーンソー切創を止める耐切創性能を持ちます。価格は2〜3倍ですが、規則の対象作業ではこちらが推奨です。

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この記事を書いた人

ハウスメーカーで住宅の構造を担当したのち、林業の世界へ。林業・木材・建築の3領域を横断する視点で、Forest Eight の記事を編集しています。

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