樹高30mのスギの梢に、地面の水はどうやって届いているのでしょう。ポンプもないのに、水はなぜ重力に逆らって木のてっぺんまで上れるのか。その謎を一本の連続した流れとして説明するのがSPAC(Soil-Plant-Atmosphere Continuum=土壌-植物-大気連続体)という考え方です。土壌から根、幹、葉を経て大気へ——水は途切れることなく、ひとつながりの「連続体」として流れている、というのがその核心です。
水は「ポテンシャルの坂」を下る
SPACのいちばんの肝は、水が水ポテンシャルの高いところから低いところへ流れるという点です。電気がプラスからマイナスへ流れるのとよく似ていて、実際このモデルは「水流=駆動力÷抵抗」というオームの法則と同じ形で書けます(van den Honert, 1948)。
土壌の水ポテンシャルはおよそ −0.5 MPa。そこから根(−1 MPa)、幹(−1.5 MPa)、葉(−2 MPa)と段階的に下がり、最後の大気はなんと −50〜−200 MPa という桁違いの低さです。この巨大な「落差」こそが、ポンプなしで水を引き上げる原動力。水分子どうしが手をつなぐ凝集力で水柱が切れずに保たれ、葉から水が蒸発する(蒸散する)たびに、その分だけ下から水が引き上げられていく仕組みです。
面白いのは、この理論が「木はどこまで高くなれるか」の答えにもなっている点です。樹高1mあたり約0.01 MPaの重力負荷がかかるので、80mのセコイアでは梢に約 −0.8 MPa もの追加負荷が乗ります。木が際限なく高くなれないのは、SPACの観点から見ると「水を引き上げる限界」に突き当たるからだと考えられています(Koch et al. 2004, Nature。樹木の高さの限界)。
気孔——木が握る唯一のハンドル
土壌の乾き具合も大気の乾燥も、木には変えられません。この長い水の旅路のなかで、木が自分の意思で調節できる場所はただ一つ、葉の裏にある気孔だけです。気孔を全開にすれば蒸散も光合成も最大になりますが、そのぶん水をどんどん失う。閉じれば水は守れるけれど、光合成も止まってしまう。木は常にこのジレンマのなかで、気孔の開き具合を細かく調整しています。
この調整のクセで、樹木は大きく2タイプに分かれます。葉の水ポテンシャルを一定に保とうと早めに気孔を閉じる等水的(isohydric)な木(スギ、ポプラなど。乾燥に対して保守的)と、多少水ポテンシャルが下がっても気孔を開いて光合成を続ける非等水的(anisohydric)な木(ナラ、ユーカリなど)です。後者は短い干ばつには強いものの、極端な乾燥が来ると一気に枯れるリスクを抱えています。
水柱が切れるとき——キャビテーション
水ポテンシャルが樹種ごとの限界を超えて下がると、引っ張られすぎた水柱に空気の泡が入り込み、導管が詰まってしまいます。これがキャビテーション(通水欠損)です。その耐性をあらわす指標がP50——通水能力が半分失われる水ポテンシャルの値で、これが低いほど乾燥に強い木といえます。
恐ろしいのは、世界226樹種を調べたChoatらの研究(2012, Nature)が、被子植物も針葉樹も、ふだんの生育時にP50までの「安全余裕」がわずか1 MPa前後しかないと明らかにしたことです。つまり多くの木は、ふだんから限界ギリギリのところで水を回している。だからこそ、ほんの少しの乾燥の上乗せが致命傷になりえます。2000年代の米国南西部でのピニョンマツの広域枯死や、2018年の欧州干ばつでのトウヒ・ブナの衰退も、この「ハイドロリック故障」が主因でした。近年の世界的な研究でも、気温と大気の乾き(VPD)の上昇が樹木の枯死リスクを押し上げていることが示されています(Hammond et al. 2022 ほか)。乾燥で木が枯れるまでの段階は、土壌水ポテンシャルの記事でも扱っています。
研究室から、林業と街路樹の現場へ
SPACは抽象的な理論に見えて、じつは現場の判断に直結します。林業では、その土地の降水量や乾燥度と樹種のP50を照らし合わせて樹種を選びます——スギは年降水量1,500mm以上の湿潤地、ヒノキはそれよりやや乾燥地でも可、アカマツはさらに乾燥地でも育つ、といった目安です(地形と樹種の対応)。気候変動が進む九州・四国では、スギからヒノキ、さらに照葉樹へと樹種を転換すべきかという議論も、こうした水のロジックの上で進んでいます。間伐で立木密度を下げると、残った木1本あたりが使える水が増え、樹液流量が回復することも各地で確認されています。
街路樹にとっても切実な話です。舗装に囲まれ、根を張る土の量も限られた都市では、SPACの各段階の「抵抗」が軒並み大きくなり、街路樹は森のなかの同じ木より慢性的な水ストレス下に置かれがちです。逆にいえば、大きな植栽桝や保水・透水性の舗装で根まわりの環境を整えてやれば、街路樹はずっと長生きします。一本の木の水の流れを連続体として捉えるこの視点は、地球規模の気候モデル(CLM、JULESなど)から目の前の一本まで、スケールを越えて使われ続けています。

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