2022年8月、米ウィスコンシン州ミルウォーキー。ミシガン湖を望む一角に、高さ86.6m・25階建ての賃貸マンションがオープンしました。Ascent MKE——わずか1.2mの差でノルウェーのMjøstårnet(85.4m)を抜き、世界一高いMass Timber(木質構造)建築として認定された建物です。
ただ、このプロジェクトの本当のすごさは「世界一の高さ」よりも、259戸の高級賃貸住宅として、商業ベースで成立させたところにあります。記録更新を狙ったエンジニアリングの挑戦というより、「木造高層は、ちゃんとビジネスになる」ことを証明した実証実験。それがAscentの立ち位置です。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 所在地 | 米ウィスコンシン州ミルウォーキー |
| 高さ/階数 | 86.6m/25階+地下1階 |
| 用途 | 集合住宅259戸+低層商業+駐車場+プール・ジム等 |
| 延床面積 | 約45,800m² |
| 使用木材 | 集成材約1,710m³+CLT約2,335m³=計約4,045m³ |
| 設計・構造 | Korb + Associates Architects/Thornton Tomasetti |
| 事業費/完成 | 約1.25億ドル(約190億円)/2022年 |
「木で全部つくる」のではなく、賢く役割分担
同じ世界最高クラスでも、Ascentは前年王者Mjøstårnetとは正反対の発想でできています。Mjøstårnetが「RCコアを使わず木だけで」を貫いたのに対し、Ascentは鉄筋コンクリート(RC)と木のハイブリッドを選びました。
- 下層1〜6階:RC造。駐車場やプール・ジムなど重荷重のアメニティを収める「土台」。
- RCコア(全25階を貫通):エレベーターと避難階段を兼ね、風や地震の水平力を一手に引き受ける「背骨」。
- 上層7〜25階:Mass Timber。集成材の柱・梁とCLTの床デッキで、鉛直荷重を受け持つ。
つまり、横力はRCコアに任せ、木は「上に乗っているぶんの重さ」を支えることに専念する。この割り切りによって木造比率を体積で30〜35%程度に抑え、結果として法規の壁を越えやすくし、純木造より事業コストも抑えられたのです。259戸・延床45,800m²という規模にスケールアップできたのは、この現実的な設計判断あってこそでした。
世界初の「3時間耐火」が25階を可能にした
木造高層を阻む最大の壁は、やはり火事です。Ascentはこの壁を、データで突破しました。USDA森林製品研究所(マディソン)と組み、ASTM E119準拠の3時間耐火試験を、集成材の柱・接合部で世界で初めて実施し、合格したのです。
支えるのは「燃えしろ設計」の考え方。実物大の集成材柱(断面約500×800mm)に標準加熱曲線(3時間で1,110℃)を載荷状態で当てたところ、表面は約120mm炭化したものの、その下の健全な断面が荷重をしっかり支え続けました。木は燃えると表面の炭が断熱層になり、内部の燃え進みを止める——その性質を計算に織り込んだわけです。梁・接合部・CLT床も2時間耐火に合格し、CLTは着火後に自己鎮火する挙動まで確認されました。
この3時間という数字が効いてきます。米国の建築基準IBC 2021には新たに木造高層向けの区分(Type IV-A〜C)が設けられましたが、最も厳しいType IV-Aでも上限は18階・83m。Ascentの25階・86.6mはこれを超えています。そこでミルウォーキー市・州当局と協議し、「同等以上の安全性」を証明するEquivalency Letterと性能規定型評価で認可を勝ち取りました。柱の3時間耐火、RCコアの冗長性、二系統スプリンクラー、消防アクセス、連鎖崩壊解析——これらを束ねた包括的な安全性の立証が、後続の木造高層プロジェクトのお手本になっています。
双璧の設計思想——Ascent vs Mjøstårnet
| 項目 | Ascent MKE(米, 2022) | Mjøstårnet(ノルウェー, 2019) |
|---|---|---|
| 高さ/階数 | 86.6m/25階 | 85.4m/18階 |
| 延床/用途 | 約45,800m²/住宅259戸 | 約11,300m²/ホテル・住宅・オフィス |
| 横力の受け方 | RCコア | 外周集成材ブレース(純木造) |
| 木造率(体積) | 約30〜35% | 約80%以上 |
| 主眼 | 商業ベースの事業成立 | 純木造高層のエンジニアリング挑戦 |
純木造率ではMjøstårnetに軍配が上がり、規模・延床・住戸数ではAscentが圧倒する。どちらが優れているという話ではなく、「木でどこまで挑むか」と「木でどう稼ぐか」という、別々の問いへの答えなのです。
工場でつくり、現場で組む——速い、軽い
上層19階分のMass Timberは、1階あたり平均8〜10営業日というペースで組み上がりました。オーストリアWiehag製の集成材柱・梁・CLTパネルを、QRコードとBIMで管理しながらジャストインタイムで搬入。1部材1〜5tと軽いので、タワークレーン1基でこなせます。柱は鋼板+ドリフトピンの接合で1本30〜45分、CLTパネルはねじ固定で1枚15〜25分という手際の良さ。同規模のRC造に比べ、工期は10〜20%短縮、建方人員は25%削減できたと報告されています。
環境面では、製造段階の体内含有炭素を同規模RC比で25〜50%削減。木材が固定するCO2は境界条件しだいで3,200〜7,200t-CO2eqと幅がありますが、いずれにせよRCより低炭素なのが木造の核心メリットです(運用段階の省エネ性能はRCと大差ない、というのが学術的な標準的見解です)。
「世界一の木造ビルに住む」という価値
Ascentは2BR/3BR中心の高級賃貸で、家賃は月1,800〜5,500ドル(2024年実績)。CLト現しの天井や集成材の意匠、木材の調湿効果、CLT+ジプクリート床による遮音、屋上のプール・ジム・ドッグラン・ミシガン湖を望むテラス——設備も上質です。2024年の入居率は95%超、家賃は同地区のRC新築賃貸より15〜20%高いプレミアムがつきました。「世界最高の木造ビルの住人」というブランド価値が、ミレニアル・Z世代の高所得層をしっかり捉えていると地元紙が報じています。
日本で同じものは建つのか
Ascentの実証は、日本の木造高層開発にとっても重要な道しるべです。住友林業のW350構想や大林組のPort Plus(横浜・44m)などが、その構造・耐火・LCA・調達ノウハウを参照しています。ただし日本には地震という大きな壁があります。ミルウォーキーは米中西部の低地震域で、設計加速度は日本の3〜6倍緩い。日本でAscent級を建てるなら、RCコアの剛性増強や制振ダンパー、接合部の挙動評価といった上乗せ設計が欠かせません。
それでも、建築基準法の段階的改正やCLT生産能力の拡大が進めば、2025〜2030年代に日本でもAscent級(20階超・延床4万m²超)が現実味を帯びてきます。「大規模なMass Timberが、ちゃんと事業として回る」——この一点を実物で示したことが、日本の事業者・金融・行政の背中を押す、Ascent最大の置き土産なのかもしれません。

コメント