世界遺産の木造倉庫群ブリゲンを対岸に望むベルゲンの旧造船所跡地に、2015年、ちょっと信じがたい建物が立ち上がりました。Treet(トレット、ノルウェー語で「木」)――14階建て・高さ49mの賃貸アパートで、当時の世界最高層木造建築です。それまで木造の高層化は5〜8階あたりが現実的な限界とされていましたが、Treetはそれを一気に塗り替え、「木で高層住宅が建つ」ことを実地で証明してみせました。発注は地域最大の住宅協同組合BOB、設計はArtec、構造設計はSwecoが担いました。
「外骨格」の中に箱を積む
Treetの構造の発想は、いま思えば実にシンプルです。外周をぐるりと集成材(Glulam)の太いフレーム=外骨格(エクソスケルトン)で固め、その中にCLTでつくった住戸モジュールを4〜5階分ずつ積み上げる。ただし、モジュールをただ14段積んでいくと下のほうが潰れてしまうので、5階と10階に「パワーストーリー」と呼ぶ剛性の高い中間床(集成材+鉄筋+コンクリートスラブ)を挟みます。ここで上に積まれたモジュール群の重さをいったん受け止め、外周フレームに伝える――そういう力の流れです。
外周のGlulam柱は最大で495×650mm、対角ブレースは405×650mmという堂々たる断面。CLTとGlulamの使用量は合わせて約2,000m³に達し、これだけで約1,400トンのCO₂を建物の中に貯め込んでいる計算になります。設計を率いたRune Abrahamsen氏は「Treetは木造高層化の証明書だ」と語りました。
| 階 | 構造方式 |
|---|---|
| 1〜4階 | CLTモジュール(工場プレファブ) |
| 5階(パワーストーリー) | 集成材+鉄筋+コンクリートの剛性床 |
| 6〜9階 | CLTモジュール |
| 10階(パワーストーリー) | 剛性床(上部補強層) |
| 11〜14階 | CLTモジュール |
| 全階共通 | 外周集成材フレーム(縦荷重・横揺れ対応) |
木は軽い。それは利点ですが、高層では「軽すぎて風で揺れる」という別の問題を生みます。Treetでは上層階の風揺れが居住性能の基準を超えるリスクがあったため、屋上に約14トンのコンクリートのバラスト(重し)を載せ、建物の固有周期をあえて調整しました。ベルゲンは年最大風速30m/s級の強風地。スウェーデンの研究機関による風洞実験で、その応答が確かめられています。
箱は工場で、ほぼ完成して届く
もう一つの肝が、CLTモジュールの工場プレファブです。1モジュールはおよそ幅3.7m×奥行8.4m×高さ3.0m、重さ18〜22トン。アパート1戸分を、内装も配管も電気も約85%まで仕上げた状態――バスルームの陶器やキッチン家電まで入った状態で工場から運び出します。ベルゲン中心部の狭い現場では、大型クレーンがこの完成モジュールを1日3〜4戸のペースで所定の階に吊り上げ、据えていく。
結果、工期は従来工法の半分以下に縮みました。2014年4月にRC基礎を着工し、2015年6月には14階の構造体が立ち上がり、同年12月には62戸の引き渡し――わずか約20か月です。工場環境での施工なので寸法精度も±2mm以内と安定し、現場作業が短いぶん近隣への騒音・振動も小さく抑えられました。このモジュール工法は、のちのMjøstårnetやSara Kulturhusにも引き継がれていきます。
火と湿気――木造高層の二大関門
木造の高層化で必ず問われるのが防火です。Treetは主要構造部に90分耐火(REI 90)相当を確保しました。CLTやGlulamは火災時に表面から炭化していくため、その分(外周柱で約60mm、CLT壁で約40mm)をあらかじめ太く見込む燃えしろ設計を採用。さらに全戸・共用部に湿式スプリンクラーを設置し、木造躯体を不燃の金属パネルとガラスで覆い、戸境壁の区画化と加圧階段室による煙制御を重ねています。竣工以降、重大な火災は起きていません。
もう一つの敵が湿気です。ベルゲンは年間降水量約2,250mm――オスロの倍という多雨の土地。Treetは外断熱+防湿層+通気層の三層構成で雨を防ぎ、CLTの継手部や基礎、外装裏に湿度センサーを多数分散配置して、含水率が一定値を超えると管理者にアラートが飛ぶ仕組みにしました。運用10年弱で大きな湿害は報告されていませんが、塩害の強い湾岸では屋外露出のGlulamを7〜8年周期で再塗装するなど、地道なメンテナンスが続いています。
木造高層の系譜のなかで
Treetは突如現れたわけではなく、世界の木造高層化という大きな流れの中の一点です。前後の代表事例と並べると、その立ち位置がよく見えます。
| プロジェクト | 所在・竣工 | 規模 | 主要構造 |
|---|---|---|---|
| Stadthaus | ロンドン・2009 | 9階 29.7m | CLTパネル |
| Treet Bergen | ノルウェー・2015 | 14階 49m | CLTモジュール+Glulam外骨格 |
| Brock Commons | カナダ・2017 | 18階 53m | CLT床+Glulam柱+RCコア |
| Mjøstårnet | ノルウェー・2019 | 18階 85.4m | Glulamトラス+CLT |
| HoHo Wien | ウィーン・2019 | 24階 84m | RCコア+木造ハイブリッド |
| Ascent MKE | 米国・2022 | 25階 86.6m | CLT+Glulam+RC基壇 |
注目すべきは、Treetを手がけたRune Abrahamsen氏が、4年後の2019年に同じノルウェーでMjøstårnet(85.4m・18階)を実現し、こちらが2019〜2022年の世界最高層木造の座に就いたことです。Treetの「外骨格+CLTモジュール」という独自解は、その後の木造高層がフレーム+コア型やハイブリッド型へ多様化していく出発点になりました。世界記録こそ後続に譲りましたが、木造高層化の歴史的なスタート地点として、Treetの意義は色褪せません。
よくある質問
Q. Treetはまだ世界最高層の木造建築ですか?
いいえ。2019年のMjøstårnet(85.4m)に抜かれ、2022年には米ミルウォーキーのAscent MKE(86.6m)が記録を更新しました。ただし2015年当時の世界記録としての歴史的意義は変わりません。
Q. 見学や宿泊はできますか?
賃貸アパートのため内部見学は基本的にできませんが、外観はベルゲン市中心部の観光地に近い立地で誰でも見られます。BOBが事前申請の専門家・学術ツアーを年に数回受け入れることがあります。
Q. 日本に近い事例はありますか?
住友林業W350研究や横浜のPort Plus(11階木造)などがあります。Treet規模の純木造アパートはまだ少なく、構造方式としてはPort Plusが最も近い存在です。

コメント