これまで都道府県がそれぞれ別々に運用してきた森林GIS(地理情報システム)を、クラウド上の共通基盤にまとめ、市町村や林業事業体、林家、コンサルタントが同じプラットフォームで森林情報を見たり更新したりできるようにする——それが森林クラウドです。林野庁が2018年度に「森林クラウドシステム標準仕様書」を整え始めてから、2024年時点で34道府県が標準仕様に準拠したクラウド型森林GISを稼働、あるいは導入準備中。普及率はおよそ72%に達しました。
なぜ今これが求められているのか、どんな仕組みで、いくらかかるのか。数字を交えながら見ていきます。
きっかけは森林経営管理法
話は2018年に成立した森林経営管理法までさかのぼります。この法律は、所有者が分からなかったり管理が放棄されたりした人工林を、市町村が束ねて意欲ある林業事業体に再委託する仕組みを作りました。対象となる市町村は全国でおよそ1,400。それぞれが森林簿・林地台帳・所有者情報を整える必要に迫られたのですが、市町村が単独で森林GISを構築・運用するのは、技術・人材・予算のどれをとっても無理がありました。
そこで林野庁は、森林簿の管理権限を持つ都道府県を運用主体に据え、その上に市町村・事業体・林家がアクセスする「共有型プラットフォーム」を制度の前提にしたのです。下の図のように、データ層・アプリケーション層・利用者層の3層構造で設計されています。
標準APIがベンダーロックインを解く
この仕組みの肝が、標準仕様書で定められた12種類の標準APIです。森林簿照会、林小班ポリゴン取得、所有者照会、伐採届出受付、経営計画認定——こうした業務をシステム間でやり取りできるよう共通化されています。おかげで、A社が構築した森林クラウドから、B社が作ったスマート林業アプリへ、特定ベンダーに縛られることなくデータを渡せるようになりました。
仕様書ができる前は、道府県ごとに独自仕様の森林GISが乱立し、調達のたびにベンダーロックインや他県事例の流用困難に悩まされていました。標準API準拠を調達要件に組み込むことで、システム移行時のデータ持ち出しや別ベンダーへの切替が可能になり、競争による価格の適正化が期待されています。林野庁は仕様書を年1回改定し、モバイル対応やAI連携といった新しい要件を反映し続けています。
クラウド型は本当に安いのか
気になるコストを見てみましょう。クラウド型森林GISの初期導入費はおおむね1道府県あたり1〜3億円、年間運用費は3,000〜8,000万円規模です。サーバーや回線、運用要員を自前で抱えるオンプレ型は、初期費用2〜5億円・年間5,000万〜1.2億円が一般的で、5年ごとにハードウェアの更改費用もかかります。10年間の総所有コスト(TCO)で比べると、SaaS型はオンプレ型より20〜30%低いというのが事業者の試算です。
機能追加や脆弱性対応、データ連携の追加が運用契約に含まれることが多く、技術の陳腐化リスクを抑えられるのもSaaS型の利点です。ただし共通基盤に乗せる以上、独自要件・独自帳票への対応が制約される点や、データ主権の整理が必要な点はトレードオフ。岐阜県・徳島県といった先行県は独自カスタマイズを最小限にとどめ、標準仕様への準拠を徹底する方針を取り、後発県のお手本になっています。基盤にはISMAP認証済みのAWS・Azure・Google Cloudの東京(東日本)リージョンが使われるのが標準です。
真価は航空レーザ計測との統合
森林クラウドが本領を発揮するのは、航空レーザ計測(LiDAR点群)と組み合わせたときです。航空機やヘリから森林にレーザを当て、地表面と樹冠面を高精度で測り、その差分から樹高や林分蓄積を割り出します。林野庁は2018年度からこの導入を都道府県に促しており、2024年度時点で37道府県が実施または実施予定です。
計測データは1点群あたり数十〜100GBにもなるため、市町村や事業体が個別に抱えるのは現実的ではなく、クラウドで集約・配信するのが標準になりました。「レーザ点群API」を介して林小班単位で樹高・蓄積・本数を取得できる仕組みが各道府県で順次稼働しています。これにより林分蓄積の精度は、従来の森林簿(生育表ベース)の±30%から±10%以下へと大きく向上し、施業計画の質そのものが変わりつつあります。岐阜県の事例では、導入後3年で経営計画の作成期間が30%短縮されたと報告されています。
残された課題、そして次の一手
普及が進むにつれ、課題も見えてきました。一つは森林簿データそのものの精度にばらつきが残ること。樹種や林齢、蓄積の誤りが計画づくりの段階で表面化するケースが少なくありません。二つ目は市町村職員や事業体の操作習熟度で、せっかく導入しても使いこなせず「宝の持ち腐れ」になっている自治体もあります。三つ目は所有者の個人情報を扱う以上避けられないサイバーセキュリティ対策で、多要素認証・暗号化・監査ログの継続的な強化が欠かせません。
次世代の要件として議論されているのは、伐採実績の即時反映といったリアルタイム性、衛星画像からの伐採検知などのAI活用、現場タブレットで完結するモバイルファースト、そして日本標準を東南アジアへ広げる海外展開の4つ。とりわけ衛星リモートセンシングとの統合は、国土全域を月次でモニタリングし、違法伐採の検知や台風被害の把握、山火事リスクの評価を一気に高める可能性を秘めています。海外と比べても、小班単位の高精度ポリゴンと航空レーザ計測を組み合わせた日本の森林クラウドは先進的な水準にあり、2025〜2030年にかけて、森林資源の管理にとどまらず流通・市場・脱炭素までを束ねる「森林情報のハブ」へ進化できるかが問われています。

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