木を伐るための道具であるチェーンソーを、彫刻刀のように握って、丸太からフクロウやクマ、龍を彫り出す――それがチェーンソーアートです。轟音と木屑が舞うなか、数十分でみるみる動物が立ち上がっていく様子は、見ているだけで胸が高鳴ります。林業の現場で生まれた「余技」が、いまや全国20以上の大会と年間延べ10万人を超える観客を集める文化に育ちました。ここでは、その歴史と道具、樹種選び、大会、そして地域にもたらす価値まで、肩の力を抜いてご案内します。
オレゴンの林業者が始めた
記録に残る始まりは、1950年代後半の米国オレゴン州。林業の現場で働いていたレイ・マーフィーが、1953年に父へ贈るチェーンソーで自分の名前を木に彫った――これが「世界初のチェーンソーアート」と言われています。1961年にはケン・カイザーがカリフォルニアのテーマパークで巨大な木彫群を制作し、商業的なチェーンソー彫刻の原点になりました。
当初のチェーンソーは大きく重く、繊細な表現には不向きでしたが、機械の軽量化が進んだ1970〜80年代に芸術ジャンルとして確立。日本に根づいたのは、城所ケイジ(きどころ・けいじ)氏の功績が大きいでしょう。1988年に渡米してオレゴンの名匠ドン・コルプに師事し、帰国後の1992年に日本初の本格大会(現在の東御大会の源流)を開きました。2002年には日本チェーンソーアート協会(JCAA)が設立され、全国大会が体系化。各地の自治体が観光資源として誘致を始めたのも、このころからです。
1台では足りない――複数のチェーンソーを使い分ける
プロの作家は、ふつう3〜5台のチェーンソーを作品の段階に応じて持ち替えます。原木をざっくり削り出す大型機、形を整える中型機、そして顔や羽毛、鱗といった細部を刻む小型のカービング機。最後はノミやヤスリで仕上げます。
| 段階 | 機種の例 | 役割 |
|---|---|---|
| 粗取り(大型機) | STIHL MS 462/661、Husqvarna 572XP | 原木のおおまかな削り出し |
| 中削り(中型機) | STIHL MS 261/362 | 形状の精緻化 |
| 細部(カービング機) | STIHL MS 201T C-M、ECHO CS-2511T | 顔・羽毛・鱗などの繊細表現 |
細部を彫るカービング機には、先端が細い専用バー(ディップノーズ、12〜16インチ)と、1/4ピッチの低キックバックチェーンを組み合わせます。樹上作業用のトップハンドル機がそのまま流用されることも多く、彫刻と林業の道具は地続きなのです。いちばん難しいのは中削りから細部彫刻への移行で、切りすぎれば素材が足りなくなり、残しすぎれば後で時間を食う。熟練者は「最終形のシルエットから10ミリの余白」を目安に、少しずつ追い込んでいきます。
柔らかいスギから、硬いケヤキまで
日本でいちばんよく使われるのはスギとヒノキ。入手しやすく、価格も手頃で、彫りやすいという三拍子が揃っているからです。柔らかいスギは大型の動物像や初心者の練習に、緻密で腐りにくいヒノキは仏像や屋外作品に向きます。香りのよいクスノキ、木目が美しいケヤキ、堅固なナラなど、表現したいものに合わせて選び分けます。
| 樹種 | 硬さ | 特性と主な用途 |
|---|---|---|
| スギ | 軟 | 切削容易・香り良好。大型動物像、初心者練習材 |
| ヒノキ | 中軟 | 緻密で腐朽に強い。仏像、屋外設置 |
| クスノキ | 中 | 独特の芳香、彫りやすい広葉樹。大型・寺社用 |
| ケヤキ | 硬 | 木目美麗で高級感、刃の負担大。高級観賞用 |
意外と大事なのが含水率です。伐ったばかりの生木(含水率60〜100%)は柔らかく彫りやすい一方、乾くと割れてきます。大会では伐倒後1〜2週間以内の生木を使いますが、長く飾る観賞用作品では含水率15〜20%まで半年〜2年かけて自然乾燥させた材を使うのが原則。プロは素材を年単位でストック管理しているのです。
大会には3つの形式がある
大会は大きく3タイプに分かれます。スピードコンテストは15〜30分で1作品を仕上げる形式で、観客の目の前で完成していくライブ感が魅力。観光イベントの華です。フリースタイルは4〜8時間かけて本格作品を作り、複雑な造形や独創性が評価されるプロのメイン舞台。そして2〜4人で挑むチームカービングは、高さ2メートルを超す大作が多く見応え十分です。
| 大会名 | 開催地 | 時期 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 東伊豆オレゴンチェーンソーアート | 静岡県東伊豆町 | 10月下旬 | 2003年開始、海外作家招待、観客約3万人 |
| ジャパンチェーンソーアート in 東御 | 長野県東御市 | 9月上旬 | 1992年源流、国内最高レベル |
| とちぎ秋まつり | 栃木県茂木町 | 11月初旬 | 地域祭と連動、観光客15万人規模 |
| 奥州チェーンソーアート競技大会 | 岩手県奥州市 | 5月連休 | 東北最大、林業振興連動 |
審査はおおむね技術力・造形美・独創性・完成度・観客アピールの5項目100点満点。優勝賞金は東伊豆で50万円、東御で30万円ほどですが、それ以上に「優勝」の肩書きが、その後の注文制作の単価を引き上げる効果が大きいのです。プロにとって大会は、事業の足場でもあります。
道具が小さくても、油断は禁物
チェーンソーアートは、通常の伐木以上に長時間の連続稼働と不規則な姿勢での切削を伴います。日本で業務として行う場合は、労働安全衛生規則に基づくチェーンソー特別教育(学科9時間+実技9時間)の受講が必須。ヘルメット、防護メガネ、イヤーマフ、耐切創のチャップス・手袋・ブーツ、木粉対策のマスクと、装備もしっかり固めます。
カービング機のように短いバーでも、先端が物に当たって跳ね上がるキックバックは起こります。プロは常に両手で保持し、バー先端の上半分(キックバックゾーン)を素材に当てず、30〜45度の切削角度を守って事故を防いでいます。加えて、長時間の振動で手腕振動症候群(HAVS)を招かないよう、連続稼働は1日4時間以下、こまめな休憩、防振手袋、低振動機種の選定でリスクを抑えます。
山あいの町に、人とお金を呼ぶ
チェーンソーアートが自治体から熱い視線を浴びるのは、地域経済への波及効果が大きいからです。静岡県東伊豆町は2003年から「オレゴンチェーンソーアート競技大会」を続け、年間約3万人を集客。宿泊・飲食への経済効果は年間およそ1.5億円と試算され、米国オレゴン州との姉妹都市提携にまで発展しました。町内には常設彫刻が30点以上あり、観光ルートとして整備されています。
栃木県茂木町の「とちぎ秋まつり」は観光客約15万人を集め、大会期間中は周辺の道の駅の売上が通常の2〜3倍に。城所氏の本拠地である長野県東御市、間伐材の付加価値化として推進する北海道下川町など、各地に独自の物語があります。野外開催で人が密集しにくく、入場無料で集めやすく、地元材を使うので林業振興にもつながり、SNS映えで若い世代にも届く――そんな複数の利点を兼ね備えた、稀有な観光コンテンツなのです。
プロはどうやって食べているのか
プロ作家の収入は、ひとつではありません。ギャラリーや道の駅での展示販売(中型作品で10万〜50万円、大型で50万〜300万円)、企業や自治体からの注文制作(1作品30万〜500万円)、イベントでのライブ実演(1回5万〜30万円)、初心者向けのワークショップ(半日1万〜2万円)、YouTubeなどのメディア発信、そして大会賞金やメーカーとのスポンサー契約。これらを組み合わせ、トップ層は年収1,000万円超、中堅で400万〜700万円ほどと見られます。林業・木工の技術と芸術性をあわせ持つ希少な職業として、近年は若手や転職組の参入も増えてきました。
森の「育み」と「収穫」の、その先に
森林資源の循環という視点で眺めると、この芸術の意義はいっそうくっきりします。植栽・下刈り・間伐・主伐という林業の長いサイクルの副産物として出る間伐材や除伐材は、これまで多くがチップや燃料として安く流れていました。それがチェーンソーアートを通すと、原木1本数千円の素材が、物語と造形をまとった数十万円の作品へと姿を変えます。林業者・作家・観光客・自治体がこの価値創造の輪に加わり、山村に新しい経済の循環が生まれている――森の育みと収穫の終着点に芸術が立つという発想そのものが、林業の未来に希望を添えてくれます。
よくある質問
個人で趣味として始められる?
はい、可能です。基本的なチェーンソー操作の習得(特別教育の受講を推奨)、保護具の準備、専門ワークショップへの参加が入口になります。中型機・カービング機・素材・防護具で初期投資は15万〜35万円ほど。騒音と木屑に対応できる屋外の作業スペースの確保も必要です。
1作品の制作時間はどれくらい?
スピードコンテストでは15〜30分、中型作品(高さ60〜100cm)で8〜20時間、大型作品(高さ200cm超)で40〜100時間が目安です。仕上げや乾燥まで含めると、数週間に及ぶこともあります。
屋外に置いた作品の手入れは?
屋外設置なら、桐油やウレタン塗料での定期再塗装(1〜3年ごと)が必要です。雨による腐朽や紫外線によるひび割れに備えます。屋内展示はおおむね手入れ不要ですが、極端な湿度変化は避け、亀裂が出たら専門家に修復を依頼してください。

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