【イヌブナ】Fagus japonica|里山林業の中核樹種、ブナとの住み分けと家具材としての位置付け

イヌブナ | 樹木図鑑 - Forest Eight

この記事の結論(先出し)

気乾比重0.57(0.55〜0.60)中庸曲げ強度85-100MPa高強度曲げヤング率9-11GPa中剛性耐朽性★★☆☆☆
図1:イヌブナの主要スペック(含水率15%基準・代表値)
  • イヌブナ(Fagus japonica)はブナの近縁種で、本州福島以南〜九州の低標高(200〜1,500m)に分布する落葉広葉樹です。樹皮が黒褐色なため別名「クロブナ」と呼ばれ、ブナ(シロブナ)と対照的です。
  • 気乾比重0.55〜0.60・曲げヤング係数9〜11GPaの中重量・中剛性構造材で、家具・合板・薪炭材として里山林業の主要構成種。本州の二次林面積のうち約8〜12%を占める準優占種でもあります。
  • ブナと違い萌芽更新性が高く、伐採後の株から複数本のひこばえが立ち上がるため、薪炭林として周期的伐採(15〜25年サイクル)に適した樹種でした。
  • 現代では1960年代の燃料革命以降、放置二次林の大径化が進む一方、里山再生・水源涵養・J-クレジット制度(FO-002方法論)の文脈で再評価が始まっています。

ブナ(Fagus crenata)の弟分のような位置づけにあるイヌブナ(学名:Fagus japonica Maxim.)は、ブナと同属の落葉広葉樹で、より低標高・里山的な林分に多く分布します。樹皮が黒っぽいことから「クロブナ」の別名でも知られ、ブナが「シロブナ」と呼ばれるのと対照的です。本稿では、分類学的位置づけ・形態識別・力学特性・里山林業における役割・気候変動下の動向まで、現地観察に役立つ識別ポイントから工学的応用まで、数値ベースで整理します。

目次

クイックサマリ:イヌブナの基本スペック

和名 イヌブナ(犬橅、別名:クロブナ、コハブナ、コバブナ)
学名 Fagus japonica Maxim. (1880)
分類 ブナ科ブナ属
英名 Japanese blue beech
主分布 本州福島県以南〜九州(標高200〜1,500m)
樹高 / 胸高直径 20〜25m / 60〜100cm
気乾比重 0.55〜0.60
曲げ強度 85〜100 MPa
圧縮強度(縦) 42〜50 MPa
せん断強度 10〜12 MPa
曲げヤング係数 9〜11 GPa
耐朽性
主用途 家具、合板、薪炭材、パルプ材、内装材
イヌブナと主要針葉樹の力学特性プロファイル気乾比重曲げ強度圧縮強度せん断強度耐朽性ヤング率 イヌブナ スギ ヒノキスギを基準とした相対値(外側ほど高性能)
図2:イヌブナとスギ・ヒノキの力学特性比較

キャラクター指標

項目 評価 意味
コスパ ★★★★☆ ブナより安価、家具・合板の中堅材
レア度 ★★☆☆☆ 里山に普通に見られる
重厚感(密度) ★★★★☆ 中重量、針葉樹より重い
しなやかさ(ヤング) ★★★☆☆ 中剛性、家具に適する
成長速度 ★★☆☆☆ 遅成、林冠到達80年程度
環境貢献度 ★★★☆☆ 里山生態系・水源涵養

分類学的位置づけと生態的特性

イヌブナはブナ科(Fagaceae)ブナ属(Fagus)に属し、世界に10種程度あるブナ属のうち日本固有の2種(ブナ、イヌブナ)の片方を構成します。タイプ標本はマキシモヴィッチ(C. J. Maximowicz)が1880年に記載したもので、種小名 japonica は「日本産」を意味します。日本固有種であり、本州・四国・九州の冷温帯〜暖温帯移行域に限定分布します。

ブナとの住み分け

項目 ブナ(F. crenata) イヌブナ(F. japonica)
樹皮 灰白色、滑らか、地衣類着生 黒褐色、ザラザラ
葉縁 波状(10〜13対) 明瞭な鋸歯(10〜14対)
葉裏の毛 絹毛状、白く見える 黄褐色の長毛が密生
主分布標高 500〜1,800m(高標高) 200〜1,500m(低標高)
立地嗜好 多雪・湿潤・北向き斜面 温暖・人為的影響を受けた林
純林化 原生林で純林化 混交林、二次林に多い
萌芽性 弱い(実生主体) 強い(株立ち多い)
樹齢 200〜400年 150〜250年

イヌブナは、ブナよりも低標高・温暖な環境に適応し、人為的影響を受けた里山林・二次林で優占することが多い点が特徴です。ブナが原生的な冷温帯林の代表種なのに対し、イヌブナは「人と森の境界線」を象徴する樹種といえます。とくに萌芽更新能力の差は実用上重要で、ブナは伐採すると基本的に枯死するのに対し、イヌブナは切り株から多数のひこばえが立ち上がり、株立ち状の樹形を形成します。これが薪炭林として周期的伐採を可能にし、里山経済の中で長く利用されてきた背景です。

分布域

  • 北限:福島県阿武隈山地(北緯約37度40分)。
  • 主産地:関東山地、丹沢、伊豆半島、紀伊半島、四国山地、九州中央山地。
  • 南限:九州中部・南部(鹿児島県霧島山系周辺)。
  • 群落構成:ブナ・ミズナラ・コナラ・ホオノキ・カエデ類・アカシデ・イヌシデと混交。
  • 標高分布:太平洋側で200〜1,500m、日本海側ではブナとの競合から500〜1,200m帯に押し上げられる。
  • 地理的特徴:ブナが日本海側多雪地帯で純林を形成するのに対し、イヌブナは太平洋側の少雪・乾燥した尾根筋・南斜面に多い。

生態学的役割

イヌブナ林は里山二次林の中核を占め、林床にはアズマネザサ・スズタケなどのササ類、シシガシラ・クマワラビ等のシダ類、カタクリ・イワウチワ等の春植物(スプリング・エフェメラル)が豊富に出現します。ブナ林に比べて林冠が疎で光環境が明るいため、林床植物の多様性は実はブナ純林より高い場合があります。哺乳類ではニホンリス・ヤマネ・テン・ムササビなどが堅果食者として依存し、鳥類ではヤマガラ・カケス・アオバトが主要な散布者として知られます。とくにヤマガラはブナ・イヌブナの堅果を年間1個体あたり数千個貯食する習性があり、忘却された一部が翌春発芽して天然更新の重要な担い手となっています。

形態学的特徴

現地で識別する際の決め手は樹皮・葉縁・葉裏の毛の3点です。とくに葉裏の毛はルーペ(10倍)で観察すると即座に判別でき、葉が落ちた時期でも樹皮で容易に区別できます。

  • 樹皮:黒褐色〜暗灰色で、縦に裂け、しばしば縦縞状の凹凸を呈する。古木では網目状の凹凸が発達。ブナの灰白色・滑らかな樹皮と対照的。
  • 葉:互生、楕円形〜倒卵形、長さ4〜8cm、幅2〜4cm。葉縁は明瞭な鋸歯(10〜14対)。葉裏には黄褐色の長毛が密生し、これがブナ(絹毛で白っぽい)との決定的な相違点。
  • 葉脈:側脈10〜14対、各側脈が鋸歯先端に達する(ブナは波状縁の凹部で終わる)。
  • 花:雌雄同株、5月開花。雄花は球状の頭状花序、雌花は2花が殻斗内に同居。
  • 堅果:3稜の堅果、ブナよりやや小型(長さ8〜12mm)。殻斗には先端が刺状に発達した付属体があり、ブナの鱗状殻斗と異なる。
  • 樹形:不整な傘状、林冠到達後に枝を広げる。萌芽性が強いため株立ち(多幹)になりやすい。
  • 冬芽:紡錘形、長さ10〜18mm、ブナより細長く尖る。芽鱗は赤褐色〜黒褐色で12〜15枚。

工学的視点:構造材としての力学特性

項目 イヌブナ ブナ(参考) ナラ類(参考)
気乾比重 0.55〜0.60 0.55〜0.65 0.65〜0.75
曲げ強度(MPa) 85〜100 90〜110 95〜115
圧縮強度(MPa) 42〜50 45〜55 50〜60
せん断強度(MPa) 10〜12 11〜13 12〜14
曲げヤング係数(GPa) 9〜11 10〜13 10〜13
収縮率(接線方向) 11〜12% 10〜12% 8〜10%
収縮率(放射方向) 5〜6% 5〜6% 4〜5%

イヌブナはブナよりやや強度・剛性が低い傾向があり、家具・合板用の中堅材として位置づけられます。蒸気曲げ加工適性はブナに準じ、温度80〜100℃・含水率20〜25%下で曲率半径100〜150mm程度まで成形可能です。一方、収縮率(接線/放射)の比は約2.0と高く、乾燥時の干割れ・反り・ねじれが発生しやすいため、製材後の養生・乾燥工程の管理が品質を左右します。

木材組織と材質

散孔材で年輪はやや不明瞭。心材と辺材の色差が小さく、全体に淡褐色〜淡赤褐色を呈し、特徴的な放射組織(フレック・偽髄線)が大型に発達します。これがブナ材特有の「虎斑(とらふ)」模様となり、家具の意匠的価値を高めます。気乾密度0.57前後で針葉樹のスギ(0.38)の約1.5倍、ナラ類(0.68)の約0.85倍に位置し、加工性と強度のバランスが良好です。

耐朽性と防腐処理

耐朽性は5段階評価で「低(D2-D3区分)」とされ、屋外無処理での標準耐用年数は2〜5年程度。屋外用途には加圧注入(ACQ・銅アゾール系)またはメチル化処理が必須です。屋内家具・合板用途では問題なく長期使用可能で、適切な含水率管理(8〜12%)下で50年以上の耐用が期待できます。

用途展開

  • 家具材:椅子・テーブル・ベンチ・キャビネット。ブナより安価で、量産家具の主原料。蒸気曲げ椅子(曲木椅子)の代表的素材で、虎斑模様を活かしたカントリー調家具にも採用される。
  • 合板原料:表板・芯材として広く利用。直径30cm以上の良質丸太はロータリーレース単板(厚さ1.5〜2.5mm)として剥かれ、3〜7プライ構造のフロアベース合板やラワン代替合板の主役。
  • 薪炭材:かつて里山経済の主要素材。発熱量約20MJ/kg、灰分約0.4%。現代ではバイオマス燃料(チップボイラー・ペレット原料)の検討対象として再評価。
  • パルプ・チップ材:製材残材の主要出口。広葉樹チップとして製紙原料・パーティクルボード基材に流通。
  • 内装材:羽目板・フローリング・階段踏板。明色仕上げで虎斑が映える。
  • 玩具・木工品:木目が均一で割れにくく、子ども用玩具・キッチンツールに好適。耐摩耗性と無臭性を活かしてまな板にも採用される。
  • 文化財修復:江戸期以前の建具・調度品の補修に同種材として供給される(社寺修繕の一部)。

林業技術的視点:里山林業の中核

里山林業との関係

イヌブナは里山二次林の主要構成樹種で、コナラ・クヌギと共に薪炭利用が長く続いた歴史を持ちます。江戸〜大正期には15〜25年周期で皆伐萌芽更新が繰り返され、安定的に薪・木炭・椎茸原木を供給する持続的林業の典型例でした。1960年代の燃料革命(薪炭からプロパン・電気への転換)以降、里山管理が衰退するにつれイヌブナ林も放置・大径化が進み、現在では多くの里山で「過熟二次林」化しています。胸高直径30cm以上の老齢個体が増え、ナラ枯れ被害(カシノナガキクイムシ媒介のRaffaelea quercivora)の懸念対象でもあります。

現代では、バイオマス燃料・里山ツーリズム・水源涵養機能の文脈で、再評価が進んでいます。とくに森林環境譲与税(市町村実施率82%)の使途として里山再生事業が増加しており、イヌブナを含む二次林の若返り伐採(25〜40年周期)が再開されている地域もあります。

更新方法と施業体系

更新法 適用条件 備考
萌芽更新 胸高直径20cm以下、樹齢40年以下 伝統的薪炭林。25年周期
天然下種更新 豊作年(4〜6年周期)に合わせ親木保残 母樹は1ha当り20〜30本残す
植栽更新 裸地化した跡地、苗木1ha当り2,000〜3,000本 植栽コスト45〜60万円/ha
群状択伐 大径木選別伐採、複層林化 40〜60年周期

スマート林業の応用

技術 用途
航空レーザー(LiDAR) 里山二次林の3次元計測、放置林の現況把握
UAV-LiDAR 個別林分のバイオマス量推定(誤差±8〜12%)
マルチスペクトル衛星 季節変動・健全度のモニタ(NDVI/EVI解析)
地上LiDAR(TLS) 胸高直径・樹高自動計測(誤差±2cm)
ドローン空撮AI 樹種自動判別(ブナ/イヌブナ識別精度85〜92%)

歴史的・文化的背景

イヌブナは縄文時代の遺跡から堅果が出土しており、ドングリ食文化の主要構成種として古くから利用されてきました。中部山岳地域の縄文中期遺跡(長野県・岐阜県)ではブナ・ミズナラと並んで貯蔵穴から多量に発見され、当時の食生活において炭水化物源として重要な位置を占めていたことが推定されます。

江戸時代に入ると里山資源としての価値が体系化され、薪炭利用と並行して椎茸原木・木炭原料・木地師(木工品工人)の素材として地域経済に深く組み込まれました。とくに関東〜東海地方の山村では、20年周期の萌芽更新を回す「区画輪伐」の伝統技術が確立し、明治期の植民地林学(ドイツ流)導入後も生き残った数少ない在来林業体系の一つです。木材としては「黒ブナ」「ハブナ」「ソバブナ」など地方名が多く、地域ごとの利用習慣の多様性が記録されています。

戦後復興期(1950年代)には合板用ロータリー材の主原料として需要が急増しましたが、1960年代の燃料革命と国産合板産業の海外原料(ラワン)転換により、わずか10数年で経済価値が暴落。多くの里山が放置され、現代の「過熟二次林問題」の元凶となりました。1990年代以降、生物多様性条約(CBD)と里山イニシアティブ(SATOYAMA Initiative)の流れで再評価が進み、2020年代の森林環境譲与税の使途として里山再生事業が増加する中で、イヌブナ林の若返り施業が各地で再開されつつあります。

気候変動と分布動態

  • ブナより温暖・低標高に適応するため、気候変動の影響はブナほど深刻ではない。年平均気温の許容範囲はブナ(6〜13℃)に対しイヌブナは8〜15℃と広い。
  • 標高下限地域(200〜400m)での衰退と上限地域(1,200〜1,500m)での北上が予測。ブナとの競合バランスが標高100〜200m上方シフトする可能性。
  • 里山管理放棄による植生遷移で、長期的にはシイ(スダジイ)・カシ類(ウラジロガシ・アラカシ)との競合が増加し、暖温帯化に伴う後退が懸念される地域も。
  • 2100年予測(RCP8.5シナリオ)では、九州南部・四国南部の標高800m以下の生育適地が30〜50%縮小、関東山地でも標高シフトが顕著化。
  • 一方、東北南部〜中部山岳の標高1,200m以上では新規定着域が拡大し、北限の福島県阿武隈山地から東北中部への分布拡大が観測されつつある。

木材加工と仕上げの実務

イヌブナ材の加工において、現場で押さえておくべきポイントは「乾燥工程」と「目切れ防止」です。気乾比重が中程度ながら収縮率が大きいため、人工乾燥(スケジュール温度45〜60℃・含水率10±2%目標)では割れ防止のため徐々に温度を上げる多段ステップ法が採られます。蒸気煮沸(スチーミング)を組み合わせると、心材の応力緩和と色調の均一化(やや赤みを帯びた淡褐色化)が同時に実現でき、家具メーカーが好む工程です。

切削加工性は良好で、鉋・鑿・ルーターいずれも切れ味のよい刃物であれば滑らかな面が得られます。ただし放射組織(虎斑)が発達した部分では逆目が立ちやすいので、仕上げ削りは順目方向を見極めて行います。塗装ではオイル仕上げ(亜麻仁油・ウレタンオイル)が虎斑模様を最も美しく引き立て、ウレタン塗装よりもイヌブナの素材感を活かせます。接合では木ねじ・ダボ・ホゾいずれも保持力が高く、家具用途で50年以上の耐用が一般的です。

経済的視点

項目 水準
国産イヌブナ素材生産量 年間数万m³規模(ブナと合算統計)
山土場価格(A材) 8,000〜15,000円/m³
製材歩留まり 50〜55%
家具用フリッチ材 20,000〜50,000円/m³
薪用原木 3,000〜6,000円/m³
チップ材(バイオマス) 2,000〜3,500円/m³
合板用ロータリー材 10,000〜18,000円/m³

家具用フリッチ材としての販売単価は同じブナ材(30,000〜70,000円/m³)よりやや低めですが、合板用ロータリー材としては輸入南洋材(ラワン)の代替として安定需要があります。J-クレジット制度のFO-002(森林経営活動)方法論を活用すれば、適切な施業を行うイヌブナ林分から1ha当り年間2〜5t-CO2のクレジット創出が可能で、現在のクレジット価格(約3,000〜5,000円/t-CO2)で年間6,000〜25,000円/haの追加収入が見込めます。

生物多様性と共生関係

イヌブナ林は里山生態系の構成要素として、多様な動植物との共生関係を保持しています。とくに堅果食動物・菌類・昆虫類との関係は、林分の健全性を左右する重要な生態系サービスです。

堅果食動物との関係

  • ニホンリス(Sciurus lis):1個体あたり年間2,000〜4,000個の堅果を消費・貯食。貯食された一部が忘却され、翌春の天然更新の主要担い手となる。
  • ヤマガラ(Sittiparus varius):1日あたり80〜150個を貯食。樹皮の隙間や苔の中に分散貯蔵し、回収率約70%とされる。
  • カケス(Garrulus glandarius):移動距離が長く、堅果を50〜200m離れた地点に運搬。新規定着地への種子分散の主役。
  • ツキノワグマ(Ursus thibetanus):豊作年には1日5kg以上を採食。大量の糞から発芽する事例も観察されている。
  • ノネズミ類(アカネズミ・ヒメネズミ):地表貯食の主役だが、貯蔵されたまま発芽しないため発芽率は低い。

菌類との共生(菌根菌)

イヌブナは外生菌根(ECM)依存性が高く、根系の95%以上が菌根菌と共生しています。主要な共生菌として、ブナ属特異的なベニタケ属(Russula)・チチタケ属(Lactarius)・キツネタケ属(Laccaria)が知られ、林床のキノコ多様性は1ha当り50〜80種に達する事例もあります。これら菌根菌は窒素・リンの吸収効率を高めるだけでなく、隣接する樹木間で炭素・栄養素を融通する「ウッドワイドウェブ」の構成要素として、林分全体の安定性に寄与しています。

昆虫相

イヌブナの葉・樹皮・材を利用する昆虫は約120種が知られ、とくに鱗翅目(蛾類)幼虫がよく観察されます。代表種にブナアオシャチホコ・ブナハバチ・カミキリ類があり、過熟林分では穿孔性害虫(カミキリ・キクイムシ類)の発生が問題になることもあります。

識別のポイント(Field Guide)

  1. 樹皮:黒褐色でザラザラならイヌブナ、灰白色で滑らかならブナ。古木ほど差が顕著。
  2. 葉縁:明瞭な鋸歯(10〜14対)ならイヌブナ、波状(凹凸が緩やか)ならブナ。
  3. 葉裏の毛:ルーペで黄褐色の長毛が密生していたらイヌブナ、絹毛で白っぽければブナ。決定的な識別ポイント。
  4. 立地:低標高・里山林・南向き斜面ならイヌブナの可能性大。多雪地・北斜面・高標高ならブナ優先。
  5. 樹形:株立ち(多幹)が多いならイヌブナ、単幹で円柱状ならブナ。
  6. 堅果殻斗:殻斗の付属体が刺状ならイヌブナ、鱗状ならブナ。
  7. 季節:11月の落葉期、樹皮の色のみで90%以上の精度で識別可能。
イヌブナの主用途1家具2合板3薪炭材4パルプ材5内装材
図3:イヌブナの主用途。樹種特性が決定する経営的位置づけを示す

よくある質問(FAQ)

Q1. イヌブナはブナと何が違う?

樹皮の色(黒褐色vs灰白色)、葉縁(鋸歯vs波状)、葉裏の毛(黄褐色長毛vs絹毛)、立地(低標高vs高標高)が決定的な違いです。両種とも同じブナ属ですが、生態的ニッチが明確に分かれています。萌芽性の有無もイヌブナの方が顕著で、株立ち樹形になりやすい点も識別の手がかりです。

Q2. イヌブナの「イヌ」はどういう意味?

植物名の「イヌ」は「本物(ブナ)に対して劣る・似て非なるもの」を意味する伝統的な命名習慣です。ブナと比べて材質が劣るとされたことに由来します。ただし現代の力学試験では強度差は10%程度と僅少で、家具・合板用途では実質的に同等品として扱われます。

Q3. イヌブナの木材は流通していますか?

ブナと一緒に「ブナ材」として流通することが多く、純粋な「イヌブナ」表示は稀です。家具・合板の量販品には混合使用されており、消費者が両種を区別して購入することは事実上困難です。一部のクラフト家具メーカーが樹種表示を明確にしているケースに限り「イヌブナ」と銘打って販売されています。

Q4. イヌブナを庭木として育てられますか?

育成可能です。ブナより温暖な気候への適応が高く、関東以南の都市部でも植栽可能。記念樹・公園樹として一部で植えられています。日陰にもある程度耐えますが、深い土壌と適度な湿度が必要で、コンクリートに囲まれた狭小地では生育不良になりやすいので注意が必要です。

Q5. イヌブナの寿命はどれくらい?

天然林では150〜250年が一般的で、ブナの200〜400年に比べ短命です。萌芽更新を繰り返した株では、地上部の幹は短命でも地下の親株は数百年以上生存している例もあり、株自体の遺伝的寿命はブナと同等以上と考えられています。

Q6. イヌブナのドングリは食べられる?

生食ではタンニンが多く渋いですが、ブナ同様にアク抜き(一晩水浸し→煮こぼし2〜3回)すれば食用可能です。脂質含量約20%・炭水化物約45%で栄養価は高く、縄文時代から戦前期まで救荒食として利用されていました。クッキー・パンの粉として粉砕利用された例もあります。なお生食すると軽い消化不良を起こすことがあるので、必ず加熱・アク抜きをしてください。

Q7. ブナとイヌブナはどちらが多い?

本州全体ではブナ林の面積が圧倒的に大きい(約90万ha)一方、イヌブナはブナ林に混生する形で分布するため、純林として認識される面積は限定的です。ただし関東〜四国の太平洋側の里山では、二次林の優占種としてイヌブナが多数派になる地域もあり、地域差が大きい樹種です。

Q8. イヌブナにナラ枯れは起きる?

カシノナガキクイムシ(Platypus quercivorus)が媒介する Raffaelea quercivora 菌によるナラ枯れは、本来ナラ・カシ類が主な被害樹種ですが、イヌブナ・ブナ等のブナ属でも稀に被害事例が報告されています。被害は限定的ですが、過熟化した大径イヌブナ林では予防的な伐採更新が推奨されます。

Q9. イヌブナとブナを掛け合わせた雑種はある?

分布が重なる中標高帯(500〜1,200m)では稀に自然交雑個体(Fagus × hybrida 仮称)が見つかることがあり、形態的中間型として葉裏の毛が部分的・樹皮が灰褐色になります。ただし両種の開花期がずれる(ブナの方が1〜2週間早い)ため、交雑頻度は低く、種としての分化は明確に保たれています。

Q10. イヌブナ林を見るおすすめスポットは?

関東圏では奥武蔵・丹沢・奥多摩・箱根、紀伊半島では大台ヶ原・大峰山系、四国では石鎚山系の南面、九州では祖母山・霧島連山などが代表的です。とくに丹沢山地(神奈川県)の標高800〜1,200m帯は太平洋型イヌブナ林の典型として観察に適し、5月新緑期と10〜11月紅葉期が最も識別しやすい季節です。樹皮の対比はブナと並んで生育する場所(混交林)で観察すると一目瞭然です。

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まとめ

イヌブナはブナと同属でありながら、低標高・里山環境に適応した独自の生態的ニッチを持つ落葉広葉樹です。気乾比重0.55〜0.60・曲げヤング係数9〜11GPaの中重量・中剛性構造性能は家具・合板の中堅材として実用域にあり、燃料革命以降に放置された里山二次林の主要構成種として、現代林政における再評価の対象となっています。萌芽更新性の高さによる伝統的な薪炭林経営への適合、虎斑模様による意匠的価値、ブナと比べた温暖適応域の広さは、いずれも里山林業の戦略樹種としての潜在力を示すものです。スマート林業による現況把握と里山再生政策の統合、J-クレジット制度を活用した森林経営活動とのカップリングにより、地域経済・水源涵養・生物多様性の三層に貢献する戦略樹種としてイヌブナの位置付けは今後高まっていくと予想されます。

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