住宅地を歩いていて、生垣に黒っぽい小さな実をびっしり付けた常緑樹を見かけたら、その多くがネズミモチ(学名:Ligustrum japonicum)です。モクセイ科イボタノキ属の常緑樹で、果実の形が鼠の糞に、葉がモチノキに似ていることから「鼠黐」と名付けられました。風雅とは言いがたい命名ですが、それだけ昔から市井に溶け込んでいた木だということでもあります。
見た目は地味なこの木、じつは二つの顔を持っています。ひとつは都市と海辺に強い「生垣の定番」、もうひとつは2,000年処方され続けてきた漢方生薬「女貞子(じょていし)」の原料です。
「鼠の糞」と呼ばれても定番であり続ける理由
ネズミモチが生垣の主役を張ってきたのは、とにかく都市環境に強いからです。排ガスや煤煙への耐性が高く、戦後の高度経済成長期には「公害に強い緑」として東京・大阪・北九州などの工業地帯に大量に植えられました。あわせて耐潮性も高く、海岸線から数十メートルの防風林にも使えます。さらに日陰でも育ち、刈り込みにめっぽう強い。地際近くまで切り戻しても芽を吹き返すので、平らに整える生垣仕立てが思いのままです。
葉は革質で光沢のある長楕円形、5〜10cmで対生します(この「対生」がモクセイ科共通の見分けポイント)。6〜7月には白い小花を円錐状にたくさん咲かせ、キンモクセイほどではないものの甘いジャスミン様の香りを放ちます。秋から冬にかけて紫黒色の実が熟し、ヒヨドリやムクドリ、メジロが好んでついばみます。
2,000年処方され続ける生薬「女貞子」
ネズミモチ(および近縁のトウネズミモチ)の熟した果実を乾燥させたものが、漢方生薬の「女貞子」です。後漢の『神農本草経』に「上品」として載って以来、約2,000年にわたり補腎・強壮・養肝、そして「烏髪(白髪を黒くする)」の効能で処方されてきました。日本でも二至丸や補腎丸といった処方の主成分として使われています。
果実にはオレアノール酸やウルソル酸といったトリテルペン、セコイリドイド配糖体、マニトールなどが含まれ、現代の薬理研究でも抗酸化・肝保護・骨密度低下の抑制などが繰り返し報告されています。世界の女貞子取引は年商200億円規模と推計されますが、その大半は中国産のトウネズミモチ由来で、国産ネズミモチの薬用流通はごくわずか。中山間地の特用林産物として国産女貞子を育てる構想は、これからの検討課題です。なお生果実は微量の毒性成分を含むため生食には向きません。薬用利用は必ず医師・漢方薬剤師の指導下で行ってください。
在来か外来か――トウネズミモチとの見分け
ネズミモチを語るうえで外せないのが、よく似た外来種トウネズミモチ(L. lucidum)の存在です。明治8年(1875年)頃に渡来したこの中国・台湾原産種は、大量に実を付け、鳥が種を遠くまで運ぶため全国で野生化が進み、環境省の「重点対策外来種」に指定されています。東京都・横浜市・大阪市などでは街路樹の更新時にトウネズミモチを外す動きが広がり、在来ネズミモチへの植え替えが進んでいます。
両者の見分け方でいちばん確実なのは葉を光に透かすこと。トウネズミモチは側脈が網目状にくっきり浮かびますが、在来ネズミモチは透かしてもほとんど見えません。ほかにも、ネズミモチは葉が小さめ(4〜8cm)で樹高3〜8mの小高木、トウネズミモチは葉が大きく(8〜13cm)樹高10〜15mに達する、という違いがあります。実の形も、ネズミモチが短い楕円なのに対しトウネズミモチは細長い楕円です。庭で実生苗を見つけたら、外来種でないか確かめて早めに抜き取ると安心です。
植える・育てる
植え付けの適期は3〜4月の萌芽前か、9〜10月の残暑明け。生垣にするなら30〜50cm間隔で密植します。植え穴は根鉢の1.5〜2倍を掘り、底に堆肥を1割ほど混ぜておくと活着がよくなります。植えて最初の1年は週1〜2回しっかり水をやり、根づいてしまえば基本的に水やりは不要です。剪定は開花後の6月と11月頃の年1〜2回、刈り込み機で平らに整えるのが手軽。カイガラムシやすす病が稀に出ますが、風通しをよくする剪定でたいてい防げ、無農薬で管理できる生垣の代表格です。
材は気乾比重0.80〜0.90の重硬材で緻密ですが、幹が細く短いため建材には使われず、かつては櫛や印章の代用材として小規模に使われた程度。木そのものより、生垣としての姿と女貞子としての実に価値がある木だといえます。

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