「みどりの食料システム戦略」と聞くと、農業の有機栽培や農薬削減の話だと思われがちです。でも、これは農業・林業・水産をまるごと束ねた、2050年までの国家グランドデザイン。2021年5月に農林水産省が打ち出したもので、林業もしっかり一翼を担っています。エリートツリーの普及、生産性2倍、森林のCO2吸収――林業に何が求められているのか、数字を軸に整理します。
この戦略のユニークさは、2050年という遠い終点を見据えつつ、2030年・2040年に中間目標を置き、5年ごとに進捗を見直す構造にあること。伐期が30〜50年という長丁場の林業にとって、世代を超えて政策が続く保証はとても重要です。EUの「Farm to Fork戦略」と同じ、生産から消費までを丸ごと扱う包括型のアプローチです。
林業に課された3つの柱
戦略のなかで林業に期待されているのは、大きく3つです。ひとつめが森林資源の循環利用――エリートツリーを広め、再造林率を上げ、長伐期で資源を回すこと。ふたつめがスマート林業――機械化やICT、ドローン、LiDAR、AIで現場を効率化すること。みっつめが木材の利用拡大――建築材やCLT、バイオマス発電で需要をつくること。生産性を上げ、環境負荷を下げ、地域経済に貢献する。この3つを同時に回そうという欲張りな設計です。
主役はエリートツリー
林業分野でいちばん注目されているのが、エリートツリーの普及です。エリートツリーとは、成長量や材質、耐性、花粉量などに優れた精英樹(特定母樹)から作られる苗木のこと。普通のスギ・ヒノキに比べて成長が1.5倍速く、無花粉化や材質向上といった特性を備えています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 成長量 | 通常のスギ・ヒノキの1.5倍以上 |
| 花粉症対策 | 無花粉・少花粉スギ品種が中心 |
| 材質 | 密度・強度・通直性に優れる |
| 耐性 | 樹病・害虫・気候ストレス耐性 |
| 普及目標 | 2050年までに再造林面積の3割 |
| 主要樹種 | スギ、ヒノキ(一部)、カラマツ |
| 制度的位置 | 「特定母樹」として林木育種制度に組込 |
この苗木を支える法的な土台が「特定母樹制度」です。農林水産大臣が、成長量・材質・耐性などで特に優れた母樹を指定し、そこから採った種苗の利用を促す仕組みで、森林研究・整備機構(FFPRI)の林木育種センターが選抜を担います。2024年時点で全国数百本規模が指定されており、2050年の3割という目標に向けて、計画的に増産が進められています。成長が速いということは、伐期が短くなり、再造林も早く樹冠が閉じるということ。後述する低密度植栽とも相性がよく、戦略の要となる技術です。
生産性2倍は「人を減らさない」ための目標
2030年までに林業生産性を2倍にする――この目標の背景には、林業就業者が増えない(むしろ減っている)という現実があります。いまの素材生産は1人1日あたり5〜8m³程度。これを10〜15m³へ引き上げれば、人手が増えなくても生産量を維持・拡大できる、という発想です。
手段は、ハーベスタやフォワーダといった高性能林業機械、路網の高密度化、植栽密度を3,000本/haから1,500〜2,500本/haへ下げる低密度植栽、コンテナ苗の活用、そしてICT・ドローン・LiDAR・AIによる資源把握や間伐木選定。これらを組み合わせて現場全体を底上げするのが「スマート林業構築普及展開事業」で、目標達成の中核に据えられています。
植え方も変わる――コンテナ苗と低密度植栽
エリートツリーと並んで普及が進むのがコンテナ苗です。根を専用容器で育て、根鉢を保ったまま植えられる苗で、従来の裸根苗にくらべて植栽の自由度と活着率が大きく違います。
| 項目 | 裸根苗(従来) | コンテナ苗 |
|---|---|---|
| 植栽期間 | 11〜3月(休眠期) | 通年植栽可能 |
| 活着率 | 70〜85% | 90〜95% |
| 植栽労力 | 植穴掘削が必要 | 専用器具で簡便 |
| 苗木コスト | 50〜100円/本 | 100〜200円/本 |
| 保管・運搬 | 制約あり | 柔軟性高い |
コンテナ苗は2010年代から広がり、いまや全国の苗木生産量の3割超を占めます。単価はやや高いものの、通年で植えられて活着率も高く、植栽の段取りがぐっと楽になる。エリートツリーと組み合わせれば、効率のいい再造林体制が組めるわけです。
植栽密度を下げる低密度植栽も同じ流れにあります。本数が減れば植栽も下刈りも省力化でき、1本あたりの成長空間も広がる。一方で、枝下が低くなって節材が出やすい、樹冠が広がりすぎて材質が落ちる、シカ食害の影響が相対的に大きくなる、といった課題もあります。ここでエリートツリーの速い成長が効いてきます。短期間で樹冠が閉じれば下層植生が抑えられ、省力化と材質確保を両立できる――だからこの3つはセットで語られるのです。
森林のCO2と、伐った木のCO2
戦略はCO2吸収量を2030年に3,800万t-CO2/年規模に維持・拡大する目標を掲げています。これは2021年閣議決定の「地球温暖化対策計画」とも整合し、日本の温室効果ガス削減目標(NDC)に直接効いてきます。具体的には、主伐後の確実な再造林、間伐の継続、長伐期化による蓄積拡大、そしてJ-クレジットによる経済的インセンティブが柱です。
見落とされがちですが、伐った後の木材製品(HWP)も長期のCO2固定として働きます。だから木材利用の拡大は、需要づくりであると同時に炭素貯蔵策でもある。2021年改正の木材利用促進法では対象が公共建築物から建築物全般へ広がり、CLTなどの新建材によって、これまで難しかった中高層・大規模建築の木造化も進みつつあります。
そして、林業の収益源として存在感を増しているのが森林J-クレジットです。森林整備や再造林、長伐期施業による追加的なCO2吸収・固定をクレジット化し、CO2排出企業に売る仕組みで、価格はt-CO2あたり数千円〜2万円程度。年間数十万t-CO2規模が取引され、市場は年々拡大しています。森林整備にお金が回る直接的なルートとして、今後さらに重みを増していくでしょう。
法律と財源、そして市町村
戦略の法的な裏づけが、2022年5月成立の「みどりの食料システム法」です。環境負荷低減に資する事業活動を認定し、低利融資や税制優遇で後押しする制度で、林業ではエリートツリー普及・スマート林業導入・森林炭素クレジット活用などが認定対象になります。都道府県・市町村も基本計画を策定し、地域レベルで実装を進める建て付けです。2024年時点で全都道府県が基本計画を策定済みで、市町村でも順次広がっています。
財源面では、農林水産省全体の関連予算が2024年度で約650億円規模。森林整備事業、スマート林業推進、林木育種、緑の雇用、木材利用促進などに配分されます。なかでも森林環境譲与税(年500〜600億円規模)は2024年度から段階的に増額され、2029年度に満額到達する予定で、市町村レベルの実装を財政的に支えます。
もうひとつ重要なのが、2019年施行の森林経営管理制度との連動です。同制度で市町村が集積した森林に、エリートツリーやスマート林業、低密度植栽を優先的に適用する。集積した30万ha規模の森林が戦略の実装拠点として機能し、構造転換を加速する――両制度はかみ合って動いています。
進みつつあること、残る課題
策定から数年、エリートツリー苗木の供給能力は段階的に拡大し、スマート林業事業は全国へ展開、自治体の基本計画も出そろいました。一方で課題もはっきりしています。苗木の需要拡大に供給が追いつくか、機械化・スマート林業が地方へどれだけ波及するか、林業就業者をどう確保するか、市町村職員の専門性をどう高めるか。さらに木材市場価格の変動や、気候変動による森林被害リスクも無視できません。だからこそ5年ごとの中間評価で軌道修正していく構造が効いてきます。
まとめ
みどりの食料システム戦略は、農業の話にとどまらない、日本の食と森の30年計画です。林業に課されたのは、エリートツリー3割・生産性2倍・CO2吸収3,800万t/年という具体的な目標。エリートツリーとコンテナ苗、低密度植栽、スマート林業、木材利用、森林クレジット――これらを束ねて、人手が増えない時代でも回る林業へと構造を変えていく。法律(2022年)・予算(年650億円規模)・市町村の基本計画という土台はすでに整いました。あとは現場で、世代を超えて続けられるかどうか。日本の森と地域社会の未来を左右する、息の長い取り組みです。

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