ノルウェーの小さな町ブルムンダール。湖(Mjøsa)のほとりに、2019年3月、高さ85.4m・18階建ての木のタワーがそびえ立ちました。Mjøstårnet(ミョースタルネット、「Mjøsa湖の塔」の意)——竣工当時、世界一高い木造高層ビルです。
面白いのは、これが大都市の野心的プロジェクトではなく、地元実業家アーサー・ブッフハルトが2014年に「この町に世界一の木造ビルを建てる」と宣言したことから始まった点。背景には、ノルウェー森林産業の高付加価値化という狙いと、すぐ近く(約20km)に集成材工場を構える地元企業Moelvenの存在がありました。まさに「地産地消」を体現したタワーです。設計はVoll Arkitekter、構造はSweco、木材製造と施工はMoelven Limtreが担いました。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 所在地 | ノルウェー・Brumunddal(オスロ北方約100km) |
| 高さ/階数 | 85.4m/18階 |
| 用途 | ホテル72室・住宅33戸・オフィス・レストラン・屋内プール・屋上テラス |
| 延床面積 | 約11,300m² |
| 使用木材 | 約4,000m³(トウヒ約16,000本相当) |
| CO2固定量 | 約2,300t CO2-eq |
| 着工/完成 | 2017年4月/2019年3月 |
RCコアを使わない、というこだわり
このタワーの真骨頂は、その構造にあります。同時期の高層木造(カナダのBrock Commonsなど)の多くが、地震や風を受け止める「背骨」として鉄筋コンクリート(RC)のコアを使っていました。ところがMjøstårnetは、それをあえて捨てた。外周をぐるりと囲む集成材の柱・梁・対角斜材だけで、水平荷重を受け止める「純木造ブレースチューブ構造」を選んだのです。これは、かつてシカゴのジョン・ハンコック・センターなどで確立された摩天楼の構造概念を、木で実現したものでした。
外周の主柱は最大で1,485×625mmという巨大断面の集成材。それを1階から18階まで連続させ、3〜4層をひとまとめにした大きな対角斜材(ブレース)が風荷重を集約して受け止めます。エレベーターシャフトもRCではなくCLT(直交集成板)。徹底して木でつくり上げた塔です。
「純木造」なのに、上の階の床はコンクリート?
図をよく見ると、11〜18階の床だけプレキャストコンクリート(厚さ約300mm)になっています。これは手抜きでも妥協でもなく、計算され尽くした「おもり(バラスト)」です。湖畔のこの立地は冬季に30〜35m/s級の強風が吹きます。木は軽いぶん、高層ビルでは「揺れの体感」が課題になる。そこで上層階にあえて重いRC床を仕込み、建物の固有振動数を下げて、住む人が不快に感じる風揺れを抑え込んだのです。ノルウェーは地震がほとんどない地域なので、設計の最大の敵は地震ではなく「風」と「揺れの体感」でした。この発想の転換が、純木造高層を成立させた鍵でした。
「燃えしろ設計」という耐火の考え方
木造高層と聞いて、まず気になるのは火事でしょう。Mjøstårnetは、北米でよく使われる「石膏ボードで木を完全に覆い隠す(encapsulation)」方式とは違う道を選びました。燃えしろ設計(charring design)です。
これは、木が燃えると表面に炭の層ができ、その炭が断熱材のように働いて内部への燃え進みを遅らせる——という木材の性質を逆手に取った発想。あらかじめ「表面の数cmは燃えて炭化する」と織り込んで部材を太く設計し、炭化層の下の有効断面だけで構造を支え続けられるようにします。主要な柱・梁は3時間耐火(R180)相当を確保し、これは多くのRC造高層と同等水準です。これに全館スプリンクラー、防火区画化、避難経路の複数系統化を重ねた多重防御で安全を担保しました。この欧州型の耐火アプローチは、その後の木造高層プロジェクトの参照モデルになっています。
世界一の座を譲っても、色あせない価値
Mjøstårnetは2019年から2022年まで世界一の木造高層でした。記録は2022年、米ミルウォーキーのAscent MKE(86.6m・25階)に譲ります。ただAscentは1〜6階がRCの土台(ポディウム)を持つハイブリッド。「純木造率」と「地域材調達の徹底度」では、Mjøstårnetはいまも世界最高水準と評価され続けています。
| 項目 | Brock Commons (カナダ, 2017) |
Mjøstårnet (ノルウェー, 2019) |
Ascent MKE (米, 2022) |
|---|---|---|---|
| 高さ/階数 | 53m/18階 | 85.4m/18階 | 86.6m/25階 |
| 横力の受け方 | RCコア2基 | 外周集成材ブレース | RCポディウム+上層木造 |
| 調達距離 | 約400km | 約20km(地元) | 約2,500km |
| 設計思想 | 北米合理性 | 欧州純木造志向 | ハイブリッド |
同じ「高層木造」でも、3者の設計哲学はまるで違います。Brock Commonsは「RCコアに横力を任せる」北米的な割り切り、Ascentは「RCの土台+上層木造」の折衷。そのなかでMjøstårnetは「木の力学的な可能性を、どこまで引き出せるか」に振り切った挑戦でした。だからこそ、住友林業のW350構想やスウェーデンのSara Kulturhusなど、後続の純木造志向プロジェクトが繰り返し参照する「到達点」になっているのです。
地域がまるごと支えた、木の塔
このプロジェクトを語るうえで欠かせないのが、地元の森林産業基盤です。国土の約37%が森林というノルウェーは、12世紀のスターヴ教会(木造教会)以来の木造文化を持つ国。なかでもインランデット県は、Moelvenをはじめ集成材・CLTメーカーが半径50km圏内に集積する一大クラスターです。主要部材の8割以上が建設地から100km圏内で調達され、輸送によるCO2排出を大きく圧縮しました。
木材建方はクレーン1基で約9ヶ月。工場でCNC加工まで仕上げてから運ぶプレファブ戦略で、現場作業を最小限に抑えています。1棟で約2,300tのCO2を数十年単位で固定し、同規模のRC造と比べて建設段階のCO2を3〜4割削減したと試算されています。運用電力もノルウェーの水力発電(再生可能率95%以上)でまかなわれ、ライフサイクル全体で見ても環境負荷の低い建物です。いまもホテル「Wood Hotel by Frich’s」として営業を続け、町の観光資源にもなっています。
日本でMjøstårnetは建てられるのか
結論から言えば、技術的には可能です。実際、住友林業のW350構想や大林組のPort Plus(横浜・44m・純木造耐火ラーメン)など、日本でも動きは進んでいます。ただし日本固有の壁が三つあります——地震荷重・厳しい防火基準・消防アクセスです。とくに地震。低地震域だからこそ「外周ブレースだけ」で成立したMjøstårnetの構造を、地震多発国の日本でそのまま使うのは難しく、ブレースの剛性増強や接合部の耐力強化、粘性ダンパーの併用といった追加対策が要ります。性能評価・大臣認定の枠組みを使い、燃えしろ設計や耐火集成材で防火に応えていく——それが日本版への道筋です。

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