「木の壁があるオフィスって、なんだか落ち着く」――そう感じたことがあるなら、それは気のせいではありません。木質内装には、集中力やストレス指標を実際に動かすエビデンスが積み上がっています。働き方改革、ESG経営、WELL・LEED認証という3つの追い風を受けて、オフィス・商業施設の木質化はこの10年で一気に広がりました。この記事では、その背景と効果、そして気になるコストを整理していきます。
なぜ今、オフィスに木が増えているのか
オフィス内装の木質化が急拡大したのは2010年代後半から。きっかけは3つあります。ひとつは働き方改革を契機としたオフィス再設計で、画一的で閉鎖的な空間から「居心地」「コラボレーション」を重視する設計へとシフトしたこと。次に大手企業のESG戦略で、CO2を固定しサステナビリティを訴求できる素材として木材が選ばれ始めたこと。そしてコロナ禍を経た「リアルオフィスの価値」の再定義です。自宅では得られない空間体験として、木質環境が評価されるようになりました。
実際、ヤフー(紀尾井町)、メルカリ(六本木)、リクルート、楽天(二子玉川)、コクヨ(品川)といった本社・ラボが相次いで木質化されています。共通するのは、ロビー・カフェ・会議室・集中ブースに木質要素を集中配置し、執務エリアにも部分的に木質壁面や床を取り入れるパターンです。国内のオフィス木質内装市場は推計で年約1,200億円、商業施設を含めるとさらに大きな規模になっています。
木質化の効果は「気のせい」ではない
木質内装の心理生理効果は、千葉大学・東京大学・森林総合研究所などの研究で2000年代以降エビデンスが蓄積されてきました。木材の視覚・嗅覚・触覚刺激が自律神経や内分泌系に働きかけることが、具体的な数値で確認されています。
千葉大学・宮崎良文研究室の一連の研究では、木材の壁面を見ているだけで副交感神経活動(HF成分)が約10〜15%上昇し、唾液中のコルチゾール(ストレスホルモン)が約20〜30%低下しました。森林総合研究所の研究では、木の床・壁を採用したオフィスで集中力(反応時間・正答率)が無機質オフィス比で15〜20%向上。会議室を木質化すると、発言量や発言者の多様性が増えるという結果も出ています。
研究機関ごとの代表的な数値を並べると、効果の幅が見えてきます。
| 研究指標 | 改善幅 | 研究機関 | 対象 |
|---|---|---|---|
| コルチゾール(唾液) | 15〜25%低下 | 千葉大学 | 成人 |
| α波/β波比(脳波) | 15〜30%増 | 国総研 | 成人 |
| 作業効率(タスク精度) | 3〜8%向上 | 名古屋工業大学 | 事務作業 |
| 心拍変動係数 | 20%改善 | 京都大学 | 乳幼児 |
| 病休取得日数 | 10〜15%減 | 海外複数研究 | 勤労者 |
ノルウェーやスウェーデンの「Wood and Health」研究、ドイツ・オーストリアのHolzWohlfühl研究でも似た効果が確認されており、木質化は美観の問題を超えて、健康経営や人材戦略の文脈で語られるようになっています。
WELL・LEED認証で木材が加点される仕組み
木質化の追い風になっているのが、ウェルビーイング認証の普及です。WELL認証(IWBI、2014年創設)は、ビル利用者の健康に焦点を当てた認証で、空気・水・光・音・材料・メンタルなど10カテゴリで評価されます。木材は主にMaterials(材料)とMind(メンタル)で加点対象。FSC・SGEC・PEFC認証材や低VOC仕上げの木材製品が高く評価され、国内の取得施設の多くが木材を内装に活用しています。
環境性能が中心のLEED認証(USGBC)でも、Materials & Resourcesカテゴリで地域材・FSC認証材・再生材の使用が加点対象。v4.1以降は環境製品宣言(EPD)取得材も追加されました。Gold以上の取得には木材活用が事実上必須となるケースも多く、認証取得が賃料プレミアム(標準ビル比5〜15%上昇)として実現する例もあります。
木質化を構成する5つの要素
オフィス・商業施設の木質化は、おおむね次の5つの建築要素で構成されます。木質壁面は最も汎用的で、無垢パネル貼(20,000〜35,000円/m²)、突板貼合板(15,000〜25,000円/m²)、ルーバー型などがあります。木質床は複合フローリング(8,000〜15,000円/m²)が主流で、土足エリアはナラ・タモなどの硬質広葉樹、執務エリアはスギ・ヒノキなどの軟材を使い分けます。木質天井は吸音目的の有孔パネルが会議室・カフェで多用されます。これに家具・什器の木質化(カリモク・天童木工・飛騨産業など国産無垢材家具)と、CLT・集成材の構造材露出(あらわし)が加わります。
商業施設では、これらに「物語性」が乗ります。奈良ホテルの吉野ヒノキ、ニセコ高級ホテルの道産材のように、地域材を「土地と結びついた素材」として位置づけ、ブランド差別化のツールにする設計が増えています。用途別に市場規模と国産材率を見ると、公共施設で国産材率が突出して高いのが分かります。
| 用途別 | 市場規模 | 主要採用部位 | 国産材率 |
|---|---|---|---|
| オフィス | 1,200億円 | 壁・床・家具 | 35% |
| 公共施設 | 600億円 | 構造・壁・床 | 75% |
| ホテル・宿泊 | 350億円 | 客室・ロビー | 30% |
| 商業店舗 | 300億円 | カウンター・什器 | 25% |
| 飲食店 | 150億円 | テーブル・カウンター | 40% |
公共建築では木造化13.5%、木質化42%
公共建築物の木質化を後押ししているのが、公共建築物等木材利用促進法(2010年施行、2021年改正で対象を全建築物に拡大)です。農林水産省の集計(2022年)では、公共建築物の木造化率(構造体が木造)は13.5%、内装木質化を含む広義の木質化率は約42%。低層公共建築物(3階建て以下)に限れば木造化率は約30%まで上がります。学校・福祉施設・市町村庁舎で木造化が進み、庁舎建替時に木造を選ぶ自治体が増えています。
コストは2〜3倍、それでも回収できるか
木質化の最大のハードルは、やはりコストです。木質壁面の単価はビニルクロスの10倍以上、床も複合フローリングがPタイルの3倍程度。標準オフィス(延床1,000m²、内装工事費1.5億円)に木質化を導入すると、追加コストは約1,000〜2,000万円(内装工事費の7〜13%増)と試算されます。さらに防火・耐火制限で薬剤含浸した不燃認定材が必要になると、単価は通常品の1.5〜2倍に。経年劣化による5〜10年ごとの部分張替も見込んでおく必要があります。
それでも導入が進むのは、人事面の経済効果があるからです。病休減・人材定着・採用魅力度の改善による効果は、平均的なホワイトカラー職場で年間500〜1,000万円規模とも試算され、3〜5年で投資回収できるケースが多いとされています。経団連・経済同友会が2023年に実施した調査では、回答企業の78%が「人材確保のため働く環境の質を重視」、52%が「自然素材・木質化を検討中または実施済み」と回答しました。テクノロジー・コンサル・クリエイティブ業界が先行し、製造業・金融業が追随する構図です。木質オフィスは、すでに人材戦略のインフラになりつつあります。
木質化はROIに見合う?
定量的なROI試算は難しいものの、生産性10〜18%向上・離職率15〜20%低下・ストレス休職30%減などの研究結果があります。人件費が1人当たり600万〜1,000万円のオフィスなら、追加投資(100〜500万円/100m²)を3〜5年で回収する計算になります。
国産材だけでオフィス木質化はできる?
できます。スギ・ヒノキ・カラマツ・ヒバなどの国産材は、壁面・床・天井・家具のいずれにも対応可能です。SGEC(緑の循環認証)取得の国産材は十分な供給力があり、地域材補助金を活用すれば実質コストを抑えることもできます。
テナント入替時はどうなる?
標準的なオフィスビルでは退去時にスケルトン化するため、テナント区画の木質内装は撤去対象になります。ただしエントランスや廊下など共有部の木質化は保持されます。長期使用前提の自社オフィスでは、20〜30年の使用を想定した設計が一般的です。

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