木造高層ビルの話題は、たいてい「世界一の高さ」を競う物語です。86mのAscent MKE、85mのMjøstårnet——数字の更新合戦になりがち。そんななか、ドイツ・ハイルブロンに2019年に完成したSKAIO(スカイオ)は、まったく別の問いに答えた建物でした。高さは34m・10階・60戸とコンパクト。でもその60戸のうち4割が、州補助金による公営住宅なのです。
「サステナブルな木造=高所得層向けの高級住宅」という思い込みを、SKAIOは静かに覆しました。北米やノルウェーの最高層が投資物件やホテル・複合ビルに寄りがちなのに対し、SKAIOが目指したのはごく普通の人が暮らす、都市インフラとしての木造集合住宅。ドイツ初の木造高層であると同時に、「木造の社会住宅化」を実証した一棟なのです。設計はベルリンのKaden+Lager、施工はZÜBLIN Timber、事業主はハイルブロン市営住宅会社(Stadtsiedlung Heilbronn)が務めました。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 所在地 | 独バーデン=ヴュルテンベルク州ハイルブロン Neckarbogen地区 |
| 用途/規模 | 集合住宅60戸(うち40%が公営住宅)/10階・34m |
| 主構造 | 地下〜2階RC+3〜10階CLT+集成材+鋼鉄リングビーム |
| 木材使用量 | 約1,300m³(FSC・PEFC認証材/CO2固定 約1,700t) |
| 完成/受賞 | 2019年(BUGA Heilbronn併設)/DGNB Gold・Diamant、独建築サステナビリティ賞2020 |
連邦庭園博から生まれた、ゼロカーボンの街
SKAIOは、2年に1度開かれるドイツ連邦庭園博「BUGA Heilbronn 2019」に併設された都市開発プロジェクト、Neckarbogen地区の中核でした。ネッカー川沿いの旧鉱区跡地(約40ha)を、約3,500人が暮らすゼロカーボン志向の新市街地として再開発したもの。地域熱源(バイオマス+地中熱)への熱供給統合、雨水を緑地で貯留するブルー・グリーン・インフラ、自動車を抑えて自転車・公共交通を優先する交通計画——欧州都市計画の最新潮流が詰め込まれた実験場で、SKAIOはその唯一の高層木造として地区の象徴になりました。
コアまで木でつくる、というこだわり
10階の荷重・耐震・耐火に応えるため、SKAIOは地下〜2階がRC、3〜10階の住戸部が木造というハイブリッド。柱・梁は欧州産スプルース・モミの集成材、床は5層・厚200mm前後のCLT、外壁もCLTに断熱材と木質ファサードを重ねています。各階には鋼鉄のリングビームを巡らせ、水平剛性を確保しています。
注目すべきは、エレベーターと階段室の「コア」をRCではなくCLTで構成した点です。多くの木造高層は耐火・耐震上の安全策としてコアをRC化しますが、SKAIOはあえてCLTで成立させた。「木で完結する集合住宅」という象徴性を高める、欧州木造業界への力強いメッセージでした。CLT壁パネルは工場で開口部の加工から配線・配管下地まで仕上げてから搬入され、現場では位置決めと連結だけ。1階あたり約1週間で躯体が立ち上がり、RC造より躯体工期が30〜40%短縮されたと報告されています。この工期短縮が金融費用と仮設費を削り、木材の割高さ(木造プレミアム)を相殺する鍵になりました。
同じ建物に、所得が違う人が混じって住む
SKAIOの真価は、社会的な仕掛けにあります。60戸のうち40%はバーデン=ヴュルテンベルク州の社会住宅プログラムによる公営住宅で、賃料は市場価格より明確に低く、世帯所得に応じた段階的な賃料体系がとられています。木造ならではの上質な室内環境を、低・中所得層も享受できる——その設計です。
残り60%は通常賃料の住戸ですが、ポイントは両者を同じ棟・同じ仕様で混ぜていること。いわゆる「ソーシャル・ミックス」を物理的に実現しています。欧州では低所得層を一棟に集中させた団地が社会的な分断を生んだ反省が広く共有されており、SKAIOはその問題を「木造高層」という新しい器で解こうとした実験でもあったのです。「環境性能」と「建築としての質」を同時に公的評価するDGNB GoldとDGNB Diamantを併せて取得し、省エネ等級もドイツ復興金融公庫(KfW)基準の「KfW 55」相当を達成。木造の壁構成は断熱層と構造層の最適化がしやすく、高い省エネ等級とも好相性でした。
10階を木で建てるための、火災と地震の備え
ドイツでは2018年の標準建築法(MBO)改定で木造高層の規制が緩和され、SKAIOはこれを活用した最初の代表例となりました。建物は最も厳しい建築物クラス5に属し、原則REI 90以上の耐火が求められます。これに対しSKAIOは、燃えしろ設計(表面の炭化層を構造の余裕として計算に算入する考え方)と石膏ボード等の被覆耐火を併用し、さらに全戸スプリンクラーで火災の進展そのものを抑える二重戦略で要件を確実に満たしました。「単一の高耐火部材で持たせる」のではなく「複数の層で安全余裕を積み重ねる」——北米のType IV-Aとも通じる思想です。
耐震面では、ハイルブロン周辺は欧州では低〜中地震区域。地震応答を低層のRC基壇で受け止め、上層木造の重量を抑えつつ変形を許容する方式をとりました。鋼鉄リングビームがCLT床と協働して各階の水平剛性を確保し、CLTコアと集成材柱の二系統で剛性を分担します。日本のような強震国にこのまま持ち込むことはできませんが、「下層RC+上層CLT+鋼鉄リング」という骨格は、耐震ベースシアの底上げやダンパー併設をセットにすれば、日本仕様へ翻訳できる汎用パターンといえます。
「世界一」より、再現性
世界の木造高層と並べると、SKAIOは規模ではむしろ控えめです。
| プロジェクト | 所在地 | 高さ/階数 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| Ascent MKE | 米ミルウォーキー | 86.6m/25階 | 分譲・最高層 |
| Mjøstårnet | ノルウェー | 85.4m/18階 | 複合・純木造 |
| HoHo Wien | ウィーン | 84m/24階 | 複合 |
| SKAIO | ドイツ | 34m/10階 | 公営住宅・地域材 |
でも、だからこそ意味があります。象徴的な超高層は投資物件やホテルに寄りがちですが、SKAIOは「普通の集合住宅」として日常に使われることを前提に作られている。つまり、横展開しやすく、再現性が高い。事実、SKAIO以降ドイツ・オーストリア・スイスで木造10階クラスの集合住宅が定型解の一つとして急増しており、KfWの低利融資や公営住宅補助といった制度的インセンティブがそれを後押ししています。
日本の公営住宅にこそ効く、SKAIO型
SKAIOが日本に投げかけるのは、「象徴としての超高層」ではなく「住生活で実際に使われる10階規模を、公営セクターから着実に供給する」という戦略です。日本でも公営住宅法・公共建築物等木材利用促進法・建築基準法という三本柱のもと、自治体が中規模木造の公営住宅を建てやすい条件が整いつつあります。森林環境譲与税を活用した公共建築の木造化とも相性がよく、地域製材・集成材産業の育成、施工体制の整備、防耐火認定パターンのライブラリ化を組み合わせれば、日本版SKAIOは十分に射程に入ります。
居住者の評価も上々で、市営住宅会社の調査では、室内の心地よさ、子どもの遊び空間としての安心感、冬の足元の冷えにくさといった日常体感の項目で、RC造の参照プロジェクトを上回る満足度が出ています。木の調湿効果による湿度の安定、適切な遮音設計による静けさ——「社会住宅でも高品質な木造空間を提供できる」というプルーフポイントを残したことが、SKAIO最大の功績なのです。

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