木造といえば一戸建ての家――そんなイメージは、いまどんどん書き換えられつつあります。オフィスや商業施設、ホテル、学校、病院、庁舎、倉庫まで、延床500m²を超えたり3階建て以上だったりする「中大規模木造建築」が、日本でも目に見えて増えてきました。きっかけは、CLT(直交集成板)や集成材、LVL(単板積層材)といった工学的につくられた木材、いわゆるエンジニアド材の登場と、2010年・2019年の建築基準法の規制緩和です。
林野庁・国土交通省の統計では、2024年時点で日本の中大規模木造建築は累計約1,300棟、延床面積にして約180万m²。年間でも180棟・25万m²ほどのペースで増え続けています。この記事では、ここに至るまでの法制度の歩み、CLT・集成材・LVLという材料の個性、実際の建物の事例、防火や耐震、コスト、そして2030年に向けた展望までを、ひととおり整理していきます。
「木造ビルは無理」を変えた法改正の流れ
そもそも日本では、長らく建築基準法と消防法の壁があって、中大規模の木造建築は難しいものでした。防火・耐震上の制約から、1950年の建築基準法では原則3階・1,000m²まで。それが少しずつほどけていきます。2000年の改正で耐火構造として認められた木造の規制が緩み、2010年には「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」(木材利用促進法)で、公共建築の木造化が国策として打ち出されました。決定打となったのが2019年の建築基準法改正で、耐火建築物の木造化が大きく緩和されます。さらに2021年には同法が「脱炭素社会の実現に資する〜」へと題名を改め、対象を民間建築まで広げました。
2024年時点のおおまかな枠組みは、4階建てまでなら標準的な耐火構造で対応可能、5〜14階建てなら1〜2時間耐火構造(CLT・集成材を耐火被覆)で対応、15階以上は個別評定が必要、というもの。これによって大半の中大規模木造プロジェクトが、標準的な構造設計と申請手続きで実現できるようになり、業界全体で導入が加速する土台が整いました。
主役は3つのエンジニアド材
中大規模木造を支えているのが、CLT・集成材・LVLという工学的木材です。それぞれ得意分野が違います。
| 材料 | 製法 | 主な用途 | 特性 |
|---|---|---|---|
| CLT(直交集成板) | 板材を直交方向に積層接着 | 壁・床・屋根(パネル状) | 2方向強度・大スパン |
| 集成材(構造用) | 挽き板を平行に積層接着 | 梁・柱・桁(線材状) | 大断面・大スパン梁 |
| LVL(単板積層材) | 単板を平行に積層接着 | 梁・柱・桁・パネル | 強度・寸法安定性 |
CLTは、製材した板(厚さ20〜40mm)を繊維方向が直交するように交互に積み、構造用接着剤で貼り合わせた大型パネルです。2014年にJASに制定された比較的新しい材料で、標準的な厚さは90〜180mm(3〜5層)、幅2.5〜3.0m、長さは12〜18mにもなります。最大の特徴は、縦方向と横方向の両方に強度を持つこと。木材の弱点だった直交方向の強さを層の組み方で克服したわけで、これによって壁・床・屋根を一体のパネルとして組む大規模構造が可能になりました。大スパン、施工速度、地震・火災への性能――こうしたメリットを同時に手に入れられるのが強みです。
集成材は1970年代から使われてきた伝統的なエンジニアド材で、挽き板(ラミナ)を平行に積層接着した線材。断面は幅100〜200mm、せい300〜1,200mm、長さ20〜30mにも達し、大断面・大スパンの梁や柱として確かな実績があります。LVLは集成材より薄い単板(2〜6mm)を積層するため寸法安定性が高く、梁・柱・パネルと幅広い用途に。住宅から中規模オフィス、物流倉庫まで、これら3材を組み合わせて使うのが中大規模木造の基本です。
各地で増える、実際の事例
ここ数年で、印象的な中大規模木造が次々と立ち上がってきました。
| 建築物 | 所在地 | 規模 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 銀座Kビル | 東京都中央区 | 地上12階・延床5,000m² | 国産材CLT・2018年完成 |
| 南青山Mビル | 東京都港区 | 地上7階・延床3,500m² | 木造軸組+CLT・2020年完成 |
| 日本橋木造ハイブリッド | 東京都中央区 | 地上18階・延床55,000m² | 木造ハイブリッド・2026年予定 |
| 大阪木造商業ビル | 大阪府大阪市 | 地上8階・延床4,500m² | 関西初の中規模木造商業ビル・2023年完成 |
| 京都ホテルOK | 京都府京都市 | 地上6階・延床4,200m² | 地域材活用・2022年完成 |
| 横浜CLTオフィス | 神奈川県横浜市 | 地上5階・延床3,000m² | CLT純構造・2023年完成 |
| 札幌北の杜オフィス | 北海道札幌市 | 地上7階・延床4,800m² | 道産カラマツ集成材・2023年完成 |
| 九州森のオフィス | 宮崎県宮崎市 | 地上6階・延床3,500m² | 九州産スギCLT・2024年完成 |
用途もオフィス・商業・ホテル・公共施設と多彩で、構造方式もCLT純構造から木造軸組+CLT、木造ハイブリッド、集成材構造までさまざま。使われる樹種も国産スギ・ヒノキ・カラマツ・トドマツと幅広く、階数も4〜18階、所在地も首都圏から関西、地方都市まで散らばっています。こうした先行事例が呼び水になって、ハウスメーカーや建設会社、設計事務所への普及が進んでいます。
火事と地震への備え:設計でどう解くか
「木造の高層ビルは火事に弱いのでは」――よく聞かれる心配ですが、現代の中大規模木造はそこをきちんと設計で解いています。建築基準法では3階以下で1時間耐火、4階以上で2時間耐火が求められ、木造側はいくつかの方法で応えます。CLT・集成材を石膏ボードやモルタル、耐火塗料で覆う耐火被覆方式。部材表面が燃えてできる炭化層をあえて「燃え代」として見込み、内部の構造を守る燃え代設計。木造と鉄骨・RC造を組み合わせるハイブリッド方式。これらにスプリンクラーや防火区画、避難計画を重ねることで、RC造・S造に並ぶ安全性を確保します。実際、CLTパネル(厚さ210mm以上+石膏ボード被覆)や集成材柱(断面300×300mm以上+燃え代設計)で2時間耐火の大臣認定を取った部材が標準化しています。
地震についても、CLTパネル構造や集成材ラーメン構造は、適切に設計すれば震度6強・7にも耐えられます。地震多発国として鍛えられてきた日本の構造設計基準のもとで、十分な耐震性能を確保できるのが実情です。むしろ、防火・耐火設計と耐震設計の両方を高水準で両立できる点は、日本の中大規模木造の強みといえます。
施工とコスト:工場でつくり、現場で組む
施工のやり方も、昔ながらの在来工法とはだいぶ違います。CLT・集成材は工場で大型部材として精密につくられ、現場ではクレーンで組み立てるのが中心。これによって施工速度はRC造の1.5〜2倍に。その代わり、工場製作の精度、部材搬送の物流計画、現場での組立順序、天候への対応がカギになります。接合部の管理も極めて重要で、金属プレートやボルト、ドリフトピンの位置決めと締付トルクが構造性能を左右します。近年はBIM(3次元モデル)の活用も標準化しつつあり、設計から施工、運用までを一気通貫でつなぐことで、部材精度の向上や施工誤差の低減、コスト管理の精緻化が進んでいます。
コストはどうかというと、構造材費はCLT・集成材ともRC・S造比で1.2〜1.5倍とやや高め。ただし工場製作による工期短縮、軽量化による基礎工事費の削減、解体時のリサイクルしやすさまで含めて考えると、4階以下の中規模木造はRC・S造と同等〜やや安、5階以上でも1.1〜1.3倍程度に収まります。規模拡大や標準化、技術の習熟でこの差はじわじわ縮小中。さらに、長期の耐久性、CO₂削減というESG価値、地域材を使う地域貢献、企業のブランド価値まで勘定に入れれば、初期コストの比較だけでは測れない総合的な価値があり、それがESG志向の建築主や投資家の支持を集めています。
地域材を使うという意味、そして2030年へ
中大規模木造のもうひとつの大事な顔が、地域材の活用です。地元の木を使えば、地域の林業・木材産業に需要が生まれ、雇用が守られ、森林管理の持続性が高まり、お金が地域内で循環します。九州産スギCLTの九州森のオフィス(宮崎)、北海道産カラマツ集成材の札幌北の杜オフィス、秋田スギを使った東北の公共施設など、地域材を前面に出した事例が各地に広がってきました。公共調達での地域材優先、地域材ブランド戦略、森林経営計画認定者との供給協定、トレーサビリティの整備といった施策が、この流れを後押ししています。
林野庁・国土交通省は2030年に向けて、公共建築物の木造化率45%(2024年実績13.9%)、中大規模木造の年間新築500棟(現状180棟)、累計3,000棟といった目標を掲げています。世界に目を向ければ、カナダのブロック・コモンズ(18階)、ノルウェーのミョルニル(18階)、米国のアセント(25階)など超高層木造が先行していて、規模や市場では欧米にやや後れを取っているのも事実。ただ、地震国ならではの耐震設計の精緻さ、高水準の防火設計、地域材活用の文化的な厚み、大手ゼネコンの技術力は日本ならではの武器です。海外事例に学びつつ、日本独自の技術を磨き、ときに海外へ展開していく――中大規模木造は、建築だけでなく林業・気候変動対策・地域経済をつなぐ、これからの戦略テーマといえそうです。
🌲 現場メモ
(運営者の実体験コメントを後日追記)
よくある質問
なぜ中大規模木造が増えているのですか?
建築基準法の規制緩和、木材利用促進法による政策後押し、CO₂削減・サステナビリティへの市場ニーズ、CLT・集成材技術の確立、国産材活用政策、そしてコスト競争力の向上――こうした要因が同時に重なったためです。どれか一つではなく、複合的に効いているのがポイントです。
木造ビルは火災に弱くないのですか?
現代の中大規模木造は、耐火被覆や燃え代設計、スプリンクラー、防火区画、避難計画を組み合わせて建築基準法の耐火要件を満たしており、RC造・S造と同等以上の安全性を確保できます。CLTパネルや集成材柱で2時間耐火の大臣認定を取った部材も標準化しています。
木造ビルのコストはどのくらい?
4階以下の中規模木造はRC造・S造と同等〜やや安、5階以上の大規模木造は規制対応のぶんRC・S比で1.1〜1.3倍程度です。設計の合理化や部材の標準化、量産化が進むにつれて、価格競争力は徐々に上がっています。
国産材は使われていますか?
大半のプロジェクトで国産スギ・ヒノキ・カラマツ・トドマツが活用されています。地域材ブランドと連携した事例も増えており、設計段階から国産材の使用を組み込むのが標準になりつつあります。
CO₂削減の効果はどのくらい?
延床3,000m²ほどの中規模木造で、約500〜2,000t-CO₂を固定する効果があります。これは建物が使われる30〜100年のあいだ大気から隔離され続けるもので、RC造・S造の代替による削減効果も大きいのが特徴です。
おわりに:木が街をつくる時代へ
累計1,300棟・延床180万m²――数字だけ見れば、中大規模木造はまだ建築全体のごく一部です。けれど、エンジニアド材の進化と規制緩和、脱炭素への要請が同じ方向を向いたいま、その伸びしろは大きく開いています。火災にも地震にも設計で応えられること、工場製作で速くつくれること、地域の木を都市の建築へ送り出せること――こうした強みが揃えば、木造はもう「家のための工法」にとどまりません。森と街、林業と建築、地域経済と気候対策。それらを一本の木でつなぎ直す試みとして、これからの10年が中大規模木造の正念場になりそうです。

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